186話 砂上の楼閣7 (アキラ)
ゾンビ。
強敵です。
現代の火器で倒せないようだと、尚更ですね。
あと、現代の兵器が高度になるほど電磁波攻撃が有効になってしまいます。
レベルを持つと、ほとんど超人なのでゾンビなんてものともしないんですけどね。
兵士さんに説得をして、聖別した武器でお帰りになってもらうのも大変です。
穴の向こうをどうにかしろ?
帰ってこれない予感がして、ちょっと…
銃の代わりに聖属性の武器をおみあげに、穴から帰ってもらうしかないです。
現代兵器は、強力ですけど人間相手を想定してるんですよね。
銃が効かないとか、ミサイルが効かないとかになるとお手上げでしょう。
アキラも修行すればありふれた職業で最強になれるんです。
ちょっと、エッチを我慢して根性を出せばいいんです。
世の中、根性ですよね。
◆
氷の花は、文字通り氷で出来ている。表面の水が固まって氷になっているのだ。
壊れないように持ち帰って、錬金術に使うのだとか。色々な物に使えそうである。
アイススネークの皮は、それなりの値段で売れるようだ。
真っ白な皮が、手に下げる鞄になるらしい。
パチパチと音を立てる焚き火。
地上に降りた飛空船が間近にある。黒い色で染められているので、夜になると見えなくなるのだろう。
真っ白な地上では、目立つだろうが。
(石を投げるのって、意外に強力だな)
おびき寄せられた魔物が【投石】で死んでしまうとか。数の暴力だった。
大きな魔物は、誘導してくるに限る。
途中で氷蛇に会ったのは、偶然。倒せたのも偶然だろう。生きているのが、不思議な位だ。
金髪を短く切った少女がグレゴリーを側に連れてやってくる。
王国と争う帝国が媚を売るのがわからない。
話から総合して考えると、帝国の戦闘力は侮れないのではないか。
ウィルドは、閑職に追いやられているようだが…。
「そろそろ、引き上げ時だ。どうする?」
「俺も帰りますよ」
「ん。そうか。ならば、船内で食事にしよう」
「いいんですか?」
「俺が許す。他の人間には、文句を言わせん。収穫出来た素材は、多いしな」
船内に入っていく配下たち。彼らの目には、剣呑な光が宿っている。恐ろしい。
とてもではないが、一緒に食事をしたくないが断れない。アルと同種の人間だ。
自分の言う事は絶対に正しい。そんな風だから、避けたいのだ。
船は、平べったくて前と後ろがブロック型の物になっている。どうやって飛んでいるのか不思議だ。
現代の物理化学では空に船を浮かべる事だって難しいというのに。
昔は、巨大な飛空船もあったらしいが。爆発事故が起きてからというもの、作られた様子もない。
そりゃあ、そうだ。とにかく、爆発しやすいのだ。空気よりも軽い。というのは、危険だという事の裏返し。
チィチは、縦に長い盾から汚れを拭きながら笑顔を浮かべて。
「なんにもなかったですね。よかったです」
「まあな」
ウィルドが先に入って、その後からチィチと奴隷の少女たちが続く。彼女たちの中には、魔術士の職を持っている者もいる。治癒術士の職を持つ者もいるが、魔力が低い。若い内に魔力を鍛えていないとあがらない、というような俗説もあって見込みが低い。
術者を確保するのが、急務なのだが上手く行かないのだ。
(まいったな。どれだけレベルを上げればいいのやら)
数が多い。何しろ、50弱。予定では、もっと増えていくらしい。抱えている獣人は、子供から少女といった具合だ。20歳以上は、あまりいない。20台を超えると伸びしろがなくなってしまうので、しょうがないといえばしょうがない。
(歳が若いと、覚えさせるのも大変なんだよなあ)
しかも、食うので金がかかる。装備にも金がかかる。こうして、飛行船を持っているような奴には嫉妬だって出てくる。飛空船があればどこだって行きたい放題だ。アキラも暑い時には、海に行きたい。事務所は涼しいが、どうして涼しいのかわかっていなかった。
(まあ、訓練しないとなあ。でも、バカンスには行きたいぜ)
敵をおびき寄せて、奴隷たちに攻撃させる。そうやってレベルを上げるのには、成功していた。
(獣人は、前衛系でいいんじゃね。他の種族に比べても敏捷と耐久力に優れてるし。まあ、人間と比べてだけどさ)
亜人ばっかりの奴隷というのも問題だった。
前衛としてアキラの【盾】も【防壁】も、時間が伸びている。使えば使うだけ能力が伸びていくのだから、上げない手はないだろう。特に防壁は、味方を敵の攻撃から守る。なので、タンクとしての役割を果たせるという訳だ。
(タンクって、ありふれてんだよなあ。獣人だけにタフなのが多いしぃ。職がかぶるう、がああ)
【防壁】で敵の攻撃を通さない。では、味方はどうやって攻撃するのか。
味方は、放物線を描くように攻撃をするのだ。魔法も弓矢も。味方の防壁を破壊しないように、曲線を描くように攻撃するのである。なので、味方の攻撃を理解しない魔物であれば楽だ。迷宮では、よほど知能が高い魔物でも無い限りタンクへと攻撃が集中する。
ゲームと違って、タンクは硬いだけでなくて致命の一撃だって与えられるのだ。
見過ごせないだろう。なので、ボスであろうと目の前にいるタンクへと攻撃は集中する。
(全体で見ると、うん。訓練は、成功なんだけど。何か物足りないよな)
ピンチらしいピンチもないまま終わってしまった。が、これでいいのだ。不意を突かれて味方に死亡者がでたら、今度こそアキラは首になりかねない。せっかく、チャンスを貰っているのだから生かさないと。入って右が艦の後部で左が艦橋だ。後ろの方に行くと格納庫があるので、その上が住居区画になっている。
腹に鉄騎兵と呼ばれるロボットを抱えている格好だ。
鉄騎兵は、6mから3mと小さい物から大きい物まであるようだ。
残骸から察するに、どうやって動いているのか不思議である。
「ご主人さま。それでは、部屋で待っていますね」
「ん。ああ、チィチも一緒にどうだ」
「それは、駄目ですよ。奴隷が、一緒に食事をしようなんて打首にされてしまいます」
「そっか」
そうなのだ。ユークリウッドといると、つい忘れてしまう。奴隷は、奴隷。一緒には、食事だって取れないし家畜の如き扱いを受けるという。しかし、死んでは元も子もないではないか。それに、反逆されると命が危うい。アキラの考えでは、そうなるのだが他は違うらしい。
(奴隷も一緒でいいじゃん。って、また怒られそうだな)
シャワーも部屋にはついている。あまりの先進技術に、日本へと帰ってきたかのようだ。
さっぱりとしてから、食事へと向かう。時間は、守らないといけないので寝る訳にはいかない。
灰色の壁を艦橋の方へと歩いていく。移動するのには、階段とエレベーターがあるのだがエレベーター以外は緊急時以外で使われていないらしい。主に、セキュリティを維持するためだという。確かに、勝手気ままに動かれては大変だろうし。わかる話だ。
2層から艦橋側に移動していくとすぐに、食堂だ。しかし、食堂ではない。
兵士に聞くと、案内された。館長室の側にあるVIPルーム。そこにウィルドは泊まっているのだとか。
扉の横についているボタンを押すと、
「殿下、アキラ様をお連れしました」
「うむ。くるしゅうない。入ってよいぞ」
中には、グレゴリーとキースといった人間がいる。そして、給仕役のメイドが2人。
入って右の方にテーブルがあり、そこにウィルドが白いドレスを着て立っている。
テーブルに座っていない。
「座れ。作法は、気にしなくてもいいぞ」
「はっ」
気にするだろうに。しかし、まるでわからないのでグレゴリーのやり方を真似て座るのだが。
椅子を引いて、三角の布を取ると首にかける。見よう見まねだ。
ナイフとフォークなのかと思えば、箸だった。
何故、箸。
(こいつ…試してんのか)
金髪を結い上げたウィルドは、にやにや笑っている。
「ナイフとフォークだと思ったか? ぷっ」
「は、はあ」
ぶん殴りたい顔だ。いかにもお姫様然としていようと中身は、猿のような少女だった。
運ばれてくるのも、板に味噌汁とご飯。それに、アイスベアから取ったと思われる肉。
臭みがないので、血を良く取っているのだろう。想像でしかないが。
殺されは、しないだろう。無礼討ちをくらうとか。作法をしらないので、手打ちにされる時代劇を見た事もあるので笑い話にならない。硬くなっていると、
「まあ、なんだ。こいつらしかいないのに、かしこまる必要はないぞ。貴族的な作法を知らないと言ってもな。帝国と王国で、やり方も違う。それよりも、だ。貴様には、聞きたい事がある」
「はあ」
もう、はあしか言えない。わからないのだ。相手の狙いがどこにあるのか。そして、アキラの頭は真っ白になりかけている。格式ばった部屋の内装といい、メイドを従えての王様然とした態度。アルは、どちらかというとチンピラのようだった。言い方といい、食い方といい、王族というよりも山賊ではないかというような。
「ウォルフガルドとコーボルトの戦争だ。帝国からすると、ウォルフガルドが圧勝して、コーボルトを飲み込むのは面白くない。適度にやりあって、拮抗してもらうのが良かったのだがな。そうはならないようだ。連中の使っている古代兵器といい、容赦のない攻撃といい、あんな非道が通るなら帝国も傍観せざるえん」
「という事は、裏から手を回そうとしていた? って事ですか」
「そうだな。俺が、ユークリウッドの肩を持つように兄上たちは裏からコーボルトを支援しているからな。帝国も一枚でまとまっているわけじゃない。という訳で、参戦したかったが機を逃した。獣人たちの内でも急速に力をつけていたコーボルトが滅ぶのは、バランスが崩れる訳だ。ウォルフガルドが勢力を伸ばすのも、面白くない。というのは、兄上たち帝国軍の考え、な」
どうも、ぶっちゃけているようだ。アキラからすると、裏で蠢かれるのは面白い事ではない。
砦では、死にかけた。ネリエルのいない今、盾になってくれるのはチィチしかいない。
彼女までに去られれば、アキラは凹んで立ち上がれないだろう。
ウィルドは、味方をしてくれるつもりらしい。だが、何か腹案でもあるのだろうか。
少女は、続けて話をしたいようだ。
グラスに、赤い酒が注がれる。アキラは、酒が苦手だ。飲むと、前後を失って寝てしまう。
「それで、話とは?」
「そう、慌てるな。昔、戦国時代の日本に真田昌幸という武将がいたそうだ。彼は、生き残る為に必死で考えた。東軍は、徳川家康。西軍は、石田三成。淀の方という馬鹿女がいなければ、西軍が勝ったろうに。圧倒的な戦力を持つのは西軍だ。しかし、徳川家康といえば天下に鳴り響く戦の巧者。不利をひっくり返さないとも限らない。ならば、どうするか」
わからない。アキラは、勉強してこなかった事を後悔した。日本史もよく知らなかった。
ここに着て、その報いが訪れたというわけだ。母ちゃんは「勉強しろー。勉強しろー」とうるさかったのに、勉強しなかったからか。答えられないでいると。
「息子の2人を両方に分けて味方をさせたのだ。どちらが沈んでも、生き残るようにと。苦悩の選択だったろうな」
「はあ」
「同じ事を帝国はしようとしている。という訳だ。少しは、理解したか」
それの真似をしようというのだろう。考えた手だ。アキラだって、ユークリウッドと戦うのはごめんだ。
すぐに灰にされてしまうだろう。
「わかりました。けれど、俺みたいな下っ端に話をしてもどうにかできるのかどうか」
「ユークリウッドに、ちらちらと話をするだけでいい。それだけで、奴は察してくれるだろうよ。帝国は、領土を広げすぎた。内政を省みないといけない時期だ。工業力は、上がっているが肝心の食物は輸入が多い。今の内に、食料の確保をしておかなければ大変な事になるのだ」
帝国の事は、知らない。そして、そんな内情は知ったことではない。だが、困っているのなら素直にユークリウッドに話をすればいいではないか。いつものウェイター姿から、貴族風の黒いスーツを纏った男が。
「殿下、内情は伏せた方が……」
「腹をさらけ出すのも、一興だろう。こいつには、遠回しに言っても空振りになるだけだ」
そうなのだろうか。いや、アキラは理解できないからはっきり言ってくれた方が有り難い。
肉の上でナイフを止めた男装の少女騎士キースは、
「しかし、こやつにユークリウッドをどうこう出来るとは思えません」
「よく観察してないだろ。全く。すまない、こういう奴なのだ」
「いや、その、俺もどうこう出来るとは思えないんですけど」
ウィルドは、小さな桜色の唇を布で拭くと。
「いや? そんな事はないぞ。アキラ殿が思っている以上に、ユークリウッドはアキラに気を使っている。俺たちに比べれば、段違いだ。仲間、か、或いはそれ以上の扱いだ。失敗をしても苦笑いをして、使ってもらっているのは、な。それだけみれば、甘ちゃんに見えるだろう。だが、敵には異様に厳しい。仲間になろうと色々とやってみても、上手く行っていないのが現状だ。アル王子の邪魔もあるし……な」
邪魔か。アルからは邪魔をしろと言われている。セリアが良い仲になるとか、ティアンナがやりそうになったりだとか。そういうのを防げないと、命がないとまで。それに、ウィルドの援護までしろ、だなんて言われても失敗するのは目に見えているではないか。
(そう言われると、扱いがいい気がしてくるな)
チョロかった。
赤いワインは、つーっとした鼻持ちとするっとした喉越し。美味いかと言われれば、素人のアキラでも美味いと答えられる。年代物なのかもしれない。
「なら、ウィルド殿下がそれとなくいいことをしているとか話を振りましょうかね。実際に、農具を良くしてくれてたりする訳じゃないですか。宣伝ってのは、大事だと思うんですよ」
「それだ! 貴様、馬鹿だと思っていたが見直したぞ」
アキラは、馬鹿と言われるがそれほど馬鹿ではない。と、己では思っている。
どれだけ低く見られていたのだろう。皇女には、アウトオブ眼中な扱いだが扱いは悪くない。
他人の恋話というのは、眺めているだけならお祭り気分になるのである。
(別に、悪い話じゃねえしなあ。ちょっとは、応援してやらないと、な)
フェアじゃないと思うのだ。アルは、間近にいて何時でも襲える位置にある。
これも、判官贔屓だろうか。アキラは、眠気が襲ってくるのに耐え切れなかった。
「おいおい。話を聞いているのか」
「安心しきっているようですな。暗殺されないのか、こちらの方が心配ですぞ」
「むしろ、警護をつけてやれ。こいつが元で開戦など、阿呆らしい」
気のせいだろう。色々言われているようだった。




