201話 徒然なる2 (ユウタ)
弟たちに、変化は見られない。両親も変わった素振りが無し。
学校は、イベントらしいものも起きていない。
(うちの親は、感情を見せないな)
子供に当たる事がなく。托卵に怒りを見せない。
ユウタなら、発狂してシャルロッテに当たりかねないだろう。
なにしろ、片方は紛れもなく魔王の血が入っている。
(岩みたいだよなあ。今世の親父。前は、木みたいだったけど頑固なとこは似ているような気がする)
学校にテロリストが襲撃をかけてくるとか。廊下の曲がり角で出会い頭にぶつかるとか。
そういうのを期待していたりしないが。何もないのは、それはそれで寂しい。
婚約? 却下だ。破棄される未来しかないだろう。
わくわくする事といえば、出会いではないだろうか。
普通に学校に通って、教室の扉を開けると驚かれると。
心外だったりする。登校日を過ぎていただろうか。
9月1日のはず。ユウタの席の前には、金髪の幼児が座っている。ローエンだ。近寄ると、
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
「宿題とか、やった?」
「うん。まあね」
勿論だ。簡単なのだし、やらないはずはない。
面倒なのは、文字を書くという作業だったりする。
あとは、感想文か。文字数を埋めるのが苦痛だ。
原稿用紙何枚分だとか。感想文は、廃止させた方がいいのではないだろうか。
それよりも、小説を書かせた方がよほど面白そうである。
「転校生が来るらしいよ」
「ふーん」
「あんまり興味ない?」
「女の子だと盛り上がりそうだね」
「そこは、気にするんだ」
ローエンは、周囲を見て挨拶を返している。
甘いマスクだ。さぞ、モテるのであろう。
授業の用意をすると、
「午後は、体力と魔力測定があるよ。でる?」
「んん。パス」
「まあ、そんなだから驚かれるんだよね」
面目次第もない。
学校は、普通の学校と違ってスキルを訓練したり魔術を訓練する授業がある。
宿題もそこそこで、魔力がどれだけ伸びたとかスキルが増えたとかいう測定も。
面倒なので、裏から手を回して測定はパスだ。
いくらなんでも子供と一緒になって、スゲーと言われるのは気恥ずかしい。
(セリアとかアル様はフツーに参加しそうだよなあ)
子供を相手に俺つええ。ローエンは、向きを変える。先生が入ってきた。
黒髪を七三に分けた髪型の男だ。ドアがすっと空いて、1人の生徒が入ってくる。
「転校生を紹介する」
少年だ。珍しい。王立の学校に途中編入されてくる子供というのは、何か事情があるのだろう。
特殊な能力だとか。
人口の多いミッドガルドでは、学校の数も多い。首都ヴァルハラの学校数は、それこそ1つとか2つではないし。王立なので、私立なのか国立なのかよくわからないけれど。
学校の天井には、魔力で灯す物体がついている。電灯とは違って、電力でなくて魔力を使用するタイプだ。
硝子も魔物を通さない為の特殊な物で、霊体の侵入を防いだりする。
貴族の師弟を通わせるので、警護には気を使っているようだ。
なにもイベントはない。おかしい。
上級生に絡まれるイベントとか起きてもおかしくないはずなのだが。
(つまんないな。テロリストでも襲ってこんかい!)
来たらきたで困るけれど。学校の退屈さときたら、眠りそうになる。
じーっと視線を飛ばしてくる転校生がいたりするくらい。眠気が。視線は、無視だ。
やがて、先生が宿題を集め始めた。
ぼんやりと、アキラの強化をする訓練コースを考える。
魔力の乏しいアキラ。勉学も得意でなかったのかろくにアイデアも出せない。
フィナルの領地にある学校にでも通わせるべきところだ。
アキラがちまちまと魔物を狩っても、国が豊かにならないのだから。
とはいえ。魔物が少なくなれば、耕作地は増える。
冒険者、1人1人が強くなるというのもいいだろう。
日本人たちは簡単な水力発電所を実用化している。太陽光もなんやかんやで実現しそうな勢いだ。
電気の力で、工作機械を作って堀やら畑を上手く開拓している。
ゴブリンやらオークもあっさり駆逐していた。
問題なのは、数だ。教育を受けた学者といってもいい日本人の数。
迷宮に入れば、死ぬこともある。ダンジョンマスターのいない迷宮に入って死ぬと。
死体も残らないとか。戦争もあったりする。戦場で死ねば、誰の死体だとかわからないだろうし。
魔術の使えない日本人は、戦争に向いていない。ウォルフガルドの風当たりの強さを考えると、
(帰らせるべきなのかなあ。しかし、そうなると道路とか電気関係を埋設したりする人間がいなくなるなあ)
日本人以外に、電気設備を建設する事ができる人間はろくにいない。
ミッドガルドでは、魔術を使った代物の方が現役なのだ。
電気を使った施設は、便利なのだが。魔術がある為になかなか普及しない。
(どうしようかね)
考えているうちに、休み時間になった。
「ねえねえ。ユークリウッドくんは、休みに何をしてたの」
「あー」
まさか、人殺しをしてましたとか戦争に参加してましたとか言えない。言い訳を考えていると。
「ウォルフガルドに行ったりしてた? ロシナ兄さんも行ってるみたいだしさ。話を聞かせてもらえると嬉しいなあ」
「あー」
困った。まさか、ロシナとはほとんど会っていないとか。各地を飛び回る彼と己では会わないのだ。
会っても、大抵が無心である。金がどうしてそんなにないのかわからない。
話は、
「うー、どういう話を聞いているの?」
「ウォルフガルド王国が、コーボルト王国と戦争に突入したって聞いたよ。それで、南のライオネルと蟹人族が同時に攻め込むそぶりを見せたとか。魔王が魔人を送り込んでるとかさ。かなり危ないって、商人が噂してるよ」
なんという事か。商人が、情報源になっているようだ。そして、ローエンのような子供でも知っているとなれば。商品が運ばれてこなくなる可能性がある。早急に手を打つ必要があるだろう。商人の噂話というのは、馬鹿にできない。
「大丈夫、大丈夫。たぶん、魔王は攻めてこないし。ライオネルも撤退したし、蟹は蟹コロッケになってるよ。コーボルトは、首都でも攻略中じゃないかな」
「ええ!? そうなの?」
「まーほら。現地を知らない商人が、勝手な噂を流していると困るよね」
「実は、大体当たってるとか」
「当たってるけど、大丈夫だって」
「本当に大丈夫なのかい?」
信じて欲しいが、確かに危なく見える。商人だって危険な場所には行きたくないだろう。
そして、商人がウォルフガルドに来なくなれば経済が麻痺してしまう。ユウタだけでなんとかしようにも、限界はある。
ローエンの前の席では、ガンコとケンイチロウが将棋をしている。
話に加わってくる様子はない。
まだ、経済なんて子供には早すぎる話か。
「んー。ま、この話は置いておいてさ。後期は、薬草集めの課題とかあるみたいだと。ユークリウッドくんも課題をやるグループとか決めておいた方がいいんじゃない?」
問題ない。こういう時には、ミミーにでもとってこさせればいいのだ。召喚士のスキル:召喚か忍者スキル:口寄せでもすればいい。
「ローエンくんは、誰といくの」
「ガンコくんとケンイチロウくんだね。ちなみに、3人のパーティーらしいよ」
「…」
弱った。周りを見ても、パーティーを組んでくれそうな人間が見当たらない。
余った人間で行くしかないだろう。
授業もそこそこに、ずっとアキラたち日本人の評判回復について考えていた。
このままでは、排斥されてしまう。
ラトスクの事務所に現れたユークリウッドは、アキラを捕まえると。
テーブルに座らせた。何か、また思いついたようだ。
鞭のような、しなる棒をを持って白い板にきゅきゅっと謎の物体で文字を書いている。
ついていけない。チィチには、そもそも学問に疎いのだ。
標的を殺す為の技は、習っていたが。
それも、標的の技量からすると鼠かそれ以下だろう。
早々に、諦めて篭絡しようと考えた。機会は、ないけれど。
「えーと。つまり、電圧を求めるのにV=IRなのか」
「そうですね。これからは、電気ですよ!」
チィチは、全くわからない。Iとはなんなのか。? I。記号だ。そこからだ。愛ではない、と。
アキラが教えられている横で、ネリエルとミミーもまた唸っている。
数学。科学。
未知の言葉だ。獅子族には、算数というものもない。
それを1から教えられている。
「Vは、電圧、ボルト。Iが電流でA、アンペア。Rが抵抗、Ω、オームかー。発電機から作ってんだっけ」
「ええ。最初は、ドワーフにやらせてみればいいと思っていたんですがね。3日たっても4日たっても連絡はこないし。鉄砲も作れるかなと、思っていいたのですけど。危険ですしね」
「嘘だろ。ドワーフさんなら、3日で作るだろ! 書いてあったぜ!」
チィチの主は、どうも頭の弱い人間のようだ。潜入したチィチが困ってしまうほどに。
目的は、ユークリウッドの暗殺だ。
それが、上手くいきそうにない。というよりも、おくびに出した瞬間に肉片にされてしまうだろう。
そして、コーボルトの惨状を聞くに敵対行動をとるべきではない。
わかるはずだ。
かりかりと、机で羽ペンを走らせている。
「いくらドワーフでも理屈を知らないのに、作るのは無理だろう。頭が、おかしいのか?」
ドワーフは、手先が器用だ。鍛冶の得意な種族だが、炭鉱に篭っていたり山に篭って出てこない。ネリエルが、厳しい事をいう。元の主人だというのに、痛烈だ。
「うっ。すいません」
「まあまあ。でも、ドワーフさんは手先が器用ですしね。量産するのには、彼らの力が必要ですよ。人間、穴蔵で長時間の労働なんてしてられませんからね」
鉱山の話に飛びそうだ。なんとかして、電気の話を聞き出したい。
チィチ自身は、1と1を足すと2になる所からなのだが。
「で、このI(A)とはなんだ?」
「括弧の中ですか。Aはアンペアと読みます。Aは、電流ですよ」
「電流とはなんだ。電圧もわからない」
ネリエルは、悪びれもせずにわからないという。セリアは、どうしているのかというと。いない。
代わりのようである。王都でも、また何かがあっている様子。
気になる。
「はぐっ」
ユークリウッドは、困ったようにしてアキラに顔をよせた。
ひそひそと、秘密の話をするようにいう。
「で、電気はな。その水みたいなもんなんだよ。高いところから、低いところに流れるんだ。だから電流なんだな。電圧も抵抗で削られて、低くなるんだ。それを電圧降下と呼ぶんだぜ」
「ふむ。それ、教えてもらった事をそのまま、いや、ちょっと改変して言っているんじゃないか?」
「ち、ちげーもん。ちょっとは俺だって、できるんだぜ。計算式とかさ。教えてやろっか」
「結構だ」
ネリエルから寒風が吹いた。
取り付く島もないとは、この事だろう。アキラは、かなりネリエルに嫌われているようだ。日本人なのだから、それはそうだろう。東部では、侵攻したコーボルトの勇者たちによって甚大な損害を受けている。中でも、都市部の惨状は目を覆わんばかり。
それを可能にしたのが、科学を利用した兵器だという。
ミッドガルドにも、科学では説明のつかない3つの空を飛ぶ古代兵器があると言われている。それが、動きだしたと。
ライオネルも連動して、ウォルフガルドに攻め込んだ。
ろくに何もしないで退却したのは、幸運だったといえよう。
チィチが反対派に餌を投げたのも、少しはあるはず。
(ウォルフガルドは、制圧できたかもしれない。しかし、ライオネルが焦土と化してしまう。空を飛ぶ城とは…)
侵攻しても、ユークリウッドと戦闘になれば、消し炭だ。
撤退したが、それで済まなかった。
国境の守備兵が、少なくなったり大臣の首が飛んだりした。
軍部でも責任を取らされて、何人かの将軍が辞任するという事態だ。
ユークリウッドを暗殺せずに攻め込むは、愚策。
しかし、彼を暗殺したところで浮遊する城がどうにかなるのか。
疑問だ。ライオネルの諜報網は広いが、さりとて城を落とす事はそこに行かねばならない。
空を飛ぶ城へと行く方法が、まず鳥獣を得ねばならないのである。
ライオネルは、地上の騎獣に優れても空中を飛び回る鳥獣が少ない。
狩り過ぎたのだ。どの代で、そうなったのかわからないが。
電気の授業は、続いている。
「変形するとですね。I=V/Rになるんですよねー。不思議ですよねー。電流は、普通、正極から負極に流れていきます。電流として流れる電子は、全ての原子についているんですよ」
「プラスからマイナス、と。このさ、科学とかさあ。学校で習ってた時には、役にたたないと思ってたんだけど。どうなのよ」
ぱこーんと、アキラの頭が紙の束で叩かれた。
「こ、こ」
「こ?」
恐らく、この阿呆か糞だと思われる。だが、チィチ。言わない方がいいという事を学習していた。
獣でも、学習はする。
「ここ、あ、ああ。えーと、ですね。それは、学校の教え方がまずいんですよね。まず、電気を覚えて電気工事士の2種でも取るとかしてですね。危険物取扱乙4種をとっておけば、仕事には困らないですよ。それから1種とか電験を目指して頑張ると。学校では、電気がどういう風に役立つとか教えませんもんね。大学に行くための通過点のような感じになりますからねえ」
危険物。工事士? クラスの事だろうか。ジョブの事かもしれない。
アキラは、ありふれた職業でしかないがユークリウッドは違う。
明らかに違う成長速度。そこに、異常さが垣間見える。誘拐できるのなら、ライオネルにでも連れ去りたいところだ。
かりかりと羽ペンを動かして、紙に文字を書いていく。
ライオネルでは、この紙も非常に貴重な品だ。
羨ましい。ウォルフガルドは、ライオネルと同レベルの貧しい国だったはずなのに。実に、妬ましい。
いまや、道が舗装されて通りには食物を満載した馬車が行き交っている。
少し前まで、戦争をしていたはずなのに。
前線とラトスクでは、天と地の差がある。
もちろん、ライオネルとも。
「直列接続と並列接続の違いがわからん。というか、さ。並列で抵抗ってなんでR1とR2を上は掛けてるんだよ。下は足し算なのに、よお。直列の計算でいいんじゃね。意味わかんねーよ」
意味は、チィチもわからない。その過程となるべき算数から教えてもらうべきなのだ。目を横へ動かすと。
金色の狐が、あくびをして尻尾を扇子のように仰いだ。これがいる限り、暗殺なんて無理。
ちらっとでも、その素振りが見えたのならライオネルが危ない。
ライオネルの王だって、赤子の手をひねるような伝説の獣人がどうしているのか。
フェンリルの娘だけでも手に余るというのに。
テーブルの上には、線で描かれた模様がある。このなんとも言いようのしれない線。
線で描かれた物が、回路図だという。合成、抵抗、オーム。ジュール。
訳がわからない。
それが、重要な言葉である事はなんだかわかる。
しかし、頭が霞みがかったようにぼんやりしてくるのだ。聞いていると。ユークリウッドの連れている白い毛玉とひよこは風船を作っている。いいのか。鼻にできた風船を突く。割れる音は、しなかった。
何度でも風船ができる。面白い。突きすぎたのか黄色いひよこが起き上がった。じっと見つめてくる。視線を逸らすと、また正面に断つ。どうも、頭にきたようだ。止めないが。
「んー。僕も実際にそれがどうしてそうなのか。わかってないんですけどね。ええ、詳しく説明しようとすると馬脚がでちゃいます」
「ぐう。やはり、偉い先生が必要だぜ。あれだろ、凄い学者がいるんだろ」
「残念ですが、そんな人がここに来ると思います?」
「こねえ、わなあ」
アキラは、数字を書いている。数字くらいはわかる。読む事もできる。魔術も一通りの呪文を知っていたりするし、有用な魔方陣は使えたりする。しかし、それがどうしたというのか。暗殺は、不可能だ。役割りを全うしようとしていた同志は、捕らえられて追放されるか監獄へと送られた。
殺しをしていた者は、その場で死刑に処せられたりしている。
計画は、変更するしかない。
とっと、テーブルの上を歩き回る黄色いひよこ。じーっとチィチの顔を見る。恐ろしい。
「この電気を覚えてくれないと、困るんですよね。ここも、電気で動く設備を増やしていく予定なんで。メンテナンスができる工事士さんが増えてくれないとねえ。獣人さんは、魔力が乏しいので魔力に頼らない家電とか重宝するはずです。迷宮に潜らなくても生計が成り立つようにしないと」
「ん、でも魔力を使わなくなったら大将の商売が上がったりなんじゃ?」
「ふふふ。そういう時代になったら、僕の特許が火を噴きます」
「げえっ。まさか、特許とか整備してんのかよ」
特許。また、聞きなれない単語が出てきた。任務は失敗だし、撤退するべきなのだ。奴隷をやっているのが、板につきつつある。
そう、不思議と離れるのがおしくなっている己がいる。チィチは、それが固執だと気がついているのだが。どうにもならない。
特許とは、一体、なんなのであろうか。好奇心は、雌獅子をも殺すというが。
特許。気になる単語だ。
2人の会話に入っていけない。いけそうな存在は、だんまりだ。
金色のひよこは、水の入った硝子のコップに潜り込む。飲めなくなった。
ユークリウッドが、ひよこをつまみ上げる。
「特許は、アル王子持ちになるのですけどね。王子の方に金が集まってきて、それをいただく格好です。他の機関を用意するにしても、お金が集まりますから。扱いが大変です」
「特許申請とか、あんのか。この電気を学習して、そういうのを使えるように整備するって訳だな」
「ええ。原子力発電所は、ちょっと難しいですけど。ゆくゆくは、ちゃんとした水力発電所や火力発電所を作りたいですねえ」
王子が保証するやり方か。
特許とは…なんなのかわからない。金になる木なのかもしれない。早速報告しておくべき事だ。他にも原子力、火力、水力といったわからない言葉が出てくる。意味がわからない。
「ダムか。その為の電気工事士ね。頭痛え。発電機とか作り方は、わかってんの?」
「学校がそのままありますから。一から開発するのとは訳が違いますよ。本見ていて、覚えてましたっていうのとも違いますからねえ。作ってみないと、わからないもんです」
電磁石。永久磁石。
謎のアイテムだ。コイルを使って、電気を生み出すという。
針金。線のような髭のようなアイテムが束になっている。首を締める道具のような? それが、どのような効能を発揮するのか。わからない。
魔力の低い獣人たちに、電気の力は欠かせないという。
電気を生み出すのに、直流。交流。わからない。
周波数? 重要な言葉を話しているようだ。メモをそのまま紙に書きとっていく。何かに使えるのかもしれないし、使えないのかもしれない。
わからなくとも、それが力になるかもしれない。
もっとも、ライオネルに情報を流そうとすれば命懸けになりそうだ。
そこまでして、やるべき事だろうか。頼めば、意外とすんなり援助が受けられそうである。
泣き真似は、したくない。チィチは、情報収集に困った。
行き詰っている。
「まー、論より証拠。この電池を使って、電気で電球がつく実験をしましょう!」
「はいー!? 実験? ここですんの?」
「何か問題でも?」
アキラは、壁に張り付いている女の子たちを見ている。気になっているようだ。
「こうやって、銅線を使っての実験も乙なもんですよ。磁石が反発しあうとか、ですね。やってみないと知らないし、わかろうともしない人も居ますし」
そう。チィチも見た物しか信じない。まさか、幼児が恐るべき手練だとか。
コーボルトとウォルフガルドの戦争でも、彼は一人で大軍を相手にした。
降り注ぐ矢をものともしないで、無数にひしめく敵兵に向かっていく勇気。
勝てると決まった戦いでないのに。たった一人でも立ち向かっていく。
ありえない。ライオネルにだって、そんな男がいるだろうか。
いたとしても、数秒で死体になっている。魔術師であり、剣士であり、拳士でもある。戦いは、数なのだ。戦列歩兵から一斉に攻撃を浴びる。恐怖はないのか。
勇気がある。なんでも知っていそうな賢さ。金を稼ぐ能力もある。
欠点は、女を口説く事か。子供だけに、それは長けていないようだ。
「せんせー。材料とかさーあったん? ほら、発電機には絶対に必要な磁石とかさ。そんな簡単に見つかるもんなんですかー」
アキラは、ぱこーんと幼児に叩かれた。
「ふむ。いい質問です。僕は、南部の方に鉱山を持っていましてね。悪代官を成敗して、強制収容所の代わりに使われていた場所だったんですけどね。そこで、いろいろな鉱石を見つけているわけですよ。もちろん、そこにはニッケルだとかコバルトとかいう代物があるわけです。ランタノイドに分類されるネオジム、サマリウム。車のモーターだとかに使われるこれらは、もちろん開発中です。酸化鉄とバリウムを使うフェライト磁石は、比較的に作りやすいんですけどね。磁石の能力が、発電力になってきますしね。ほら、モーターの高性能化っていうのは…」
しゃべりだすと、止まらない。いろいろと、重要な言葉をしゃべっているようだ。
しかし、それをどれひとつとして漏らさぬように書き記すには手が遅い。
固い筋肉が邪魔で、指が早く動かないのだ。
そもそも、チィチは戦う戦士で書くという事は難事であった。
「あーはいはい。わかった。その磁石で電気を起こしている施設って、ここにできるんだよな。で、何時できそうなんだ?」
「ええと、それは」
「魔術の方が、便利じゃねえの。コストを考えると、今更科学ってなあ。獣人に教えるのは、大変な作業だとおもうんだが」
魔術が便利だ。しかし、それは獣人には難しい話。だから、科学という得体のしれない物を教授してもらっているのではないのか。
木のテーブルの上に、細長い銅でできた物と小さな筒が置かれている。
驚くべき事は、筒が透明であった事だ。硝子か。小さな硝子だ。
違う。硝子ではない。触って確かめてみたいが、あいにくと位置が遠くて触れなかった。
銅の線を豆のように小さな丸い物と繋ぐと、明るい光がついた。
(もしかして、ユークリウッドは困っているのか? ここはアキラを殴るべきところだろうか)
言葉に詰まっているのか。幼児は、涙目のような気がする。
丸い豆のような硝子。こちらは、硝子に違いない。
中に線が入っている。なんなのか。検討もつかない。
細長い髭?
筒と繋がる事で、電気という物が流れるらしい。
この世は、わからない事だらけだ。と、困ったユークリウッドを見かねてか。
ネリエルが、声を荒らげていう。
「黙れ、糞野郎。ユークリウッドさまが有用だといえば、有用なのだ。糞虫は、すっこんでろ!」
「あ、はい」
まるで、ユークリウッドの口調が伝染したようだ。糞とか。
ネリエルは、仮にも女子だというのに糞というのはどうなのか。
ちなみに、ライオネルでユークリウッドの真似をして肥溜めを作ろうとしたら、失敗して寄生虫が大繁殖してしまった。やり方が謎だ。
おかげで、信用が下がった。
どうにかして、肥溜めの作り方を盗まないといけない。聞けば、怪しまれるだろうから機会があれば、だ。ネリエルを注意するべきかしないべきか。迷っていると、ユークリウッドが口を開く。
「あの、ネリエルさん。ちょっと言葉遣いが、よくないですよ」
内心で、快哉を上げる己に動揺した。殺すべき相手に、心を奪われては本末転倒。
「はっ。下僕が、出過ぎた真似を。しかし、日本人を側においておくのはいかがでしょうか」
もっともな事だ。獅子族であるチィチも言えたクチではないけれど。
さりとて、オデッサの惨劇を思えばやるせない。
いかに敵とはいえ、1つの肉塊にしてしまうとは。
日本人の勇者。
悪魔のような所業だ。肉体に魂が戻ってきたとはいえ、虚ろな反応を示す者が多いという。ライオネルがコーボルトと裏で手を結んだのは、失敗だ。
今からでも、ミッドガルドと協調路線を取るべき。
肉に飲まれるような死を迎えたくないが。
生き返った獣人の精神が戻らぬとしても、おかしな話ではない。
日本人は、猛毒である。コーボルトの王が、勇者のヤリようを知っていたのならライオネルも、また語るに落ちる。
獣人連合からも、コーボルトに攻め込むべしなどという話がでている。
死肉に集る禿鷹の如く。昨日の友も、今日の敵。
弱肉強食が、時代の流れである。
「お願いします。仲良くしてくださいっ」
「…わかりました」
!? ネリエルが、目をひくつかせている。あの目は、決して許さない目だ。
アキラは、それを見て慄いている。許せるはずもない。
チィチだって許さないだろう。
理由は、ある。黒狼族の戦士は、ほとんどが死体すらわからない状態で。首都防衛へと向かって生きて帰ってきたのはネリエルとごくわずかだけなのだ。
戦場で死ぬのが戦士とはいえ。身体すら帰ってこないとは。
一部では、いくらなんでも蘇らせられないだろう。




