187話 砂上の楼閣8 (アキラ)
帰ってこれなくて、浦島太郎になったら大変ですし。
居ない間に、年月が経ってました。とか。
婚約破棄とかありそうですよね。
みんな、結婚しちゃってましたとか。
それはそれで、悲しいです。
しかし、そういう事なら愛もなかったという証明でしょうか。
発狂して、自殺。最悪ですよねえ。
女の子は、現実的ですからね。
さっさと別の男でも見つけて結婚するでしょう。
ええ、間違いないです。
もちろん。そんなのは、嫌なので行かないです。
とはいえ、アキラの言うようにヤるとか。無理なんですよね。
性知識を与えないでおくと、いいかもしれません。
でも、無いとないで大変のような。どっちがいいんでしょうね。
その気がないので、全員に逃げられた。というのと、がんがんやりにいくのと…
貴方は、どちらですか?
◆
(飛空船が欲しい)
そんな事を考えて、うつつのまどろみ。
アキラは、気がついたらベッドの上であった。船の中ではなくて、いつもの広いベッドだ。
残念な事に、温かい頂は横になかった。身体のふしぶしが痛い。筋肉痛のようだ。
布は、最低限の物しかなかった。暑いので、室内には恐るべき文明の利器がついている。
壁に、穴が開いていてそこから空気が送られてくるのだ。
完全に締め切られた室内を冷やす空気。科学文明でしか成し得なかったであろうそれ。
アキラは、エアコンがどのような仕組みになっているのかしらない。
しかし、日本人たちが多数いるミッドガルドではエアコンの開発が急ピッチで進められたという。
学校についているエアコンをばらばらにして、組み立てる。
大量に生産することはできないので、錬金術士ギルドで手作りなのだとか。
アキラにしても、人類が発明した中でももっとも優秀な物はなんだと聞かれると、
(エアコンすげーよな。マジで快適だぜ)
そう、日本人の手と異世界の技術が組み合わさってできたマジコン。命名は、山田。山田の電気とか起こしそうだ。もっとも、資本はユークリウッドなのだろうが。そして、マジコンことエアコン。見た目はエアコン。だが、マジコンというらしい。どっちでもいいのではないか。室内をひんやりとする空気で、冷やしてくれるので中はどの部屋も快適だ。
獣人たちからすると、寒いらしい。
水入れから、水を入れて一口。これで、氷ができれば最高だ。
アキラの記憶は、ウィルドと宣伝の話をした辺りで途切れている。
【盾】と【防壁】は、筋肉に過大な負荷をかける。その御蔭か。アキラは引き締まった身体になっている。もう、モヤシのような身体ではない。
服がかかっているクローゼットから、青いシャツを取り出すと着替える。
パンツもごわごわとした物では、ない。大した進化だった。
ウォルフガルドで初めてみた獣人たちは、布と腰ミノを着ているような感じだったのだ。
事務所の作りも良くなっている。どこもかしこもワックスでもかけたようにぴかぴかだ。
鏡を見て、異常がないことを確認すると扉を開けた。向かうのは、1階だ。
そこでは、ロメルとキャシー以下獣人たちが忙しそうにしている。
「おはよう」
「おは、ぶふおぉっ」
書類を手にしてたロメルが、ちょうど口に含んだであろう茶色い液体を前に吹き出した。
一体、彼に何がそうさせたのか。わからないが、近寄ってみるとキャシーが手に持った布でロメルの顔を拭きだす。
紙を握ったままだ。ロメルは、硬直している。
「どうしたんだ」
「い、いや。ちょっと、これをみてくれ」
まさか、ユークリウッドがコーボルトを殲滅したとか。そんな不吉な予感を前にして、手に取ると。
「ん? 1兆、ゴル。予算の事か? これ」
「そう、だよ。なんで、平然としている? 1兆だぞ、1兆。冒険者の使う大型の鞄に紙幣を納めても1ケース1億だとして、1万ケース。どんだけだ」
ロメルの目が飛び出しそうだ。
そんなにも大事なのだろうか。わからないが、紙を見るとすごい事らしい。ロメルは、目を剥いて凝視している。血走った目が恐ろしい。
「ラトスクくらいになったら、1兆くらい予算があるんじゃないのか」
「馬鹿をいうな。元の市民たち1人の収入が20万ゴルとして、そこから税収をとって10万ゴル。大体、年で1万人だと10億。5万人だと50億。これが、元のラトスクの姿だ。いきなり、それが200倍だと? 一体、どれだけの資産がおありになるのだ。そこが知れない」
「ふーん。で、それを使ってどうすんの?」
「計画書によれば、まずは道路の整備から始めるとあるな」
道路。これは、大変だ。街を大きくするには、大きな道が必要だし。人夫をたくさん雇って給料を払っていくのなら、それだけでも経済が動いていくだろう。てっきり、投入しても100億程度かなとか思っていたのだが。
(あいつ。桁がちげえ。とんでもない金持ちだったのか。にしても、額がでけえだろ。50じゃねえし、500億とかそんなちゃちなレベルじゃねえ。冒険者が頑張ったって、まるで叶わないぜ)
100億ゴルで領地を買おうとか。まるで、夢でしかなかった。ミッドガルドの財政状況はわからないが、国を動かすくらいの資産を持っているのだろう。金なのかそれとも紙幣なのかわからないが。どうやって、それだけの金が稼いだのか聞いてみたい。
アキラが日々稼いでいる金など、まるではした金だったのだろう。鳥馬だって、アキラにしてみれば大変な金額だ。が、ユークリウッドにしてみるとなんでもない額なのかもしれない。
「ところで、アキラ。お前は、何をやっているんだ? 最近、狩りにばかり行っているようだな。何か進展は、あったのか?」
「ん。んー宣伝を頼まれたり、氷系の素材で水割りをつくろうとか。エアコンの新型を開発しようとかかね」
「ほほう。いい案が浮かんだのか。俺としては、アキラからこの都市についてのアドバイスが貰いたいのだが」
ロメルから、地図を渡されたが全くわからない。都市の構造図だとか、流通経路を考えろだとか。地図と睨めっこしていると冷えた素麺がテーブルの上におかれる。そちらに座り直すと、ロメルもついてきた。逃げられないようだ。
持ってきてくれたのは、マールだ。いきなり股間が元気になっていたりする。聞かん棒だった。
(こらこら、静まれ。おい)
しかし、現実には皮鎧の下で変形している。蒸し暑いのに、皮鎧を着ているのは室内だからだ。
外にでたら、真夏の太陽が降り注いでいるだろう。
木製のテーブルの模様を見て、素麺に目をやる。ロメルは、紙を広げていた。
「食事したいんだがな」
「ん、まあ、見るだけ見てくれ」
……。食事を取りながら、何かをするのは行儀が良くないのだが。ロメルは、そんな事もお構いなし。
普通は、マナー違反だが異世界である。マナーもへったくれもないといえばない。
しかし、図面を見てもまるでわからない。都市の交通計画書のようだ。
これで、どのような改善が見られるというのだろうか。
道路が広くなるのは、便利だ。アキラだって、狭い道は嫌だし人とすれ違う時に難儀するのは大変だ。
特に、狭い迷宮で冒険者と鉢合わせた時など。狭いのに、恰幅のいい獣人が鎧を着ていると通行するのが。戦闘になったら、大変であるからまた距離を取る。と、時間が取られる。
交通事情がよくなると経済もよくなるのだろうか。アキラには、内政の経験なんてないのでそこもわからない。交通事情とは? 信号機が制御している? とか。とかく、その程度であってわからない。高校生だったのでわからないといってしまえば、それまで。地図を見せられても、円状に広がる図面という風にしかわからなかった。
(なんかいわねえと。会議に参加しても発言しないんじゃ、いないのと一緒だし。うーん)
しかし、わからないものはわからない。必死に頭を練ってみても、都市計画なんてわからないのであった。スケベについては、かなり詳しくなったけれど。
「なんとなく、交通しやすくはなっていると思う。円状に広がっていってるから、悪くないけれど攻めこまれたら中心部まで一気に来られるな」
「そうなのだ。それとなく、ユークリウッド様に言っておいてくれないか」
「なんでだよ。自分で言えばいいじゃねえか」
「…俺が言えると思うのか」
ロメルは、ユークリウッドの配下ではないのか。どうにもウォルフガルドでの権力構造がわかりずらい。王様が居て、后がいて、大臣がいて、将軍、貴族、兵士、平民。と続くならわかりやすいのに。ユークリウッドは、金持ちの貴族だがまだ子供だ。子供に、意見を聞く大人なんていない。そして、ロメルは大人ではないか。
他の獣人たちに視線を向けても、誰も反応しない。目を逸らすばかりだ。
「無理なんか?」
「無理に決っているだろう。俺は、配下ですらないんだぞ」
「んー。多分、その認識が間違っているんだと思うけどなあ」
恐らく。ロメルは、平民でいるつもりなのだろう。勝手に押しかけて住み着いているような感じか。そいういう事もあって、資料整理等々から日常の業務までこなしているのなら資格は十分にある。市長は、親のドメルらしいが?
「いいぜ。それとなく言っとく。けど、多分、ユークリウッドの中だと勝手にセリアの配下候補だと思うね。ロメルは、頭も悪くないし顔もいいからな。むかつく事もあるけどさ。気が利くっての? そんな感じで、金を着服するとか無さそうだし。もちろん、チェックは入るんだろうけどさ」
すると、熊耳をした栗色の顔に赤みがさした。
「なっ。貴様、変態か? 俺を口説いてもハーレムなど出来んぞ」
「ば、馬鹿野郎。そんなつもりじゃねえ」
犬耳を揺らすキャシーが、どんっと水を置いていく。テーブルが揺れる勢いだ。怖い。
「アキラさまとロメルさま。仲がよろしいですね」
「「えっ」」
ハモった。馬鹿な。アキラにとっては、晴天の霹靂。そんなつもりはない。と、ぐるりと首を動かす。
テーブルの向こうには、ピンク色の髪をした妖精族と青い髪をした上司。ひそひそと話をしている。
目が、生暖かいのはどうしてだろう。そんなにも、ロメルと仲がいい様に見れているとは。
黒髪の少女に目を向けると、これまた冗談ではない視線が帰ってきた。
慌てて、手を振る。だが、その甲斐も虚しく厨房に引っ込んでしまった。
もっと、世辞を言っておくべきだったろうか。
とにかく、話題を変えなければ。いよいよ赤面する男の獣人には、困ったもの。
どうにかして、窮地を逃れないとアキラはガチホモにされてしまう。
ただでさえ、ユークリウッドとのホモ説がささやかれるというのに。
「な、なあ。帝国軍ってどう思う?」
「急だな」
ロメルは、画面に汗までかいている。どうやら、よほどのプレッシャーを受けたようだ。
主に、周囲から。
「図面の事は、まあ……。他の人間に頼むか。帝国、軍? ん、ウィルド殿下の事に絡んでいるんだな」
「まーな。飛空船とか持っているじゃん。一枚岩でもないみたいだし、友好的な勢力と手を結んでおくのはいいんじゃないかって思うんだよな」
「ふむ。…だが、勝手な事はするなよ。貴様は、家臣なのだからそれがそのままあの方の評判につながる。妙な動きをすれば、そのまま風評となるぞ」
「わかってるって。で、どうなのよ」
地図をしまうと、腕を組んだ。それほどに、難しい事なのか。手を組むか、組まないかではないのだろうか。そもそも、ウォルフガルドと帝国との関係すらよくわかっていない。
「難しい舵取りだ。ミッドガルドと帝国の関係は、親類の関係だがウォルフガルドとは真っ向から敵対しているような感じだからな。そもそもだ。帝国は、人間至上主義。亜人の台頭を認めず、周辺国家への侵略も激しい。ここまでは、ミッドガルドと似ている。ただ、1000年前に大陸を統一した王と同様に今の王子は寛容。ここが、違うな。魔導と科学の力で獣人を弾圧しようとする彼らと結ぶには、抵抗がある」
「そうなのか。難しそうな感じか」
「そういった弾圧する人族上位の国は、帝国、それだけではない。東にある大中華もまた獣人を弾圧する国だ。恐ろしい事に、獣人を焼いて食うのだとか。そういった話が伝わってくる位だ。その為に、獣人は連合を作ったのだがな。コーボルトが、野望を持っているのも東からの圧力のせいかもしれんな」
どうにもきな臭い。帝国と結ぶのは、無理なのだろうか。しかし、敵が増えれば増えるほどに戦いがあって出世できる。コーボルトを制圧すれば、領地が増える事だろう。と、同時に奴隷ができる。ユークリウッドは奴隷を無くしたいようだが…。
「仲良くは、出来ないって事かねえ。そう考えると」
「だが、ウィルド殿下がユークリウッド様の嫁になるという事は考え……」
すると、いきなりロメルの首が持ち上げられた。狐人の美しくも長い爪が伸びている。
首が絞まって、死ぬのではないだろうか。
「おやあ。このようなところに、ごきぶりがおるでありんす。アキラ殿。ちと、小僧を借りていくが……いいな?」
怖い。とんでもなく怖い。捕食者の目が。縦に伸びた瞳孔が、それを物語っている。尻尾がわさわさと揺れて波打つ。普段は、ゆったりとした空気を湛えている美女なのに。
「ええと、殺さないですよね!?」
「口は、災いの元というのじゃ」
「……さっさと歩く」
追加の敵が、現れた。レンが、炎ならティアンナは、氷だ。ロメルは、生きて帰って来れるのだろうか。
ピンク色の妖精族は、白い狼人族と戯れていた。
マールの作ってくれた水割りと一兆ゴルの使い道を考えつつ、チィチを伴って事務所を出る。
スケベしたいが、それどころではなくなった。
(36計、逃げるにしかずでござる!)
いきなり、チンピラに絡まれて死ぬ。かもしれない。
世は、まさに乱世だ。




