199話 降下10 (ユウタ)
「舐めるな!」
「え?」
アキラの腕が、地面へと落ちた。何がどうなったら、そうなるのか。
ぼんやりと、地下墳墓の上にある冒険者ギルドで事後報告をしてたのに。
銀髪の幼女の手には、伸びる剣ことスネークソードが握られている。
ギルドの中は、カビ臭いすえた匂い。
と、鉄の匂いに血の匂いが混じった。
中は、騒然としている。刃傷沙汰だからだろう。そして、幼女に斬られた少年は足も無く地面に落ちた。
このままでは、出血多量で死んでしまう。
「ちょっと、何をやってんのさ」
「こいつが、舐めた口を利くからだ!」
幼馴染みは、狂犬だった。いや、この場合は狂った狼か。
「大将っ、助けて!」
アキラは、涙目だ。すぐに両腕を魔術でくっつけて、次いで脚をくっつける。
蜥蜴のようににょきっと生やすのは、最終手段だ。寿命が縮んでしまうなどの弊害がある。
そっぽを向いたセリア。このような真似をするとは。
「ふん。舐められるのは、我慢ならん。特に、雑魚になめられるのはな!」
「何をいったのさ」
「ユークリウッドに、何連敗しているの、だったか。雑魚に言われたくないぞっ」
それで、癇癪を起こしたようだ。
にしても、怒るところだろうか。アキラは、単純に興味本位で聞いたのだろう。
しかし、日本人の思考で基地外と接するのは危険だ。と、学校では教えたりしなかった様子。
さもありなん。
「アキラさん」
「助かりました。この通り。迂闊でしたっ!」
セリアが、指に刀を挟んでいる。4本。両手で、都合8本。
これで、足に刀を挟んで16本。という竹馬剣術を使ってくる。
16本で16刀流。口からは、ブレスやら毒霧やら。
彼女は、これほど短気であっただろうか。アキラのような弱い人間には、気にしないようだったのに。
「ふっ。ゴミは、ゴミらしく地べたに這いずっていろ」
「ちょっと、それは言い過ぎだよ」
「ウィルドが戻ってきたら、現場を見てもらうからな。それでも、同じ顔がしていられるか」
どうやら、日本人が虐殺を行ったという現場を見せるつもりのようだ。
嫌な予感しかしない。木製の床に、べっとりと血の池ができている。
アキラの顔は、青い。血の気がなくなっているのか。チィチが、ポーションを飲ませる。
それで、血が補われるといいのだが。
「これは、あんまりです。奴隷でもないのに、やりすぎです」
彼女の目から見てもやりすぎか。同意せざる得ない。強い意思だ。
ユウタの目に視線を合わせていう。うっとおしいが、無視するわけにはいかない。
もっともなことだからだ。
「いくらなんでも、剣で腕を落とすのはどうかしてるよ。せめて、殴るくらいにしないと」
「ふーん。首が飛んでも、文句はないな?」
「そこは、でこぴん、とかさ」
「ほう。でこぴんで、脳みそを飛ばせと。なかなか、残酷なことを言う。それならば、そちらの方でかまわんぞ」
駄目だ。頭のおかしくなった幼女と会話していると、ユウタまで頭がおかしくなりそうだ。
「どっちも駄目。とにかく、腹いせにアキラをいじめるのは禁止だからね」
「チッ」
危険な兆候だ。舌打ちなど。普段は、しない。知らないところで、始末。
とか。
隙あらば、アキラを殴り殺しかねない。チィチに支えられて、椅子に座るとバラバラになった鎧を収納鞄に彼女が収めていく。ネリエルと違って、多少の忠誠心があるようだ。ただし、どういう理由で忠誠心があるのか不明。そこのところが心配だ。
ふてくされたセリアは、影から取り出したのであろう飲み物をちゅうちゅうと吸っている。隣に座るのはネリエルとミミーだ。
やがて、ギルドの奥からウィルドとキースが戻ってきた。
「どうでした?」
「ああ。たっぷりと報奨金を頂いたぞ。帝国にも多少の恩恵があるだろうな。それと・・・。アキラは、どうした。怯えているようだな?」
「お気になさらず。お送りします」
ウィルドは、ステータスカードを取り出して眺めると。
「ふむ。まーいいか。大分、レベルが上がった。これは、確かに癖になりそうだ。今後もよろしく頼む」
「さて、それはどうでしょうか」
「ふん。うん、と言わせてやるからな。首を洗って、待っていろ」
首を洗って待っていろとは。
それは、誤用なのではないだろうか。しかし、アキラのように変な突っ込みをいれて殴られるのもどうか。冒険者ギルドの中は、夕暮れからとっぷりとした夜の帳が降りている。
それでも、セリアは連れていくようだ。
そして、
「おげええっ」
アキラが、それを見た瞬間。口から汚物を吐き出した。
信じられない。
しかし、信じるしかない。
セリアに連れられてやってきたのは、ウォルフガルドの東部にある町の前。
王都から見て、もっとも遠く大きな町。都市といってもいい大きさだ。
(これは)
そこへ、魔物を狩るのが一段落したところで、行くことになった。
ホモホモとうるさかったウィルドとキースをグレゴリーに返してから。
まさか。
(信じられない)
肉塊へ変容せしめる禁断魔術。このような真似をする人間がいようとは。想像できるだろうか。戯れで、殺すなど。異世界人にだって、心はある。なれば、おぞましい殺し方をすればどうなるか。敵ならば、犬畜生か。
(ふざけやがって、楽に殺し過ぎた)
敵だからといって、なんでもしていいはずがない。
殺すにしても理由が必要だ。力があれば、異世界人を何万人殺そうとも自由。
そんなはずがない。やむ得ない理由。大義名分が。
でなければ、虐殺者でしかない。
(やつらに思い知らせてやるべきだな。しかし、日本人を殺す、のか。俺が)
それをやった人間は、死んでいる。日本人を殺す。それには、大きな痼が。
「こりゃ、ほんとに人間、か?」
アキラは、目が真っ赤だ。涙が、垂れ流し。
町の門から、人の姿が見える。と、思ったら山だ。人の身体で山ができている。
ありえない光景だが、信じるしかない。
「迂闊にちかよるなよ。とりこまれる」
セリアは、拳を震わせて。怒りで、爆発するのだろう。アキラがとばっちりを受けるほどだ。
相当な、怒り。憤怒で、血の涙でも出しそうである。髪が気の昂ぶりで蠢く。
「ふっ。こいつを見ても、まだアキラを庇うのか?」
いいや。すぐにでも、殴りまくりたい。しかし、アキラは仲間。
とりあえず。ヒロユキは、死刑だろう。苦しまないように、毒で死んでもらうか。
目を瞑ると、苦悶とも歯ぎしりとも聞こえる声が肉塊から聞こえてきた。
一体、どのようにして、これが出来上がったのか。
「いや? ところで、これはどこのどいつがやったの」
「話では、ユーウが倒した召喚の勇者がやったらしいな。戯れに。人口15万の都市が、全滅だ」
「ああ」
桃色の衝撃。
笑みも、凍てつく。愛想笑いだって、できないだろう。肉の山を見ては。
もはや、いう言葉もない。それは、それとして。何故、この肉塊が放置されているのか。
暗がりを裂く光で照らし出された山は、その全てが男女を問わない獣人たちのようだ。
おぞましい肉塊の蠢動は、地獄を彷彿させる。あるいは、冥界の底か。
げぇげぇと内容物もないのに、汁を出すアキラとチィチ。
ミミーとネリエルは、目を背けている。
「どうすれば、こんな風になる! どうやったら、元に戻る! なあ、教えてくれ。彼らを救い出す手段を。元に戻るなら、なんだってしよう。なあ、だから、頼む。彼らを助けてやってくれないか。私でも、彼らに近寄るのは危険らしいんだ」
怜悧な面持ちに細長いまなこからは、涙が溢れている。普段は、冷静なセリアが泣いているとは。どうにかして、希望を叶えてやりたい。しかして、待てどもどうにかする案が思い浮かばないのだ。霊的に結合して、死体になっていて。そして、その身体にはすでに魂がない。さらに、その元となっている核。
(ホムンクルスなのかな)
そのようなスキルに心当たりは、なかった。恐るべき術で、近寄れば肉塊は身体を取り込もうとする。
どうなっているのか得体がしれない。
助けようにも、死体なのだ。死体と一体化していく魔物と、捉えるべきだろう。
「これは、魔物。だね」
「・・・・・・駄目、なのか? 末の妹が、この中にいるんだ。なんとかして、助けられないのか? 頼むよ。なあ、頼むってねえ。ほら」
胸に手を当てようとしたが、
「すでに、死んでいるんだよ。これは、その肉体であっても塊でしかないんだ」
「ああ”あ”あ”ーーー」
セリアが、狂ったような泣き声をあげて地面を転げまわる。
顔を背けていた栗毛の少女が、
「実は、王都のご兄弟の半分が帰らぬ人に。妹たちもさらわれたり、行方のわからなくなっている方が」
「……なんで、言わないの」
終わっても、間もない。死体の状態さえ十分なら。王都は、フィナルが担当している。
何かあれば、報告があるはずだ。応援をよこさない理由は、ない。
「えっと、それは、ミッドガルド軍を追い返した自分たちが悪いのですから」
「違う、と思うよ。ともかく、これは、燃やすけど。いいかな」
「あ”、あ”」
セリアをネリエルが後ろから羽交じめにする。
諦めていいのだろうか。燃やしてしまっても。
(仕方がない)
一か八か。
死ぬかも知れない。魔力が足りるとは思えない。
それでも、泣く女の子がいる。
ならば、全力を賭けるしかない。
蘇生の術を発動すると。真っ白な光が、辺り一面を覆い尽くす。
眩い光に飲まれて。
人がいる。小さい。セリアよりもずっと小さい。コビットのチーかナタリーといったところか。
「なんじゃい。お前。また来たんかい! まあ、わかっておったがの。ほれ、もってけ泥棒」
幼女が示すのは、幽鬼のように立つ人々。
「え? いいんですか」
「んふー。わしを誰だと思っておる。むかーしは、人間からも神々からも大女神と呼ばれたアングルボザ様じゃぞ。ヘルより上! 頭が高いんじゃー!」
「え? こんなに沢山の人を蘇らせちゃっても大丈夫なんですかね」
周りは、真っ暗で。石がテーブルになっている。その川辺にも、無数の人が横たわっていた。
「ぐぬぬ。スルーしおって…。お主の為に、他の連中が時間軸に干渉し始めたらえらいことになるんじゃ。終わらぬ輪で崩壊じゃい。るーぷ、そうループとか、エンドレスじゃ。それに、これはわしの意趣返しでもあるからの。可愛い子孫が苦しむのも、こまるんじゃー! そういう事じゃから、心配すんなし。お主は、まあ苦労するじゃろうがの。よろしくなのじゃ」
と、手をひらひらさせた。
そこで、白い光が収まっていく。なんだったのか。会話していたような。
ユウタは、思い出せない。
「え?」
誰かと会話をしていたような。男の声がする。
「お、おい。おいおいおいおい。肉が…人になってくぜ」
アキラは、チィチに支えられていう。
「嘘みたいです」
肉の山が、人を吐き出していく。さながら、脱穀機のように。
吐き出す肉の山が萎んでいくと。人の型が残された。
「帰れ還れ、この世に。在りし日に、思い出を。蘇り、鼓動せよ。脈打ち。鳴動する。金葉に、創生。創造せよ。黄金の命樹。救聖の九! 螺旋魂還!」
地面から、金色の樹。中には、アルーシュを感じてそんなはずはないと。
戻るのか。蘇生の術と、魂を戻す魂魄術。合わせて、蘇らせる。
走り出したのは銀髪の幼女だった。
後ろから、ぽんっと手が肩にかけられた。誰もいないはず。しかし、その時になって気配に気が付くと。
「お主。その術をどこで習った?」
「え? レン、さん」
振り向けば、金毛を揺らせるレンがいた。にこやかな顔に、三日月のように裂けた口が怖い。
「ありえぬ。それは、その術は。……まあ、よいか。その術は、のう。この世で、たった一人しか使えんかった術じゃ。妾は、長い時を生きておるがの。気が遠くなるほど、探しておったんじゃ。傷だらけの勇気を持つ人。皆の笑顔を作り出すと、いつも苦悩しておった。希望を求めて、のう」
手を握りしめると、涙を流しながらそれに頬ずりする。手が、涙でべちゃべちゃだ。
それでもやめようとはしないし、
「妾は、ずっとずーっと待ち続けておった。また会えるとは、望外の喜びでございます。我が主さまよ」
放そうとしない。手をぶんぶんとしても、がっしりと握り締めている。それでいて、羽毛のような軽さ。
「え?」
いつの間に、主になったのか。知り合ったばかりだ。
「ええい、離れろ。この化け狐!」
セリアは、泣きながら戻ってきた。拳を上げて近寄ってくると。レンの手を離そうとする。
レンは、放そうとしない。
「ち、千切れるって」
「ええい、この、放せ!」
「貴様が放せ! また、主さまに魂還術を使わせおって阿呆犬!」
「なんだと! 阿呆とはなんだ阿呆とは!」
どうも、手を剥がすと2人で争い始めた。泣くセリアをなだめられたのは、上々。
だが、更なる問題児が1人。どうして、こうも変な人間が集まるのか。
気配を感じさせずに、近寄ってくる相手は侮れない。
「なあ。どうなってんだ? これ。もしかして、冒険者も蘇生したとか…」
「僕にもわかりません。しかし、内密にお願いしますよ」
しーっと指で念を押す。アキラは、黙るだろうか。腕と足を切り落とされて、達磨になりかかったのだ。
喋るとは考えにくい。命は、一つしかないのだし。
方々から蘇生を求めてやってこられては、身体が持たないのだから。
「ふふん。我が主さまの復活を祝って、貴様の駄狼ぶりには目を瞑ろうではないか。盲た犬とはいえ、そばにうろつくのなら弁えよ」
「なにぃ」
セリアが、伸びる剣を手に構えた。やめて欲しい。
「ああ。再会の喜びに、至福の悦楽じゃ。ふふふ。もう分かたれる事はないのじゃっ」
幼女が、剣を手にしているというのにレンの方はしゃがんだままだ。
斬られれば、命はない。
「貴様ぁ」
「斬りたければ、斬りかかってみよ。今のお主など、愛の力でひと捻りよ」
「ええ?」
いつの間に、愛が。勘違いしているようだ。どこかの誰かと。
依然として、座ったままのレン。腰だめに構えていたセリアは、剣を収めると。
「なっ、あ、愛…だと…。なんて奴。今に見てろよ」
なんともチンピラの如き言動をする。役者が違うようだ。




