211話 もしかして2 (ユウタ、社命丸、レウス、ティーチ、コルベット)
金壷男は、げえげえと胃液を撒き散らしている。
男たちは、3人。手下が2人。真っ裸だ。防音の術を展開する。またの名を人払いの術を。
肌寒い早朝に、汚物が3体ならんで正座の格好。
道行く人は、ぎょっとした顔で男たちを見る。いいざまだ。
手下Aに、
「さて、どうしましょうかねえ。ええ?」
「て、てめえ。餓鬼の癖に、こんな真似をしやがってただで済むと思ってんのか」
「ああん? 何か、言ったか。おっさん」
立ったまま足の踵で、膝の骨を砕いてやる。男の絶叫は、通りに響かない。
ただ、すれ違う人が面白そうに眺めているだけ。
「医者だ。すぐに、治癒術師を呼んでくれ」
「ははは。大した怪我じゃないだろ。すぐに治る」
「は? あ…」
男の足に、治癒術をかけてやると。
「マジか」
「俺も、暇じゃないんでね。あんたらと遊んでいる暇はない。そのままで、返事をしろ」
「ふざけん、ぶっ」
張り手を食らわせると、酷薄そうな顔をした手下Aの男は盛大に鼻血を出す。往復させて、返事を待つ。
「や、やめ…」
「俺の名前を言ってみろ」
「は? な、名前」
「びゅ、びゅた」
びゅた? 男の顔が膨れ上がって返事ができないようだ。回復の術をかけてやると。
「ユウタ、だ」
「そうだ。ユウタだ。お前らは、金を払ったのに強盗を働こうとした。そうだな?」
「違う。ごうとぶっ」
張り手を再度かましてやる。馬鹿なのか。嘘をつけば何度でも反省させてやる。
金壷男は、話をするのも面倒だ。回復するたびに角度を付けた蹴りを手加減して見舞う。
死なないように。
「わ、わかった」
「もう、二度とこの家に顔を見せる事もないな?」
「ああ。そうするから、勘弁してくれ。餓鬼のくせに、治癒術師でモンクとか。なんなんだよ」
手下は、あっさり頷く。今一つ信用ならない。こういう人間は、その場しのぎで言う事が多い。
これを切り抜けたら、後で人数を集めて復讐しようとかいう。そんなタイプに見える。
ちょうど、盗賊騎士たちがねずみ色の服と褐色のマントを羽織って駆けつけるところだ。
騎士は、男だ。細い目を細くして、
「何事だ!」
「ええと。騎士さま。この賊どもが、家に押し入って乱暴狼藉を働くので反省させているところです」
顎に手を当てている。
「怪しい奴だな。仮面を取れ! 妙な結界も解けっ」
「事情がありまして、仮面は取れないのです。結界は、解きましょう」
「ますます怪しい。こやつらをこのようにしたのは、貴様の仕業か」
傲慢ないいようだ。言い知れぬ不安を感じる。周囲を囲むようにして、立つ騎士たちの姿。包囲しているようではないか。やりあうつもりか。弟である可能性の高いレウスを害する可能性が、ある。始末してしまいたい。魔術で、一帯をなぎ払えば証拠も残るまい。というのは、早計だ。後で、ばれる。
「ええ、その通りですが。何か問題でも?」
「こやつらは、集金係だ。公務に付いている。よって、それを妨害する貴様は公務執行妨害である。捕縛せよ!」
騎士たちが、にじり寄る。手には先に魔導石のついた刺股を持っていた。魔術、スキルを封じる為の石が付いているようだ。騎士が、犯罪者を捕獲する際に使われる武具。それにやられるつもりは、ないので。
「シルバーナの配下ではないのか」
「団長のご息女を呼び捨てとはっ。不埒な奴! 切り捨てても構わん。弓を持て、射ち殺してしまえ!」
どうにも、乱暴な思考だ。こうも話が通じないとは。集金にも、やり方が酷いではないか。あのような物を集金とはいわないだろうに。ユウタは、刺股を受け流すとそのまま騎士をひっくり返す。殺すのは、簡単だが、それではまた元の修羅道へとまっしぐらだ。仮にも味方なのに、死体にすればどうなるのかわかってしまう。
北にある貧民街では、このようなのでも騎士をしていられるとか。シルバーナには、一度お説教が必要だろう。お話をするのにも、騎士たちを排除する必要がある。刺股を砕いて、一人、また一人。弓矢を掴みとっては、騎士たちの鳩尾を強打する。モンク系統の【鎧通し】を持ってすれば、【盾】ごと貫通して倒れていく。
「何をやっている。怪しい子供1人だぞ」
「それが、モンクのようで」
「モンクだろうが、なんだろうが盗賊騎士団の栄誉がかかっているんだぞ! 子供1人に負けたなんて喧伝されてみろ。我らは、閣下にどのような叱責を受ける事か! 家だ。家の中に仲間が隠れているかもしれん。いけっ」
ぷっつんしそうになった。家には、動けないティーチとレウスがいる。
―――やらせるかよ。
回り込んで家の扉に接近しようとする騎士の男たち。その包囲をかいくぐって、扉の前に立つ。
「てめえらっ。俺を怒らせたっ」
「撃て! 今ならばよけられまい!」
―――矢などっ。
土壁を作り出す。焼き殺すべきなのだ。最善手は。敵は、すべからく始末してきた。
だというのに、今更。殺さずとは。
「何! 魔術、だと?」
飛びかかってくる兵士。剣を交わしながら、掌底を脇腹に見舞う。
1人、また1人。
「ゆ、弓矢が届かない!? もっとよく狙え!」
「狙ってます!」
以前のユウタであれば、弓矢がぶっささって地面に倒れていただろう。しかし、それよりももっと高速なセリアの礫に慣れてしまった。矢よりも速い投石とか。その威力たるや城壁だって、破壊するほどの石ころ。【回し受け】で、矢を握り潰す。
3人同時。槍に剣、刺股。すっと避けて、一撃。また一撃。盗賊騎士たちの容赦のない連携だが、やがてかかってくる人間を全て倒すと。
「き、きっさまあああ!」
「あんた1人になっちまったな? あ?」
「化物か、貴様は! だが、このコルデット。化物だろうと、倒す!」
コルデットは、刺突剣を顔の前構えた。麻痺の雷撃が、左右に弾かれる。
後ろに隠れる射手に命中した。援護もなし。前衛は、1人。
毒矢を使っていたようだが、効いていない。それに、焦った攻撃。相手は、動揺が頂点に達しているようだ。援軍の姿はない。矢を放っていた人間は、弱電撃こと麻痺で倒れている。死なせる訳にもいかない。元の身体が、この身体だったのかわからないが性能だけなら大幅に上がって手加減が可能だ。揺れる剣先に、閃光のような突き。
刺突剣の使い手のようだ。攻撃をしようにも、下がるので手一杯。それなりに、技が使える様子だ。
二段突きに、閃光突き、受け流し、跳躍から切り返し。乱れ突きと、緩急を付けてくるが。
「ごふっ。ば…」
「寝てろ」
これでも、コルデットは味方の騎士。殺す訳には、いかない。
突きの一つを見切って、懐に入り込んで一撃。革鎧にめり込む拳で、男は釣鐘を描いた。
「やれやれ。こいつら、何を考えているんだ?」
「うう…。騎士団にまで、手を出す、だと…。何者だ。この国で、騎士団に手を出して生きて国を出られるとは思うなよ…」
捨て台詞を言っている間に、麻痺させる電撃が男を襲った。倒れたままよけられない。
「やれやれでござる。はっ、はああああ!?」
そこに、むきむき忍者が現れた。射名丸の弟で、名前は。
「社命丸おせえよ。何やってんだよ。このごみ屑ども、どうなってんだ」
「え、ええと、なんとなくわかるでござるが…。こやつら、何をしでかしたんでござる?」
話が早い。騎士とは違うという事か。飲み込みは、兄譲りのようだ。地に伏せたまま痙攣する男たちを指差して。
「俺に襲いかかってきやがった。話が通じねえ。与作丸とシルバーナに言っといてくれ。部下は、どうなってんだって。お前らに責任とってもらうことになるかもなってな」
「はうあああ? 本当に、え。ま、マジでござるか」
こくりと頷くと、覆面姿の忍者は股間からぷしゃあと漏れる汚い汁で大海を作っている。
「俺は、ちゃんと金を払ったんだがこいつらに襲われるってどうなの」
「ぐうう。忍者。あんた、こいつをどうにかしてぷぎゅっ」
社命丸は、手下Aの頭をどついた。頭蓋骨陥没するような一撃だ。
「こ、このことは内密にお願いするでござる! 伏してお願いするでござる! このとうり」
ムキムキ姿で、忍者とその仲間の忍者までもが土下座している。
なぜだ。
「あの、そこまでしなくても」
「い、いや。早急にこやつらは拙者らがなんとかするでござる。なので、早く中に入って欲しいでござる。あ、金は返すでござるよ。ほら、金を出すでござる」
「なっ。これは、集金…」
社命丸は、拳に息を吐きかけた。目に見えて手下Bは、すくみあがった。金が惜しいようだが、命はもっと惜しいようだ。
「五月蝿いでござる。拙者らまで、連帯責任を取らされてはかなわんでござる! ほら、お前たち、うつけどもを運ぶでござるよ」
金の入った袋が手元に戻ってきた。
「ここまでしてもらわなくてもいいんだけどな」
「い、いや。仮面を被っていたのは、正解でござる。拙者らが駆けつけるのが遅かったら、この区画が浄化されてしまうところだったのでござる。あ、これもオフレコでお願いするでござる。何卒、何卒、内密の約束でお願いするでござる」
「あ、うん。でも、そんなに気にしないといけないのか」
「き、気? はは、それでは拙者らはこれにて。何か困ったことがあれば、相談に乗るでござる。後、この家には絶対に近寄らないように拙者らがこれに言い聞かせておくでござる! ではっ」
マッチョ忍者は、紺色の忍者服に赤いマフラーをして肩に金壺眼を乗せる。目の前で、十字を切ると。
家の上に飛び乗って移動していく。身軽な筋肉男だ。
残されたのは、遠巻きにして噂話に花を咲かせる住民たち。困ったことに、危険物として認知された様子。どうした物か。ユウタとしては、レウスが住民に親しまれるようになって欲しい。そうでなくては、ならないのだ。
仮に、グスタフの子供なら。半分は、血が繋がっているかもしれない。
もっとも、ユークリウッドの顔は兄弟と似ていない。微かにも。
残念なことに。
(んー。今すぐに、シルバーナの奴を呼び出すか? そうした方が早いけど、社命丸さんは内密にっていうし。どうしたものかなあ)
思案のしどころだ。知らないところでできていた弟に、苦労したであろうその母親。知ってしまってはそのままにしておけない。扉を開けて、家の中に入ると。
2人とも、まだ寝ていた。片方は、疲れで片方は、ショックか。わからないが、今の内に室内の内装を変えてしまうとしよう。ユウタは、大きめのベッドに変えるとそこへティーチを寝かせなおす。まるで、枯れ木のように軽い。まともに食事をとってないないようだ。レウスの方も動揺だ。灰色の布切れの下には、ぽっこりしたお腹があった。水の飲みすぎだ。
2人をベッドに寝かせてやると、新品の羽毛が詰まった布団をかけてやる。売り物になりそうな代物だが、ちょうどいい大きさだ。自分用に用意していた物。といっても、父親の不始末ならこんな物では全く足りない。レウスには、屋敷がどう見えていただろうか。
涙が止まらない。
(仮面を付けていて、正解だったぜ。ちきしょう)
血が繋がっていてもいなくても、切なくなってくるではないか。方や、グスタフと一緒に住んで何不自由のない生活を送っている兄弟と。方や、食うものもなく着るものもなくてゴロツキに殴られる生活。
どうみても、グスタフが悪い。これが、本当にグスタフの息子なら。
顔は、どこかアレスに似ている。アレスを細くして、銀髪にしたらという感じだ。
肉を食っていないのだろう。白髪が生えてきてもおかしくない。食べ物を探すけれども、台所の鍋には水しか入っていなかった。
窮鳥とは、このような物かもしれない。レウスが転生者である可能性は、低いだろう。このような生活をしているのだ。何も思いついていない様は、現地人といっていい。母親のティーチは、美人といっていい顔で。それを狙ったゴロツキどもの金貸しといったところか。空鍋に入っている水を外に流す。便所も、風呂もないことに気がついた。
片隅に転がっている壺。それに、しているのか。
(うっ。くせえ)
しかし、くさいだのなんだのと言っていられない。水を出すと、鍋に火を付けて野菜をインベントリから出す。まな板もない。そこから改造するところだ。まずは、鍋に火をつけやすく。魔石を使う道具を設置して、薪を撤去した。魔力がなくとも、スイッチをひねれば火が出てくるタイプだ。レウスが魔術を使えないであろうことを考慮しての事。
次に、水を貯める瓶をおいて水を入れる。水道がきていないのか。蛇口をひねれば水が出る。というのは市民の方までで、貧民街には、ないようで。レウスの家には、水道栓がない。
石でできたアナクロな台所を撤去して、山田と一緒になって作った現代風のステンレスタイプを置くと。瓶から水を取れるようにホースを装着した。これで、レバーを上げれば水が出てくる。もっとも上下させる必要があるのだが。
「ん。あれ、あんちゃん」
「…」
どきんとした。心臓が、痛い。何も攻撃をくらっていないのに、錐でも差し込まれたかのようだ。薄暗い部屋に、魔灯を置く。
大丈夫。血色の良くないレウスは、それでも生きていた。
「ユウタだ」
「ユウタあんちゃんだね」
「あんちゃんは、いい。ユウタと呼べ」
「わかったよ。ユウタあんちゃん」
「あんちゃんは、いらんと言っているだろ…」
「ありがと。ユウタあんちゃん。でも、金、良かったのかな。あ、いい匂いがするな」
不味い。ユウタは、涙で前の景色が歪んで見える。よもや、クラウザーたちよりも親近感を感じるとは。
不覚にも、抱きしめてやりたくなった。クラウスという糞親父は、何をしているのか。
立たせたまま、サンドバックにしてやりたい。
レウスが、鍋を見ている。起き上がると、足が見えた。正確には、足の裏だ。赤い血が見える。皮膚が裂けているのだろう。
「ちょっと待て」
「どうしたの」
足を手にして、回復の術をかける。
「痛っ」
「しみるか」
「ううん。でも…」
「わかっている。靴をやる。裸足は、危険だ。何か不自由は、していないか。金はさっきのを置いていく」
インベントリから靴を取り出す。一番いい物を。例え勘違いだとしても。
「で、でも、こんな事をされたって僕はお金ないよ」
「なあに。そこいらの子供と一緒に外で、鍋でもやればいい。そうだ。そうしよう。友達は、いないのか?」
「うん。ごめんなさい。友達、いないんだ」
―――神よ。こんな事があっていいのですか。
仮面を付けていて本当に、良かった。涙とは、秘するもの。
頭も痺れてきた。友達もいないとは。こんな事があっていいのだろうか。ユウタは、慣れっこだが。
どんなにか寂しい思いをしてきたのだろう。父親は、どこで何をしているのか。聞く事が恐ろしい。
淡い光が、足の皮膚を再生していく。
「わあ、痛くないや」
「そうか。それは、良かった。靴のサイズを測るか。それと、そうだ。冷蔵庫も必要だな。便所、風呂もだ。2階を作るか。そうすれば、広さができるな」
「ええ?」
「まあ、それはおいおいとしてだ」
靴のサイズを測り出す。取り出したものでサイズは、合っているようだ。
成績は、もう頭の片隅にいった。授業は、ぶっちするしかない。コトコトと煮えている。
「食べるか」
「えっ。いいの?」
「いいに決まっている。このちゃぶ台に、茶碗を並べてくれ」
「うん」
野菜を切っただけで具で味を取る。それに醤油を使えば、どうとでもなるだろう。大根だけでも、ユウタは食える。お椀に注いで、それにパンで我慢してもらうしかない。そう、レウスの家にはパンすらない。当然、小麦粉もない。パンを作っている様子もないのだから、その飢えたるやいかばかりか。暖かい汁を見て、レウスは。
「これ、食べていいの?」
「ああ。腹いっぱいになるまで…いや八分がいいな。胃袋を限界まで膨らませると動けなくなるぞ」
冷蔵庫を置いて、その横が台所だ。便所を拵えて、その横に風呂場を作る。すっかり、手狭になってしまう。水は、瓶から補給するしかない。魔術が使えるのなら、瓶が要らないのだが。排水口を拵えていく。
箪笥も要る。服も。食器も汚い。何もかも揃っているが。時間を取られて配達の仕事も、それはそれで時間が必要だ。
「あんちゃん、なにやってんの」
「ああ。便所と風呂場を作っているんだ。今日は、ここまでだな」
「母ちゃんが起きたんだけど」
「そうか」
風呂場を出ると。上半身を起こしたティーチが、お湯につけて柔らかくした大根を食べているところだった。
「ユウタさん。このような事をしただいて恐縮です。その、私たちは何もお返しができないのですけれども」
「お気になさらずに、であった奇縁という奴です。借金がお有りだったようですが、それもご心配には及びません。万事、このユウタにお任せ下さい」
「あの」
「いっぱい、食べて元気になってくださいね。お金の方も、置いていきます」
「えっ? そのような事をされても…。受け取れません」
困った。受け取っておけばいいものを。このままでは、どこかに捨ててしまいかねない。
「ふむ。では、このように考えてください。レウスくんには、武の才能がありそうだ。それを伸ばすのには、道場や学校に通ってもらう必要がある。いずれ、国を守る騎士として働いてもらう為の投資です」
「え? レウスに、そのような才能が…?」
「ええ」
嘘に決まっている。レベルが3で特殊な技能を一つも持っていない。ゆくゆくは、身につけられるかもしれないが。この時点では、クラウザーよりもずっと下だ。ロシナやアキラと比べるまでもなく、弱い。兵士にすら、このままではなれないだろう。兵士は、最低でも10から。
「僕、がんばるよ!」
「レウス。しっかりやるのですよ」
と、言ったきり寝てしまった。どうも、安眠安静が必要なようだ。
(どうした物かな。さっくりと、グスタフとの関係を聞き出したいが)
証拠になりそうな物は、何も見つからない。どこかに、何かがありそうな物だ。
名前から、辿れそうだ。それだけが、手がかりか。【鑑定】でも、偽名ではない。
(この調子で行ったら、どんだけ隠し子が出てくるかわかんないぞ)
今世の父親は、どうも下半身がだらしないようだ。




