174話 王都の前にて5 (アキラ)
「ちょっと、待ってくれ。終わったって、どういう事だよ」
戦争は、終わってないと。そう思っていたら、昨日の今日で終わったという。
(んな、馬鹿な)
普通に、劣勢で跳ね返せたとは到底思えない。兵隊の数からして違ったし、何よりも昨日の出来事だというのに。終わったというのは、ロメルだ。朝のご飯を食べて、準備をして兵士を集めるべく忙しそうにしているネリエル。アキラは、兵隊を集めるのが大変だなんてちっとも思っていなかった。
聞けば、ウォルフガルドは徴兵制を止めてしまったという。なので、街頭で兵士を募集するのだけれど反応が悪い。誰もが、それに応募するだろうなんて考えは甘かったという事だ。そうこうして、声を上げている内に、昼下がり。
昼飯を食っていると、
「コーボルト軍は、退却したらしいぞ」
信じられるはずがない。昨日の砦での出来事は、夢だったのだろうか。ひどい幻覚魔術をかけられたような。そんな感じであるから、くってかからざる得ない。集めた兵士というのは、意味があったのか。
「どっからの情報だよ。それ、デタラメを言ってる訳じゃあ……ねーんだよな!?」
「ユークリウッド様が言っておられたのだから、信憑性は高いな。ミッドガルド軍が到着して、追い払ったそうだ。流石に、ミッドガルド軍が来てはコーボルトも撤退せざるえなかったようだぞ」
カウンターには、客はいない。ランチを取る時間なので、室内にはエリストールとティアンナの姿が見える。ユークリウッドに会いに来ているのだろう。テーブルを挟むようにして、レンと白狼族の子供が座っていた。
綺麗どころだが、手に入らないのでは目に毒だ。股間の養分になるとはいえ……。
「それが、本当だとしたら。今、兵士を集めているのって無駄って事か?」
「そうではないだろ。王都の前は、地獄絵図らしいからな。どれだけの狼人族が犠牲になったのか図りしれない。敵に、日本人が組していたらしい。恐るべき兵器を用いて、兵士たちを殺しまくったそうだぞ。貴様に、日本人の知り合いは居たりしないのか」
「だから、ケンイチロウ以外のと話をしている暇もなかったんだって。ちょっと、それってどういう事よ」
背もたれを斜めにすると。ロメルは、カウンターにもたれ掛かると。テーブルの横で斜めに書類を持つ。 珈琲を入れたカップを持ったまま。
「鋼鉄の箱から、砲弾を撃ち出す兵器について知っているか?」
それは、戦車だろう。戦車以外には、考えられない。しかし、そんな兵器が何故コーボルトが持ち得たのか。不明だ。
「知っている。あれだろ。キャタピラのついた奴。それと、まともに戦ったのかよ」
信じられない。古代も真っ青なウォルフガルド。石器時代と現代兵器がぶつかって勝つとか。
冗談にしても、冗談みたいな世界。信じるには、事実が薄すぎる。
「そうだ。そして、首都ガングニールの手前は狼人族の血で赤く染まったという。鉄の盾で、敵の攻撃を防御しようと試みたらしいが。結果は、言わずもがな。相手の攻撃を一方的に食らうだけだったらしい」
(どうやって、それで勝ったんだよ)
信じ難い話だ。一方的にやられてからの逆転劇とか。
巨○兵でも出てきたのか。
そんな話になる。
らしい。らしいと。伝聞のようだ。これは、しっかりと裏を取らないといけないだろうに。
いや、ユークリウッドが言うのだから確かなのかもしれない。とすると、兵隊を集める作業を止めてもいいのか。そこが、問題だ。
「味方がやられたのなら、報復に攻め込むってことか」
「そこだ。問題は、どこまで追い返したのか。敵の戦力がどれほど残っているのか。そこに問題がある。ちなみに、ウォルフガルドの戦力はここが最大となるかもしれない」
女性陣は、関わるつもりがないのか。黙ったままである。普通は、興味津々という風になるもの。うわさ話が大好きな生き物だと思っていたのに。どうしてだろうか。木製のテーブルの上に、野菜をきざんだ皿が運ばれてきた。
持ってきたのは、ユークリウッドだ。白いシャツにエプロン。紺色の短いズボンだ。脛が見えるタイプは、最近になって見かけるようになった代物だろう。暑いといえば、暑い。昼でも蒸すようになったのだから、堪える。まるで、日本の夏のようだ。
「はい、お待ちどう」
「おー」
野菜に、ジャガイモがすり潰された物がついている。結構、アキラにとっては好物だ。暑いので、素麺なのかもしれない。いや、野菜が先に出てきたのでカレーという線もある。匂いが、厨房から流れてくる。ドラゴンのステーキ焼きとかそういうのを見たことがない。
しかし、まるまると焼かれた漫画肉を見た時は驚いた物だ。ユークリウッドが作るのだろうから、食べた事のないような代物が出てくるに違いない。
「しかし、こんな事をしていていいんかねえ」
「馬鹿者。腹をふくらませておかねば、戦う時に戦えないぞ」
「ふふ。なんし、人間というのはすぐ腹がすく生き物であるからのう。さても……お主は魔力がない。加えて不味そうじゃ。くふふ」
扇子で隠す狐人の美女は、瞳だけが見える。
ぞっとした。まるで、獲物にされたよう。いや、そうなのかもしれない。アキラでは、ここにいる獣人、亜人たちを倒す事なんてできやしない。今すぐにでも修行をやるべきなのだ。腹をふくらませたら考えるとしよう。
「はい、お待ちー」
「おっ。こりゃあ、特盛りだなあ」
ラーメンだった。麺の上に豚肉なのかなんなのか。分厚いチャーシューと思しき物が乗っていた。それに、モヤシが大量に乗っかかり。香ばしさときたら、腹がぐうぐうと大きな音を立てる。ラーメンは、ラーメンだった。
暑かろうが、食欲には勝てないという事だ。日本では、どんどん低コスト化が進んでいたがラーメンだけはそれから逃れる事に成功している。牛丼は、ラーメンに取り残されるようにして低コストを進めざる得なかったし。色々なチェーン店が出てくる中で、カレーとラーメンだけが生き残っているような状態を思い出すと。
箸で、チャーシューをつかむ。ほとんどステーキだ。どんだけ厚いのか。噛むと、じゅわっと汁がでてくる。反則だ。舌に、汁がかかってむず痒いくらい。噛めば噛むほど美味い汁が出てくるのだから。
チャーシューを食べるのは、アキラの好みで他の女子たちはモヤシから行っているようだ。
モヤシも良いが。さくさくと噛むモヤシは、歯ごたえがいい。それでいて、柔らかいので口の中で溶けるようだ。山盛りあったモヤシが無くなる頃には、またチャーシューが出てきた。
肉を頬張りながら、麺をつるつると口に入れていく。
麺は、よくこねられているのか。伸びる。伸びる。まるで、ヨーヨーでもやっているかのように丼と口の間で伸びていく。口の中では、肉の汁と麺の合体が行われている。どんどん飲み込んでいくと。
汁とチャーシューの間に何か浮かんでいる。つまむと、柔らかい。
白い物体だ。これは、
「らっきょう、いや、にんにく?」
わからないが、口に入れるとふやふやだ。麺を一緒に食べてもいい感じに合体する。汁を一口。
口の中では、舌が踊っている。
にんにくに味付けがなくなっているようだ。柔らかくなるまで、茹でたのだろう。
こりこりとした食感もいいが、茄子のように茹でられたにんにくというのもいい。
麺を頬張っているだけで、幸せな気分になってくる。
左右を見ると、
「もう一丁」
「はーい」
いつの間にか、食堂のようだ。ユークリウッドは、いつの間に料理の腕を上げたというのだろう。
汁だけでも日本でラーメン屋が作れそうだ。しかし、チャーシューだけでも1500円になりそうだ。
餃子とご飯がでてきた。
「おーい。ユーウ、俺も餃子とご飯を頼む」
「……アキラはチィチたちを呼んでくる」
「はっ。そういえば……」
最低のクズになる所だった。ティアンナに言われるまで、アキラは食べるのに夢中になっていたのだから。自分だけが食っているのでは、ご主人様失格。ネリエルに対しては、もう既に三行半を突き付けられそうな所だ。いや、もうそうなっているのかもしれない。
失敗がないから、頑張りもできない。人生経験が少ないから、気を回す事も苦手と。
悪い所ばかりが、目に突く己に絶望感が湧き上がる。
扉を開けると、強い日差しがやってきた。雨が降るのか、北側から雨雲が見える。
(おかわりした……ぱべっ)
出てきたところで、衝撃を受けて横倒しになった。
「楽しそうだな? アキラ。私は、呆れたぞ。炎天下だというのに、女を差し置いて飯を食っているとは……」
殴られたらしい。
「止めてください。ご主人様になんて事をするんですか」
抱え起こしてくれたのは、ちょっと太い腕だ。チィチらしい声がする。
「おい。あの倒れてるのが、アキラって奴か」
「ああ。ユークリウッド様の腰巾着らしいぜ」
「役立たずって話だが? 金魚の糞がよくもまあくっついてるもんだぜ」
「女に殴られて、倒れてやがる。だせえ」
と、耳に入ってくる痛い声。あることないこと叫びだしたい気分だ。
アキラが何をしたというのだ。何もできていないのは、確かであるけれど。
だからといって、公衆の面前で殴るほどの事だろうか。
頬を押さえると。
「どう、いうつもりだよ」
「どうもこうも、今日で抜けさせてもらう。貴様という奴は、ほとほとに見下げ果てた!」
「何でだよ。俺が、そんなに駄目なのか?」
ネリエルは、栗色の髪の毛を上げていう。泣きそうな表情だ。
「いや。お前は、普通の男だ。普通の、そう精神だよ。だから、特別な功労を立てる必要もない。そして、普通に生計を立てるなら普通にやっていけるだろう、な。なあ、聞かせてくれ。どうして、ハーレム王を目指そうと思ったんだ?」
ハーレム王。なりたいと思ったからだ。男なら、ハーレムを目指して当然だと。そう思ったから、なりたいと思った。しかし、それには道が険しく困難だという事もわかってきた。特別さが求められるのだ。特別な存在しか、それが許されないのだと。そんな事はわかっている。
ネリエルが、聞きたいのは那辺にあるのか。それすらもわからない。
わからない事だらけだ。知っている事しか答えられないのは、どうしてだろう。
その答えを知っていれば答えられるのに。
「憧れたんだ。かっこいいと、そう思った。悪い事だったのか?」
少女は、かぶりを振る。
「いいや。それは、男なら憧れる物なのだろう。女にはわからないが。そう、か。ならば、やはりお前は何もわかっていないのだ。そうあるんじゃない。勝手に周りが、食いついて離れないのさ。でなければ、ハーレムなんてものは維持できない。お前には、足りない物が多すぎる。見配り、気配り、大凡の知恵。人柄は、穏やかだが。決定的に足りない物は、力だ」
わかっているとも。そんなわかりきった事をこの場で、言うべきなのか。
悲しそうな顔をする。
「力は、つければいいんじゃないか。これから」
すると、少女は横に首を振る。
「一体、何年後だ? ユークリウッド様を超えられるのは、10年? 100年? 1000年後か。なんで、帰ってきたら速攻でマールとスケベをしているんだ! 貴様には、自覚が足りない。何もかも足りない男が、必死に走らずにどうして何かを手に入れられるというんだ。ミッドガルド軍が、再駐留するんだぞ。これが、何を意味しているのかわかっているのか! この、糞たわけがー!」
栗毛の少女は、手をぶるぶると震わせている。こんな事は、一度もなかった。
顔は、真っ青だ。だというのに、語気だけは地面がひっくり返りそうな勢いだ。
おかしい。奴隷だというのに。ここまでの反抗をしても許されるのだろうか。
ありえない事だが、もしかすると。奴隷紋が、消されているのか。あり得る話だ。
「もしかして」
「そうだよ。予想している通りだ。とっくに、貴様との縁は切れているんだ。ただ、もしかするとひょっとしてその資格がある男なんじゃないかと思っていた。だが、飛んだスケベ野郎だ。私が必死になっている時にのんびりとくつろぐ。許せないよ」
がっくりと、膝をついた。なるほど、そういう。アキラは、ネリエルにとっての特別になり損ねた。
そして、チャンスはいくらでもあったのに何もしなかった。いや、していれば首がなかったかもしれない。だが、
「チャンスは、ないのか?」
「はっ。女は、切り替えが早いんだ。もう遅い。既に、コーボルト軍は制圧されたとも聞いている。今度は、こちらから攻めこむ番だ。私は、貴様を知り合い程度にしか思わない。好きにしていればいいさ。チィチは、どうするんだ? ライオネルが攻めこんできたようだぞ」
「私には、関係ないです」
はっとなって見上げると。ぶるぶると震える少女がいた。金がないから、奴隷をしているのだろう。
ならば、離せるはずがない。しかし、一体誰が。ネリエルを解放したというのだろう。
この分であれば、チィチだって失いかねない。
(あ、借金の返済が……)
思い出した。ここの所、借金が加算で増えていた。そこに、不払いとくれば。
普通の金貸しなら、雪だるまにされる所だ。
必死になっていなかったのだ。失敗した事がなかったから。
なんでも真剣にやろうというのは。失敗した事がある人間なのだろう。
そんな簡単なこともわかっていなかったのだ。




