226 ニンジャーズ (チー、クレア、レッグ、テリコ)聖歴1109年頃
レウスに降りかかる暴力。ユウタは、うっすらと気がつき始める。
改装されたであろう床を靴が低い軌道を描いてくる。
子供を狙った蹴り。
させる訳にはいかない。レウスを庇うようにして移動すると。
「なっ。てめえっ」
驚き、そして、男の顔が苦痛に歪む。
手で受け止めると同時に、相手の足の骨を触れただけで破壊する技。
気がついた者は、居るだろうか。周囲の反応は、どよめきと、
「よくもやりやがっ「あいや、まったーっ。この喧嘩、クラン、アキュチーズのブラックニンジャーズが預かるよ!」
黒い装束に身を包んだ子供が現れた。もとい、小人族か。
「けっ、てめえは、アキュんところのチーじゃねえか。ニンジャなんてけったいなジョブの小人族が邪魔すんじゃねえ。こいつが、仲間の足を折ったんだが? 完全にやりすぎだろうがよ!」
すると、指を顔の前で揺する。チーの左右両隣には、同じ格好をした黒い服の獣人が立つ。
「いかにも、みんなのチーちゃんだよ。ここに、参上! と、レッグにクレア、テリコもいるよ。で、どう見ても、因縁つけたのは君たちだろう? 僕もしっかりと見ていたけれど、蹴りを後ろからしゃがんでいる子供にしようとするなんて冒険者らしからぬ行動だよ。ユークリウッド様がそれを許すとは思えないね。君らは、忠告のつもりなのかもしれないけれど。子供が冒険者を目指したっていいじゃないか」
口元を顕にして、子供はいう。
「だっせえ。餓鬼が冒険者になるだあ? 死ぬに決まってんだろうが! 餓狼饗宴で、どんだけの冒険者が命を落としていると思ってんだよ。生き返れるのだって、身体があっての物種じゃねえか。餓鬼は、おとなしくしてるのがお似合いだっつーの」
「仮にもAランクパーティーで新進気鋭のバルバス氏がいるんだ。こんな所で子供を相手にするような真似は、謹んでもらわないとね。それに、これ以上やるっていうのなら、僕らが相手になるよ」
冷静なチーに男は、食いつくような視線だ。すると、その後ろで黙っていた黒いメガネをした男がチーと言い合っていた男の肩を叩く。
「いくぞ。ニンジャーズを相手にここで、揉めても面白くねえ」
「いや、外で相手してやるよ。お前らの命は、すぐに終わる」
逃がすか。
黒い革のジャケットに首周りにあるふさふさの羽。癇に障ってしょうがない。
「こいつは、こう言っているが? アキュんとこの全財産でも賭けるか? 俺らが勝ったら、それを全部いただくってことでよ」
男は、メガネを指で上げながら。
いらいらする物云いだ。レウスをこかしただけで、殺意は天井知らずになっている。
「そんな事は、認められないしギルドで争うのなら追放する事になるかもね。ギルドマスターから、その旨を追って伝える事になってもやるってのかな」
すると、
「って訳だ。餓鬼ども。G級に成り立てのようなかすいのを相手にするほど、俺は暇じゃねえ。どうしても相手にして欲しかったら、ランクを上げてくるんだな」
だとしても、レウスを蹴った相手をはいそうですね、と逃がす訳にはいかない。
「逃げるのか? 子供にびびってみっともない冒険者だな。最弱のバルバロスって名前を変えた方がいいだろうな。この貧弱めがっ」
煽るしかない。
すると、「こいつ、馬鹿じゃねえの!」と周囲から嘲笑う声。
と、同時に黒いメガネがひび割れるような音量の怒声が、口から出る。バルバスは、背に持っていた剣を腰にした。
「いいだろう。餓鬼ぃ。後悔すんじゃねえぞ」
と、表へ出て行く。やるなら、その場でやってしまった方がいいのだが。それでは、無関係な人、獣人までも巻き込む事になる。
「おいおい。いいのかよ。知らないぜー?」
「俺は、売られた喧嘩は買う主義だ。ましてや、レウスの事ならな」
「…もしかして、マジで怒ってる?」
「ああ」
握りしめた拳が、真っ赤に染まってきた。魔力が篭って灼熱のオーラを出す。
扉から出て行った相手を追いかけると。
「じゃ、じゃあ。ここに決闘を、え?」
エリアスの声が開始の合図ではない。
だというのに。歩いていくユウタの前に、剣が伸びる。蛇のように何本も。しかし、それはすべて溶解していく。手で払って、打ち落とす。
払いながら前へと、歩くだけだ。相手は、魔族でもなければ魔獣でもない。魔力の無駄遣いだが、こすい相手には十全。当然、顔面を歪めて、口元を開ける。開始の合図すら待たずに攻撃をするせこさ。正々堂々とした性根もない。
およそ強者足り得るのか。
「てめえ、何もんだぁあ! らぁ!」
さらに、剣を変えて攻撃してくるけれど。やすやすと掴んで、投げ捨てる。
「無駄だ。その思い上がりを叩き潰す」
「馬鹿な。剣、先を掴むだと?」
間合いを取って、逃げようとするけれど群衆が壁を作っていた。攻撃するにも、彼らを攻撃すればどうなるのかわかりやすい。バルバスという男の頭は、黒い毛で。狼獣人。つまり、地元で粋がっていたチンピラだ。それを全力で、たたきつぶす。あまり、いいことではない。だが、それでも。
歩みよると。
「弱すぎる。そんなんで、よくも天才なんて言えたもんだな」
「ふっざけんなっ。こいつでええ!」
「ユウタ。そいつの能力は、剣を食う剣だ。魔力も食っちまうぞ。気をつけろって、素手でなぐってやがるぜ…」
さらに、剣を増やして攻撃してくる。まるで、鋸を引くように波打つ剣。眼前を埋め尽くすよう。
鈍色に光る剣は、日差しを浴びて目くらましも兼ねているようだ。が、払う。手には、赤く溢れ出す怒りの澱み。綿菓子を落とすようにして、手に持っていた全ての蛇腹剣を破壊せしめると。
「嘘、だろ」
「これで、天才だと? ほざくなよ雑魚。てめえは、Gランクからやり直しやがれっ!」
殴れば死ぬだろう。蹴っても死ぬ。では、どうするか。指で額を打つと、後ろに向けて倒れた。
殺してばかりだ。たまには、殺さないようにしておくのもいい。何よりも仮面をつけたユウタが、暴れては世情が不安になる。
そこに、黒いニンジャ姿をしたチーたちが歩みよる。
「あーもう。せっかく活躍する場面だったのに、テリコがまごまごしてるから」
「ええっ。ちょっとまってくれよ。そりゃないわ」
「だーかーらー、もう終わっちゃってるっぽいですよ。バロスさん倒れてません?」
クレアが指で、黒眼鏡を指す。
手を口元にして、チーは飛び跳ねた。
「アイエエエ? なんで? なんで、Aランク冒険者がやられているの? 雑魚なの? バルバス氏。ダメじゃん。全然だめ。あ、手下の人たちは動いたら豚箱にブチ込むから。そこんとこよろしくね」
「構わない。来るなら、こい。後からなら、こっちから刺客を送る」
「はいーーー!? 子供さんの方がもっと危険だー!?」
チーは、飛び跳ねまくっている。横では、テリコと呼ばれた猫っぽい獣人がシャドーをしている。見るからに修行僧か拳法家だ。眼鏡を掛けたレッグと俯き加減な水色の髪をモミヒゲから出すクレア。4人は、背後から間合いを詰めている。捕縛しようというのか。ユウタたちの方に近い。思案をしていると。
そこに、冒険者たちが輪を割って出てきた。
「おお? AAランクのオルトガ、トトマル、ヘクター氏ですね。ご協力…」
「姫様? 魔導騎士ラトスク分隊参上致しました。周囲は、包囲網を展開中です」
「あ、あれ? その姫様とか魔導騎士って」
チーが、オルトガたちのいかつい顔を見ながら左右に目を動かす。完全に、場を収めきれていない。
しかし、ちょうどいい。バルバスの仲間を全員捕らえるには、エリアスの力が必要だ。
「いいところについたぜ。よーし、お前ら、この塵芥どもを捕えて豚箱に連行しろ!」
「はっ。こやつら黒狼族は、最近調子に乗っていましたからな」
「そんな訳だぜ。チーちゃんとやら、引っ込んでてくんねーかな。あとは、俺の配下が引き受けるぜ」
かぼちゃは、得意げな声音でいう。すると、困った顔をして。
「あ、あのー。魔導騎士ってことは、魔術師ギルドの方なんですよね。そのー困るんですよねー。一応、あんなのでも冒険者ギルドのAランクなわけでしてー。身分を保証するという意味のあるギルドカードを持っているわけなんですよね。その、裁判とかあります? ほら、黒狼族を殺したりしたら住民の皆さんから避難を浴びると思うんですよー」
「あー。じゃあ、そいつら、全員追放だ。国外にな」
「へっ」
ユウタは、怨念を吐き出すかのようにして毒を吐いた。
取り押さえられるバルバスの仲間たち。こんな連中の為に、命を掛けたのかと。
そう思えば、バカらしくなってくる。食料を供給し、道を整え、水資源を確保し。魔物を駆逐して、コーボルト軍を追い払い。コーボルト軍を撃滅して、打ち破った。
何の為。
(弱気を守る為だ。それが、こんなんじゃ、ああ。レウスは、どこだ)
弟の姿を探すと、エリアスの後ろに隠れていた。
「そ、それは、そのう。どちら様なんでしょうか」
「通りすがりの「俺だよ、俺」
ぱかっとかぼちゃの頭を取ると、眩い蜂蜜色の髪が広がる。
「え、ええー! なんで? なんで、そんな格好をしているんですかー! 詐欺ですよね、それ。そのバルバス氏だって、エリアス様とわかっていたら喧嘩を売らなかったと思うんですよね。ですから、それ、止めてくださいよ」
「ちっちっち。あめーな。そんなんじゃ、悪を成敗できねーじゃん。なあ、ユウタ。あ、こいつG級のユウタな。よろしくだぜ!」
どうも、知り合いのようである。チーは、飛び跳ねたり転がったりと忙しい。
「あうー。困りました。あの人、あれでも冒険者として魔物を狩ってくる人だったんですよねー。僕らは、内務の仕事でラトスクを中心に動いているのでー。魔物を狩りにいく人手が、足りなくて困っているんですよー。そこで、クエストなんですけど! ほら、漆黒の魔女様にお願いします。南東部に増殖しつつある蟹系とゴブリン、オークを殲滅してください。ジャイアントゴブリンからレッドキャップゴブリンまでゴブリン大増殖中です! 他にも、石やら松明まで投げるスローイングタイプも進軍しているみたいなんですよね。こいつら、レベルに合わない強さなんです。なんとか、お願いしまーす!」
長い。
手で静止した。頭の怒りは、すっと冷めてしまった。チャンスである。
レウスにいいところを見せつつ、レベリングをするには。
連れていかれるバルバスの仲間たちを見て、レウスに。
「大丈夫か」
「あんなの、どうって事ないよ。へっちゃらだよ」
「なら、いいんだが」
どうみても、震えている。腕が、恐怖を訴えているようだ。その震えが、気になる。
『おい』
『え? なに』
『まさか、レウスはいじめられたりしてないよな?』
『ええっと』
『なにか知っているなら、教えてくれ』
にこにこしていたエリアスは、レウスの頭を撫でながら。
『ガッツがある子だよな。自分で、耐えられるってのはすげーと思う。でも、辛かったら逃げ出すしかないんだぜ? 弱い奴の事をわからねえと。ボタンをかけ間違えるかもしれねえし。俺が言える事は、立ち上がれる奴は大丈夫って事だ』
何かを知っているようだ。しかし、レウスがそうならいいのだが。そうでなかった時。
取り返しがつかないではないか。
事務所まで歩いていくと、そのまま中へ入ろうとして両側に立つ獣人が、
「止まれ、あっ、エリアス様。こちらの方は?」
「連れだから、いいって、昨日も言ったじゃん」
「そうですか。その私は、休みだったもので」
着る鎧の中身。獣人は、交代しているようだ。
「まったく、ん? んん? これは、エリアス様。まさか、浮気ですか!?」
ロメルが言う。また同じセリフではないか。
「てめー、昨日も同じセリフを言ってやがったじゃねーか」
「いや、しかし、見慣れない子供を連れて、ま、さ、か」
熊耳に眼鏡をかけた獣人は、かぼちゃ頭を凝視する。
「昨日、見てたろ! ユーウの弟だってば!」
「いやーてっきり、ちょめちょめしてて生まれたのかと思いましたよ。あははは」
「おい、ユウタも黙ってねーで反撃しろよ!」
このような会話は、新鮮だ。ロメルが、冗談を言うとは。それをまともに受けているエリアスはさぞかしからかい甲斐があるのだろう。
「アレインとセイラムは、と」
「無視すんじゃねーぞ! こら」
エリアスが、ぽこっと叩く。まるで痛くない。
「仲がよろしいですねえ。ああ、ギルドでの騒ぎを聞きましたよ? どうして、そのような事になったのですか」
「俺に聞くなよ。訳がわかんねーんだぜ? 気がついたら、Aランク冒険者のバロスをでこぴんで倒してた。何が起きたのって、わかんねーもん。なんで、喧嘩すんのかわかんねーくらい沸点が低くなってるからよ。今のこいつをからかったら、黒狼族は皆殺しにされかねねーほどクレイジーだぜ」
ロメルは、熊耳を前後ろに動かす。器用だ。
「というと、ん、はっ。今頃、気がつきましたよ。なるほど。これ、は失礼いたしました。冒険者ギルドカードを発行しておきます。手続きは、すぐに終わりますので少々お時間をくださいますよう」
どうも、気がついたようである。そして、やっとこ狩りに出る。




