204話 徒然なる5 (ユウタ)
色々といけない風呂に入ってしまった。
ユウタは、とりもなおさず気分を治す為に冷蔵庫を開ける。
中は、色々な食べ物が入っていた。目当ては、牛乳だ。
早めにセリアと合流しなくてはならない。帰って夕御飯を食べている暇も作っている暇もないだろう。
女の子たちの魔手を退けて、着替えを済ませた後。
1階で、アキラの姿を探す。迷宮に潜ってはいなかった。
夜は、さっと寝てしまう少年だ。チィチと一緒に食事を取っている。
すぐに近寄って、テーブルの前にある椅子に座る。
「お、大将。もう、ご飯にするのか?」
「いえ。これから、セリアのところに行きますのでついて来てください」
「お、おう。飯を食っている時間は、ある?」
「ないです。すぐ行きましょう」
と、言っている内にけたたましい声が脳内に響く。【念話】だ。
携帯電話も真っ青なそれは、
『おい。ユーウ。どこで、何をしている?』
アルーシュだ。声が、低い。怒っているようだ。
無視できないとんでもツールになっている。寝てても起こされる非常識さ。
『ええと、今からセリアのいる場所に向かう予定です。事務所で、汗を落としていました』
『そうか。…? もしかして、セリアから今日の予定を聞いていないのか』
なんの事だろうか。セリアには、大丈夫か? というような事しか言われていない。
予定だとか、なんだとか。頭の片隅にすらなかった。セリアは、もしや言うべき事を言っていなかったのか。そんな悪寒が、よぎって目の前にいる少年と少女は不思議そうにしていた。
(ふぁっく、さっさと食えや)
なんて、言えない。もぞもぞと動く毛玉とひよこは飛び出して餌を強請っている。
言い様がない。そこに、
『はい。それで、何か』
『んん、コーボルトがなかなか降伏しないからな。ちょっと、攻撃してやるのだ。それで、お前が来るのを待っているのだ。セリアにやらせたら、街を破壊するだろうしな。さっと来てくれるとありがたい』
『了解しました』
機動要塞か。違う。浮遊城の方だろう。3つも拠点を持ってくるとは、頭がおかしい。
そんな事は、おくびにも出さず。アキラとチィチが勢いよく麺を飲み込んでいるのをじっと見つめる。
ラーメンだ。豚骨か。食いたい。アキラを殴って、奪うのもいいかもしれない。
腹が、ぐぅっとなった。
『それと、……フィナルと何かあったか?』
『いえ。なにもありませんが、セリアは殴りすぎです』
『そっちか。また、顔が変わってしまったかもしれんな。叱っておくが、恍けるからなあ。ああ、すまん。急いで来てくれ。場所は、わかるな?』
『はい』
『それから、フィナルとは本当になにもなかったんだな?』
『ええ。特には、何も』
『よし。では、すぐに頼むぞ』
疑われているのか。反逆するような事をした覚えは、ない。だというのに、ねちっこい。
アルーシュを待たせれば、どのような癇癪を起こすか知れない。
すぐにと言われれば、すぐなのだ。
餌は、マールから貰うDDとブランシェ。それを摘み上げるとフードに放り込む。
こうしないと、いつまでも食べているから。仕方がない。
「アキラさん。行きましょう」
「お、おう。それと、こいつも連れてっていいか?」
指で示したのは、アレインだった。まだ子供であるアレインを鍛えているのはわかるが、はっきり言って役に立たない。日本人は、妙に情が移るというか。そうなると、あれこれと手を施すのがいけない。子供に大人と同じ働きをやらせようというのは、無茶だ。ユウタが言える事ではないが、子供ではすぐに死んでしまう。
だが、物は試しだ。
「いいでしょう」
「いいのかよ。よっしゃ。ラッキーだな」
と、当のアレインは笑顔を浮かべている。しかし、浮かれていいのか。
行く先は、浮遊城だ。罷り間違うと、そこで斬られてしまいかねない。
転移門を開くと、
「えっ。このままか」
「そうですが、着替えは向こうでも問題ないですよ」
「おう。早速、入っていいか?」
「ええ」
アレインとチィチ、アキラの順で門に入っていく。
出た先は、
「うおおお、さびぃ。なあ。急いできたけどさ、ティアンナさんとかエリストールさんを連れてこなくてよかったん?」
「ミッドガルドは、亜人を差別してますからねえ」
「差別、よくねえと思うわ。俺は」
「差別、ね。差別なんて日本にはいくらでも転がっていたでしょうに。気がつきませんでしたか?」
「え?」
呆けたアキラは、まだ高校生だったのだし知らないのも仕方がない。
日本は、日本人を差別するように社会が形成されていた。外国人が、控除のおかげで無税になったり各種税金の減免を受ける一方で日本人に容赦のない取立てをする。人口が減るのは、一重に政治家と官僚のせい。なにも結婚をしない人間のせいばかりではなくて、産めない社会を作っている。
大概の人間は、わからないし気がつかないのだから。
「日本人は、日本人同士で差別しますからねえ。特に、能力の有り無し。顔以上に能力があるかないかでボロクソに言われますからね。アキラさんは、まだ経験が無いようですけど。同じ能力者同士で闘えば、おのずと能力に差が出ます。その時も、また差別だと叫びますか」
「そりゃあ。まあ、その……」
黙ってしまった。社畜は、社畜同士で競わされる。非正規雇用の業者という奴隷商によって。
忘れもしない。家畜に仕立て上げた政治家と大学の教授を。
どうして忘れてしまっていたのか。今更のように思い出して、胸の奥が軋む。
差別なんてどこでもあるものだ。なんでもかんでも差別と言う人間もいる。
しかし、アキラはわかろうとしない。
風が冷たい。寒いから、高い空のようだ。空は、満面に星が浮かんでいる。
煌く太陽も地平線の彼方に沈んでいた。
夏の終わりか、はたまた感覚がずれているのか。わからないが、反対側には城が立っている。
城の周りには、兵士たちが立っていて近寄っていく。
入口に入るには、兵士たちに挨拶でもしないと入れない。
「あれ、なんかこええなあ」
「えっと、僕なんかが一緒でもよろしいのでしょうか」
アレインが心細いのか声を出した。とんとん、とアキラは幼児の肩を叩くと。
「大丈夫なんだよな?」
「従者として振舞ってくださいね。言葉遣いを咎められるかもしれませんので」
「おっと、そいつは失礼しやした」
わかっているのかわかっていないのか。後者の方だろう。アキラは、まだ高校生気分で貴族が面子だとか見た目を重視するとかわかっていない。しかるに、ユウタが着ているローブも生活臭が漂っている萎びた物であるけれど。
兵士たちは、弓を手に緊張した様子だ。鷲頭の鳥型から巨大な雀といった鳥獣を従えた兵士たち。空中騎士部隊なのかもしれない。
だが、味方のはず。先制攻撃を仕掛けて来そうな雰囲気に、アキラは竦みあがっている。
「なあ。なんか、様子がおかしくないですかい」
「大丈夫ですよ」
インベントリから、1枚の金属板を取り出す。それを突き出しながら、歩いて前に進む。
兵士の1人が鑑定スキルを発動させたようだ。板を鑑定したのだろう。
弓を持った手を下ろす。緊張を解いたようだ。
「こういう時って、あれ、様子が変わった。その板と関係があるのか?」
「ええ、まあ。アイテムって、大事ですよねえ」
人は鑑定をかけられても抵抗する事はできる。アイテムは、抵抗できないし。
アイテムが鑑定されても問題は、ない。兵士の表情が変わって、歩いているユウタに近寄ってきたのは黒の燕尾服をきた初老の人種だ。
目鼻顔立ちからして、
「その板で、あの人たちを洗脳したわけじゃないよな」
「あの…ご主人様。それは、失礼だと思いますよ」
チィチがアキラの言い草に槍を入れてくれた。
入れてくれなければ、拳が飛ぶところだ。幸いにも、マールの姿はない。
もうそろそろ、ユウタの堪忍袋も中身がぶちまけられるところである。
地面に人型を作るのも、いいだろう。
「ふふふ。アキラさんがそういう事を考えていたなんて。僕を一体、なんだと思っているんですか」
「あー、いや。ごめん、ごめんなさい。でもさ、なんつうか悪の教祖って感じが漂ってくるっていうかさあ」
「アキラさんは、もっと失礼な事を言っていると思いますよ」
頷く。
アレインは、年頃によらずいいことを言う。苦労してきたせいだろう。阿諛追従でも、援護してくれるのは嬉しくなるものだ。己の事だと、大概にチョロかった。
白髪頭の執事が、目の前まで走り寄ると。
「お待ちしておりました。アルブレスト卿、とその従者方ですね。案内いたします。ついて来てくださいませ」
「よろしくお願いします」
城の中は、どこに何があるのかさっぱりだ。迂闊に歩き回ったら迷子になる。
ミッドガルドの城も迷子になる広さだから、よーく知っている。
無駄な部屋が多いのだ。かくれんぼでもしようというのかというくらい。
執事の後を追うようにして、入口の円柱を通り過ぎる。
淡く輝く魔灯が柱にはついていた。
「なあなあ。これから、何があるんですかい」
「僕も知りません。ついて行ってから、わかるんじゃないでしょうか」
「ええ? 内容も知らされないで招集されるのですか」
奇妙にも、アキラが丁寧語を使いだした。内容を知らないが、大体ろくでもない事だろう。
想像に堅くないのが、目に見えるようだ。夏は過ぎたが、秋というには早くて蚊が飛んでいる。
大きいのになると魔物として認定されるくらい凶暴な物もいるという。モスキート系に属して一抱えにある物など、吸血鬼も真っ青。
蚊を小さいといっても侮ってはいけない。これで、血を吸われて病気になるという事もある。
中央の道から横にそれて階段を降りると、そこから右に曲がり真っ直ぐ。
そこから、突き当たる場所で階段を登ると、
「こちらでございます。中にお入りになってください。女の方と、従者はこちらに」
チィチとアレインは、控えに連れていかれる。
お辞儀をする執事に促されて、扉を開ける。
そこでは、鈍色の山があった。
金の柱に、金の壁。人が、鈍色の山というわけだ。その最後尾に並ぶ。
中央の天井に吊り下げられているシャンデリアまで金と黄水晶。
壁には金の戦乙女像。
(金かかってそうだなあ。これは)
贅沢も極まれり、だ。
最後尾なので、だれも気がついていない。では、なかった突き刺さる視線。
待たされていたというのか。背が小さいのに、前に立つ騎士の身長はどう見ても2mクラス。
アキラも身長があるはずだが、それでもミッドガルドの騎士からするとチビにしか見えない。
ユウタは、そびえ立つ山で前が見えない。
周りを見るが、知った顔はいない。遠いので、声が聞き取りづらいのも難点だ。
「よし。全員、傾注!」
「うむ。卿らに集まってもらったのは、他でもない。コーボルトに総攻撃をかける、という訳だな。しかしながら、敵は兵器を使ってくる。そして、いいようのないスキルも脅威だろう。コーボルトの民衆に被害が出ることも考えられる。そこでだ」
声からすると、ヒロか。次いで、凛としたアルーシュの声が広間に広がっている。
「コーボルト王には、王子が5人。王女2人。どれでもいい。攫ってくる者はいないか? 攻撃するのは簡単だが、攻撃して逃げられましたというのでは片手落ちだ。アルカディアのように、王子を逃した挙句に抗戦されるというのは面白くないのでな。我こそは、と思う者はいるか?」
手があがっているのかわからない。背が低すぎるというのは、問題だった。
目の前に山ができていて、何がどうなっているのか見えないのだからだ。
「殿下。質問を」
「ん。申すが良い」
「人数は、いかほどでしょうか」
「多くても10人以下だな」
「それは、あまりにも無謀です。ご再考を!」
「ふふふ。できぬならよいのだ。なに、卿らにもやってもらう仕事があるのでな」
どうやら、話が見えてきた。潜入して、捕らえてこいというのだろう。
コーボルトの王都に降下して、敵を叩いておいた方がいいのではないか。
状況が、見えてこない。前線から王都まで進撃したという事なのか。
状況を説明されていないので、推察の域でしかない。
「殿下。よろしいでしょうか」
「よい。が、質問か?」
「はい」
「それならば、次に移りたい。おおよその事は、紙を回すのでそれを見てからにしろ」
と、前から紙を回していくようだ。紙で説明した方が早いというのもあるだろう。
やがて、紙が配られ終わった頃に。隣の騎士同士で話がされ始める。
アキラもまた口を閉じていられないようだ。
「なあ、大将。こいつは、無理なんじゃね」
「そう、思いますか」
紙に書かれている内容は、簡潔だ。潜入して王族を誘拐して来い。これで、人数の制限が書いてあるだけ。納得できるのだろうか。報奨金については、1億ゴルで高くない。潜入ミッションに兵数の制限があるとなれば、高くなるのが普通だ。はっきりいって、無茶な任務だ。応募しようというのは、よほどの馬鹿だろう。
あるいは、王子の覚えをめでたくしようという奴か。アキラであってさえも。
「だって、これ、さあ。いくらなんでも、敵のど真ん中に騎士が行って何ができんのよ。袋叩きで終わりじゃん。斥候系のスキルを持った奴でないと、無理な話を騎士にしたってしょうがなくねえ?」
すると、周囲から視線が刺さる。アキラには、自覚がないようだ。そして、そういう発言は爆弾なのだが。本人は、わかっていないので適当な事を言う。
「パーティーに斥候をいれておけばいいですよ。しかし、難度が高いですね」
「だろ。こいつは、ちょっとどうなのよ。まさか、残る気ですかい」
ユウタが行かなければセリアが投下される事だろう。
アルーシュの目が、そう語っている。ヒロの反対側にいるセリアは、面白くなさそうに尻尾をぺしぺしと地面に叩きつけている。許されれば、狂喜乱舞してコーボルトの兵を踏み潰しにいく尻尾だ。ロボットでも使えば、すぐに王都は灰燼に帰す。
そして、応じる者だけが残される事に。作戦を期待していたであろう騎士たちは、空振りに肩空かしといった体。総攻撃を予見していたのなら、残念という感じだ。広間から退出していく騎士を見送りながら、奇妙な視線を感じる。子供がいるからか。残った騎士の姿はシルバーナと与作丸。それに、アドル。
見知らぬ騎士が幾人か。その中でも、背がほどほどで整った顔をした男は3人。
顔からすると、想像できない。
アルーシュは、壇上から見下ろしながら言う。
「ふむ。残ってくれた者は、これだけか」
床には真っ赤な絨毯。そこに入った騎士の足が沈む。絨毯の両側にある列の最後尾に並ぶと。
アルーシュの言葉に反応するのは、少ない。先頭にいるのは、金色の鎧に身を包んだ男だ。鎧の色から、黄金騎士団に在籍しているのだろう。
だが、黄金騎士団といっても全員が金色の鎧に身を包んでいるわけではない。
金色の鎧は、金でできているだけに金がかかる。という事だ。チラチラとしてシルバーナとユウタに視線を動かす男が、
「殿下。なぜ、子供が残っているのですか?」
「ん。貴公は、……覚えがないな。すまぬ」
長髪をまとめた金髪の優男だ。アルーシュの前に歩いて進むと。
「黄金騎士団に在籍いたしますトリステイン伯爵家の次男、カリスめにございます。以後、お見知りおきを」
男は、片膝をついた。ユウタは、左右の壁で端っこに並ぶ。背が高いアキラを突きたい。
「ふむ。トリステイン家のカリスは、なぜ子供が残っているかというのが疑問になっておるのか?」
「そうございます。まだ、10にも満たない子供ではありませぬか」
「ふーむ。しかし、な。見た目だけで判断するのは、早計だぞ。貴公は、そこからして外される要因になるが。どうか」
鑑定を使ったのか。そうでもなければ、わからないような事をベラベラと喋る男だ。
アルーシュに窘められると、カリスは顔を赤らめてユウタを凝視した。なぜに、睨まれるのか。
血走った目だ。場所が城でなければ、死体に変えて埋めてしまう程の憎しみを感じる。
そこにあるのは、侮りだ。生かしておけない。
「殿下。私も発言をよろしいか」
次いで、前に出たのは白銀の鎧に身を包んだ男だ。見覚えがある。ラルフだ。
鎧の上にあった兜を脱いでいる。栗色の髪をしていた男前。年の頃は、30代というところか。
鑑定を使えば、一発でわかるのだが気が引ける。
セリアにぼこぼこにされて、シグルスの領地に引きこもったはずの男。
「よいよ。お前は、ラルフだったな。ジギスムント家のラルフといえば、白銀十傑にして勇者持ち。有名だものな」
「はっ。殿下に覚えいただきたる事、恐悦至極。それがしは、ただセリア嬢が参加されるのか否かを知りたい所存にございます」
ラルフの後ろで膝をついている男は、ドットか。同じマントと文様だ。
背中のマントに特徴的な文様をさせているのは、伝統なのだろう。
「ふむ。あれは、参加しない。したら、どうなるか想像つくであろう? 人っ子ひとりも、なにもない大地ができかねるからな」
「さようで」
「他に、ないか。ここにいる騎士と従者だけだな?」
どうせ、参戦させられるのである。ならば、このまま立っていた方がまた面倒な事を避けられる。
と、
「カリスどの」
「なにか?」
「侮れば、子供に無様を晒す事になりましょうぞ」
「なにぃっ」
優男の顔がみるみる赤黒くなってくる。やめて欲しい。だが、黄金騎士団の端くれなのか。後ろ手を握りしめるカリスは剣を抜く事はしなかった。しかし、あいも変わらず肩越しに睨めつけてくる。このとばっちりは、どうした事か。いらぬところで、憎しみを買っているのかもしれない。そんな記憶はなくても、方々でやらかしているから仕方がない。
隣に立つアキラといえば、のほほんとした様相でなにも心配してないようだ。
いっそ、この少年を一人で潜入させてみたい。そして、シルバーナを見れば親指を下にしては与作丸に小突かれている。ひん剥いて尻叩きをしてやりたいところだ。
どっちも。




