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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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176話 王都の前にて7 (シグルス、アレイン)

 空には、巨大な城が浮いている。

 まさにそれは、山か何かと見間違うような大きさだ。

 そして、よく見ると下部には無数の船が係留されているようだ。


 城の名前は、天空城エル・ドール。今は、エリュシオンと呼べとかいう。過去には、世界征服を行った際に嘘か真か次元をも超える機動要塞として活躍したという。

 そう、いわくつきの城である。持ち主の名前は、


「だーかーらー。終わった。お前らは、遅かった。これから、コーボルトにでも攻めこむか?」


「むー。制圧しないで、倒せるだけ倒すのだな。それでもいいか。来たのに、神力が無駄になってしまう」


 アルーシュは、忙しそうだ。天空城には、黄金騎士団を含め機動騎士たちが詰めている。

 戦車が来ようが、巨人が来ようが相手にできる万全の戦闘力だ。

 このような代物を持ち出すからには、強敵を相手にしなければ勿体無い。


 しかし、この城下町の様相たるや惨憺たる物がある。

 ウォルフガルド軍が脆弱なのは把握していたし、このようになるのではないかと危惧もしていたが。

 戦力が足りないまま、侵攻を受けてすさまじい被害が出ているようだ。

 アルルは、


「というわけで、攻めるのだ~。っと、その前にユークリウッドはどこなのだ?」


「ここにはいない。ラトスクという街の方で働いているぞ」


「? どういう事なのだ? この街をこのままにしておくとは、解せないのだ」


「あいつ、後始末は苦手だからな。それに、泣いている狼人族を見たら蘇生魔術を乱発しかねんし。来てもらってはこまるんだ。戦場跡は、死体で一杯だしな。ゾンビ化が恐ろしいから、焼いている」


 アルルは、コーボルト軍を打ち払うべく出動してきた。というのに、せっかくの軍勢が全くの無駄になってしまう事に。シグルスだって、予想していなかった。まさか、1人で敗退させようとは。ウォルフガルドの城下町は、焼け野原のような状態で目も当てられない。


「早速、コーボルトに進撃するのだ」


「まて、城をどうやって起動した? 大量の魔力が必要だったはずだ。まさか」


「くふふ。その通りなのだ~。前々から頼んでいたから、これだけ早くこれたのだ。アルカディアでもどこでも一飛びなのだ。ただ、兵員の輸送が大変だけど……」


 そっちの方が時間がかかるという。どれだけ技術が進もうとも、人間の移動には大変な労力が必要だ。

 まして、空中にある城に収納するとなればまた一苦労である。ついでに、要塞では生活するのも大変なので月一で勤務交代しないと精神がやられかねない。


 白騎士団の騎士は押しなべてエリートではあるが、ストレスに強い者で統一されているとは言いがたいし。黄金の兜を被ったアルルは、岩山を削って作った城が気に食わないらしい。さっさと出て行きたそうにそわそわとしている。


「なら、私と替わるか?」


「それは、御免こうむるのだ。暇でないし、手伝いだって義理できたような物なのだ。私は、西方に向けての攻略で忙しいのだ」


「黒騎士団を呼び寄せるにしても、時間がかかる。せっかく張った罠は、不発だしな。アルトリウスの奴は援軍を送ってこねえし。どうなってやがる」


 語気がだんだんと荒くなってきた。この調子では、いずれ喧嘩をし始めるに違いない。頭上に現れた城がその原因なのだろうし、アルーシュから漏れる神力は弱まっているようだ。こちらの方も問題があるのだろう。


(創世樹の末裔が、なんと情けない姿だろう。いや、それを言えば私も同じか……)


 自力で神力を回復するには、修復を止めなければならない。むき出しの地殻が、今も蠢動しているというのに止める事はできないのだろう。事実、アルーシュはアルルやアルトリウスに比べて大きな力の行使には制限がある。


「アルトリウス様は、蛮族の相手で忙しい様子ですから」


「知っているとも。それならそれで、エリアスなりフィナルなりを貸してくれてもいいではないか」


「コーボルトに対する備えが、甘かったのは不徳の致すところにございます。何なりとお申し付けください」


「ぐうう」


 アルーシュは、本気で言っているわけではない。アルーシュの配下は、黒騎士団が本命だ。暗黒騎士団がその中核を担っている。緑騎士団と橙騎士団は本国から呼べない。なぜなら、微妙な強さだからだ。特に、橙騎士団は、国内の治安維持を司る。とは聞こえの良い話で、戦闘に向いていない性格の人間がより集められる騎士団だった。


 よって、黒騎士団を呼び寄せているのだが―――


「黒騎士団の姿は、見えないようですね。いかが致しましょう」


「くっ。あいつらは、まだ国境だ」


 苦虫を噛むような顔で、崩れている。王族なのに、顔がころころと変わるのはシグルスとアルルだけがいるせいだろう。他の将軍は城で待機という事になっている。


「飛空艇を使わなかったのですか?」


「金が、な。そこまで回らん。というか! お前らが使い過ぎだろ!」


「う。ごめんなのだ。アルーシュの分も使い込んでしまったのだ。だから、援軍に来たし、チャラなのだー」


 チャラではないだろう。次は、譲ってやらないといけない。ちなみに、魔術師ギルドと錬金術師ギルドはこの生産でてんてこ舞いになっている。秘密を厳守するのはもちろんの事、氏素性まで問われるのがミッドガルドである。その内、魔術師ギルドの各工房を牛耳るのはニーベルンゲンの指輪ことエリアスの所属する結社だ。


 いずれは、何らかの形で査察などを入れないといけない組織なのではある。謎に包まれているので、調べるのも命懸けの事になるだろうが。すると、ユークリウッドを使ってデータを調べさせるのはどうか。というような考えが浮舟の如く浮上してきた。


(とはいえ。これは、まあいいでしょう。ですが、昨日の今日で敵を殲滅してのけるとは油断できない力です。彼ならば、当然の事なのですけれど。褒美を与えた様子もないのは、いかがな物でしょう)


 普通ならば、彼を恐れるだろう。

 いや、彼の力はそれだけではない。世界を滅ぼしうる力だ。それをひた隠しにするのは、どういう事を招くか考えなければならないのだが。そんな考えは、アルーシュにないらしい。彼の打ち立てた前人未到の功績を奪い取る事山の如し。


 そろそろ、彼から刺されてもおかしくないくらいだ。

 その幼女は、口の端を歪めている。手は、目にも留まらぬ動きだ。机に座ったまま、アルーシュは書類に判子を押しながら、


「わかった。手伝いに来てくれたのは、ありがたいんだけど……。あれを見せつけるように来たんで、腹が立っただけだ。さっさと、連中に追い込みをかけてくれ。日本人を捕えたら、金を弾む」


「どういう事なのだ? 日本人が、ここで悪さをしたのか?」


「そうだ。びち糞野郎どもめ。捕えたら、ただでは済まさんぞ!」


 どういう事なのだろう。戦いは、終わっているようだし敵影が見える事もなかった。王都の前には、有翼人たちが使うような兵器が転がっていたようであるが。どれも残骸だ。そして、戦場での習いというべきか。死体漁りをする獣人たちの姿が見えたくらいである。


火炎弾(フレイムバレット)火柱(ファイアピラー)……。地面にこれだけの影響を与える術といえば……火線(ファイア・レーザー)ですか)


 恐るべき術師だ。1人で、一騎当千を地でいく幼児。将来が、末恐ろしい。

 ミッドガルドでは、まるで知られない彼の力。侮っている貴族は山のようにいるのに。

 名門の魔導貴族とて、これほどの術者はいまい。


(ああ、ぺろぺろしたいいいぃいい。はしたなくも、貴族の娘がこのような事を懸想するのは……。しかし)


 らめえ、したい。させたい。なんとかして、彼を秘密裏に捕らえようとか画策したこともある。

 アルルに釘を刺されてから、やらなくなったけれど。諦めてない。

 火線までも使えるとなれば、一流の術師として評価されるべきなのだ。


 そう。火線を使ったのか、地表が飴細工のように変形していたりするけれど。

 概ね攻撃方法は、予測できる。

 彼を相手にしては、まず火線こそが脅威だ。水系の術で防ぐのは勿論、雷系の術にしても注意しなければならない。同じパーティーに入っていたりすると、段々と手口がわかってくる。


(あの術は、普通の術者では10分の詠唱が必要なはずなのですが……)


 流石は、ユークリウッド。無詠唱もお手の物だ。 

 普通の術者では、火線を連射などできない。光の早さで到達する術の欠点は、長すぎる詠唱だった。

 更に、個々人で威力もまちまちでひどい術者ともなると撃つまでに30分。威力は、大砲でも撃った方がマシというような物だったりする。まともな術者ならば、この術が長すぎて使えないという代物だ。 

 

 問題なのは、地面が田畑にならないくらいのダメージを受けて居そうな所か。

 回復するのは、かなりの時間を要するだろう。


(しかし、まあ。派手にやったものですねえ。後の事は、考えていなかったようです)


 いやいや。かぶりを振った。王都攻防戦だったのだ。ちょっとした時間差で、陥落していたかもしれない。彼を責めても何も得られまい。こうした事実を隠蔽するのも、アルーシュだ。彼の功績が是が非でも欲しい事をよく知っている。


 それを善なる方向に使っている内は、いいのだろう。しかし、悪神邪神としての覚醒を迎えた場合はどうだろうか。最悪の敵になることには違いない。不幸なのは、三位一体として生まれ落ちてしまった事だ。これによって、誰かが生きている場合。普通に復活する。復活する場所を選べるので、延々と倒されるという事もないという。


(空白の神位に、まさかロキが入り込むとは……)


 想像を絶する。あまりにも有名な、誰でも知っているような、そんな悪神がどうして善なる側の高位に生まれ変わるのか。神官たちが、皆して卒倒したという話は内々にして知るところらしい。


 その悪意が、日本人に向けられる。あまり、良い傾向ではないだろう。ロキは、ヴァン神族に生まれながらその蝙蝠ぶりでアース神族をも謀ったというのだから。本来なら、シグルスが戦うべき相手であるはずなのだ。アルルと一緒になって、討つべき相手だというのに。


 まるで、


「わかったのだ。そういえば、ユークリウッドが贔屓していた連中も裏切ったのかな?」


「それは、今後の調査でわかる。今は、まだコーボルトどもにきついお仕置きをしてやらんといかんだろ」


「ふひひ。なら、きっついのをくれてやるのだー。早速、全軍出撃なのだ!」


「まて。1割、いや1000人ほど置いていってくれ。死体の回収をしないと不死者どもで溢れかえってしまいそうだ」


「それは、大変なのだ。シグルス、何人か置いていけるか?」


 ざっと勘定しても、1000人などはした数。とはいえ、大きな貸しになるだろう。ユークリウッドを虐める飯の種になりそうだ。股間のうずきを顔に出さないようにするのは、大変である。


「わかりました。神聖系の術を使う騎士、術師を多めに見繕いましょう」


「助かる」


 腕組みをする幼女は、困り顔になった。単純な算数で見積もっても、天文学的な損失が発生している。

 コーボルトと和するか争うか。今、それが問われているのだ。

 さっさと片付けて、拉麺なる物を食しに行かねばならない。シグルスは忙しく部屋を出る。



   

  


 幼児は、ぼんやりときらびやかな騎士を見ている。

 まさか、というような騎士たちがユークリウッドの事務所を訪れて来た。

 いつもは、行列を作る診療所もこの時ばかりは狭しと人で混雑していない。

 

 何しろ、ジギスムント公爵家の騎士がやってきたのだから。

 通りを歩く獣人は、息を潜めるようにして彼らを見ている。

 なんとなく、獣人たちが恐怖しているのがわかった。大きな身体と大きな頭に手足。

 そうしていても、怖いというのか。手が震えている獣人も少なくない。


 事務所の中で、佇まいを直すと。


「ふむ。臭いな。消臭剤を撒いたほうが良かろう」


「我らが来たからには、もう安心だ。して、アルブレスト卿は何処に?」


 ロメルは、渋面になっている。それは、何なのか。アレインにはよくわからない。

 セイラムがぎゅっと服の裾を握るので何事かと。顔を向ければ、涙目になっている。

 こちらも、怖いのか。


 どうして、怖いのかわからない。


「少々お待ちください。奥の方で、調理をしておられるので」


「あまり、待たせるなよ。殿下と姫様がお待ちだ」


「はい、只今お知らせします」


 明らかに、ロメルは嫌な感じを醸し出している。いや、匂いというべきか。

 騎士たちの鎧は、白く大きい。磨き上げられた鎧で、全身を覆っている。

 ひげを生やしたの騎士と20歳くらいの騎士だ。


 どちらも、獣人に対してよくない感情を抱いているのか。若い騎士が、アレインの方向に近寄ってきた。


「ん? この餓鬼は獣人じゃねえな。かわいい子供がいるじゃねえか」


「よせ、揉め事を起こすんじゃない」


「ちっ。かてえ事を言ってんなよ。そんなんだと、楽しめないぜ?」


 若い騎士は、よくない大人のようだ。アレインは、平民なのでいじめられる事には慣れっこである。殴る事や蹴る事を貴族の子供から受けるのなんて、ざらだった。どうして、平民が殴られないといけないのか。小国で育っただけに、右も左も知った仲だったからか。


 そう。その殴ってくるいじめっこがしていた眼の光をしている。ひどく残虐で、残酷で、酷薄な。

 人を人とも思わない眼だ。どうして、このような男がミッドガルドの騎士なのか。

 すると、エプロンを着た少年が台所の方から現れた。


「ようこそおいでくださいました」


「ふむ。その格好で、登城するのかね」


「まさか。いくらなんでも、そんな事はないだろうぜ」


 年配の騎士の方は、剣の柄に手をしながらいう。一緒にいる男の方が、眼を剥くと。


「アルブレスト卿も準備がおありだろう。ここは、一旦引き上げるとしようか」


「違いない。ぷっ」


 笑うとは。いくらなんでも失礼ではないだろうか。彼らは、ユークリウッドに悪意でもあるのか。

 ふてぶてしい態度だ。

 2人は、そのまま出て行ってしまった。


「ふう。何で、登城の催促が来たんだろう。というか、どこに?」


「ユークリウッド様。お忙しいところ、失礼します」


 顔をロメルの方へと向けた。アレインは、床の掃き掃除だ。そんな事も手伝ったりする。

 勉強が無い時は、だいたい拭き掃除だったり掃き掃除をしているのだ。

 耳の丸い熊人といいながら、熊には見えないロメル。

 ユークリウッドが手ぬぐいで手を拭っていると。ロメルが手を後ろにして言う。


「街の上空に、巨大な城が出現しています。いつの間に現れたのか。皆、気が付かなかったようでして」


「なるほどね。でも、登城するのは面倒なので向こうがくるまで放っておきましょう」


 そんな事をして、大丈夫なのか。いや、大丈夫なはずがない。

 王に仕える臣下なのだし、彼は大抵の事をうんと頷く幼児ではなかったのか。

 ロメルが、驚いたようにして横にいるセイラムも同じ表情になった。


「ええっ? ですが、登城しなければ何が起きるのかわかりませんよ」


「なんだか、嫌な騎士だったし。知らないふりをしておこうかな」


 たまに、ユークリウッドはへそを曲げる。彼は、嫌な相手には嫌だと言って殴りかかるタイプだ。

 しょっちゅうアレインは、何か困った事はないかと聞かれるので見境なく殴る訳でもない。

 が、本国の王子と公爵家の姫を怒らせて大事にならないのか。


 アレインは、とても心配になった。


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