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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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202話 徒然なる3 (ユウタ)

 ユウタは、金が要る。

 戦争には、金がかかるのだ。わかっているのだろうか。

 ウォルフガルドには、戦争をする資金なんてないのだ。

 己だけでどこまでやれるか。

 そんな事は、計算するとすぐに無理だという事がわかる。


(困った)


 アキラに電気を教えるのも、それが金になるから。

 どうして、勉強を嫌がるのだろうか。アキラの年頃だった時には、ユウタも勉強が嫌いだったように思える。どうして、この勉強が役に立つのか? とか。まだまだ子供なのだ。とすると、気持ちもわからなくない。眠たくなるとか。腹が膨れたら、やはり眠たくなる時分だろう。


「この鋼導体と抵抗値が近い同材質の鋼導線は?」


「…む、ぐうう」


 どうやら、またしてもわからないようだ。後頭部を丸めた紙で叩く。

 パコーン。


「断面積か直径か。どっちかじゃないですかー。覚えましょうよ! 断面積は、導体が円形の時はπx半径の2乗。かπx直径の2乗を割る事の4ですよー」


「覚えられねえもん。しゃーねえじゃん」


「しゃーなくないです。ハーレム王は、諦めますか」


「俺は、ハーレム王になる! といいなあ・・・」


 すっかり弱気になっている。さもありなん。ネリエルは、すっかりアキラに敵意を見せるようになっている。まるで、便所虫を見るが如し。事務所の雰囲気もアキラに対してどこか余所余所しい。そんな中で、マールとロメルは変わっていないようだ。


 アキラに期待するからには、成長してもらう為に時間をかけるのはやぶさかではない。

 白い狼耳をひょこひょことした幼女とアレインにセイラムがやってきた。

 セイラムは、シーラムと呼ぶのかよくわからない。表示上では、セイラムで。

 お盆の上に、カップが乗っている。匂いから察するに、コーヒーだろう。


「ユークリウッドさま。お持ちしました」


 頭の上には、白い毛玉が乗っている。飲みたそうに、それを狙っている。飲ませると、際限なく飲み始めるのが困ったもので。飲ませるわけにはいかない。黄色いひよこは、狐と一緒になって椅子の上で寝ている。くつろいだ物だ。


「ありがとう」

「お口に合うといいのですが」


 そういって、とことことミーシェは歩いていってしまう。年齢は、同じか。よくわからない。

 男なら、年齢を聞きやすいのだが。ちなみに、祖父のマズルは白い動物たちの飼育係に納まっている。

 悪くない仕事ぶりで、動物たちに芸を仕込んでいるようだ。


 アレインは、まだセイラムにべったり。いいのか悪いのか。そのままでは、奴隷と変わらないではないのだろうかと。危惧を覚えるのだが、所詮は他人。日本人であるアキラほどに、世話を焼いてやるつもりはない。そもそも、自国の領地を開発するのに専念するべきところなのだ。


 ペダ市が順調に成長しているように、人口がどんどん増えているシャルロッテンブルク。

 気になって仕方がない。妹の事もある。学校でなにもないといいのだが。

 

「おーい。先生。またわからないんだって」


「はい。どこでしょうか」


 見ると、計算が合っていない。0,16÷0,8。すると、なぜか0,02へと計算がされている。

 おかしい。小数点の勉強からなのか。もはや、中学校からやり直すレベルだ。

 アキラを立たせると。ボディーブローを見舞う。拳は、めりめりと腹に食い込んだ。

 したい。そうしたい。


「…間違ってますねえ。計算を見直しましょう」


「なんで、割ったらそうなるのよ。なあ…ネリエルさん」


「私に振るな糞虫」


「あ、もしかして、これはひっくり返すんですか?」


「おお!」


 説明した事を思い出したようだ。意外にも、答えたのはチィチだった。

 そんな馬鹿な。と、言い出してもおかしくない顔をアキラがしている。

 馬鹿にしていたようだ。人を馬鹿にしてはいけない。と、わかっていても人は、他人をこき下ろそうとするモノ。  


「アキラさんが日本人だからって、コーボルトの勇者と一緒にするのはどうかと思うのですが…」


 言わざる得ない。ここで、言っておく必要がある。溝は、どんどん広がって阿蘇山のようなカルデラになってしまいかねない。溝とカルデラは違うが…。

 栗毛の尻尾を立てて、ネリエルは、


「如何に、ユークリウッドさまのお言葉といえど。こればかりは、致し方ない事です」


 周りをみるが、同意してくれそうな仲間は皆無のようだ。悲しい。日本人がいじめられると、涙が出そうだ。

 すると。


「ご主人さまがやった訳でない事まで、当たられるのは理不尽です!」


 おお! 内申点が、アップした。チィチは、金髪の中に埋もれる耳をぴこぴこさせていう。

 だが、これも味方してくれそうな獣人はいないようだ。悲しい。

 眉の下。目の根に汁が溜まってくる。


「ふふ。主さまよ。そのように困っているのなら、いっそ捨てて帰ってみるのはどうじゃろうか。主さまが帰れば、このような国は立ちどころに滅ぶであろうよ。検討に値するはずじゃ」


 それは、


「セリアを見捨てる事になるからね。もう、損ばかりだけどさ。全然、利益よりも持ち出しが多いけどね。弱ったなあ。日本人をこうも敵視すると…」


 内政が進まなくなる。ウォルフガルドの、ラトスクの発展は一重にも二重にも山田たちの協力があってこそだ。道を平にするとか、でこぼこでない道を作る。これだって、大変な作業なのである。ロードローラー型のゴーレムは、魔力で動いているけれど。それを効果的に使うのは、経験とか知識が必要なのである。


 事、道路の下に管を埋設して上下水道を整備していくのに彼ら無しではどうにもならない。


 ミッドガルドに帰れば、未だに引っ張りだこなのだから。

 

「ふむふむ。なに、妾の手下を呼び寄せておる。兵隊が足りんようならば、手下を使っても良いぞよ」


「手下って兵隊?」


「そうじゃ。まあ、妾よりは格が落ちる霊狐の類じゃがの。お稲荷さんでも作っておくれ。そこで、召喚すればもっと早いのじゃ」


「うー。じゃあ、ちょっと行ってくるかな」


「ほう。したほうがいいの」


 ミーシャがレンに稲荷寿司を出している。茶色い油揚げと寿司だ。

 マールの料理の腕は、すっかりユウタを上回っている。悔しいが、時間と経験が豊富なマールに勝てそうもない。料理は、食材を調理する時間で決まる事もある。


 アキラに課題を出すと、


「おおおおお! 何じゃこりゃああ! スター血栓? デルタ決戦? なによ結線て! なんなのよ!」


 少年は、混乱したようだ。悪気が有って、問題を出しているわけではないのにチィチも困った顔を浮かべている。わからないようだ。ネリエルは、言わずもがな。このパーティー。電気が迷宮の罠に入っていたら全滅してしまうだろう。いや、そんな事はないか。


 事務所の中は、陳情に来ている獣人で一杯だ。座席が用意されているが、それも埋まっている。

 この事務所は、そもそも住む為に作った訳なのだが。住民の陳情は、本来ロメルの父親がいる市役所でやるべきなのである。それが、本来の役割なのに何故だかユウタの住処に並ぶ。


 外へと出れば、そこには屈強な胸板の熊系の獣人が鎧に槍と盾を持って立っていた。

 狼人の細身な男も一緒だ。会釈をすると、


「これは、アルブレスト様」


 大の大人が、思い切り頭を斜めへと下げた。

 そんなにもかしこまる必要はないのに、どうしてだろうか。大人に畏まられると、ケツが痒い。

 内心で、首をかしげながら歩く。フードに入って来たのは黄色いひよこと白い毛玉。金狐は、地面を歩いている。

 この金狐。毛皮にしたら、値段が凄そうだ。出来そうにないが。

 尻尾で、脚を叩かれた。あまり怒らせるのは、得策ではないようだ。

 門を抜けて、山田の事務所が見える。だが、人が一杯だ。

 獣耳を生やした人たちで、通りが埋まっている。嫌な予感。

 

 ユウタは、人の隙間を縫って進む。そして、男が倒れた。

 獣人が、山田を殴ったのだ。とっさに、聖騎士のスキル:護身を使う。

 腹の出た黒髪の青年は、倒れて痙攣している。山田の腹に、蹴りがめり込むと。


「ぶっ」


 内蔵が飛び出すような衝撃。かつて、感じた事のないようだダメージだ。

 容赦なく振り下ろされる獣人の靴が、こめかみに突き刺さる。

 ユウタは、頭が割れるような衝撃で暗闇に包まれた。 



 

 頭が、鼓動し脈打つ。天地が逆転す。 


「で?」


 銀髪の幼女が、ユークリウッドを連れてやってきたのは夕暮れ時だった。

 フィナルは、したくもない仕事を押し付けられて気が滅入っていたというのに。

  

 ―――殺す。


 決意するには、十分だ。

 どんなに、この女と入れ替われるならばと。

 願っていた。

 殺してでも、奪い取りたい立ち位置。

 毎日、毎日。いっしょなのだ。

 

 ごつごつとした岩の城。その一角に、設えた寝台に愛しき人が寝ている。

 変わり果てた姿で。青あざだらけ。


 ―――好きだと言って欲しかった。


 ただの一言でいい。

 豚顔のフィナルを、でっぷりとした腹を何にも言わなかったのは好きになった人だけだった。

 でぶでぶ、ぶたぶた。

 どんなにか、我慢した事だろう。


「すまない。こいつの、傷を治してやって欲しい。こんなに怪我をしているが、生きているはず、だ」


「ええ。もちろん、ですが、貴方、一体、何をしていらしたのかしら」


「何、とは。コーボルトの兵を相手していた」


「ですから、山田を庇って手足が変形してしまうような、怪我を負わされた、と。ええ、聖堂騎士ィィイイイイ!!! であえぇぇぇ!!」


「な!?」


 拳を固めると、一息に懐へと飛び込む。左右の拳。当たらない。

 浅いのか。セリアもまた速くなっている。

 だが、皆殺しだ。


 ハナからフィナルは、気に食わなかった。

 どうして、獣臭い尻尾付きを治療せねばならなかったのか。

 ずっと、ずっと。 


 ―――願っていたのだ。いつか、好きだと言われる事を。

 

 心臓が、潰れるかと思った。一度だって、ユークリウッドがこのような姿になった事はない。

 思えば、地獄の底にだって来るようなお人好しだ。

 いつか、このような姿になってしまわないかと。

 ずっと、心配していたのだ。いつも怪我をするのは、他人の為。

 死ぬ時も、きっと他人の為に死ぬだろう。

 

 ―――ああ。その弱ささえも、愛おしい。


 この愛にかけて、忌まわしき女を始末する。

 ただ、それだけで前へと進む。

 実力のほどは、伯仲しているはずだ。

 以前のように、ひたすら殴られて顔面と鼻が変形してしまう程ではない。

 

 ―――聖なる鎧をここに。

 聖鎧を纏う。


「なに! 本気か!」


 本気も本気だ。拳を突きだすと、捌く。折り込み済みだ。

 踏み込んで、そのまま上へと拳を上げて。下を開けて、そこから前蹴りを見舞うと。

 当たって、そのまま天井へとセリアの姿が消える。

 これで、死ぬようなタマではない。


 ―――選ばれたい。死ぬほどに。


「もちろん」


 短くつぶやき。ちらりと、動かない幼児を見て心がざわついた。


 ―――初めて会った時から、お慕いしておりました。


 次に会うのは、死体となったどちらかだ。

 両の脚に力を込めれば、岩山城にできた穴を拡大して上へと。

 空に浮遊して、セリアは待っていた。

 そう。

 彼女の攻撃は、室内では威力があり過ぎる。


「ご丁寧な事だな? 城の者を気遣うとは」


「ええ。貴方が死ぬところを見せられないのは残念ですけれど。動かない彼に捧げましょう。愚かで哀れなけだものを」


「吐かせっ。何時もと、変わらないぞ? その姿で、その能力ではな!」


 セリアは、両手の剣を分割して飛ばしてくる。

 両の脚には、8本の剣。飛び交う剣の欠片は、黒い闘気を刃として飛来するが。

 それは、フィナルにとっても慣れたモノ。土の壁を当ててやれば、地面へと落ちていく。

  

「効きませんことよ?」


「ふっ」


 互いに、手の内は知っている。そして、隠している事も。


 ―――願いは、ただひとつ。何時だって、奪われてきた。

 

 この願いだけは、譲れない。

 

 ―――好きだと。

 

 嘘でもいいのだ。言われたい。豚の癖にと、傷ついても。ずっと追いかけてきた。

 空の果てでも、溝底でも構わない。追いかけられる。

 そうでないのなら、


 ―――豚に優しくしないでよ。


 くるくると、拳をつきだしてくるが。

 高速で動く相手には、一定の距離から近寄れない。

 互いの必殺技は、地表までも巻き込む事だろう。


 ―――許せない。

 

 どうして、このような阿呆に構うのか。

 どうして、このような能力があるのか。

 どうして、どうして。憤怒で、血管だって切れそう。


 セリアは、地上を破壊しないような牽制技ばかりだ。

 地上を気遣って、攻撃がしづらいとはこの事だろう。

 普段ならば、ユークリウッドが結界を敷く。その結界が、無いままに全力を出せば王都は更地になるだろう。明滅と加速し灼熱する脳幹とは裏腹に。


 闘気を練り込めた格闘だより、剣を振り回してくる。

 フィナルも負けていられない。

 飛び散る火花と、おのが手より輝き伸びる真白き霊光剣。魔を裂く剣だが、人体をも焼く。

 高温にて、剣すら溶かすほど。聖鎧によって、跳ね上がった能力ならばなおいっそう。


 ―――いつも、会いたい。


 ただそれだけだって、叶わない。

 邪魔なのは、セリアだけではない。

 自らが仕える王も敵だ。


 ―――もう2度と会えないかと。


 動かないユークリウッドを見て、思ったのだ。

 セリアを殺して抱きしめたい。

 愛、ゆえに。


「腕を上げたな。だが!」


「これで、決めますわ」


 止まらぬ連撃の中で、決めるのなら。

 

 ―――もしも、この女に成り変われるのなら。


 側にいられる。2度と、離れなくていい。

 ここで、全身全霊を。

 

 ―――会えない事は、ないのだ。


 きっと、追いつく。女教皇として、立つのもいいだろう。

 きっと、その横には愛しき人の姿がある。


 ―――ずっと、追いかけてきた。


「しぃねえええ!」


 必殺の、聖女爆発。

 もう、2度と逢えなくても。

挿絵(By みてみん)

「こいつら、なんで殴り合いしてんの」

「さあ」

「攻撃する相手が違うだろ!」

「大変です。殿下、浮遊城が落下し始めました!」

「馬鹿な! そういう事か」


 アルーシュの浮遊城は、ゆっくりと下へと堕ちている。

 このままでは、大惨事だ。

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