213話 もしかして4 (ユウタ、アルル、アルトリウス)
「な、何ぃ…」
幼女は、驚きのあまり盃を地面に落とした。
それほどの衝撃だったから。黄金で出来た杯から酒が、零れだして地面を濡らす。それ1つで、国が争いを起こすという神酒を。居並ぶ臣下は、目をわずかに動かした。じゃらりと、重厚な作りの鎖が垂れ下がる。その先には、王族という犬が繋がれていた。
(ば、馬鹿な。ユークリウッドが、アルルの奴に篭絡されているだと!?)
アルルが、ユークリウッドの頭を撫でている。馬鹿な。目を疑ったが、殴り飛ばされている様子ではない。何をどうしたら、そうした事ができたのか。会話を拾えないのが、弱点の方法だった。何しろ、覗きをしていると苦情を言われるので生半な術でなく。
こっそりと覗き見る神器:虚空真眼が、和気あいあいといった感じで紅茶を飲んでいる姿を映す。思わず、
「くっそがああああ!」
杯が、割れて城がさらに崩落を起こした。
叫ばざるえない。おかしいだろう。そこは、それは。己のポジション。
輝く赤がいるべき場所。フィナルも妨害をしないで、横でエリアスとくっついて遊んでいる。アルルとそうならないようにフィナルを送ってみれば、機能しないとか。馬鹿と白豚が馴れ合うなど。
(堕ちたエンリルとティアマトが、動き出す前に竜騎兵を完全な物にしようと考えていたのは失敗だ。これでは…)
戦いに勝っても、意味がない。ただひたすらに真っ直ぐに、妙なる宝をおい求むるべし。そんな言葉を思い出して。
「おのれ…。おい、ファランティーヌ」
「はっ」
「後は、任せた。ドスとよく話し合って、方策を定めよ」
「は?」
「は、ではない。アドル、クリス。将軍たちのフォローを頼む。王族を処分するのは、待て」
「拝命しました」
将軍であるはずのファランティーヌは、鳩が豆で当たったかのような顔をしている。
歩き出すと、シルバーナを視界に捉える。
(糞が。ファランティーヌめ。理解がおいついてねえ。俺が殴っても、悪化するだけだしな)
年上の女も、わかっていないようだ。これが、元なのだ。こちらは、殴らずにはいられない。
段上から、立ち上がって降りていくと。
「ふー。雑種風情がっ」
突きが、シルバーナの腹にささって頭から倒れこむ。
「殿下! 無体な真似をなさる…」
鉢金のしたで、唇を震わせる男。忍者が、賢しげに。
「死んでおくか? 忍者の変わりなど、金太郎飴よ。ましてや、盗賊すら御せない小娘などっ」
価値がない。元青騎士団の団長で、盗賊騎士の団長。その娘でなければここで、斬っている所だ。
射命丸が、抱え起こす。そのまま蹴ってもいい。思うがままに、自由。王子であるから自由なのだ。因縁とアルーシュの手下という事が問題だ。王族を捕らえていた功を鑑みて、
「何卒、理由のほどを…」
「説明しろというのか? 貴様は」
いい歳をした男は、地面に伏してシルバーナを庇う。
アルトリウスのする事についてこれるのは、皮肉な事に同じ幼児であるアドルとクリスくらいな物だ。|空中機動要塞に集った騎士は、ガレアスに任せている。彼がいれば、指揮を取らせる所なのだが。ファランティーヌには、経験が足りない。圧倒的に経験が不足している。年齢x場数x能力が、貫禄という奴で。
(勝ったと思ったら、敗北しているとか。意味がわかんねえだろが!)
赤い盾を使えばいい。転移できなくとも。
アルトリウスは、天井まで飛び上がると。そのまま空を蹴って、大空に飛び出した。アルルが約定を破るのなら、己だって躊躇わない。
「よしよし。さーたっぷり食べるのだ。今日は、私の奢りだぞ。うどんでも何でも頼むがよいのだ」
アルルがいつにない懐の広さを見せる。陽の届かない北側。そこにあって、汚れたカフェを見つけるとそこでお茶を飲む事になった。しかし、地面にはなんだか得体の知れない染みがついている。この場所で食べるには、不衛生ではないか。少なくとも、掃除を済ませない事には埃っぽくて飲み物だって飲む気がしない。
(騎士たちが働いているのに、飯なんて食べていていいのか? 手伝うべきなんじゃ)
「んん。ユークリウッド。まずは、肉を食べましょう。料理人が、調理している所ですよ。すぐに、出来上がるはずです」
「あら、流石はシグルスさま。手際がよろしいですのね」
「あー、1人足りないような気もするのだ」
「やばいぜ。フィナル。アルトリウス様が、来るんじゃねーの」
「…そうですわね」
「おいおい。涼しい顔していて、いいのかよ。俺だって、庇うのには限界があるんだぜ?」
この2人。何の話をしているのか。アルトリウスが、アルルと同席すればどうなるのかわかっているのかいないのか。知っていてやるというのなら、アルトリウスにお仕置きでもされる。というよりも、同じ顔をした人間が2人。確実に噂になるし、影武者もどきの意味がないくなる。
アルトリウスが怒るといえば、フィナルがサボって仕事をしてないくらいだろうか。くるくるとした巻き毛をいじる幼女は、上目遣いで視線を絡めてくる。真っ直ぐに、じっと見てくるのだからたまらない。視線を逸らせると、
「ここは、囮作戦でもやるとしよう。アルーシュの奴、怠慢だな」
「仰せのままに。べガード、エメラルダは居ますか」
「「ここに」」
控えていたのは、白銀の鎧に兜を被った騎士。真紅のマントが、地面に付く。
「エメラルダ。適当な格好をして、下町を巡回するのです。奴隷でもいいですよ」
「はい。閣下のご命令のままに」
騎士たちが、囮作戦をしようというのか。日本では認められていない作戦をやるとは。
シャルロッテンブルクの領地では、勿論やっている。蔓延る外道を抹殺するのは、悲願であるから。
いかに、レイパーに優しい世界であった事か。3年で出てきてリベンジなど。
(魔術のある世界で、治安がいいと言うのも皮肉なもんだなあ)
日本は、治安がいいと言う。嘘だ。ハイエースからして、犯罪は止まらない。
しかも、犯罪者が権利を守られて被害者が2次レイプを食らう有様なのだから。
黒張りの車をみれば、レイパーと思っても仕方がないのではないか。
それくらいに、治安は悪化していた。斜め前に、斜め後ろに。気をつけなければいけない。
夜歩きなど、もっての他だ。ちなみに、ミッドガルドでレイプすればすぐに犯人は捕まる。ミッドガルドの人間なら、殺人をしてもレイプをしてはいけないというくらい。誘拐だって、すぐに捕まる。殺人も然りだ。そういう風に変えてきたから。
(貴族、商人どもは奴隷を囲って処理するからなあ。なんとかしたいんだけど)
ゆるゆるだった法律を厳しくした。しかし、それでもレイプはなくならない。というのは、短時間でやってしまえるから。子供を相手に5分で済ませてしまう外道もいる。
定期的に、ステータスカードを使って洗ってはいるのだが。それで、たまに見つかって一族郎党まで処刑されるケースもある。例え、貴族であろうとも。その例外があるとすれば、高位貴族だとか。女がレイプするだとか。そういう類。
元々は、緩かったのだ。それをユーウが厳しくしていって。ユウタは、もっと厳しくした。
2件も強姦をやっているようであれば、死刑だ。それをなんとか回避しようとすれば、金を山のように積まないといけない。逆レイプされて、レイプされたと訴えられる危険性はない。なにしろ、魔術があるのだから。事の真偽は、調べればわかる。
もっとも。それを面倒だというのが、問題であった。
(飯は、まだかよ。おせえよ)
いらいらする。レウスの事が、気になるのだ。騎士たちに土方ができるのか。
それも問題で、でこぼこした道など論外だ。水平を出すのは、職人の技が必要だ。古来より日本では職人が尊敬を得てきた。
なぜか。それは、素晴らしいからだ。
待っている内に、アルルとフィナルが指相撲で遊び始めた。なぜ、指で相撲をしたがるのか。
「む、むむ。ちょっと手加減するのだ」
「おーっほっほっほ。アルルさまも存外、鍛錬が足りないようで。これでは、アルトリウスさまに勝てませんわ。おーっほっほっほ」
「はー、なんとか言ってやってくれよ」
エリアスが、意見を求めてくる。そんな物に取り合っていたら、いくら神経が図太くてもやっていられない。2人を相手に指相撲をするというような事に。そんなフラグを叩き折るかのように。
「エリアスも指相撲をする?」
「え? いや、まあ、してやってもいいぜ」
細い手が出てくる。それに手を組ませると。
「げげっ。ずるいのだ。こら、フィナル。早く負けて、あっちとやるのだ。こら、力をいれるんじゃあないのだーーー!」
「エリアス…狡猾な作戦ですわねっ!」
「ち、ちげーって。ただの遊びだろ? なあ」
「それ以外に、何があるんですか」
ひょいひょいと動く。指を捉えると。押さえ込んだ。
「…どうなってんだ。おかしいだろ」
「はい、エリアスの負けですわね。次は、わたくしですわ」
「ちょっと待て、お前は負けてからにしろっ」
「ユーウ、もっかいだ。もっかい、やろうぜ」
「いいですよ」
エリアスは、鼻息をふんっ吐き出す。この幼女。見た目に反して、負けず嫌いなのである。すると、むくむくと嗜虐心のような物が湧き上がってくる。エリアスを見れば、常にこうなのだからいけない。なんであろうか。泣かせたくなるのだ。フィナルと違うのは、戦法だろうか。逃げ回るのだが、逃げてばかりで反撃しようとするところを叩く。
「…もっかいだ。なあ、もっかい」
「わたしも参加していいですか」
にこにことした少女騎士が、ほっそりとした手を差し出してくる。エリアスよりも太いが。とても、騎士として鍛えた手に見えない。それでいて、200kgはあると見られる鉄塊を振り回したりする。甲冑だけでも重いだろうに。
握れば、アルルが脛をぽこっと突いてきた。面白くないらしい。しかし、空いた手がシグルスと繋がった。反対のエリアスとフィナルの手が繋がって、まるで直列配線のようだ。
「…あああああ。ちょっと待てよ。なんで、すぐヤられる? おかしいぜ。何か、秘密があるな。教えろよっ」
「くっ。指の長さでは、勝っています。あっ」
2人とも、逃げるばかりだ。攻めてこようとするところを、捉えて捕まえる。ぴったりと合わさった桜貝のように挟まれた。桃色の肉がぴくぴくと痙攣している。逃げようと棒を動かすのだが、そうはいかない。振動しても力を込めても逃がさない。
「こんな物ですかね。あっ。料理ができてきたようですよ」
「おい」
手を離したところで、背後から声がした。エリアスとシグルスは、反対側でフィナルとアルルにも敗北している。両方ともムキになっているようだ。肉汁に湯気を立てた皿が置いていかれる。持ってきたのは、美上と結婚した美上御子斗。旧姓は、剣だったか。となると、調理しているのは美上という事になる。
(ちっ。爆発しろよ。羨ましい)
よくわからない嫉妬心がどろどろと胸からこぼれ出す。後ろからした声は、アルトリウスだ。
「お前ら、楽しそうだな? ええ!?」
「アルトリウスさま指相撲しますか?」
「…おう」
エリアスとの間に入り込むようにして円卓を囲む。配達とか蘇生とかの仕事が残っているのだが。
学校に行くことは、諦めるしかない。行ったところで、授業に遅刻で行くというのはいかにも風聞が悪いではないか。
アルトリウスは、手にごつごつとした篭手を付けていた。魔力で出来ていたそれを解くと。
「ふん。エリアスやシグルスと同じように倒せると思うなよ」
「はあ。では」
真正面から押さえ込みにきた。上を取った方が有利なのは違いない。しかし、あえて、根っこを抑えに行く。そのまま下に押さえ来た瞬間。
「ぐっ。おかしいだろ。長い指が反則だ」
「どうしますか。続けますか?」
「おのれ、こら、エリアス、そっちを倒せ。こっちに力を寄せるんじゃない」
エリアスともやっている。彼女は、機を見るに敏なのだろう。アルトリウスとフィナルを天秤にかけて。力が弱い方に勝負を寄せたという訳だ。鋼鉄を引きちぎるフィナルの怪力には、筋力を魔力で補ってもなお苦戦するだろうし。
肉は、じゅうっとした汁を出している。まるで、誘っているかのようだ。茶色のそれをぱっくりと割って油とも肉汁ともしれない汁が染み出してくる。昼時に、太陽の光を浴びた汁が妖しく輝く。とろとろと溢れ出す汁が欲を誘って止まない。
ねちっこく掻き分けて、肉を割くと棒を突き立てる。柔らかな肉は、その抵抗も虚しく奥へ奥へと沈んでいく棒に歓喜の声を出す。思わずしゃぶりつきたくなる肉の匂いと熱を持った棒は、動きを止めない。間断なく一定のリズムで動き、熱を帯びた棒は肉にハーモニーを生む。
「はい。どうぞ」
「お、う」
幼女の口からは、よだれが出ていた。一口。険しい皺が眉間から取れた。
「むう。こんな、もので攻略されんぞ」
見ると、全員が、
「「次はっ」」
とよだれを垂らしていた。時間がないというのに。幼女の手は、くたっと力が抜けていた。




