182話 砂上の楼閣3 (アキラ)
簡単な仕事のはずだった。
しかし、仲間は死体となって横たわっている。
何を言っているのかわからない。
男の仲間は、何かで攻撃を受けた。
穴を見るという発見をしたのはいい。
しかし、出てきたのは骨の人。スケルトンとゾンビだ。
それは、いい。何とかなる。
だが、続いて現れたのが問題だった。
黒い穴からは、鉄の棒を持った集団が現れたのだ。
見たこともないような連中だ。
頭には、耳がついていない。牙も短い。
猿のような体格をしたような。直感的に、猿人族を連想した。
会話を試みるも、相手は問答無用と攻撃を仕掛けてきた。
当然、仲間は反撃をするし男は会話をすることもできなかった。
一体、どこからスケルトンとゾンビは現れたのだろうか。
そして、後から現れた男たちは何者だろう。
ただわかるのは、男たちから殴る蹴るの暴行を受けて体力もないという事だ。
日本人に似ているようだが、彼らは大人しいし親切だ。
まさか、似ているといっても同じとは思えない。
言葉が通じないので、会話ができないのが難点だ。
そして、パーティーメンバーだった女が引きずられていく。
抵抗しようとしたのか。手には、鉄の輪っかがつけられている。
男たちの視線は、鷹のように鋭くて恐ろしい。
日本人だというのなら、何故殴られているのかわからない。
山田は、優しい男だったのに。
男は、無理やり立たされた。足には、細かいどんぐりのようなものが刺さっているのか。
激しい痛みが走る。胸にも、骨が折れているのだろう。
両腕を抱えられて、黒い穴に連れていかれようとしている。
嫌だ。首を振るが、優しいはずの日本人たちは許してくれなかった。
地獄からやってきたような悪魔の目とも劣らない視線を向けてくる。
男が何をしたんだ! と、叫ぶがわかってくれないようだ。
◆
どうして、こうなった。
アキラは、話を聞いて考えた。
2人では、心もとない。話ではFランクの森林調査という探索クエストだが、勘がささやいている。
何か、おかしいと。
(やばい。やばい匂いがぷんぷんしてやがるっ。こういう時に、2人で行って全滅するってのがパターンだからなあ。すると、あれか。やられイベントが来た感じかねえ。おお、怖え)
考えた。
2人で、偵察に行ったらどうなるか。
予想外の攻撃を受ければ、アキラは死ぬ。小説では、強奪持ちといえば最強? の能力者に描かれる事も多いのだが……。アキラの能力は、中途半端の上に生ごみ。作ったのはいいが、押し付けられた感がある。神と、また会えばぶっ飛ばしてやりたい所だ。
「どうかされましたか」
奴隷の1人が声をかけてくる。アキラが担当を受け持つ事になった奴隷だ。
顔は、整っている。顔面に傷があったというが、どこにもそんな物はない。
すべて、ユークリウッドによって取り除かれた。
恐るべき能力だ。彼は、一体何者なのか。興味が尽きない。
ただの幼児が、これほどの能力を持っていると誰が想像しえようか。
森の中に入る所で、鳥馬ことマタサブロウから降りた。名前をつけてみると、さらに愛着も湧く。
奴隷は、どうやって購入したのかというと。ユークリウッドだ。
「いや、中で何が起きているんだろうってな」
「嫌な予感しかしませんよ」
「なら、そうなんだろうな。軍団とか集められなかったのか?」
「アキラさん。英雄、たらんとするならば、1人で戦わないといけない局面がきっとあります。その時が、まだ来てないのなら努力した方がいいですよ。その時は、何時だって突然やってきますから」
黙るしかなかった。そうだ。アキラは、ハーレム王。つまり、英雄、勇者を志しているのだ。
であれば、1人でも切り抜けないといけない。
だが、どうしてか勝つ気がしないのだ。己の小物ぶりに呆れ果てながらも、ユークリウッドに頼らざる得ない。
手持ちのスキルを確認する。【毒】【再生】はいい。【従魔】【召喚】使えない。【強靭】は、反動がでかい。【鱗】は、意味がわからない。鎧の上から【鱗】を使ってみた所、中から鱗が生えてきて大変だった。そして、【強奪】がない。事に気がついた。
(は?)
なんという事だ。【強奪】がない。
どうして、ないのかわからない。勇者と関係があったのか。
冒険者ギルドで出会った小僧に奪われたのか。いつの間に無くなったのかわからない。
だが、ステータスカードを見ても【強奪】はどこにもなかった。
まるで、最初からそういうつもりであったかのように。
「どうしました?」
チィチが、心配そうに覗きこんでくる。大声で喚かなかったのは、最低限の矜持からだ。
まさか。まさか。
「な、なあ。スキルって、急に消えたりするのか?」
「そんな事は、ないと思います」
目を凝らして、カードを見るけれどどこにもない。【騎士】【魔術士】のジョブが映るだけだ。
なぜ? 何故。ナゼ。無くなってしまったのかわからない。
「な、な、ない。ないない。強奪のスキルがない」
「えっと。【強奪】、は。ご主人様のスキルですよね。それが、無くなったんですか」
「そう、だよ。どうして無くなった」
まさか。神が、与えた。スキル。だから、神が奪った。
なるほど、神様らしい。与えるも奪うも自由という訳だ。
ユークリウッドが近寄ってくる。やばいやばい。捨てられてしまうのではないか。
アキラの後ろには、奴隷の少女たちが隊列を組んでいる。
「スキルが、無くなったんですか? 本当に?」
「ああ…。なんで、無くなったんだ。おかしいだろ」
「うーん。考えられる事は、神様の意向に背いた…とか。それか、善行を積んでこなかったとか。まあ、無くてもどうにかするしかないでしょう。それとも、戦えませんか?」
「んなわけねえ。でも、そんなの小説だとねえんだけど……。なんでだよ。ざけんなよっおおおお!」
とはいえ、人に当っても仕方がない。泣きながら逃げるのは、格好が悪い。
もはや、徒手空拳で立ち向かうしかないだろう。幸いに、ジョブで得ているスキルと奪ったスキルは残っているのだ。遅かれ早かれ、こうなっていたのかもしれない。むしろ、ユークリウッドに反逆を考えそうになっていただけに無くなって正解だったかもしれなかった。
ネリエルの事が、喉に引っかかった小魚の骨のようだ。
(ぐおおおおお。なんで、無くなんのよ。落し物じゃねえし。まさか、あの餓鬼に盗られたとか)
あり得る。だとすれば、取り返さないといけないだろう。
「あの、さ。もしかしたら、冒険者ギルドでスキルを盗られたかも。戻っていいか?」
ユークリウッドは、フードから顔を出すと白いもこもこ事ブランシェを撫でる。
「ああ。あの少年ですか。少し、遅かったですね」
「え?」
何を言っているんだろう。なんだか知れないが、悪い事になっていそうだ。
かの少年が何をしたというのだろうか。
森の中に進んでいく。
「どういう事だってばよ」
「彼は、死んでます。盗賊を得ていましたし。勇者殺しに、騎士殺し。まさか、気が付かれなかったのですか?」
「へ?」
「その様子では、鑑定を使わなかったようですね。と、まあ敵に使うのは危なかった。運が良かったですよ。戦っていたら、死んでいたかもしれません」
嘘みたいな話だ。なぜ、彼が盗賊殺しをやっているとわかったのか。ああ。
アキラは、気がついた。ステータスカードだ。それを作る際に、罪状までわかるのだろう。
カルマ値だとか。ステータスカードには、Cと表示されている。これは、普通だ。良いことをするとBやAになっていくという。人を殺せば、それだけ下がっていくのだろうし。ただ、ダンガンといったか。彼の場合は、盗賊というのが重かったようだ。
(まじい。今、やっている事に集中しないと)
森の中に入るのに、道が出来ている。恐らく、ここから冒険者が入っていったに違いない。
注意深く地面を見ながら、歩く。時折、棒で前の方を叩きながら。迷宮ではないが、罠を避ける事もある。
(何が出るのかねえ。蛇がでるか邪がでるか。手に負えないのが来られたら死ぬ)
周囲では、気配がしない。まるで、森の中から何かが溢れてくるかのようだ。
ラトスクの近くにあるなんでもない森に、その黒い渦のような場所を探索するというのが依頼だ。
が、妙な事に上空から遠視の魔術で見えないようになっていると。
それで、中に入るのは誰になるのか。鳥馬マタサブロウを回収すると進んだ。
奴隷少女たちが整列する。どれも、アキラの配下としてつけられるという。
ただ、奴隷少女たちはわけありの少女だった。
(扱いに困るなあ)
どの娘も可愛い。美形から可愛いまで揃っている。
何が問題かというと、その少女たちは一度は死にかかったという少女たちなのだ。
娼婦として売られたり、怪我や何やらで片輪になっていたり。それで、捨て値だったりしたのを奴隷商人のキッツを通して買い占めているという。彼女らは、ユークリウッドに対する忠誠心が非常に高い。いっそ、信仰心のような物まで感じるほどだ。そんな女獣人たちを手駒にできるかというと、
(困ったわー。うーん。中古とはいえ、可愛いのになあ。俺って、最低だなあ)
思った以上に、ユニコーンだった。誰かに抱かれたとなると、無理。
できないのである。アキラは、血も涙もないという人間ではない。と、己では思っている。
どちらかと言うと、情が大事だ。奴隷だっただけに、怪我をしているかというとそうでない。
そして、レベルを持っているのだから今後の戦力として鍛えたいのだろう。
だが、守れるかというと守れない。アキラにはそんな能力もないし、危ない事には近寄らないようにいうくらいしかできないのだ。しかも、【強奪】を失って今にも泣きダッシュしたいという。手持ちの武器でやりくりするしかない状況に、膝を着きそうなくらいだ。ユークリウッドも、1から能力を磨いたというのだから負けていられない。
元気な声を精一杯の気持ちを込めて、
「よし。俺とチィチが先頭を歩くから、残りは警戒だ。魔物が現れたら、距離を取って身を守る事から考えてくれ」
ふと、ユークリウッドを探す。いない。いつの間にか、居なくなっている。
どうして、居なくなったのか。彼が居なくては、死ぬ確率が跳ね上がるではないか。
(どこ行ったよ。あの野郎、逃げた、とか? ないわな)
いくらなんでも、味方を置いて逃げる奴ではない。むしろ、特攻していきそうな奴だ。
奴隷たちだって、ユークリウッドが居ないことに気がついたのか、騒いでいる。
「静かに! 全員、出発するぞ」
3x3x3で隊列を組んで、状況次第で2x2x2x2だ。
細い場所では、列を変えるしかないだろう。アキラの声に、反応してか。
ティアンナが、細いが通る声で、
「…急いで行かない方がいい」
「どういう事ですか?」
最後尾には、エリストールがいる。置いていかれたのか。それとも、アキラの護衛に残ってくれているのか。奴隷の少女たちが気になるのか。いずれも、なのかもしれない。
「森の中に、ユークリウッドが走った。多分、何か良くない事をしている連中がいる」
連れてきて、正解だった。アキラでは、倒せないような敵を倒すクエストだとか。
無理である。
そっと、進むと。森の中では、木々の合間が茂みになっていて視界が悪い。
何かが潜んでいれば、非常に危険だ。この中に冒険者たちは入っていったのか。
死ににいくような気分になった。アキラの勘は、かなりの確率で的中するので怖い。
(敵が、1人、とは限らないんだよな。先行している冒険者たちはどこへ行ったんだ)
進んでいくと、茂みで首から上が無くなっている死体を発見した。
ゴブリンに出くわす前に、死体とご対面とは。
役に立つスキルといえば、鑑定だ。だが、【強奪】が無くなったので奪えないのが残念だ。
「これは、迷彩服か」
「メイサイ服? ご主人様は、知って居られるのですか」
「ああ。俺の国、いや、世界で使われている服、だな」
おいおい。そんな馬鹿な。と、言い出せなかった。
よもや、とは思いたい。まさか、敵は、
「…ジエイタイ。敵の戦力は、ジエイタイらしい」
「マジで? なんで、自衛隊がこんなところに来ているんだよ」
嘘だと言ってくれよ。といいたい。まさか、日本人であるアキラが日本の軍隊と戦う事になろうとは。
しかも、手に持っているのは魔術を帯びた剣と盾しかない。相手が機関銃を連射してくればひとたまりもないではないか。それに、自衛隊は銃剣格闘もできる戦闘集団だ。とてもではないが、素人のアキラが相手になる訳がない。
帰って、いいですか。とは、言えないし。死ににいくような物なのだが、逃げられない。
仲間、冒険者たちが先に進んでいるのだ。たとえ、敵が自衛隊であったとしても立ち向かわないといけないだろう。足元の物言わぬ骸の身体が気になった。
「まだ、温かい。死んでから、まだそう時間が経っていないという事だな。どうするか」
銃がないのか。腰には、銃らしき物が入るホルダーがあったけれど。そこには何もなかった。
恐らく、何者かが持ち去ったに違いない。肩には、わずかなへこみがある。銃を吊り下げていたのだろうか。
しかし、叫び声もしなかった。ユークリウッドは、魔術を使う物とばかり思っていたが。
「…心配ない。エリス。周囲に敵は?」
「生命体の気配は、しません。森の中心部から叫び声がします」
「…なら、そこにユークリウッドがいる」
エリストールは、いつものすけすけのネグリジェから重厚な鎧に着替えている。
緑色の全身甲冑だ。時折、明滅するような文様が走る。強力な防具なのだろう。
羨ましい。
ティアンナに顎で、示されると行くしか無くなった。
敵が銃を構えているというのなら、どうやって戦うのか。
アキラには、まだ銃を前にして戦う覚悟ができていない。何しろ、矢と違って防げるとは思えないからだ。銃の威力は、鎧だって紙切れのように貫通するだろうし。
ロケットランチャーなどを撃たれては【再生】できるのか。わからないのだ。
胸の奥では、心臓が早鐘のようになっている。気合だ。
何もかも無くそうとも、気合で歩かないといけない。




