181話 砂上の楼閣2 (アキラ)
人間というものは、苦しさを忘れてしまう生き物なのでしょう。
基地が、軍隊が、とにかく気に食わない。要らないと。
戦う力がないと、占領されてしまうのですが。
そんな事は、気にしないのかもしれません。
ウォルフガルドでは、深刻な兵力不足です。
ちょっと、徴兵制でも敷きますか。いや、徴兵制って良いように見えて悪いんですよね。
何より、戦う気力の無い人間を戦闘に駆り出す訳ですから。
納得して、戦争に加わっている兵士とは違いますし。
それでも、PTSDとか精神に影響を受ける兵士もいるわけで。
ウォルフガルドも1回、コーボルトに制圧されて惨めな思いをするべきだったのやもしれません。
もちろん、日本にあるどこかの島とはいいませんけど。
実体験しないと、わからないともいいますよね?
殴り倒されて、地べたで踏みつけられないとわからない人もいますからねえ。
軍靴の音がする! 言うだけなら楽でいいですね。
◆
アキラだって人間だ。隣に座っているのは、金髪の少女。
奴隷だ。腰がずきりと痛む。
毎日毎日、馬車の馬のようには働けない。たまには、一日中やっていてもいいではないか。
もちろん、スケベだ。朝から、ばっこんばっこん。子作りに励むのは、迷惑と言われるけれど。
ばっぽばっぽと。音は、聞こえないはずなのに。
日本でなら、不純異性交遊で補導されるところだがウォルフガルドでは12歳で成人とみなされる。
結婚だってできるそうだ。日本ではありえない事であるが、世界で見ればイラン9歳オランダ12歳ロシア14歳だとか。山田は、確実に逮捕されるような年齢の嫁を迎えている。あくまで、日本に戻ればだが。
急に優しくなったユークリウッドに進められて冒険者ギルドの受付に来ている。
なぜ、優しくなったのか。アキラには、とんと思い当たる節がない。ついていない事ばかりで、ネリエルには逃げられるし。金は、かかるし死にかけるし。弱いとか意志薄弱とか言われて、げんなりする。アキラだって、男なのだ。
どうにかして、金を稼いで一国一城の主たらんとする野望くらいあっていいではないか。
それくらいの野望を持たずして、どうして誰かの役に立つだろうか。
そう、思うのだが現実は厳しい。金を稼ごうにも、王都の前での死体処理が依頼を占めている。
高額な依頼だが、戦場跡ではなにが起きるかわからない。
何しろ、敵がそのまま残っていないとも限らないのだ。
魔術士を鍛えようと、魔力を使って適度に休むスタイルを取り入れていたが……。
「チィチは、回復の魔術とか使えないのか?」
「すいません。私は、スキルもあまり……」
天を仰いだ。魔力が少ないので、壁には向いている。しかし、装備を揃える金がないときた。スキルもネリエルに比べると、まだまだの感がある。【防壁】と【強靭】に【獣化】はあるようだ。【防壁】と【切り払い】を組み合わせると、なかなかの壁になる。
タンクというのは、ゲームでなくても重要な職だ。警戒に、撤退と判断を見誤れば全滅しかねない。
いままでは、ネリエルという優秀なタンクがいたから良かった。しかし、これからはそうではない。
なので、地道にクエストをこなそうと受付を見ると。
(げげっ。黒髪、俺と同じくらいか? なんで、こんな所に)
いや、こんな所だから会うのかもしれない。しかし、どうしてアキラの場合は見つかって目の前の少年は見つからなかったのか。ともあれ、黒髪ときては見過ごせない。仲間になるか、敵になるかは別として。黒髪だから目立つ、という訳ではないのか。黒髪の獣人がいない訳ではない。顔を見れば、はっきりするだろう。
日本人だと、獣人とは違った顔をしている。ついでに、ミッドガルド人とかだとまた違う。
ミッドガルド人は、異様に美しい体型をしている。美醜には、厳しいアキラの審美眼を持ってしても全員がモデルかなにかと言えるだろう。何を食えば、ああなるのか不思議だ。
(何か、もめているのか? ちょっと気になるな)
その時は、思わないものだ。君子危うきには、近寄らずとか。
そろそろと、後ろに並ぶと。
「それでは、このカードに血を垂らして見せてください」
「……はっ。こいつで、呪縛でもかけようってか? 見え透いてんだよ!」
「そんな物は、ありません。さあ、登録する為です」
「いいぜ、だがこれで嘘をついていたりすればどうなるか。代償を払ってもらう事になるな、ん?」
少年が、後ろを振り向いた。【強奪】が、こういう時に物を言わない。
正面からの勝負では、事務所の人間に勝てないという。
やばいっ。アキラは、そっぽを向いて口笛を吹く。
「ん~? てめえ、なんか文句でもあんのかよ」
いやいや。アキラには、絡む気はない。だが、どうしてユークリウッドの目から逃れられたのだろうか。
アキラの場合は、ああも安々とボスキャラ軍団に囲まれたというのに。天は、こうも理不尽とは納得出来ない。少年の顔は、果たして潰れた団子のような鼻をしていた。
(鑑定を使えば、何かわかるかもしれんけど。やべえな。こいつ、こんな感じで突っかかるなんて)
目は、黒。角度によっては茶にも見えるだろう。日本人にしか見えない顔をしている。
鑑定を相手にかければ、もっと色々な事がわかるのだろう。アキラは、ユークリウッドにたしなめられている事を思い出した。敵、味方がわからない内は様子を見るのがいいのだ。
「いえ。何も?」
「ああん? てめえ、もしかして日本、人か」
だからどうしたというのだ。仮にそうだとしても、アキラは黙るしかない。
ペラペラと、情報を与える必要もないだろう。そして、冒険者ギルドで揉め事を起こすのはよくない。
(どこぞの読み物だと、ここでベテラン冒険者に絡まれる具合なんだろうけど。あれ? もしかして、俺がそんなイベント役なのか? いやいや、そんな、まさかなあ。でも、立ち位置を考えるとそれっぽいぜ)
気が付かなかった。
が、揉め事を起こせばユークリウッドが電光のようにすっ飛んできて肉塊が生産されるだろうし。いや、ここで日本人を発見できたのはラッキーではないだろうか。確保できれば、手柄になる。
「……」
「チッ。名前くらい、名乗ってもいいんじゃないか?」
日本語で話しかけてくる。気安く日本語を話すものだ。もしや、言語を使い分ける能力に目覚めているのだろうか。しかし、相手にしない。すると、諦めたのか。くるりと、受付に戻る。
「じゃあ。これで、いいのかよ」
「はい」
君子危うきに近寄らず。山田もよく使う言葉だ。
何気に、三国志が好きなのか。引用したりする男だ。
少年は、不承不承に従った。ここで、イベントでもあった! みたいな顔だ。
(俺を芋役にしようなんて、糞みたいな奴だな。もう、知らね)
受付嬢は、微笑を浮かべている。が、カードを作る際にはある特定の呪文が施されるのだ。
これでもって、冒険者ギルドは強制力を得ている。その事は、冒険者になって多くの事を知らないと教えられない。アキラは、ユークリウッドに教えられるまで秘密になっているカードの事をまるで考えていなかった。そして、何も知らなかったのだ。
「確かに、確かに」
そういって、受付嬢は奥の方へと入っていった。金髪を短く刈り上げた女性だ。
名札は、ミリアと書いてあった。恐らく、一番人気に違いない。
「てめえ、なんでじろじろと見てやがんだ? あ? 喧嘩を売ってんのか」
「いえいえ。そんな事はありませんよ」
とても、日本人とは思えない。ふと、チンピラという単語を思い出した。
チンピラな少年は、メンチを切ってくる。ユークリウッドなら、問答無用で殴り飛ばしているだろう。
彼は、温厚そうに見えて手が出る。ユークリウッドを見習うには、アキラに権力がない。
手を出せば、冒険者ギルドからの登録を抹消されかねないのだ。
ギルドの中で喧嘩をすれば、それでお縄になることもある。剣を持ち込んでいるだけに、そういう保安上で煩くなっている。
「じゃあ、なんでじろじろみんだ? ああ?」
「ちょっと、知人に似ているかなって思いまして」
「んだよ。そんな事かよ」
少年の後頭部を殴りたい気分でいっぱいだ。しかし、自重する。でないと、アキラは冒険者カードを剥奪された上に追放だなんて憂き目に遭いかねない。他の冒険者もベテラン勢も関わろうとはしないだろう。遠巻きに、争いを見ているだけだ。
もう、かつてのような場末の酒場ではない。
病院のように静まりかえっている。
「ダンガンさん、おまたせしました。当ギルドでは、貴重な冒険者を歓迎しています」
「ふん。じゃあ、早速仕事をくれ」
「いえ、その前にあちらで説明を致しますのでお越しください」
別の係が、少年ダンガンを連れていく。彼は、一体何をしたのだろうか。
別室に連れていかれるという事は、よくない事をしたのは間違いない。
(んー。なんなんだろうな。ぱっと思い当たるのは、うーん。わかんねえ。ちょっと、思い当たるの……。あの顔で、盗賊とか? まさかなあ。いや、でも読み物ででてくる日本人って他人から奪うのに躊躇もないからな。そんで、盗賊ジョブを得たとか。最近じゃ、同じ仲間の勇者をぶっ殺したりするのもあるし)
かたかたとキーボードを叩く音がする。大した進歩だ。錬金術師が作ったのだろうか。
キーボードと見間違うような石の板を叩いている。外見は、キーボードだ。
そして、山田が作ったのか。石のディスプレイがある。
どのようにして再現しているのかアキラには理解できない。薄型のモニターの如きものが、有るのだ。
このような物ができるまでに1000年くらいはかかると思っていたのに。
「なあ。ミリアさん。彼は、一体何をしたんだ?」
「守秘義務です。それ以上は、お答えしかねます。本日のご用件は? ないようでしたら次の方に替わっていただきたいのですが」
どうやら、ミリアは話せないようだ。取り付く島もないので、ユークリウッドから聞き出すしかないだろう。彼ならば、ダンガンがどうなったかわかるだろうし。内部の情報だって、彼ならば好きなように取り出せるだろうから。
粘っても仕方がないと、
「何か、良い依頼はないかな。フィールドの奴には、飽きたんだよな。薬草採取も育成も。かといって、戦場もごめんだしなあ」
ミリアは、片方の眉を上げていう。
「そのような都合の良いご依頼があるとお思いですか? 脳のいかれた人間は、回れ右でお願いします」
「いや、冗談だって」
「言っていい冗談の分別は、つけましょう。現在、依頼があるのはやはりコーボルト軍との戦闘員が一番多いですね。ついで、整地要員が求められているようですよ。ラトスクには直接の被害も出ていませんが、それでも物資を運ぶ人足は足りませんから」
「そっか。だよなあ」
どこもかしこも、戦争一色だ。これで、戦争がしたくないですとは言えない雰囲気ができてしまっている。兵隊の募集が、毎日ある。どこで? 決っている。事務所の近くで面接場所ができていた。冒険者は、冒険者で依頼がくるのだ。強制では無いらしい。
小説だと、強制というような感じの物が多いのだが―――
「薬草の栽培要員というのもありますよ。ただ、こちらは魔力が多い方に向いていますのでアキラ様には向かないかと。他にも……ああそうです。魔術士育成コースにでも参加されてみますか? 一般的な魔力の活用方法だとかの教育訓練が受けられますよ」
色々と、説明が長い。後ろでは、長い列がある。ミリアの顔を見ようとおっさんたちが列を作っているのだろう。確かに、丁寧な言いようだし親身になってくれるので勘違いしそうだ。今日は、どうするか。
「大変だ!」
大きな声で、話をする男が駆け込んできた。こんな事は、滅多にない。すわ、一大事か。
「どうされました? 説明してください」
「南の森で、変な穴を見つけたんだ。中に入ってみたら、へんてこな場所に出たんだ。そして、奇妙な場所だったんで引き返してきた。あれは、なんだったんだ」
「もっと、詳しく。具体的に」
あまり、大変そうには見えない。迷宮では、転移の罠とかいうのもあったりする。すごく危険らしい。
ユークリウッドとそういった場所に行けば、体験できるかもしれないが。死ぬ可能性が高いだろう。
とてもではないが、体験したいとは思わない。
「どうやら、新しい依頼ができたのかねえ」
「ええ? そうです。南にある森を探索するパーティーを幾つか募集します。出資は、冒険者ギルドになりますが」
冒険者ギルドなのか。正確には、ユークリウッドなのではないだろうか。
「ギルドってもうかる商売なのかね」
チィチに聞いてみると。
「それはもう、儲かると思います。何しろ、銀行からなにからやってますし」
「だよなあ」
ちまちまと労働者として働いても社長には勝てない。
金で領地を買うという事も考えたけれど、聞けば買っても自分の物ではないという。
つまり、一時的な間借りでしかなくて返せと言われればそれまでだとか。
まあ、そうなのだろう。ちなみに、このウォルフガルドでは100億ゴルをだした所でラトスクだって買えない。ミッドガルドだと商人のちょっとした屋敷がそれぐらいだという。その100億ゴル。換算して、100億円という感じだ。
(まあ、金を作るのも大変だよな。とほほ)
たかが偵察。されど、偵察。偵察行動は、危険がつきまとう。行ってみるのもいいだろう。
鳥馬があるので、迷宮だろうが森だろうが一飛び。
見てくるだけなら、達成するのも早いかもしれないし。
危険なのは、どこへ行っても一緒だし。




