219話 フィナルんち (ユウタ、エリアス、レウス、アリス)
そこは、まるで茨に包まれた古い館だった。
レウスは、見知らぬ場所に来て不安を隠せない様子だ。
何度も外観を変えるので、一度として同じ様子ではない。
飽きたら、変える。そんな風だ。
「ったく、どーかしてるぜ」
胸を突きながら、不承不承に言う彼女は箒を手にしていう。
「入れなかったら、どーすんだよ。無理やりにでも入りそうだけどよー」
三角帽子を取った幼女が、中から鍵を取り出す。鍵にしては、馬鹿でかい。
「壊して中に、入ろう」
「やーめーろ。本当にぶっ壊しそうだし、やめてくれよな」
手をわたわたとするエリアスは、汗を浮かべている。本気で壊すつもりはない。
「なにがあるのかな」
「あー、まー、中に入ってからってことで」
蔦が絡んだドアノブに、大きな鍵穴。それに金色の鍵を差し込む。
金属が回転してこじ開けるような音がする。中で、動いているのだろう。
それが一段落して、止まると。
「開いたか? よし」
ドアノブをひねる。ややあって、引かれるドアの中は薄暗くてよく見えない。
と、
「おかえりなさいませ。お嬢様」
初老の執事が、斜めにお辞儀する。黒い服に白いシャツを着たメイドが、並んでいた。同様に、壁を作ってお辞儀をしている。
「おっす。ただいまー。おかんは、どうしてる?」
「アリス様は、研究室です。お呼びしましょうか」
「んにゃ。今日は、ユウタが来てっから邪魔になるだけだぜ。もし、来たら追い返したいんだよな」
「左様で。父君から、顔を見せるようにという言伝を言いつかっております」
「めんどくせーな。じゃあ、応接間で待たせておいてくれよ」
執事は、きびきびとした動きで帽子や箒を受け取っていく。ちらっと見る彼から表情に変化がなくて、愛想笑いを浮かべるのが精一杯。仮面を付けているので、見えないだろうが。
メイドの一人に、案内される格好で進む。
「あんちゃん。ここ、どこなの」
「エリアスの家だ。レウスが、魔術を教わる時にはここに来るといい。…そのうちにな」
「なんか、凄そうだよね」
レウスが、不用意に物に触れようとする。その手を掴んだ。
「危ないぞ」
「え?」
「こうした格式のある家、魔術士の家ではおいてある物に触れては駄目だ。呪いがかかるかもしれないしな。気をつけろ」
「うん。気をつけるよ。でも、面白いね。これなんか、変わった猫だよ」
視線の先には、黒猫が台の上に鎮座していた。生きている。しかし、変わっているのは尻尾が2本に分かれている事だ。猫又の使い魔なのかもしれない。黒で染められた内装は、金がかかっていそうだ。
扉を開けて、メイドが進んだ先に黒と赤で設えた部屋に案内される。
「どうぞ、おくつろぎになってください。何か、飲み物は入用でしょうか」
「それは、どうも。しかし、心配は無用です」
インベントリを開くと、そこから林檎を絞ったジュースをグラスに注ぐ。
そして、銀髪をいじる幼児に手渡した。興味津津だ。
「ありがとー。これ、なにかなー」
「飲んでみればわかる」
採れたての一番をぎゅっと濃縮して味わい深くした一品だ。食物もそうだが、飲み物も不味いようではアルの側近は務まらない。ごくごくと喉を鳴らす弟の頭を撫でる。大して等身は、変わらない。頭1つくらい大きいくらいだ。飯の状態が悪かったからだろう。
「美味しいね。これ」
「そうか。いくらでも飲んでいいぞ。ただし、激しい特訓が待っているけどな」
「あうー」
どうも、このレウス。憎しみを得なければ、ぽややんとした子なのかもしれない。
どうにかしてクシャナを取り戻さないといけない。彼女を取り戻さないと、隣人のギルが病んでしまいそうだ。それに引きずられては、いけない。
いっそ、彼も王宮で下働きをしてもらうのはどうだろうか。
良い案に思える。
かちかちと時計の音が、時間の流れを教えてくれていた。
「クシャナちゃんは、レウスのこれなのか?」
「えぶしっ」
小指を立てて聞くと。
レウスが、果汁を盛大に吹き出した。危ない。しかし、ふかふかの絨毯が汁まみれだ。
あとで、エリアスに侘び料を払わないといけないだろう。
「えうー。そ、それは」
「ふむ。憎からず、か。ふむふむ。ここは、お兄さんに任せなさい。悪いようにはしない」
「ええ? でも、王宮っていったら王様だよね。どうしようもないよ」
「任せろといっている」
軽く幼児の背中を叩くと、むせ返りが一層はげしくなった。やりすぎたかもしれない。
後悔していると。
入ってきたドアが開いて、
「やーまいった、まいった。おかんに捕まってさ「あら、こちらの方、エリアス、このビッチ、ちょっとこちらに来なさい!」
「は? ちょ、ちょっと待てって「黙りなさい、ビッチ! 貴方という人は婚約者がいながら、お友達というから聞いて見に来てみればユークリウッド様ではなくて、アル様でもないではないですか! だいたい、貴方、フィナルちゃん以外のお友達を連れてきた事もないのに間男など! 恥を知りなさい!」
いきなり平手で、殴られた幼女は胸元ががばっと開いた美女に掴まれる。黒いドレスに切れ込み、というには大胆すぎる胸元がへそまで見えるのだ。目のやり場に困るエリアスの母、彼女はさらに平手を見舞う。
「ちょ話を「ちょ、ではありませんよ。貴方は、自覚がありません ここで、性根を入れ替えましょうね」
微笑む美女。絵になる光景だ。が、掴み上げられた幼女は必死だ。
見ていられない。このままでは、セリアにやられたフィナルと同じ状態になってしまう。歯も再生する世界なので、なんとかなるといえばそれまでなのだが。
エリアスを打とうとする美女の手をはっし、と掴んだ。
「お止めください。事情は、わかりませんがエリアスは我が友」
「伴? 無礼な!」
美女の魔力が膨れ上がる。エリアスの倍は、あるだろうか。とてもではないが、幼女では太刀打ちできないだろう。しかし、受け流す。【威圧】だ。マナを乗せたそれ。エリアスというと、腰が抜けている。
「これは、無礼をいたしました」
「ほう? これは、どうして侮れないわね」
美女は、エリアスを放すと黒く長大な扇子を手にした。
「このような場所で、本気ですか」
「娘は、これで、あれな性格です。貴方が騙しているとも限らないでしょう? 催眠術をかけた様子は、ないようですが。支配の権能。悟られないスキルがあるやもしれません」
人形にしていないというのに、疑り深い。母親は、過保護だった。
美女の振るう扇子を篭手で受け止める。火花が散った。鋭い突きだ。
身長差が、激しい。
長い足による踏み込みも、セリアには劣るがそれでもなかなかの腕といえよう。
ひよこも狐も何もしない。手伝ってくれる事がないペットたちだ。
さらに数合。上下に振ってきたそれに、疾風の足技が混ざる。躱し、篭手で受け止める。
なかなかの剛力。長い足の連撃に、天井を使った体術。煙火連弾に火花が散る。
扇を使って、視界を塞ぎつつ、肘から打ち下ろす。右の鈎突き、左の打ち下ろし。
頭上から、踵を下ろしてくる。受け止めれば、扇を突き立てにきた。
反撃するのは、易い。が、セリアではない。殴れば、死ぬかもしれない。
最後の下段足刀は、掴んだ。
「貴方、できるわね」
「だから、そいつは、あー、ユウタってんだよ。俺の友達な」
「よろしいでしょうか」
「合格ではあるけれど、恋愛など、魔術師の家にはないわよ。そこの子供は、はぐっ」
なにを言っているのだろうか。レウスを試そうというのか。思わず握っていた手に力がこもってしまった。
「おかん、こいつに冗談は通じねえから。こいつは、からかう奴だとマジになるからやめろってば」
「わかりました。エリアス。何かあれば、許しませんよ? わかっているでしょうね」
「だーもう、わかってるって。さっさと引っ込んでくれよ」
そして、目が足から伝ってそこにいくと飛び上がりそうになった。
履いていないのだ。目が、おかしくなったのではないか。切れ込みのある服を着ているというのに、それはいけない。どこへそこのあれは行ったのか。ユウタには覚えがない。
エリアスは、紙切れを美女に渡すと。
「あら、いやだわ。ご無礼をお許しくださいませ。お客様。…熱い視線ですわ」
「…」
顔を赤らめた。何が書かれていたのかわからないが、それは名前なのかもしれない。
危急に変化した対応。それが、何を物語っているのかわかってくる。
扉を閉める頃には、アリスの顔が般若から菩薩になっていた。
「お前、どこみてんだよ。変態だなー」
「は? 変態は、あの人だろ」
「そういうの、むっつりっていうんだぜ。スケベ」
困った。全然、話が進まないではないか。
「というかね。家に来たのこれが初めてでもないのに、どうしてああなんだ?」
「仮面」
「なるほど」
レウスは、びっくりして固まっている。かなり怯えているようだ。無理もない。
派手に蹴りや突きをしてきたというのに、テーブルや椅子が破壊されていないので手加減したのだろう。
暴れるなら、外でやるべきだ。だというのに、仕掛けてきたのだから美女は腕のほどが伺える。
セリアなら、一撃で部屋はぐしゃぐしゃになるのだから。
「それでな。これ、鑑定結果だけどな。よく、見ろよ」
一枚の紙が、手渡された。そこには、「こいつユーウ」と書かれていた。
「おい」
「あ、違う反対だ。裏にしろって」
レウスには、見えないようにしてそれを見ると。
「ば、ええ?」
「諦めな、そいつが真実だぜ。つまり、お前」
そこには、レウスとの血縁関係はなし。とある。つまり、グスタフとも血縁関係ではないのだ。
となると、ユウタ、ユーウはいったいなんなのか。捨て子かそれとも養子か。
遺伝子は、裏切らない。見てしまった真実に、打ちのめされて膝が震えている。
「まー、気にすんなって。なんなら、家に来るか?」
「い、いや。ちょっと、めまいがする」
「気持ちはわかっけどなー。こいつをどうするかなんだが、黙ってた方がいいぜ」
それは、そうだ。黙っていないと、どうなるのか。グスタフと血縁がないという事であれば、シャルロッテンブルクも接収されるのかもしれない。目の前が真っ暗になって、倒れそうだ。
だが、男は1人でも立たねばならない。倒れるならば、前のめりで。
何度でも立ち上がる。
「あ、ああ」
「どうする? 今日は、休んだほうがいいと思うけどな」
ひっくり返りそうだ。だが、男は我慢なのである。
「いや、予定通りだ。アレインとセイラム姫を加えて、迷宮に向かう」
「へぇ。…タフだねえ。てっきり、泣きダッシュするかと思ったぜ」
「吐かせ。俺は、倒れたり逃げ出したりしねえ」
「そうかよ。まっ、他の連中は気にしないだろうけどな」
ユウタが気にするのだ。騎士なんてやらずに、どこかに引きこもるのもいい。
なんなら、ダンジョンマスターとして1000年くらい地下に潜るのもいい。
アルのお守りなんて、やってられないし。
「よし、それじゃあ「よう、ん? 誰だ、貴様は」
「おいおい。おやじ。いらっしゃいだろ」
「俺は、悲しい。む、娘が浮気など。そんな娘に育てた覚えはないぞ! 間男め、成敗してくれるわ!」
細面の男は、目をくわっと開ける。真っ赤に染まっている目だ。
よもや。魔眼を発動させるつもりか。
林檎ジュースを飲み終わったレウスを庇うように立つ。目を潰してしまおうと。
「でえいっ」
「ぱぎゅ」
扉を開けて立つエリアスの父親は、顎を娘の振り上げた拳で打ち抜かれて反対側に倒れた。
見事なジャンピングアッパーカット。股間に膝で一撃入っているのも見所である。
男の目が飛び出るようだった。
「外に出てろ。こいつは、俺がなんとかしとくから」
とんでもない娘だった。馬乗りになって、容赦ない打撃を顔面に向かって放っている。
あれが、親子の会話なのか。ユウタの関係上にある父親とは、剣の稽古すらした事が稀だ。
髪の毛が扇状に広がるそこに血しぶきが舞っているのだから、激しい。
「メイド、手を出すなよ!」
「はい。仰せのままに」
入口で出迎えた執事に見送られるようにして、外に出る。お化けがでてこなくて良かった。
「どりゃあ! ったく、しつけえ。俺が、どこで何をしてようが勝手じゃん。魔導騎士だって、お荷物なんだかんなあ」
出てきたのは、5分ほどだった。
「大丈夫なの?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。あんくらいで死ぬようなおやじじゃねえし。おかんとは毎日運動会やってるからよ。それよか、お前の方が精神的にきてんじゃねーの」
「あー。ま、あね」
そうなのだ。エリアスがいなければ、レウスがいなければ。この場で、ごろごろごろと芋虫のように転がったかもしれない。人が見ていると、気取ってしまう。ましてや、弟だと思っていたレウスにみっともない姿は見せられない。
酷い詐欺に、ユウタは脳を攪拌されている。実のところ、事実に圧殺されて気絶しそうだ。
「よし。アレインとセイラムを迎えに行こう」
「よっと待て。フィナルじゃねーの」
「彼女が、いるとお付の方がいるからな。それに、エリアスに頑張ってもらうから」
「ええ~?」
れっつぱーてぃーは、火力1にお供が3だ。ユウタは、見守る役である。




