208話 危険なのは誰? (シルバーナ、フィナル)
地響きで、頭上にある石が落下している。
コーボルトの城は、振動で壁が持たないようだ。古い石でできた壁に、耐震性能などないのだろう。
そこに、逆さまになったまま待ちぼうけをくらっていた。
『遅いねえ。せっかく罠を張って、待ち構えてんのにさ』
『俺は、気乗りがしねえ』
『拙者もでござる』
逆さまになっているのは、忍者と盗賊騎士。罠は、盗賊の罠で作動すればキノコの粉末で呪いがかかる。特殊なキノコは、人間であれば行動不能に陥らせるといった代物だ。他にも、動物に変えてしまう物が数種類。効くも八卦、かからぬも八卦。
しかし、肝心の獲物がやってこないのではせっかくの嫌がらせも意味を持たないではないか。
『あいつが、罠に引っかかると思えば、待つのもいいんじゃないのさ』
『それが、あの死体でござるか。きめえでござる』
『女の考えてる事は、意味がわかんねえな』
逆さまで、三者三様。
配下の盗賊騎士たちは、すでに王族の確保を済ませている。どういう訳か勝手に城から逃げ出した敵兵たち。将軍と宰相が、殺し合うのを横目に必要な事を済ませている。勝手に戦いだして、勝手に自滅していく様は無様だ。協力し合う事ができないとは。
『ところで。どうして、こねえんだ?』
『そりゃあ。・・・? どうしてだろうねえ。エンシェントゴーレムも展開してんだろからね。こない方が、あ!』
『あ? なんでござろう』
がらがらと、天井が落ちてくる。地面へと、降りると外を覗けば。
違う相手が、罠に掛かっていた。飛んでいく棒にくくりつけられた袋。
「ごほっごほっ。なんだこれは、燃やし尽くしてくれるわっ」
ぶわっと、赤い色が目の前を通過して玉座の方へと走っていく。熱い。床が黒く炭化している部分となめらかになっている飴細工ができた。炎が階段を上がってくるとは。予想外の相手だ。
(なんで、アルトリウス様がきてんだい)
竜機兵は、未だ実験中ではなかったのか。次いで、現れたのはお供に装甲兵。分厚い鋼鉄の盾に、魔術の文様が描かれている。青い鎧に、青い盾。青騎士団の一隊だろう。先陣にアドルとクリスの姿がある。兜を被っていないので、すぐにわかる。青地に白いユニコーンの旗だ。ファランティーヌ将軍が指揮を取っているようだ。
山田に言わせれば、騎士団を超人の集団というが。
アルトリウスが、先頭に乗り込んでくるとは。城は遠ざかって、姿は見えないのに。ブリタニアに戻るのではなかったのか。予定が違う。全然、違う。
「なんですの。この匂い」
「こりゃあ、忍者の罠だぜっ。そこに隠れてねーで出てこいっ」
白いフードに輝く石を嵌めた杖を持つフィナルと黒い三角帽子にエプロン姿といったいでだちのエリアス。おかしい。来るのは、ユークリウッドが先ではないのか。騎士が、手間取っていてもそれ程に時間がかかるとは思えない。
(おっかしーねえ)
『おい。どうすんだ、これ』
『しょうがないじゃないのさ。今更、別のがかかりましたとか言えるのかい?』
『大人しくした方がいいでござる』
きのこや呪いが効いていない。
至って、まともな事をいうのは筋肉で着物がはちきれそうな男だ。
上がってくる階段の上にある地面。そこにすたっと着地すると、階段を駆け上がって王宮の入口へと足を入れた王子様。なんとも気まずい。奥に入る脇にゼーメルドの死体と宰相の死体を並べてある。
「お前ら、アルーシュの」
「さようで、ございます。敵兵が中に入れぬように、罠を仕掛けていたのでござる。王子が来られるとは、つゆ知らずという事。何卒、ご理解のほどを」
「ふん。いいだろう。中には、まだコーボルトの残党が残っているのだな?」
「ははっ。王族は、確保しておりますゆえ探索する必要はございませぬ」
「ほう。では、そいつらを引っ立ててこい。ここで、降伏宣言をださせるとしよう」
急すぎる展開だ。せっかくユークリウッドを泣かせるチャンスだったのに。
与作丸の脇腹を突くが、この男。しらばっくれて、相手をしようとしない。
射命丸は、律儀にも王族を引き渡そうと配下に命じているし。
組頭の車命丸も、似たようなものだ。名前がそっくりで、発音までも一緒とは。漢字が違うらしい。
兄弟で、忍者をやっているので社命丸なんていうのもいる。全員の名前を覚えるのは、大変そうだ。
せっかく先んじたというのに、武功を王子にやるのは面白くないが。
つっかかってくる女も鬱陶しい。
「あら。シルバーナじゃありませんの」
「おっす。ここで、何をやってんだよ。いいネタがあるなら、高く買うぜ?」
カチンと来る物いいだ。高慢な女と知ったかの女2人。
(喧嘩を売ってやがる)
フィナルとエリアスがアルトリウスにくっついている。あいも変わらずの腰巾着ぶり。
辟易する。
ネタか。
ネタといえば、勇者が逃げ出した話のネタを拾ったばかりだ。どうも、水攻めで味方に殺されるようだが、こちらのネタはティアンナが関わっているので、慎重を要する。彼女は、兵器を作り出す勇者の事を調べていてシルバーナに根掘り葉掘りと接触を図ってきた。曰く、科学兵器は危険だからそれを作り出そうとする学者は捕らえて置く必要があると。
(核兵器を作れるってねえ。現実味がないんだよ。核って、なんなのさ。原子とか言われてもこっちは、そんな事を知らないんだからさあ。そんなに重要な奴なのかい)
しかし、捕らえると言っても彼女の気配は殺すような。そんな怨念に満ちていた。
なにか、理由でもあるのかもしれないが。危ない相手に探りを入れるほど、迂闊でもない。
(どうしたもんかねえ。あちらを立てれば、あちらが立たずで困ったもんだよ。こういう時は、ユークリウッドに押し付けちまえばいいんだけどさ。あいつ、どこをほっつき歩いてるんだい)
「先ほど・・・」
「あー、あたっ」
シルバーナの右拳が半身をアルトリウスに向けていた射命丸の脇腹に突き刺さる。「あぐっ」とうめき声をだして、忍者は床で悶えた。
「貴方、仲間になんて事をするのでして? 可哀想じゃありませんの」
「あー。うん。そうなんだけどねえ。勇者が、逃げたらしいんだよね。んで、そいつには結構な秘密を握っているらしくてね。逃がすとやべーような気もするんだけどねえ。扱いに困るんだよ。野垂れ死にするなら、結構。帝国で、兵器を開発する運命にあるとかなんとかでさあ。死ぬしかないって話らしいのさ」
「で、その逃げた勇者がどこにいるのか掴んでんの?」
それは、まだだ。配下の兵は、探しているようだが。
「んにゃ。王族を確保するのが、最優先だったしさあ。こればっかりは、同時にできっこないねえ」
「んじゃあ、俺らが手伝ってやるぜ」
「んー。それは、いいけどね。ユークリウッドがこないんだけど、何か知ってるかい」
青い壁となって、装甲兵がぞろぞろと城の周りを固めていく。飛空船から降り立っている兵は、まるで蟻のように地面を埋め尽くす勢いだ。数の方では、1:20だろうか。
数だけは、コーボルトの方が圧倒的だろうが質が違いすぎる。動く箱こと戦車の砲撃を受けても、何事もなかったかのように進んで行ってはその躯体をひっくり返して遊んでいた。
(ラインメタルの44口径かねえ。砲弾をくらっても四散しないのは、さすが青騎士団の装甲兵)
一昔前なら、何も知らなかったが情報収集をするようになってから知るようになった。
オタクである山田の影響も強い。兵器は、脅威だが魔法、魔術のあるミッドガルドでは通用しないのだ。そもそも、バーンにしろ爆遁にしろロケットランチャーと遜色がなくてユークリウッドの使うミストとバーンをかけあわせた気化爆発だとそこいらの爆弾を超えるような爆発が起きる。戦車が空中を飛ぶなんていう事が普通に起きるくらいだ。
それでも核というのは、わからない。戦車が火薬を使って砲弾を打ち出しているのを理解するので、精一杯だ。120mm砲がどうたらと、ずっと薀蓄を聞いている内にすっかり耳が慣れてしまったとはいえ。シルバーナは、騎士で盗賊の真似をしている。
黒い魔力を布に織り込められたとんがり帽子を被った幼女が、
「ユークリウッドな。マジギレしてっからやべーよ。出会ったら、無難な事を言った方がいいぜ。罠で、嫌がらせなんてしてたらぶっ飛ばされるかもな」
「!?」
言う。
何故、ぶっ飛ばされるのか。彼は、常に温厚だ。怒った姿を見た事がない。
フィナルが、死体を見たのか。
「あら、この死体の方。どこかで、見たような」
その死体は、氷が3身体5。残りは、千切ている。血を流しすぎて、蘇生の見込みは薄い。
何より、犬の獣人だ。
「そいつは、ゼーメルドだ。将軍は欲しかったが、死んでしまってはな」
「あらあら、蘇生するにしてもこの胴体に突き刺さった氷の槍が問題ですわね」
「蘇生できるのか?」
「頭は、大丈夫のようですので。むしろ、他の死体が厳しいですわ」
見れば、氷が胴体を埋め尽くしている。他の死体は、首から飛んで中身がはみ出して地面に転がっていた。小さい身体をした宰相は、どうなのか。
「宰相のレッチは、どうだ」
「この方、寿命がきているみたいですわ。とっくに、死んでいてもおかしくない身体でしてよ」
「ふん。いい人材というのは、得るのが難しいからな。敵でも降伏するのなら、生かして使いたいところだ。男は使い道が限られるが、女なら餌にも使える」
コーボルトの将軍は、生きている者を探すのが難しいくらいだ。ウォルフガルドとコーボルトで合わせても片手で足りるかもしれない。互いに殺しすぎて、役職だけの将軍が生まれそうである。
振り返れば、分厚い鋼鉄の箱が細切れにされていた。騎士の持つ魔術を帯びた剣は、鋼鉄も容易く切り裂く。青騎士団に所属するからには最低でも高レベルの剣士持ち。
正騎士なら、騎士を持っている事だろう。
悪寒が、する。城の正面からだ。叫び声だろうか。青騎士団が突撃した方向でもある。
くる。弾丸ではない。飛来する砲弾を棒状の投擲物で破壊していると、それとは違うものが壁にぶち当たった。
空中で爆散する榴弾と飛来した物体がもうもうと煙を上げる。
「ユークリウッドか。いかがした」
「いえ。何も」
怒っているだろう。目が、赤い。鎧になったのを目にしたのを、見たのは何度かある。その時は、緑と青が混じった色に変わっているから精神状態が伺える。【鑑定】を使うと、
【ユークリウッド・アルブレスト】
【年齢:9歳】
【状態:狂乱、鎧】
【特殊技能:鎧化】
(狂乱て、またなにかあったようだねえ。さて、どうやって煙に巻くかね)
恐ろしい。が、逃げるには遅かった。
レベルと戦闘力が読み取れない。ステータスも出てこない。かろうじてわかる所はあるが、頭痛で頭が割れそうな痛みが走る。すると、三角帽子が目ざとく見つめてきた。手を横に振っている。触らぬ神に祟りなしという諺もあるが、盗賊は盗むのが身上だ。情報を収拾するのにためらってはいけない。案外、スパイというのにシルバーナは合っているのかもしれなかった。
「ふん。俺がいうのもなんだが、必要な事だったのだ。あれで、最小限の犠牲で済む。と、考えたのだから実行する者を責めるのはお角違いだぞ」
「…」
「だが、ユークリウッドが他に案があるというのならそを先に提案するべきだ」
この鎧。鎧になった時は、念話しかできなかったはず。
であれば、アルトリウスが1人で芝居をやっているようにしか見えない。
そんな趣味は、ないので念話で返事をしているのかもしれないが。
怒っている男は、とにかく暴力的だ。ユークリウッドが暴れれば城が跡形もなくなってしまうだろう。
隣にいる与作丸などは、顔から油汗を垂れ流している。
なまじ、気を感じ取ってしまうからそうなるのだ。
仮に、ユークリウッドが王子に殴りかかったりすればどうなるだろうか。
ありえない話ではあるが、山田の小説では王様がぶっ飛ばされたりする。
「…」
「うんうん。分かってくれたようで、何よりだ。これは、セリアに対する手向けでな。そこを理解してくれるならありがたい。何しろ、彼女が犬人族は皆殺しにするべきだというのだからしょうがなくはないか? 復讐しようとする彼女に、お前は止める権利がある。そう思っているのなら・・・な」
がくり、と白い鎧は膝をついた。いじめ過ぎではないだろうか。判官贔屓は、発動すると戦闘力が二乗していく脅威のスキルだがまた反動でダメージを受けるようで。鎧もまた物理攻撃を受け付けなくなる作用が見受けられる。攻撃を貰っているところを見た事がないので、どれほどの硬度なのかわからない。試しに、与作丸をけしかけたいが。
「…」
「そんなにいじけるな。俺が、いじめているようではないか」
「あたくし、気分が悪いですわ。さっさと行きましょう」
高慢基地な女を見れば犬人の将軍の身体が元の5体を取り戻している。普通では、ない。目を疑う光景に、与作丸も射命丸も目が限界まで開かれている。見た事はなかったのだろうか。
「味方のゴーレムを沈めたのは、不問とする。しかし、感心はしないぞ」
「まーまー。あれ、動かせなくなったら元も子もないと思うし、ここらへんで止めた方がいいぜ」
「ふん。いくぞ」
アルトリウスの見ていない角度で、フィナルが唇の端を震わせている。ユークリウッドに殴られるよりも、アルトリウスがフィナルに暗殺される可能性を考慮しなければいけない。
フィナルとユークリウッド。どちらが危険かといえば、どっちも危険だ。ユークリウッドが離反すれば、彼女もまた離反するだろうし。エリアスは、どっちかわからないが可能性は半々だ。
去っていくアルトリウス一行。白い鎧は、しゃがんで丸まっている。
そこに、鉢金を巻いた三白眼と薄い眉に犯罪者を思わせる凶相の男が、白い鎧の肩をぽんぽんと叩く。
「あー、なんだ。そんなに落ち込むなよ」
「あっ。ずるいでござる」
ダメージが回復した射名丸は、何がずるいのか。シルバーナは、出遅れた。
「そうだねえ。ゴーレムを破壊しちまっても、しょうがなかったんじゃないのかねえ。でも、セリアの事とかウォルフガルドの事を考えれば難しいさね。これでも、戦いの犠牲は最小限に抑えられるかもっていう作戦だし。誘拐して、ほにゃららは台無しだけど」
白い鎧が、元の肉体に戻った。幼児の顔は、涙でぐしゃぐしゃだ。
殴りたい。ぞくぞくしてきた。
(ひひひ。いいねえ。いいかおじゃないのさああ。これだよ。こういう展開だ。先物ってやつなのかね。やってみるもんだ。2人きりじゃねえけど。くっ、ヤっちまうかね)
男なら、射精しているだろう。
シルバーナの縄張りでは、娼館も取り仕切る。やり方も見た事はあるので、わかる。そう。ミッドガルドでは女が、強姦しても罪に問われないのだ。
ここで、押し倒しても罪には問われないだろう。邪魔なのは、与作丸と射名丸だ。どっかに行って欲しい。千載一遇の好機に、忍者が邪魔をする。
(空気読めよ、ふぁっく。忍者ども)
ユークリウッドが、弱っている。よしよし、しながらセックスしたい。知識としてやり方は知っているが、初めてなので躊躇いがあった。
絶好のチャンスなのだが、タイミングが掴めない。
やさしく肩に手を回しながら。
「戦いを終わらせる為に、必要な生贄だと。そういう事なの?」
「悪いのは、どっちかだとか必要な死だとかそんな事を考えてもきりがないじゃないのさ。セリアにしてみれば、復讐するのは当然の権利だと考えるだろうさ。そんなあの子に、お前は復讐は虚しいって言うのかい」
「…」
飛来する砲弾が、礫で撃ち落とされて間近で爆発した。戦車の砲弾か。邪魔だ。緊張感が、心地よい。そこかしこに降り注ぐ鉄片は、【盾】で防げる。騎士の何が超人かと言えば【盾】に尽きる。脅威のスキルだ。
「あんたは、王様に仕える騎士。王様が、戦争だと言えばイエス、マイロードなんだよ。理由なんて、戦いの数だけあるんだ。罪は、王が背負う。理由を問わないから、騎士は戦える。善悪を考え出したら、そりゃもう商人か農民にでもならないとねえ」
「もう、農民にでもなろうかな」
(こいつ、何言ってんだ。あたしをこうした責任をとって貰わねえと。逃がしゃしないよ)
盗賊まがいの密偵もする。騎士からジョブ:密偵、斥候を持つのが盗賊騎士団だ。ねずみ色の騎士団には、誇りすら持つのが厳しい。精神を病んで引退する騎士を支援するのも、シルバーナと配下の仕事だった。介護職では、ないのに。
(なんで、あたしばっかり変な仕事を押し付けられるんだい。納得がいかないさね)
因縁から。逃げるのは、許せない。シルバーナをこうしたのは、この男だというのに。他の人間も逃亡は、許さないだろう。フィナルとかティアンナとか。ルナも。指に力を込めた。胡桃だって、人差し指と親指で割れるくらいだ。逃げられないようにしながら、
「農民ねえ。でも、あんた。妹が強姦されて死体になったら、復讐を虚しいって言えるのかい」
言った途端。シルバーナは、心臓が跳ね上がった。鷲掴みにされた。ありえない。
首が、取れたような感覚。視点が、横にぶれている。ようなありえない光景に、激しい鈍痛。
地面が、ゆっくりと上に向き上がって。空が青い。
与作丸が、「や・・・鼻血・・・お・・・!」声を出しているようだが。何を言っているのかわからなかった。
(いいすぎたねえ。これ…はこれで、あり、かも)
しくじった。さっさと実行するべきだったのに。
―――肉欲でも愛はできる。
まずは、下半身で繋がる事だ。
なのに、シルバーナは余計な事を言ってしまった。後悔先立たず。




