179話 王都の前にて10 (アキラ)
水は大事です。
雨が大量に降ると、洪水が起きたりしますよね。
土砂崩れも要注意ですし。
木が山にないと災害が起きやすいと言われます。
治水事業が必要なのですが、労働力が……。
ウォルフガルドでは、労働人口が不足していますのでそれが問題でして。
移民をすればいいじゃない?
考えた事がありますか。移民って、かなり問題があるんですよ。
スパイだとか便衣兵だとか。
ちなみに、ウォルフガルドでその類が見つかるとどうなるか。
日本でも、労働人口が減っていくと予想されていますよね。
俺の所ですか? 簡単です。避妊させなきゃいいわけですよ。
労働人口も簡単解決でしょ? 駄目ですか。
◆
アキラは、地面に置いた木を見て唸る。
なぜか、水車を作る事になっていて。こんな事をしている場合じゃないんじゃないかと、
「水車作っている場合なのかねえ」
「水車は、重要ですよ。これが終わったら、魔術の練習でもしましょう」
「そうか。まあ、やらないわけにはいかないよなあ」
わかる。治水は大事だって事くらい。かの武田信玄がやったのも治水だった。
天竜川だっただろうか。信玄堤くらいはアキラだって知っている。どうやって、堤防を築いたのか知らないけれど。きっと、人足を使って死人を出しながら作ったのではないか。とか。
なぜ、水車に目を付けたのか。きっと、便利だからなのだろう。
水車を作るのは、大変だ。そもそも、アキラは水車の仕組みも知らないし作り方も知らない。ユークリウッドは、作り方を知っているようで熟練の職人のようなスピードで木を切っていく。まるで、バターか何かを拭う感じで木が切られるのだ。
ありえない。と、思いつつのこぎりを引くと。
「あっついなー。はあ」
と、ピンク色の髪をした痴女が胸を大きく開けた服を着たまま切り株に座っている。森妖精だというのに、恥じらいなどないかのようだ。通りがかるおっさんや少年が股間を押さえて、そそくさと通り過ぎていくのである。
座っている切り株。それ自体は、加工されて椅子のようだ。
アキラのいる場所は、事務所から少し離れた山田たちの作業場でもある。
水車を作るよりも、魔術の方が気になって仕方がない。ネリエルを見返すには、能力を上げるのが一番だ。魔王が襲来した時にも、何かできるようになっておかないと。今度こそ、やられてしまうかもしれないのだから。
赤い服というよりは、布切れをはちきらんばかりにした胸から汗が滴り落ちる。
男は、だいたい股間を抑えていた。目に猛毒で、妖艶さと相まって辛抱たまらん状態である。
ピンク色の髪の毛を無造作にして、誘うような目をユークリウッドに送っている。
アキラなら、速攻でどこかへとしけこんでいる所だ。
だというのに、まるで相手にしない態度。つれないではないか。
「卵子が合体したくて、うずいているのだが?」
「乱視ですか。それは大変です。お医者さんを呼びましょうか」
「そんな医者がいるかよ!」
突っ込まざるえない。この乱痴気カップルは、どこでもこの調子である。
魔術を教えて欲しいのに、釣れない態度を取るユークリウッドはささっと板をくり抜いていく。
普通に、大工から転生したんじゃというように思えるくらいだ。
きっと、大工の経験があるに違いない。
「それより、コツでもあるのか?」
「これですか。慣れですよ」
手が、高速で動いて電動機も真っ青な勢いだ。木くずが、大量に散らばっていたりするけれど。
ちょうど、山田たちが現れた。
会釈をしている。後ろでは、セイラムとアレインが一緒になって積み木で遊んでいた。
幼児と幼女なのだから、そんな物だろう。ユークリウッドがおかしいのだ。
「ふう」
横では、金髪を短く切った革鎧を着た少女が手にのこぎりを持っていた。
栗色の髪をした狼少女は、去ってしまって寂しい。魔術士を仲間にしたいのに、その前に去ってしまった。
金髪にぴょこんと飛び出た耳をしたチィチ。木を切っている。獅子族の少女も苦戦しているようだ。薄い木を切る。これも大変な作業で、なかなかどうして女の職人はいないのも頷ける。アキラとしては、魔術を使って楽がしたい。だというのに、ユークリウッドは流れるように木を捌いていく。
そして、枠に嵌めるように木で水車の形を作っていく。ものの10分もしない内に、大きな水車が出来上がった。どういう事だ。アキラは、まだ木の板を何枚か切った所だ。しかも大きさがまちまちで、カンナでもかけないといけない。
「どうしました?」
「いや、どうして、そんなに早いのかねえって」
「手がそのうちに勝手に覚えますよ」
作業場で、集中して木を切る。それだけに、暑い。うだるような日差し。雲ひとつない。
扇風機でもあればいいのだが、そんな物はない。残念な事に、風すらないという。
水を飲むのも、脱水症状を避けるためだ。水は、大量に用意していて。
エリストールは、昼間から金色の水を飲んでいる。麦酒だ。
かなり飲んでいるのに、酔っている風ではない。強いようだ。
ごっごっと音がする。のこぎりを引く音だ。水車が重要なのはわかる。
しかし、アキラもやる必要があるのだろうか。
「俺も、やらなきゃなんのかな」
「……作り方を覚えていた方がいいですよ。セメントの作り方とか家の給水排水設備の作り方とか」
「普通に生きてたらそんな事を知らなくても生きてけるだろうけど。あ、そういう事か」
知らない事だらけだ。アキラは、知らない。水車の作り方も知らないし、家の排水設備がどうなっているかなんて知らない。では? 尊敬も受けられないし人から認められる事もない。そういう事を言いたいのかもしれない。そうでなくても、知っておけば修理することができる。道具を収納鞄に入れておけば、村に立ち寄った時に役立つ。
色々な村を見て回るのも、いいだろう。すると、領地経営に考えが行き着く。
行く行くは、独立したいのだ。今は、ユークリウッドの配下だとしても。
「あのさ。自分で領地を獲得するって、どう思う?」
「……。いきなり、ですね。領地を獲得すると、領主ですね。封建制というには、ミッドガルドはちょっと違いますし。ウォルフガルドは、部族支配ですからこれまた違いそうです。領主になりたいのですか」
「領主、っていうか王になりたいよなあ。領地を得て、独立するとかいう話ってあるの?」
左右をきょろきょろと見るユークリウッドは、出来上がった水車をインベントリに押し込むと。
肩をすくめた。手には、水が入った硝子製のコップが見える。
「また、新しい小説でも読んだんですか?」
美味い。水が、喉を潤す。本来なら、アキラが水を用意するところだがそんな技能はない。
収納鞄には、おいしい水を入れたりしておくべきだろう。そんな簡単な事だって気がつかない。
「うっ。ふと、思ったんだよ。こんな事をやっていて、強くなれるのかな? とかさ」
「なるほど。しかし、慎重に発言した方がいいですよ。僕だからいいですけど、間違ってもアル様のいる前でそれを言ったら」
ユークリウッドは、白いシャツの上にある細い首を横に切る仕草をした。
殺されるという事らしい。厳しい世界だ。上下関係も厳格だし、窮屈な世界に直面している。
年下とはいえ、アキラがユークリウッドに敬語を使っていないのも問題だろう。
言われないので、やっているのは不味いのかもしれない。
とはいえ。
「独立って、夢物語かねえ」
「小説なら、あるかもしれませんね。ですが、王族の前でそれを発言する事は死を意味します。国家反逆罪に値しますから。それをチンピラが言っているならまだしも、貴族の係累、騎士階級に連なる人間が言うのは無視できませんよ。余程の馬鹿か痴呆にかかっているなら、土地を分けるかもしれませんけど。ありえない事です」
そんなに大変な事なのか。アキラは、ちっとも知らなかった。ユークリウッドだから、殺されなかったのかもしれない。部下には、妙に甘い所があるし。だからといって、調子に乗っていれば切り捨てられるだろう。男には、厳しい事もいう。
夢を見させるのなら、相槌でもうっておけばいいのだ。部下の相談に乗るのも、上司の役目か。
ユークリウッドの懐は、深い。妙な事を言っても、ちゃんと受け答えしてくれる。
まあ。ハーレム王になるには、出世からだろう。羽柴秀吉が見せたような。そんな出世を果たせるのかどうかは微妙な所だ。何しろ、彼の上司は信長以上に厳しそうな王子である。
「大名になるのとも、違うのかねえ」
「まずは、配下を揃えられるように稼ぎましょう。まだ、土地も部下もないような状態でしょう。国を興すとかそういう所に行き着く前の、そんな所にいるんですよ」
考えてみると、そうだ。ユークリウッドは、自身の絶大な能力に加えて領地も持っている。部下の数だって、1000や2000で効かない数を揃えていた。対するアキラはどうだ。奴隷が2人。1人には、逃げられている。取り戻したいが、彼女が戻ってきてくれるかどうかは今後の働き次第だろう。
王都の前に、死体が折り重なるようにしてあった。あの光景を思い出す。
「軍隊も無いし、なあ。俺の死霊魔術で、ゾンビにしてたらいい感じだったのか」
「配下をアンデットで揃えるのは、よくないですね。見た目も悪い上に、神殿から危険人物認定が来ますよ」
それは、初耳だ。危険人物認定とは、一体?
「危険人物認定を受けたら、どうなるんだ?」
「刺客が来ると、言われてますね。神殿騎士は、手強いですよ。高レベルの騎士となると、どのような能力を持った騎士がいるのかわかりませんから。【神威級】クラスがいると、もうそれは死ぬしかないレベルでしょうし」
「そんなのが、いるのかよ」
話を聞くと、ヴァルトラウテという戦乙女がそれに匹敵するとか。まず、お目にかかりたくない。
「確かに、僕も考えました。彼ら、コーボルト軍が殺した兵士をアンデットに変える呪法をね。何しろ、相手が殺した分だけ兵隊ができるので効果は抜群でしょう。近代兵器の最大の弱点であるゾンビですから。ですが」
「ですが?」
「負の呪法だけに、また敵を作る可能性と蘇生ができなくなるデメリットを勘案すると。色々考えると、使えませんね。手加減もできませんし、相手に死霊魔術士がいれば乗っ取られかねないというのもありました」
ユークリウッドがやる攻撃、ゾンビを乗っ取れる奴がいるのか。いやしないだろうと思いつつ、のこぎりを地べたにおく。白い謎の生物が、水を求めてセリア犬と戦っている。どちらが、先に水を飲むのかという具合だ。微笑ましい。
ひよこは、ユークリウッドの実家で遊んでいるのだろう。毛が多いだけに、熱に弱そうだし。
「でも、有用性がでかくないか。地球っぽい軍隊を相手には効果抜群だろうし」
コーボルトの兵器を見て思ったのは、90式戦車か何かだ。戦車には、結構詳しい。ゲームをやりこんだせいで、形だけは覚える事に成功している。重さが何トンだとかは答えられないけれど。
「彼らには、というよりも獣人には術者が少ない。ですから、霊体系の魔物がでてくれば太刀打ちできないでしょう。そうですね。獣人を攻めるならば、死霊魔術でゴーストを大量に生み出すのも有り、といえば有りなのですが……。僕らが最も気にしないといけないのは、何でしょうか」
? わからない。勝つ事ではないだろうか。負ければ、それすなわち死である。生きているから明日を迎えられるのだ。アキラは、絶対にマールを置いて死ぬわけにはいかない。棺桶からだって戻ってくる覚悟だ。しかし、どうしてか真剣な話になっている。
エリストールは、胸元に風を送っている。けしからん肢体だ。
「……勝つ事? 負けたら、それまでだし。住民を守って、戦いに勝つ。それでよくないか?」
すると、ユークリウッドは左右を見ていう。
「いけませんよ。騎士ならば、何よりも守らないといけない物がある。それは、名誉ですよ。敵に後ろを見せるのは、まあいいでしょう。しかし、騎士は勝ち方が求められます。いくらなんでも、アンデットという邪悪なる物を使って勝てば後ろめたい事を言われるのは確実です。弱い物を守り、強きをくじくのが騎士道なのですよ。色々と、騎士道違いがありますけれど、ね」
騎士。そう、アキラは騎士見習いだった。
まだ、騎士になっていないのだ。黄金拍車というか、かかとの拍車すらないという。
馬は、与えられているがこれはユークリウッドの厚意だろう。
「地球っぽい兵器を使う相手だから、手加減なんていらなくないか」
「それ、でもです。確かに、ウォルフガルドにでた被害を考えると反論に困りますが」
地球の軍隊が最も恐れるのは何であろう。ゾンビに霊体系のゴーストだ。
魔法が、魔術が存在する以上。最も最適な攻撃は、霊体型のモンスターをぶつける事だろう。
アキラが、リッチなりゴーストライダーなりを召喚できていれば砦だって捨てなくてもよかった。
「評判か。やっぱり」
「そうです。騎士たる者、常に英雄気取りでいなければなりません。最も気にするのは、人気でしょう。王だって、あれで人気商売なんですよ。部下がついてこないと、戦いができませんし。敵がいれば内部の結束は固められるとは、いえね。そして、英雄が英雄であるためには評判と言うものは大事ですから。それを落とすような行動ができませんよ」
どうも、評判が大事らしい。考えれば、ユークリウッドは常に人気取りばかりをやっていたように思える。出会ってから、ここに至るまで。
人気取り。そんな事もまるで考えていなかった。
白い玉が、水の取り合いには負けたようだ。ユークリウッドに近づいていく。
(水車を作るのから頑張るかね)
水車くらい作れるようになっておこう。アキラは、そう考えるとのこぎりを引き始めた。




