207話 徒然なる8 (エリアス、フィナル、ガレアス、ファランティーヌ)
隣で、子供が死んだ目をしている。
魚が腐ったようなあれだ。エリアスまで気分が悪くなってくるではないか。
同じ場所に座らされる身になって、欲しい。
「負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた…」
教典の経文か。なにかに取り憑かれたように同じ単語を喋っている。
気分が悪くなるのと同時に、相手の頭を叩く。
女は、頭がおかしい。
「いたっ。なにをするのですのっ?」
「気持ちわりーんだよっ。いつまでもメソメソしてんなよ。こっちまでてめーの暗黒面に飲まれそうじゃねーか」
霊気の波動まで、周囲に拡散するのでタチが悪い。佇む負け犬の霊障だ。
セリアと戦うなど、ちょっと早すぎる。罠も何もなしにとか。頭がおかしい。
「びびって、戦わない貴方に言われたくありませんわ!」
「なんだと!」
びびってねえし。と、言うところで。
「うるせえぞっ。お前ら、邪魔すんな!」
エリアスの主は、真紅の宝石で作られた玉座に座っている。炎を象る神秘の石。
魔導を志す人間ならば、その価値は測りしれない物と知っている。ひとかけらで、城が立つ。
火の神霊石だ。削って持って帰りたいが、それも普通ではできない。特殊なメスでも、飴のように溶けてしまうだろう。
(はあ。研究材料に欲しいぜ。神霊石、分けてくれねーかなあ。買うと、いくらすんだろーなあ。いいなあ。火属性の術が使いたい放題って、どうなってんだよ)
迷宮に潜っても、アルが一緒では精霊石から魔石まで全部奪い取られてしまう。それもこれもユークリウッドが、やってしまうからだ。フィナルは権利を主張しないし、エリアスがしようとするとぼこぼこにされる。たまーにおこぼれをもらえるが、それでも一財産になる。
(ユークリウッドが好きなのは、わかんだけどなあ。こいつ、ちょっとは遠慮したらどうなんだよ。だいたい、まだ子供だぜ。そりゃ、俺も血迷ったことはあったけど)
ユークリウッドと一緒に、迷宮に行くのは金とステータスの為だ。簡単にレベルが上がるし、金は唸るように入ってくる。ちょっと魔導器を開発するだけで、家が何件も立つくらいの金が手に入るのだから。一緒に冒険をしない手はない。
とりあえず、キープしといて損しない。
「まずいな」
「ええ。これは、まずいですよ」
「ふむ」
隣で、呟くような声。
アルトリウスとアドルにドスが揃って魔導水晶でできた画像を見ている。映像は、鮮明でとても古代の代物とは思えない。城の名前は、色々あるがしっくりとこないのは内装だ。魔導の粋を尽くしたかのように文字がびっしりと書かれた床。その上には、透明な板があって興味をそそる。許されるなら、一見してただの床に見えるそれを剥がして見たいものだ。
アドルとドスの前には、青騎士団と赤騎士団の将軍が2人並ぶ。
ドスは、青騎士団の団長を任されているが将軍としてはまだ日が浅い。
居並ぶ将軍に比べれば、いささか若いといえよう。
焦げたような茶色い髪に赤錆色の鎧。太い眉の下に眼帯をしたままで、腕を組んでいるのはガレアス。
ファイアソードを授かった赤騎士だ。ロシナの叔父でもある。
「何か? 懸念でもあるのですかな」
「ああ。大有りだ。アルーシュめ、ユークリウッドが着ているのならコーボルトの民を逃がさないようにするのを止めるべきなのだが…忘れてやがる」
「は? 何故でございましょう」
ガレアスは、ユークリウッドと一緒に戦った事がないのだろう。一緒に戦った事があるのなら、彼の基地外ぶりを知っているはず。戦場で戦っているのに、突然、敵を保護したりするのは当たり前のようにやる。信じられないが、敵を倒そうとすれば邪魔をするのだ。そう、まるでなにかに取り憑かれたかのようだ。弱い者を保護するのは騎士の努めだが、彼は魔術師ではないか。
騎士だって、敵を捕虜にするのはあくまでも身代金を目当てにしてのこと。
味方の古代騎士級機動兵を攻撃しかねない。普通ならば、躯体の持っている魔導抵抗が凄まじい機動兵に、魔術は弾かれるか或いは通らないのだが。
魔術とは、支配。
「まずい。あいつに攻撃されたら、ゴーレムが木っ端微塵になるかもしれないぜ」
「何を言っている。魔女殿。あのエンシェントゴーレムは、破壊できる者はいないと言っていたではないか」
ガレアスの対面に立っている女が、振り返ると。
細い柳眉を寄せて、言う。
それは、それだ。確かに、そんな事を言っていたような気もする。
「あー。うん。そんな事も言ったっけなあ。あはは」
「筆頭魔導師が、それでは困るぞ。具体的には、どうなるんだ?」
「ふん。俺が説明してやろう。この城の魔力を供給しているのは、俺だと思っているだろう」
女は、こくりと頷く。画面では、ユークリウッドが、コーボルトの逃げ惑う民衆を背にしている。いよいよまずい。
「だが、俺ではまだ足りない。このまま順調にレベルが上がってもあと3年はかかる。いや、6-7年はかかるはずだった」
「さようでございますか。ならば、この城が起動した理由が彼にあるということですか」
アルトリウスは、臆面もなく言ってしまう。隠しておいた方が、危険は無いはずなのだが。言ってしまって良かったのだろうか。黙っていれば、わからないがいざという時には困ったことになりそうだ。原因がわからないで、墜落してしまうとか。
ユークリウッドは、鎧になった。そのままゴーレムの足を放り投げる。周りをうろちょろと飛び回る鳥馬が邪魔そうだ。顔は、潰れた鼻をした少年だ。鳥馬に乗っているのだから、さっさと距離を開ければいいものを。どこまでも、足を引っ張る日本人に腹が立ってきた。
「あら、貴方。邪気を感じますわよ? らしくもない」
「なーんだかなあ。あれ、邪魔くさくねえか」
指で指すのは、日本人の強奪スキル持ちだった少年。今では、その能力を失いただのありふれた騎士という話だが胡散臭い。日本人は、本音と建前を使い分けるので油断がならないのだ。へらへらと笑いながら、影では薄刃蜉蝣と罵るのである。表面だけを見て、彼がどのような気持ちでいるのかわからにので厄介だった。
邪魔な奴は排除するのが、一番だ。
「言われてみれば、最近になってぶんぶんと飛び回るようになりましたわね。蝿が」
「だろう? けど、俺らが呪い殺したらすぐにばれる。誰か適当な奴がいないか、ねえ」
「こらっ。聞えよがしに暗殺の話なんかを俺の前ですんじゃねえっ。っていうか、お前らくらいなもんだぜ、そんなにフリーダムな女どもはよおっ」
「あら、いやですわ。これと一緒にされるなんてっ」
「簡単に、殺すなよ。あれは、あれで使い道がある」
これとかあれとか。
どの口がそれを言うのか。縫い針で、口元を縫い付けてやりたい。しかし、彼女は彼女で権力をつけ始めてエリアスではそれをするのも難しかった。そんな事を言っている内に、古代騎士級の機動兵が輝く剣を抜いた。まさか、ユークリウッドを殺す気か。
「げっ。乗り手は、誰だ。生身に光剣なんて、抜きやがって。恥ずかしいだろ」
「ふむ」
「これは、死んでしまうのでは?」
女将軍ファランティーヌは、口元に手を組んだ。それは、ない。
ユークリウッドが、鎧になったら魔術が効かないのはもとより素手で鋼鉄でも殴り始める。
動きの遅い機動兵は、振りかぶった。が、動きについていけてない。
スキル:判官贔屓が発動しているのだろう。
「さすがですわ」
次の瞬間には、輝く剣を持つ機動兵の腕から足まで雷神裁断が斜めに走っている。白い鎧の手に輝く真白いそれ。光が膨らんで機動兵が、止まったまま。それが画面を覆う。
眩しい。光が収まると、倒れているのは機動兵だ。
ユークリウッドの手には、何もない。味方を攻撃するとは。普通は、軍法会議で処刑だ。
「アルブレストの小倅は、裏切った、ということですかな」
「違う。というか、そうなると困る。ったく、俺が言っている通りになったじゃねえか。ゴーレムで味方を攻撃しようという奴のほうが悪い。そんで負けるとか」
他の2人と念話をしていたのだろう。ファランティーヌは、
「連絡は、されていたのですね。しかし、アルブレスト卿の御子息はとんだ厄介もののようで」
やばい。こっちは、こっちでフィナルの暗殺リストに載ってしまっている。にこやかな顔をしているのが、その証拠だ。後ろで、ぎゅうぎゅうとエリアスの裾を指で掴むのはやめて欲しい。如何に魔術師のローブとはいえ、幼女の怪力で掴まれたら穴になってしまうではないか。他の人間が居なくなったら、ファランティーヌが空中から落下死しかねないくらい。
(おいおい。あんた、死ぬぜ)
アルーシュが、手振りで伝えてくるがこればかりは病気だ。
男にちょっと触られたくらいで、牢屋にぶち込んだりするものだから知っている人間は知っているはずなのだが。麗しの聖女が、実はとんでもなく頭のおかしな幼女だということを。それに、ファランティーヌは艶やかな銀髪と容姿が整っていて出るところがでている。フィナルの嫉妬を買う女だ。
剣を振るうには、無駄に胸がでかい。これもまずい。名前も似ているし、まずい。
「あーこほん。あー、あー」
「ふむ」
「どうかされましたか」
わかっていない。「ふむ」しかいわないガレアスも開いているのかわからない細目で、何を考えているのか読み取れない。読み取らない女に読み取れない男とは。どうして、こうもちょっとまともでない面子ばかり揃うのか。クリスとアドルは、画面に釘付けになっているしエリアスが、
「ほらっ。こうなったら、俺たちも突っ込んじゃおうぜっ。白騎士団も降下しそうだしさ」
「なわけに行くか! こっちの竜機兵は、まだ稼働実験が済んでねえんだろ。ゴーレムなしに、降下するのは無茶だろーが」
「そりゃあ、ほら。気合でどうにかするのが、王様でしょ。行き当たり、ばったりの系譜だし?」
「ぐうう。それは、そうだが俺は変わった。馬鹿と一緒にされるのは、御免こうむる」
アルルは、降下させるだろう。ゴーレムを使いたくて仕方がないのだから。
と、反対意見を言いながら降下したくてたまらないようだ。そこに、
「ふむ。なりませんぞ」
「いや、しねーって」
「ふむ…。なりませんぞ」
信じてないようだ。連れてきている兵士も、休暇を押してつれてきている。とんでもない重労働に匹敵するだろう。やっとこ蛮族を撃退したと思ったら、他国への遠征とは。空を飛ぶ城に興味津津だった兵士たちだって、慣れれば大地がいいに決まっている。
見晴らしは、凄くいいのだが。
「確か、エンシェントゴーレム1体でそこらの国が1つは落とせると。そう言って居られましたが。これは、どういう事ですか」
「どうもこうもない。でかいから、強いってわけでもない。乗り手は、カリスか。ふん。知らない名前だな。誰だ、こいつを古式に乗せた馬鹿わ」
(あんたの姉貴じゃんか)
誰が、姉なのかよくわからないけれど。ガレアスは、
「トリステイン卿の次男で、剣の腕はかなりの物と聞いた事がありますな。下町で、剣術の道場に通う剣士と。剣だけなら、道場でも3本の指に入る上に婦人方には人気のある青年とか。残念ですな」
ゴーレムの修復は、人ではできない。城にある謎の箱に入れるだけだ。謎の箱は、解体も覗くこともできない謎の箱だ。謎が、いっぱいある。
カリスは、剣が優れていても機動兵の操作には慣れていなかったという事だろう。もっとも、慣れていたとして勝てるとは思えない。トリステイン伯爵から、強い後押しがあったようだ。開いた目録の中から記録を呼び出すと、カリスの名前を登録から削除する。仮に、生きていたとしてもゴーレムには乗れまい。周りが許さないだろうし、彼はユークリウッドに敵対するだろうから。
(価値がねえし。死んでよしだぜ)
「あの方。あれに、乗っている方の名前は?」
「あー。どうすんだよ」
「どうもしませんわ。わたくしは」
どうかするに決まっている。ユークリウッドの家の前をうろついたという理由で、男なら撲殺されていたりするくらいだ。それに、入念な調査をするのであるが。某かのマイナス要因が見えるだけで、隔離するとか。それが、良いのか悪いのか判断に迷う事も増えてきた。
(カリスだっけ。こりゃ、廃人かねえ。ま、この戦いの後でも生きていればの話だけどな。へへ)
ユークリウッドが、盾になっているというのに踏みつぶそうというのだから。まあ、仕方がないとは思う。止めているにも関わらず、話もしないようでは擁護のしようもない。笑顔のフィナルは、速攻で始末する算段をつけているだろう。怪我の治療後、急に姿が見えなくなった的な話にするに違いない。なんとなく、読めてしまう。
「だめになったら、うちにくれよな」
「あら、なんの事でしょうか」
「ふむ?」
将軍が見ている。会話からは、何だかわからないはずだ。フィナルがこれなので誤解される事も多い。方々で、気が多い幼女とも陰口を叩かれるし。その分、エリアスの仕事が増えるのだが。フィナルが壊してしまった玩具を再生利用でホムンクルスにしてしまう。というのは、人から言わせれば魔女の所業と言われる。
実際には、作り直すので別人と言っていいはずなのだが理解されない。遺憾な事である。
ユークリウッドを招集した際には、偵察という話だったのにいつのまにやら総攻撃の様相だ。
王都の門からは犬人たちが我先にと逃げ出している。エリアスの水晶玉には、コーボルトの城の様子が映し出される。遠見の術だ。
(煙が上がってんぞ、これは。なんにもしなくても陥落しちゃう流れみたいだぜ)
楽なら、楽でいいのに。
魔女は、これが一番最初に練習させられる。遠くを見るという事は、偵察兵の役割もできるという事だ。
城には、魔女たちがそれを交代でやっていて念話で報告するというのも至って日常の業務。
のっぺりとした四角い城の白壁とそこにある穴から、結界を超えて入ると。
城から我先に逃げ出す貴族と。犬人が争っていた。
「これ、戦うまでもねーじゃんか。勝手に崩壊してやがるぜ」
「ふん。戦うまでもないとは、な」
「帰った方がいいんじゃねーの? 顔を真っ赤にしたユークリウッドに詰め寄られたらやばいじゃん」
「そうするか。無駄に魔力を垂れ流すのも、勿体無いしな。撤収だ」
撤収するには、まだ早い。見ていてとばっちりを受けるのも癪に障る。
ゴーレムを回収したいところだが、それはアルーシュが許さないだろう。
フィナルをなだめるのが、大変だ。




