191話 降下2 (アキラ、ヒロユキ、ネール)
いやいや。
アキラは、よくわからないのか。
びびってるんですけど。
この人。もしかして、チキンなのかも?
手柄を立てたそうに、チラチラする割に努力をしないんです。
すぐに、倒されそうです。
正直にいって、マールさんだけでも怪しいんですけど…。
ハーレムを築きたいなら、頑張らないと。
駄目ですよね。
え? おまゆう? 僕は、別にハーレムじゃなくてもいいかなって思います。
なんかもう、大変だし。殴られるし。ATMじゃないっつーの。
……。こほん。
そもそも、好きだから付き合うというのも軽そうですよね。
女の子のパンツを盗んだりする度胸もないです。
やれ? 無理ですよ。
女の子のパンツ盗むのはすげーと思います。マジで。
アダ名が、パンツマンとかついたら自殺もんだと思うんですよ。
そんなんやってみないとわかんない? 自分で、やってください!
◆
生きている。
降下しようとしていたアキラを待っていたのは、弾丸の雨。
飛来する剣は、どこか見覚えがある。チート勇者が飛ばしていた剣のような。
眼下に広がっていた町からは、砲弾が飛んできて。
ユークリウッドは、正確に兵器を撃ちぬく。
『灼熱よりも赤きもの。燃え盛る憎悪をくべよ。罪人に永遠の安らぎを。滅尽滅相一切焼却。炎獄の純理に帰す。灼炎!』
赤い光と炎が乱舞して、空を分割していく。恐ろしい。
地面にあった兵器が、次の瞬間には赤い泥に変化していた。
獣人たちを殺した訳ではないらしい。
念話だからか。詠唱が聞こえてきた。とんでもない中二病のようなそれ。
アキラにだって、詠唱だけならできそうだが? 魔力が足りないとどうなるのであろうか。
『おいおい。もしかして、倒しちまったんじゃ』
『手応えは、ないよ。隠れてるのかも』
ロシナは、呆れた顔だ。派手な術だったが、倒せてないらしい。
しかたなく、下へと降りていく。地上では、大混乱だ。兵士が右往左往している。
4人でどうこうできる数ではない。そこにロシナが降り立った。
「問おう! 勇者はいるか? いるならば、正々堂々の勝負を受けられたし。逃げるのならば、町を巻き込む事になるぞ」
「なんだと? 子供が、何をほざく。ひっとらえて、叩きのめしてやれ!」
集まってくる。とてもではないが、戦いにならない数だ。チィチも降りてきた。銃を使われると、鳥馬はやられてしまうだろう。
囲まれて、絶体絶命だ。武器を持っている。槍で突かれるだけでも、死にかねない。
すると、水が地面からあふれだす。
「な、魔法だと!? こんな子供が魔法使いかっ。構わんっ。撃てっ」
(やばいっ)
しかし、敵はそのまま崩れ落ちた。
「ひゅー。阿呆どもだ。水遁に雷遁か。やるじゃん。でも、それなら最初から救世瀑布ウトナピシュティムの蒼、大津波で薙ぎ払った方が良かったんじゃね」
「相手と同じ事をしたら、非難する資格がないですよ」
「手加減できるって、いいねえ。俺はしねえけどな」
「生かしておいた方が、色々と反省してもらえますよ」
「ぬるいね。容赦なくやれや」
どうにも、喧嘩をし始めそうだ。アキラは、ここまで何もやっていない。
ここに、来る意味があったのだろうか。チィチは、不安そうにしているし。
まとめて倒れた敵は、痙攣している。
「俺は、住民まで敵にするようなやり方は賛成できないなあ。ほら、美人まで殺す事になるでしょ」
「……そりゃ一理あるな。…ともかく投剣の勇者を探しだして、確保、または殺害するぞ」
ああ。そういう任務だったのか。アキラは、事前に知らされていなかった訳が理解できた。
数が少ないのも、投剣の勇者が手練だからだろう。
倒れた兵士を他所に、生き残っている兵士に向かって。
「お前ら、こいつらの手当をしてやれ。まだ、死んじゃいねえからな」
【翻訳】のスキルで通じるのは、いい。こんな時に、スキルを得ている事に感謝した。スキルがなかったら、言葉にだって困る。日本語だけだったら、会話だってできないし。周りを見ながら歩いていくと、ちゅんと何かが弾ける音がする。銃か。
囲むようにしている兵士をユークリウッドが、電撃を手から飛ばす。呪文を詠唱したりするのは、威力を高める為だろう。間断なく攻撃をするのなら、威力を弱めてでも無詠唱の方がいい。そして、弾丸を摘んでいたりする。格闘の能力も高そうだ。どうやって、弾丸を掴むのかコツが知りたい。
兵士を殴り倒し、気絶させていく。だが、投剣の勇者は現れない。
とうとう、町の広場とみられる場所までやってきてしまった。
中央に広場があるタイプなのだろう。そして、狙撃するには絶好のポイントだ。
「もしかして、ハズレ、なのか?」
「んー。残っている町は、絞られるんだけどねえ。他の勇者と合流したのかもしれない。おい、さっさと降伏するか勇者を出して、一騎打ちに応じろや。それとも、町が焼き払われるのがいいのかよ」
兵士の1人を捕まえて、頭を揺するのだが。口を結んで話そうとしない。
よほど、勇者に忠誠心があるのかも。と、思っていたら。
「俺に、用があるんだろ。放してやれよ」
「覚悟は、できているようだな。投剣の勇者」
男、いや、少年だ。まだ年端も行ってない。アキラと同じ年代かそれよりも若く見える黒髪に黒い服。鎧も黒。黒ずくめだ。どうして、だれもかれも黒を選ぶのだろう。確かに、目立たないという利点はあるが。暑くないのだろうか。
となりには、灰色の髪をした犬人族の少女が立っている。
ユークリウッドが可愛がっている幼女と同じように真っ白だ。
服も鎧も真っ白。対照的だった。見目が、ずば抜けている。
マールも負けていないと思いたいが、ふとももをつねられた。
チィチだった。ぷくっと口をふくらませている。
殴られたら、死んでしまう。ぞっとした。
そんな思惑を他所に、
「俺の名前は、ヒロユキだ。こっちのは、ネール。こいつは、俺と関係がねえ。日本人を探してんのか?」
「それもあったな。けどまあ、死刑以外に道はねえよ。外道」
「戦争だろ。戦争。こんな事は、どこでだってつきものじゃねえか」
「そうだな。だから、お別れだ。貴様は、死ぬ」
剣を投げてくるというのに、ロシナは悠長に事を構えている。話をしている暇などないだろうに。
【鑑定】を使うと、固有技能が出てきた。
【投剣乱舞】。
恐ろしい事に、一度みた剣ならば何度でも創造できるとか。能力までもコピーできるチートスキルだ。
アキラには、ハズレスキルが与えられたというのに。とんでもない差であった。
【勇者】の職を持っている彼の能力も低くない。
レベルが見えないのが残念だが。
「はっ。ここまでご苦労さんなこった。あんたら、本当に一騎打ちに応じると思ってんのか?」
「応じるさ。いや、応じなければ上の飛空船から爆弾が降ってくる。一撃で、町はおしまいだ」
聞いていない。そんな話は、聞いていない。だというのに、
「……応じたら?」
「撤退しよう。ひとの月の猶予を与えて、どこへでも逃げるといいさ。しかし、追手はかかる。逃げ切れるとは思わない事だな」
「ああ。なら、ここが運命の分かれの時かね。誰が相手だ」
ユークリウッドの足が前に出るよりも、ロシナの手が上がった。
「俺だ。覚悟しろ、下郎」
「ほざけ、ガキだからって手加減はしないぜ、ママのおっぱいでもしゃぶってろ」
どうやら、それがゴングとなったようだ。周囲には、兵士の姿がまばらに見える程度だ。
町を守るにしては、数が少ない。もう、戦闘力は残っていないようだ。
「吐かしたなっ」
「せいあっ」
ロシナが飛びかかるよりも先だ。ヒロユキは黒い剣を手から出すとそのまま投げつける。黒ずくめの身体から放たれる剣を染めて、軌道を読み難くしたいのだろう。だが、不可視のバリアを持つロシナには剣が効く様子がない。
無数の剣がばらばらとバリアの前に散らばっていく。
アキラの方に飛んでくる大剣をチィチとブロックだ。
軋む【盾】。戦列歩兵のように並べば、2倍の防御力。
巨大な剣を出現させて、それで押しつぶそうとするもバリアに阻まれて効かないようだ。重量が駄目。どうやって倒すというのだろう。1人だけの【盾】ならすぐに割れている。
投げても投げても止まらないロシナと下がりまくるヒロユキ。
どちらが優勢なのかひと目でわかる。
ヒロユキの攻撃力は、大した物だが相手が悪い。攻撃が効かないとか。
チートが、過ぎるだろうに。油断していないようだ。
「羨ましい」
「え?」
何もない場所。ヒロユキの鎧に切れ目が入る。
彼の顔色が、変わった。バリアを伸ばせるのか。ヒロユキは、剣で攻撃を受けた。何もないのに。
「ヒロユキさんは、愛されているみたいですね」
「は? なんで」
汗が、噴き出しているヒロユキ。余裕がない。
少しでも足をもつれさせれば、そこで終わる。
ユークリウッドが頭でもうったかのような事を言い出した。
視線は、犬人の少女に向いている。祈りを込めるように両の手を合わせていた。カタカタと足が震えている。そんな事で同情していいのか。
勝ち目がないのを悟っているようだ。実際に、バリアを貫通するような攻撃を出せなければおしまいだ。
距離がどんどん縮まっていくのと、バリアだけで受けているのではないロシナ。
ロシナは、慎重だ。間合いを詰めて、バリア自体で攻撃を弾く。
「愛の光。眩いばかりじゃないですか。この世に至高の物があるとするなら、愛にまさるものはありません。羨ましい」
「そうかねえ。そんなに欲しいかね?」
愛とか。反吐が出るみたいな態度なのに、これはどうした事だろう。
目が、真っ赤に染まって怖い。
「愛が、欲しくない? 頭がイカれてるんですか」
掴みかかってきた幼児は、顔が鬼のようだ。なにもそこまで顔面を変える必要もないだろうに。
アキラは、呆れるしかなかった。
「だって、愛なんてないみたいな事を言ってなかったっけ」
「いつ、言いました? ない、からこそ稀にみるそれは美しいのです。みな、愛の為に戦い、愛の為に死ぬ。素晴らしい」
「いや、(こいつ、薬でも決めたのか? 涙を流してやがる)」
泣いていた。なんで泣くのか。ロシナが、ヒロユキを追い詰めつつある。
喜ぶ局面ではないか。泣いている意味がわからない。初めて見る一面だ。
泣きながら、戦えるのか。いや、女の子が必死に祈っているのに心を打たれているのかもしれない。
とんでもない甘ちゃんだ。
勇者たちによって、甚大な被害を受けたウォルフガルドを思えば快哉を上げるところである。
「日本人が死にそうだから、泣いているわけじゃないんだよな」
「ええ。違いますね。犬人さんを置いて、逃げるのなら出来たのかも知れませんし。わかりませんが、逃げないで町に篭っているというのも解せません。町の人間に匿われて、再起を図る局面ですからねえ。彼女の為に死ぬ。うん」
目からは、汁が滂沱している。
「捕らえて、寝返りか剣を捨てさせるって方向がいいんじゃねえの」
「ふむ。それもあり、ですね。殺さないでいいのなら、別に殺さないでもいいですし。セリアが納得、するのかどうかなんですけどね」
結局、女が絡んでいる。セリアは、納得しないだろう。女共々、ヒロユキは市中引き回しの上獄門かはたまた車で裂かれるか。残虐非道ぶりは、どっこいどっこい。のように思える。女は、男が考えている以上に残虐な事を平気でやってのけるのでわからない。
かの劉邦の妻は、彼の死後に寵姫を豚にしたという。恐ろしい事をやってのけるのだ。
妲己もしかり。セリアがどうして、鬼嫁にならないと考えるのだろう。
「でもやっぱ、殺すしかないんかね。ほら、復讐者になったりするじゃん」
「なんでです?」
「仲間の仇を討つ、とかなんとかでさ」
果たして、そうなのかどうか。不明だが、時代小説系では仇討ちで後から首を取りにいくなんて事がある。ましてや、日本人だ。仲間がやられて黙って見ているとも思えない。アキラだって、ロシナが死ねばヒロユキを殺しに行くことだろう。仲間とは、そんな物だ。
眺めていると、決着はすぐにも着きそう。剣戟を弾くバリアに対して、距離を取ろうとするヒロユキが追いつかれている。単純に、前に進むのが有利だから追いついているのだろう。バリアに刺さるような剣がない。身体にも当たらない攻撃が増えると、下段の攻撃がヒロユキの足にヒットした。
地面の下から反撃しようとするが、弾かれた。
「何っ」
「へっ。後ろにばっか逃げてんじゃあねえ!」
下が弱点だと思ったのだろう。アキラもそう思った。
しかし、足裏までバリアが展開しているようだ。
どうにもならない。バリアを破壊する能力が必要だ。
(だが、どうやって破壊する? 剣がぶつかっても効いてねえってどんだけ)
盾は、硝子のように割れる。反撃が功をを奏していない。
関羽から逃げる顔良のように。
ヒロユキの攻撃が、剣を飛ばす以上距離が必要だ。そして、あっさりと追いつかれてしまっては命がない。風前の灯火に、少女が飛び込んだ。
「覚悟しな」
(いいのか?)
少女ごと敵とはいえ日本人を倒してしまっても。いいのだろうか。
じぃっと、ネールと呼ばれた少女はヒロユキの盾になるようにしている。
そのまま、真っ二つにしてしまいそうな雰囲気だ。
「どいてくれ、お嬢さん。決闘に、そいつは負けただろう。生き恥を晒させるつもりか?」
「……」
「男には、死に時ってやつを見失うと大変だぜ。死ねる時は、選ばねえとな。どうなんだ。ヒロユキさんよお。女にかばわれても、なお生きていたいのかよ」
いや、どっからどうみても悪役のセリフだ。悪党というには、違うのではないか。
戦争に参加していたのだから、断罪しようというのだろう。彼もまたまだ子供の年齢だ。
少年法なんて物は、ないけれど。何か、
「ロシナだせえ。なんか、すっげえ悪役になってるぜ。騎士道って、雑魚も斬っちまうもんなのか」
「なん…だと?」
アキラの方を向いたロシナは兜の面を上げると、片目がぴくぴくしていた。
よほど、頭に来たに違いない。
ここがらが本番だ。アキラが止めるしかない。
「女の子が、身体を張っているのにぶった斬るのはかっこ悪りぃ気がするぜ。止めた方がいいんじゃね」
「ちっ。命拾いをしたな。縄とスキル封じをよこせ。魔術士殺しも」
「はいはい。ちょっと待ってね」
にこにこして、鉄製か何かの手錠を寄越す。ユークリウッドのアイテムなので、強力な物なのだろう。危ういところだった。
セーフだ。なんとか、残虐行為を止められた。強いのだから、雑魚に本気を出すのもどうか。
そういう感じで納まってくれればいい。
だが、
「で、なんでてめえが俺の頭越しに物言いをするんだ、ええ?」
ロシナが、凄んでくる。可愛らしい顔が、凶相に変わった。
「だ……」
やばい。言葉がでない。
「だっても糞もねえ、てめえは三下。俺は、上役の騎士だぜ?」
「い……」
「い、じゃわかんねーんだよ。このビチグソがあああっ」
アキラは、拳を振りかぶった。殴られる。と思ったら、拳が飛んでこない。
止まったのは、ユークリウッドが掴んでいるからだ。
「はいはい。止めようね。最高にダサいから」
「なっ、てめっ、ユーウまで味方につけやがったのかよ」
「違う。ただ、ロシナさんがそんな事をしても男が下がるだけだと思ったんです」
拳を握りしめていたロシナは、ぷいっと明後日を向いた。
「チッ。勝手にしろ。後で、泣きを見たってしらねえからな」
すると、ユークリウッドは両手を合わせてぶつぶつとつぶやき始めた。顔には、満面の笑顔だ。
まるで、天使のよう。ロシナとは対照的な顔だ。
「ああ。ただ、愛だけがある。あそこには……光が満ちているよ。儚くて、脆いけど、決して奪ってはいけない光が。天上におわす主上もご覧あれ、あまねく愛の光で地上が満たされる様を。愛、素晴らしい。ああ、愛こそすべて。愛ゆえに人足りえる」
「やべえ、こいつ。聖者モードが発動してやがる」
「え?」
「たまになるんだよ。頭がおかしいのか、敵に味方をし始めるんだ。捕縛した二人を連れて、帰投するぞ。えらい事になる」
ユークリウッドがおかしい。頭をうってしまったのか。どうも、あっちの世界に行ってしまったような事を言い出す。
「世界は、愛で満ちているね、わかりますね?」
「いや、…ああ。そうですね」
「やべーよ。マジで」
やべーやべー連呼するロシナは、顔が青くなっている。
どうして青くなっているのかわからないが、ローブの幼児がやばいのはわかる。
身体の周りから燐光を発し始めた。吹き上がる光が、翼のようになる。彼は、一体何者なのだろうか。
判官贔屓が、極まった感じだ。




