195話 降下6 (ユウタ)
でない時には、でない。
回せど、回せど。
セリアが、狂気を帯びているようです。
気のせいでしょうか。アミ○かジャ○臭が漂ってるんですけど。
どうして、こうなった。
◆
しょうもない理由だった。
しかし、人が人と争うのはそうした物かもしれない。
目が合った、とか。
犬人族と仲が悪いのだが、かといって追放するのにも理由が必要だ。
別に、工作をやったとかそういう訳でもないのに町から追い出す事もないだろう。
戦前では、敵国人を強制収容所に収容した事もあったが。
「こんなに仲が悪いなんて…。当然、か」
「そりゃそうだろ。敵だぞ。敵。狼人にとっちゃ、殺して当然の敵だ。保護してれば、お前も火の粉を浴びかねないぜ?」
「どーでもいいよ。喧嘩を売ってくるなら、叩き潰すまでさ」
「ま、そうだよな」
何か。もっと凄い事が起きそうな予感がしていたのだが。
気のせいだっただろうか。空は、真っ青に晴れていて遠くに雲が沸き立つように上がっている。
ロシナは、アキラを連れて迷宮に潜りたいようだ。
(どうしようかね)
暇があるといえば、ある。付いて行った方がいいだろう。先程、大きな口をきいたばかりだ。
何も、死地にアキラを送る必要はない。
きょろきょろとしているアキラ。何が気になるのだろうか。
「あれ、もしかして、魔王じゃね」
「なん、嘘」
指差す方向には、フードを思い切り被っている不審な人物が立っている。
獣の耳や尻尾は、生えていないようだ。
(怪しい奴だ)
しかし、どうして魔王だと断定するのだろうか。
フードからでている髪の毛で判断したというなら、凄い目だ。
「それっぽくあるようなないような。わかんねえぞ」
「しかし、魔王なら何故こんな所に?」
はたと気がついた。これだ。妹を誘拐しに来たに違いない。
だが、それならば陽動でもなんでもかけるはず。
魔物が襲ってくる気配は、なかった。そして、蜃気楼のように消えた。
「おいおい」
「転移したのか? 投影か。どっちだよ」
「んー」
わからない。種というのは、われないと分からないのだ。ロシナのバリアと一緒だ。
ご都合式バリアと違って、弱点が存在する。【盾】と同じ弱点が。
「ていうか。ロシナ、騎士団はいいの?」
「赤騎士団は、こっちが本命じゃねえもん。そもそも、出向みたいな感じでこっちに回されてるからな。アル様の命令だし、ブリタニアはフィナルとエリアスが入っててアドルにクリスまでくっついてるんだぜ。俺の出番がないわけよ」
「ふーん」
暇なはずがない。受け持ちの部隊は、ガングニールにいるのかわからない。
天空城を持ってきているので、そこへ合流したのかもしれないし。
暇。そんな事がある訳、あるのか。わからない。ロシナには、飛空船が与えられている。機動力ならば、そこいらの騎士団だってぶっちぎりで追い抜く【古代兵器】の飛空船。名前は、なんといったか。ロシナが適当にシューティングスターとかつけている。本当の名前は、また違ったはず。
「魔王の奴、何か仕掛けていったんじゃねえの」
「んー、何がしたかったんだろう」
「魔王リヒテルだっけな。魔界の雷帝様だろ。暴虐の限りを尽くす骸骨野郎が、どうしておとなしいのか不思議でしょうがねえ。見間違いなんじゃあねえの」
「でもでも、ちらっと見えた顔はなんだか悲しそうだったぜ」
アキラは、目がいいのか。ロシナも不可解さを感じているようだ。
爆弾でも仕掛けているなら、妹の身が危ない。というよりも、魔物が襲ってくるはず。
注意を引いて、自らが誘拐していくというような。
妹の方を見ると、DDが人型になって手を降っている。
何故、人型になっているのか不明だ。
(まさかねえ)
魔王の目にも涙。というよりも、魔物に人の心が有る方が異常だ。
魔物は、魔。ゴブリンとて、魔物で人と一緒に慣れ合うような物ではない。
ましてや、相手は魔族の王。手下をけしかけて来ない方がおかしいのである。
しかし、気になる。
ずずっと、背後で気配が生まれた。獣人のお姫様だ。とてもお姫様ではないけれど。
「ふうっ。ロシナ、どうしてこんな所にいる?」
片膝から、すっと立つ。ロシナに視線をやるや、踏ん反り反っていう。
「どうしてって、セリアの方こそ、コーボルトはいいのかよ」
「ふっ。やつら、つまらん。逃げまわる雑魚ばかりで、話にならない。それに負ける我が軍の兵士たちは、もっと話にならないのだがな」
銀髪の幼女は、尻尾で地面を叩いた。どうやら、戦場からの帰還のようだ。視線が、集まってくる。セリアがいると、格段に視線が増すのだ。
面倒な事に、獣人たちからは慕われているようである。
ちなみに、家事は一切やらない。皿すら洗わない。お金も入れないので、赤字もいいところだ。
まるで、ニートである。戦闘狂。しかしてニート。いいのだろうか。
「んー」
わからなくなってきた。悪い予感だったのか、良い予感だったのか。魔王なのに、魔力を隠して娘の様子でも見にきたというのか。魔族と人間が相容れない関係にあるというのに。襲ってこない魔族には、違和感を感じる。出会う魔族は、例外なく敵であった。
幼女が、顎で示す。
「ふっ。ここで何をしている」
「何って、アキラの修行…あ」
「面白そうだな。私もついていこう」
「何っ」
明日は、天地が逆さまになる。
ロシナは、びっくりしたようだ。それもそのはず、他人の手助けなんて見た事がない。
銀髪の幼女の後ろに、ネリエルとミミー、モニカの姿がある。どうして、セリアと共に行動しているのか不明だ。セリアが急に面倒を見るようになるとか。雹でも空から降って来るに違いない。
肩をすくめるセリア。
「そもそも、こいつらの面倒を見ているお前、頭でもおかしくなったのか? 男の面倒などついぞ見なかったろうに」
「いやー、でもね。この人は…」
ぎらっとセリアの目が光ったような。気のせいだろうか。
次の瞬間。がっ、とセリアの拳を掴んだ。思い切りよく腹に目がけてのボディブロー。
死ぬ。いや、殺す気か。アキラが貰えば、内臓破裂。いや、身体が残るのだろうかという勢いだった。
おかげで、アキラはふわっと浮いて着地した。
彼の顔には、?マークが浮かんでいる。死にかけたというのに、なにを呑気な。
気が付いていないのなら、重傷だ。
「ふっ。こいつは、ますます邪魔くさいな。ユーウを衆道に引き込みかねん。ここで、殺っておくか」
「ちょっと待った。どうして、そうなるの」
「最近、お前の様子がおかしいと聞いてみれば、男に走ろうとしているではないか」
ぎりぎりと、力が篭る。引っ張られそうなパワー。
どうも、暑さで頭がやられたようだ。元からそんな感じはしていたが、ついにネジが飛んだらしい。
筋肉で。
(ホモな訳あるか!)
何を言っているのか。そんな事は、根も葉もない濡れ衣。
見ただけでわかりそうな物なのに、どうしていうのかわからない。
ネリエルが、何か耳打ちをしているのも気になる。耳は、難聴ではない。
ミミーは、黙ってかしずいている。
周囲は、遠巻きにして怖いモノを見ているかのようだ。
妹たちの一行は、買い物に行くのか。西の門を出ていくところだ。
追いたいところなのに、セリアが邪魔をする。と、ロシナが後ろからアキラの口を抑える。
「ちげっ。ぶふっ」
「黙っとけって。話しがややこしくなる」
「ほれみたことか。ロシナも毒牙にかかっているようだな。菊の花という間がらっぽいではないか」
もはや、完全に思い込んでいる。セリアは、殴らないとわからない子というべきか。
殴ってもわからない子だったりする。
「ちげーって。ユーウも否定してくれ。世紀末覇者の次兄みたいな戦闘力の癖に、察しが悪すぎだろ」
「ふっ」
すっと、移動したセリアの平手がロシナの顔面に挟まる。そのまま真下へと降ろされた。
顔面を叩きつける。飛び散る血。鼻血程度の出血ではない。地面に真っ赤な大輪の花が咲く。
何度も、といいつつ常人には目にも留まらぬスピード。
やおら、
「あ、あが、あ”」
「ん? 何か聞こえたか」
「や、やめ、う”」
「ああん?」
「うう”」
死んでしまう。セリアは、容赦のない攻撃をする。周囲は、止めようとする人間もいない。
「止めなよ。みんなが見てるよ」
「見ているからだ。舐められるのは、嫌いだ」
ぱっと放すと、ロシナは地面へと落ちる。それをアキラが抱え起こした。
「いくらなんでも、こいつはやりすぎだろ。ひでえよ。仲間じゃねえの?」
「ふっ。例え仲間であろうと、舐めた口を利く奴は全殺しだ」
「そんな暴力で、嫁の貰い手がいなくなるんじゃねえの」
すると、セリアはユウタを見て。
「こういう場合は、あれか。婚約破棄という奴か。絶対に断る!」
!? 何故、婚約破棄。わからない。
「いや、婚約破棄も何もしてないよね。婚約破棄って、普通できるもんじゃないから。家の問題だし」
「そうなのか。これって、いや、どうみてもざまぁ系っていうかセリア様がざまぁされちゃうんじゃね」
「ふっ。そうだ。大事な金蔓だしな。寝てても金が入ってくるのは大きいな」
ひでえ。どうかんがえても婚約破棄した方がいい悪女の部類。いや、鬼女か。
しかし、セリアには小遣いをやった事がない。ねだられた事もない。
どうにもネリエルから、要らぬ知恵をつけさせられているような気がしてきた。
はっきり言っておくべきだろう。
「婚約とかしらないし、どうでもいいけど。仲間をこんな風に、扱うならもう知らない」
途端に、汗を出す幼女。困った顔だが、容赦しないのだ。
「僕は、ATMでも家政夫でもなんでもない。君の世話をする介護士でもないんだからね。あくまでも、善意でやってたのに。そんな事をいうなら、僕にも考えがあるよ」
「ふっ……ぐっ。ごめんなさい」
土下座しようとするので、尻尾を掴んだ。もこもこだ。
もこもこの手触りは、いい。なんちゃって獣人くらいが、ちょうどいいのだ。
ガチのケモだと、匂いが大変だし。
「うーん。ロシナを手当てしてから、地下墳墓に行こうか。アキラのレベルを上げにさ」
「ふぐっ。ぐうう。そいつ。役に立つのか? 全くの論外のような能力ではないか」
セリアもそう思っているらしい。どうにもやりきれない。アキラの能力が、強奪スキルに立っていたのは間違いないのである。かといって、切り捨てられるくらいに低い訳でもない。他と比べれば見劣りするけれど。無いものねだりなのだ。
「なんで、ロシナ、バリアはどうしたんだよ」
「そんな物が、私に効くか。そいつのバリアは、種も仕掛けも割れているからな」
「なっ? ええ? どうやって、破ってるんだ」
「ふっ。どうして、それをお前に教える必要がある」
種。仕掛け。ロシナのバリアは、一見して無敵だ。しかし、
「ちょっと、叩きつけ過ぎ。元に戻すのが大変じゃないか」
ロシナの顔面が酷い。ヤクザだってここまでは、しないだろう。
何しろ、16連射も真っ青の勢いで幼児を地面に叩きつけたのだから。
息も絶え絶え。微かに、息が止まっていたような?
「なら、腕でもちぎっておくべきだったか?」
さらりと、セリアは恐ろしい事を言ってのける。まるで、悪鬼にとりつかれたかのようだ。
もとから、戦闘狂のようなところはあったのだが、ここまでひどくはなかった。
戦争が、幼女の狂気を加速させているようだ。
「ちぎるのも無しだよ。鼻の柱が折れてる。陥没して、復元が大変。ちぎったらもとに戻るかわからないんだからね。長さが違ったら、奇形だよ!」
「すまん」
すまんで済んだら、騎士もいらない。
ロシナが起きて騒ぎ出すと大変だ。そのまま、地下墳墓に向かう事にした。
こんな暴力女を一体どこの誰が育てたのか。親の顔は、知っているが。
「あ、お、お拭き致します」
「いい。チッ」
「いま、チッとか聞こえたような。気のせいかな。僕もちょっと怒らないといけないのかな」
……ミミーにまで八つ当たりをしているようだ。なんと器の小さい。
同族が殺された事が、よほど腹に据えかねたのか。
それにしても、不甲斐ないのは軍人であってミミーではなくて狼人だろうに。
「すまない。わかっていても、抑えられん」
「わかってます。あんな、事、人がする事じゃない、ですよね」
「……ユーウ。知っているか?」
「何をかな」
なんか、嫌な予感とはこれの事だったのか。ひしひしと感じる悪寒。
まるで、ツンドラの奥地からやって来るかの如き冷気だ。放っているのは、目の前の幼女。
「日本人どもめ。人を、何だと、思っている。獣人を一カ所にまとめて、砲弾の的にするなど信じられるか。なあ。教えてくれ。日本人というのは、実は、悪魔が中身に入っているんじゃないか」
「はは、まさか。? どこでそんな物を発見したの」
「町の一つだ。老若男女を問わず、押し込めて焼く。非道の限りを尽くす。断じて許せないぞ」
喉がからからだ。まさか、そのような事をする日本人がいるはずがない。
しかし、本当に、絶対に居ないと言い切れるだろうか。




