185話 砂上の楼閣 6(アキラ)
寒い。
世間は、暑いというのに寒いとは。
ウォルフガルドの北部で狩りだ。
ウィルドの飛空船で移動したので、時間もかかっていない。
問題なのは、面子であった。
アキラのパーティーは、チィチに獣人の女子が10名ほど。名前も覚えられない。
【騎士】と【魔術士】を鍛えたいのだが、どうしてか北部での狩りになった。
「こんな場所で、狩りできるんですかい」
「…お前は、本当に勉強不足だな。雪も結構な重量になる。夏なのに、雪山があるのは不思議な場所だろう。氷の剣山には、氷の精霊が住み着いていると言われているからな。ただ、ランクとしては低い。狩人ランクの低いハンターが来る事もあるが、【盾】と【防壁】の修行には持ってこいだぞ」
チィチに顔を向けると、獅子族の少女もわかっていないようだ。飛行船は、広い甲板と細長い形状をしていた。それから鳥馬に乗って移動すると、狩場に到着する。
獣人の少女たちは、ほとんどが狼人族で色も統一性がない。中古で買って、治癒したのだからそうなのだろう。彼女たちには、専用の馬なんてないのでまとめて台車に乗せている。小屋のある場所で、用意をすると。
「ところで、ユークリウッドの奴は本気で黒い穴をどうにかするつもりなのか?」
「当然でしょう。あれ、塞がないとやばいでございますよ」
銃は、やばい。ユークリウッドは、銃弾も砲弾も物ともしない戦士だからいい。アキラは、すぐに死んでしまうだろう。ありふれた職業である騎士。これで無双しようと思えば、【盾】は非常に重要なスキルだ。もともとは、魔術士の術だったのをスキルにしたのだとか。
【防壁】は、パーティーに最も必要なスキルである。ありふれている職だけに、これが重要視される。
このスキルは、なんと敵の攻撃を広範囲に渡って防ぐのだ。タンクをするならば、持っていて当然。詠唱をして動けない魔術士がいるのならば、尚の事に必要な超重要なスキル。弓を撃つにしても、必要だし魔物のブレスだって防げる。
「ま、とりあえず。氷の花を採取するのと、アイス系のスネーク、ベア、ラビットをおびき寄せる事から始めるか」
「了解です」
ウィルドとは、別のパーティー。キースとかいう女騎士が、冷たい視線を向けてくる。
2人とも、胸があまりないので守備範囲外だ。
誘導役と斥候が必要だ。誘導するにしても、ウィルドの部下たちが手伝ってくれるという。グレゴリーとゴルドフ。盾にもなれるらしい。帝国の将軍クラスが、何故か未開の国でバーテンダーをやっている不思議さ。聞いて見たくは、ある。
さくさくと、雪を踏みつけると。
「なんで、あの子は俺らとパーティーを組んでくれたんだろうな」
わからないので、チィチに聞いてみる。あまり、頭に自信がないのだ。元から知識もないし。
ユークリウッドは、ボイラーの作り方を知っていますか?
とか聞いてくるし。そんなのを知っている訳がない。
おっさんでもなければ、ボイラーの仕組みも知らないだろう。
「多分、恩を売っておきたいんだと思います」
「かねえ」
帝国の事情は、知らない。ただ、周囲の国に攻め込んでいるとか良くない噂を耳にするくらいだ。
傍から見ると、ミッドガルド王国と帝国はやっている事が同じではないか。どこそこに難癖をつけては、攻めこむそのやり方は。アキラは、ちくっとした反感を覚える。力にものを言わせて、相手を服従させるやり方が気に食わないのだ。
多分。
道は、白い雪で覆われていてとても人が通ったようには思えない。降ってくる雪をスキルで防御するのが、いいとか。更に、防壁をも展開して味方を守るのがやり方らしい。子供の内に、騎士にしたてて雪や雨を使ってスキルの修練をするのがいいとか。果たしてそうなのだろうか。
先行しているはずのグレゴリーたちの姿は、見えない。
雪で、足跡も消える。冒険者が冒険者を襲うという事もある。周辺の調査は、しておくのがいい。
遠見の術を使って、周囲を警戒しておくのは当然だ。
人間に襲われて全滅しましたでは、話にならないし。
「ユークリウッド様は、竜を従えています。ですから、それもあるのでしょう」
「そういや、竜とかって馬鹿でかいんじゃないのか」
「残念な事に、大半は蜥蜴です。人語だって話す蜥蜴は、少なくないですよ」
「へえ、会ってみたいな」
「止めてください。今のご主人さまでは、すぐにやられると思います。山を衝くくらいに大きな蜥蜴だっていますし、各種のブレスで近寄る前に蒸発しちゃいます」
「そんな強いのもいるのか」
「ここに生息していると言われている氷雪蜥蜴、氷河狼、氷羽鳥。どれも、出会えば死ぬって言われてます。どれも群れを作って生息しているので、寄ってたかってついばまれてしまうそうです」
ぞっとした。蜥蜴でさえも、ウォルフガルドでは強力な魔物らしい。
魔物が、さっと現れてくれるといいのだが―――
「危ない!」
気がつくと、正面から腕が振り下ろされようとしている。チィチが盾で防御した。
なんという間抜け。視界が悪かったのもあるが、敵の接近に気がつかないとは。
斥候を連れて来たかったのだが、あまりにもレベルの低い少女たちでは無理。
雪と寒さで、すぐに体力を奪われて動けなくなるだろうし。
「こいつは!」
雪で覆われた巨躯。逃げるべきか。かなり離れているような気がした。
【鑑定】を使用すると。
【雪鬼】と出てくる。
ありえない。アキラにとっては、強力な魔物だ。
雪に潜んで、敵を襲う。そんな知能を持った敵を倒すのは、
「引こう」
チィチに話かけて、後ろに下がる。敵が、1匹だけならいいのだが2匹、3匹と居た場合。
全滅してしまう。雪を防ぐのに、【防壁】を展開していたというのもある。
「せあっ」
チィチの構えた槍が、雪鬼の真っ白な身体に突き立つ。魔物の心臓部と喉から、血が吹き出す。
赤い色だ。
「やったのか。やるなあ」
「戻りましょう。敵が寄ってくるかもしれません」
「そうだな。しかし、強くなったなあ」
「私だって、ネリエルさんには負けていられませんから」
チィチもまた【重戦士】を得た。補助に【治癒術士】これを併せれば、【聖戦士】になる。
称号ともまた違う【聖戦士】は、斧に強力な補正を持つ。回復術も使えて、強力な壁になるだろう。
【騎士】と違うのは、剣に補正が無い所か。勝手に、筋力だとか技に幅が出るという。
どちらも、ありふれた職業なのが辛い。
なんというか。売りがないのだ。
魔物の死体は、収納鞄に入る。体重もかなり有りそうな雪鬼は、引きずっていくと途中で動けなくなるだろう。鞄のない3人で居た頃は、ネリエルとチィチが引きずって台車に乗せた物であった。懐かしい。そんな思い出が浮かぶ。
「あまり、遠くに行くのは危険だあな。近くで、おびき寄せるに限る」
「ですね。小屋からも距離が離れた気がしますし」
降ってくる雪が、視界を奪う。スキルカードのお陰で味方の位置がわかるのが、幸いだ。
もしも離れて、味方の位置がわからないのなら狩りだってできない。
帰還する際にスノーラビットを見つけるも、弓がないので取り逃がす事もあった。
むしろ、弓こそ装備しておく武器ではないだろうか。
もっともアキラは、弓をあまり練習していない。
まっすぐに飛ばすのがやっとだ。慌てて、弓を構えても当たるかどうか。
「気になる事があるのですが、よろしいですか」
珍しい。チィチがこんな事をいうなど。いつも、ネリエルとばかり話をしていた。
ちょっと内気な子だとばかり思っていたのだが。
「うん? なんだよ」
「なんで、ご主人さまの為にユークリウッドさまは女の子をたくさん付けたのでしょうか」
「んん? ま、まーあれかな。パーティーの分裂とかあるからかもな」
「そうですか」
納得していない様子だ。いや、アキラだって不思議なのだ。
何かした訳でもないのに、ユークリウッドが奴隷をつけるなど。
下手な鉄砲でも、数撃ちゃ当たる的な考えなのだろうか。
よくよく考えると、アキラはハーレムなんて出来っこないのではないだろうか。
(身体が、持たねえしなあ)
男は男で問題だ。いつも、男と一緒に居てもよおしたらどうするのだ。完全に、ホモの世界である。
小説でも、戦国武将はアーッな事をしていたらしい。最近になって、山田のところから見つけられた本である。戦国武将の嗜みに、衆道なる物があったとかなかったとか。
掘られるのは、勘弁してほしい。もちろん、掘る側もだ。
「んー。女と男の関係になったら、ほら。誰を助けるなんて、決まってるじゃん。それで、判断を間違えたら全滅するなんて言われてるしなあ。実際、俺も他の子とチィチがいたらチィチを優先すると思う。というか、全員守れるように【騎士】を選んでるんだよな。全滅は嫌じゃん」
「ご主人さまは、変わってます。普通は、奴隷を盾に使う物ですよ。ユークリウッド様もですけれど。問答無用で、性行為を強制してくる主人も多いと聞きます。変、ですよ」
変、変を連発してくる。アキラも最初は、マールを無理やりにやったような物だった。しかし、後で考えるに恐ろしくなったのだ。寝ている間に、殺されたら? 死ぬ覚悟で、殺しに来られたらたまらない。そういう考えを持った時点で、自殺するような仕組みになっているのならともかく。
それは、それで問題だし。怒るのは、人間なら誰しもがもっている感情だ。
できる事なら、円満に気持よくなる方がいい。
そして、女と違って男は限界がある。気絶するまでマールを喜ばせるのも、大変だ。
男は、すぐに終わってしまう。催すところは、どこでも催すのだが―――
「変わってるかねえ。いくらなんでも、女の子をぶったり蹴ったりする方が信じられねえよ」
「いくらでもいると思います。父がそうでしたから」
「そっか」
大変だったな。と喉まででかかった。
とんでもない父親だ。売るにしても、涙ながらに売ったという訳ではないらしい。
ネリエルとは、また違った事情があるような。
「おっと、こいつは」
出てきたのは、巨大な蛇だ。氷の鱗で覆われている。
白い頭に、赤い目玉。明らかに現存の生物と違う。何しろ、目の玉が1つしかない。
頭を上げて、食いつかんばかり。だが、恐ろしくはない。時速100キロか200キロか。人類の最速を超えるスピードで移動するようなそんな馬鹿げたミッドガルドの騎士たちに比べれば、なんでもない。
「ご主人さまは、右に」
「わかった」
やれるのか。巨大な生物だが、石を投げつけられる事はない。口が大きいので、それで丸呑みにしようというのだろう。盾を構えて、槍を握り直す。どっちに来ても、狙いは目だ。道に巨大な魔物がいるというのもおかしな話だが―――
「旋風衝!」
つむじ風さえ起こす槍スキル。回転する穂先が、敵の肉を引き裂く。左を駆けたチィチの攻撃が、蛇の胴を貫く。アキラは、同時に槍を手に飛び上がった。
「せい!」
【強靭】を使ってそのまま飲み込もうとする蛇の頭を叩く。口を下に押し下げるようにして、飛んだ。狙いは、頭だ。目でもいい。飲み込まれるか殺るかの瀬戸際だったが、賭けにかった。アキラの常識では、ありえない力を発揮して身体を押し上げる。
そのまま頭で槍を突き刺す。目には、剣を。黒い剣は、思い切りよく血しぶきを上げた。そのまま滑るようにして、背面を下ると。
蛇は、頭を振り乱して叩きつける。血が、蛇の身体から噴き出してやまない。
チィチが駆け寄ってくる。
大変だった。一匹を倒すのでも苦労する。
「やりましたね」
「ああ。けど、これがユークリウッドならどうしたかねえ」
「魔術士って、ずるいです」
「ほんとだぜ」
彼なら、一撃で動かなくしただろう。消し炭か刺し身か。それは、別として。
【騎士】は、防御に長けている。生存している可能性は、後衛なんかよりもずっと高い。
しかし、金がかかる。装備に金。生活するのにも金。中世の騎士もこのようであったかと思えば、苦労が偲ばれる。ゲームでも最重要な役で、最も需要が高い。なのに、やろうと思う人間は少ない。何故か。装備が要求されるのだ。タゲがとばない、維持しろ。あれやこれやと。金もかかる。
そう、金金金。なのだ、騎士とは…。アキラにしてみれば、騎士道など嘘っぱちだろうと思うのだ。
そして、金を稼ぐのには素材を売らなければならない。
普通ならば、この仕留めた魔物を解体して運ばないといけないのだ。アキラには収納鞄があるので、その苦労はないけれど。普通の冒険者なら、そうはいかない。そこを襲われる事だってあるだろう。
「これ、売ればどんくらい?」
「そうですね。これくらいでしょうか」
目での鑑定だってできないといけない。冒険者は、大変だ。




