170話 王都前にて1 (アルーシュ)
この世に、戦争が無くなることってあると思いますか?
俺は、無くなることがないと思ってます。
でも、目指すべきだって? のんのん。
生きている限り、人間が他者と居る限り。それは無くなりませんて。
上下に美醜。立場、貧富。どれでも他人とぶつかり合うやら。
敵は、どこにでも居るわけです。それがわからないようであれば、滅びるしかない。
違いますか?
あ、そうそう。ウォルフガルドの人たちは、良くわかってなかったみたいです。
まさか、犬人族に攻められるとか。想像してないとか。もうどうしたらいいのやら。
セリアの国でなければ、攻めこまれた時点で退却するべきなのですよねえ。
迎撃する戦力が貧弱過ぎてお話にならないといいますか。
え? 守れよって? そんな。バリアでも持ってないと。
個別に結界を張って、敵を焼く。
そこまで万能な能力は……。ロシナに期待しちゃいます?
いやいや。ロシナのバリアって、本当にバリアのみですからねえ。
バリアで洗脳とか、バリアで解錠とか、バリアで読心とか。できませんてば。
できたらいいんですけど。本当にバリア機能だけなので、移動する能力にも欠けてます。
国全体を覆うとかできるといいんですけどねえ。そんなバリアが欲しいです。
そんな最強なバリアが、あるといいんですけど。
どうにかしてくださいよ。犬人族さんを。
妙な武器といい。剣を飛ばしてくる勇者といい困った要因が多くて不安です。
万能無敵に見える俺ですが、最大の弱点があるんで……。子供という身体。
年齢。考えると、何か見えて来ませんか?
強敵が出てくると、ストレスが溜まってしょうがないんですが!?
ま、敵を舐めてたセリアとかこの国の人がツケを払っているので。
俺としては、精一杯頑張りますけど。
◆◆◆
壁の向こうには、敵。だが、穀物を犠牲にしてまでも争う時期ではないだろうに。
必死になって、まだ育ちきっていない稲を刈り取っては壁の内側へと運んでいく。
これは、ひどい。
アルーシュは、思った。ウォルフガルドは、平和ぼけをしていると聞いていたが。負けて、飼いならされる犬の如き有り様だったとは。セリアは、考えていなかったようだ。どうせ、己が駆逐してしまえばいいとか。そういう風に考えていたに違いない。
確かに、他国の軍隊が駐留するのは恥辱の極みなのかもしれないが。それはそれで、対策、対案を持って事に当たっているのではないのか。ミッドガルドであれば、核となる7色の騎士団とそれを補う特殊兵団が存在する。
白騎士団が最も大きくて巨大だ。白銀から白金、白雪やらとどんどんと内部で細分化されていたりする。
騎士団長もそれぞれに居たりするので、ものすごく金がかかる。専属の軍人を育成するのは、そう。時間も金も異様に食うのであった。
今ならば、大陸制覇に向けて動くのもいいだろう。
予定では、10年後を目処にラグナロウ大陸を制圧するつもりであった。しかし、そんな計画も大して意味はないのかもしれない。ユークリウッドが居さえすれば、ひょっとすると制圧せずとも修復が可能かもしれない。
さても、都合を読まないのが周囲というものだ。
シグルスは、これ幸いとばかりに軍団を向けてくるだろう。派遣してくるからには、金を払う必要がある。彼女の腹積もりでは、どれだけの資金を調達できるのか。それを計算しているに違いない。転んでもただでは、起き上がらない少女だ。
困った事に、頭が回る。女は、頭がからっぽと言われるけれど。
「軍団がなくて、住民を戦わせるとは……。ひどくないか?」
「がはは。やむえんでしょう。全員出撃。これに優る兵もありますまい」
この男。ウォルフガングは、住民が死のうと知った事か。というような王だった。これで、王が務まるのだからとんでもない国である。住民を守るのが、騎士であり、王の努めではないか。喉元まででかかったが、さても守れないとなれば全員で出るというのは効果があるだろう。
まあ、男だけの出撃だが。老人、子供と言わずに棒だか剣だかを持たせて立たせるとは。
そして、城壁の外にある穀倉地帯に目を移すと。
「刈り入れている暇もないか」
津波のように敵は、視界の端に現れた。迎え撃つのも、必死ならそれを奪おうという連中も必死だ。
食べ物を手に入れれば、勝ち。奪われれば、負け。そういう戦いで、そういう戦争であった。
ちなみに、空中に浮いている飛空艇の数だけでもウォルフガルドがやばい。制空権を制している方は、上から一方的な攻撃が可能になる。その辺を理解しているのか。そんな事もウォルフガルドの王は、考えていなさそうだ。殴れば、なんとかなるというような。ウォルフガングは、それでもいいのだろう。殴る俺、かっこいいみたいな。なんとも度し難い王だ。
聞いてみると。
「どうするのだ。あれは」
「がはは。近づいてくれればいいのだがなあ」
石でも投げて、落とそうというのか。そういう考えだから、やられるのである。
国境の河から、王都までは短い距離でもないというのに。
宣戦布告もなしに、奇襲を仕掛けてきた。1日もかからずに王都まで達するとは。
敵ながらに、天晴な進軍速度だ。通常の軍隊ではない。
あれか。
「どうやら、ただの軍隊ではないようだな」
「がはは。黒い箱か。あれが、動いているようだな」
箱から出てくる球が、壁に直撃する。恐ろしい。そのようなものを使う人間が。まさか、有翼人たちの入れ知恵か。明らかに、この世界とは相容れない兵器。それが為に、有翼人たちは下界へと放逐されたというのに。地を這う堕天使たち。その正体が、有翼人どもの成れの果て。所謂、禁断の果実を食したアダムとイブというわけだ。
科学という知恵の実でもって、世界を混乱に陥れる罪人でもある。
動く箱を日本人たちは戦車という。
箱は、上に筒を備えていて有翼人が使っていた兵器に似ている。足がついていなかったりするが。
些細な違いだろう。コーボルトの方は、ひっくり返せば起き上がれないに違いない。戦車と戦いなれたミッドガルドの兵ならば、物ともせずに戦う事もできるだろうに。スキルもなしに生身の獣人がどうして勝ちを得られようか。得られるはずもなし。
剣で殺しあう世界に、持ち込まれたのは砲弾だった。誰が射っているのか。もちろん、敵であるコーボルト軍だ。前線では、既に動きがあって前進していくが。どうして、立ち向かえるだろう。
太刀打ちできるはずがない。鉛の弾丸を撃ち込まれて、先頭からばたばたと倒れていく。敵の攻撃は、自由自在に義勇軍を崩壊に導いているようだ。ただならぬ相手に、空中からは飛空艇から出てきたと見られる敵の空中騎兵部隊。
負ける。神力を使えば、いい勝負ができるだろうが。それでも獣人たちは、殺されてしまうだろう。
そう。果敢にも、弾丸に向かって突進していく獣人たち。
戦いにならない戦いだったのだ。卑劣にも、敵は銃を使っている事は間違いなく。
騎士団を連れてくるべきだった。今からでも間に合う。いや、空中での戦闘ならば同じ飛空艇を持ってこさせないといけない。時間がかかる。敵に準備があり、ウォルフガルドとミッドガルドには準備がなかった。初撃で、大ダメージだ。
この痛みは、10倍にでもして返さねば割に合わない。
ユークリウッドはどこだ。固まっているのなら、好機。彼に、【太陽柱】でも使わせれば瞬く間に殲滅できるであろうに。
遮蔽物を持たせて、かの軍勢ににじりよる兵たち。
いけない。上からの攻撃で、爆発が起きたのか。削られていく。
狼獣人たちは、勇敢だ。銃弾にもひるまずに、鋼鉄の盾で食らいつく。
敵は、それを黒い箱で押しつぶすのだが。断末魔の声が、壁にいるアルーシュにまで聞こえてきそうだ。
戦う? 怖い。 何時も、ユークリウッドの壁に隠れていたから。
彼がいれば、安心だったのだ。こうも、精神的に寄りかかろうとは。思いもしなかったろうに。
敵の得体の知れない戦闘力に、すくみあがっている。鼓舞しなければ。前線が崩壊してしまう。
「ふふ。うん。いくか」
「がはは。いいのか? 指揮を取る者が居なくなるぞ」
お前が、王だろうに。とは、口に出せない。肩をすくめて、地面へと飛び降りる。
本当は、魔王が出てくるのを待っていたのだが。こうも慎重な魔王がいるだろうか。魔王リヒテル。厄介な敵だ。正面には、コーボルトの軍勢。裏手には魔王。ウォルフガルドは、それだけではない。蟹人の軍団も南から迫っている。時を同じくして、南西からはライオネル。
もはや、狼獣人たちが国を見捨てて逃げてもおかしくない状況。
(やむえん)
なるべく温存しておきたかったのだが。こうなっては、仕方がない。
アルーシュは、手を合わせると地面に手をついた。
すると、木の根が如く稲が膨らんでいく。手前だけではない。一斉に、地面から生えていた草木が盛り上がってウォルフガルド兵を包んでいく。と一緒に、敵の黒い箱をひっくり返す。
(みたか、樹木育早。急造な上に、草木の寿命が10分の1になってしまう……)
前進するしかない。アルカディアとの戦いでは、常にユークリウッドかセリアが居た。
今は、フィナルもエリアスもいない。困った事に、担当する範囲が広がったせいだ。
空間転送器が使えれば。ブリタニアとミッドガルド間だけでは、足りない。ラトスクだけでも足りない。
何とかして、彼を説得せねば。
(味方が、弱いというのがこれほど邪魔とはな)
敵の邪魔をする。
あまり、効果的とはいえないが。敵からの砲弾を防ぐ壁くらいにはなるだろう。
そして、火計に強い。成長した稲だけに、水分をたっぷりと含んでいるから。
火を放ったくらいでは、大火事にも至らない。とはいえ、食べられなくなってしまうのは痛い。
敵を誘い込むには、範囲が広すぎる。かといって、やらねば味方の兵が全滅だ。
どれくらいの兵が生き残るだろうか。セリアが知れば、やはり怒りに満ちた拳を振り下ろすだろう。シュバルツを動かせば、敵を根こそぎ排除できそうなものであるが。黒い箱に緑色をした箱。厄介だ。
箱からは、兵士が出てくる。と、剣と銃を合わせたような武器を向ける。
ああ。
どうにもならない。戦いですらないのだ。敵は、恐らく。有翼人から支援を受けたか。
或いは、異世界人から何らかの兵器を与えられた部隊だ。コーボルトの兵がこれほど早く進撃してきた理由がわかった。そして、同時に味方が現れないのがおかしい。セリアが、帰ってこないとは。どこぞで、道草を食っているに違いないだろう。そして、それが道草であるとも限らないし。
浮遊城を持ってくれば、どうにかなったであろうか。といっても、大半の機能が休眠状態で機能の回復には最低でも10周期。凡そ10年は、掛かりそう具合なのだ。1000年は動いていなかったのだから、それはもう色々な部分に手を入れてやらねばならないだろう。
「ひむるな。首都を守るのだ! 進め!」
指揮官らしき黒毛の獣人が、剣を上げると。皆、呆然としながらも前に進む。
なんという強引な作戦。そして、敵の火力の前に肉塊へと変えられるだろう。
戦うべきではなかったのだ。いや、ミッドガルドの兵を撤退させた事。それ自体が間違いだったのだ。
普段とは違い、頼れる騎士たちもいない。ないないづくし。
ウォルフガルドを守るには、軍隊が弱すぎた。
軍とは、国を守る為の組織だ。国を守るために在る。
弱くては話にならないし、隣国の様子は常に把握しているくらいでないといけない。
生き残る為に。
砲弾が、着弾する。草木を生成して、盾とするけれど。攻撃する手段が、それに似た物でしかない。敵を殺すには、【食人花】を咲かせる必要があるのだが―――
(敵だけならばいいのだが。味方が居る以上、使えない。どうしたらいいのだ)
極端な話。周辺全域を巻き込んだ死のマップを作成するというのなら、可能だ。
誰彼と特定する能力のない花。ぱっくりと敵を飲み込む。
だが、味方であるウォルフガルドの兵までもが餌食になってしまう。草木を生成したところで、手下の樹木兵とて見境なく襲い掛かるだろう。つまるところ、アルーシュの術は使いづらい。使えない訳ではない。味方と敵をもろともに殺す。よって、単騎で潜入、破壊工作をするには絶大な能力を発揮することだろう。
アルーシュの能力とは木属性と闇属性。それは、土地には豊作を与え、温暖湿潤な気候さえ実現可能。それが、神族として授かった権能である。
それには、信仰心が必要で、目下の所、それを集めるのにユークリウッドの功績を奪い取っている有り様である。なにも、信仰心を集めるのにそこまでする必要があるのかというと。
(無いような気もするんだがな。くっ)
敵兵に接敵するまでに、味方は倒されている。どうにかして、混戦に持ち込めれば。
という考えをあざ笑うように、敵の火力は草木をなぎ払う事に使われている。
ゲリラ戦術が有効な局面。といっても、上からは空中騎兵が使う弓矢と銃。
爆弾。砲撃。
これらが、ウォルフガルドの兵を苦しめる。右を見ても左を見ても、死屍累々だ。
緑色一色に、べたーっと塗られたのは赤い色。どうしようもなく、やられていく。
木陰に潜んで、接近しようとも。
敵が出てこないのでは、仕方がないではないか。どんどん草木を増やして敵の周りにも、伸ばしてやるのだが。
「今だ! 突撃ぃー!」
馬鹿な。ようやく、敵を覆い始めたというのに。好機と、捉えたのだろう。
獣人兵は、死体に鞭を打って前に進んでいる。いや、文字通りゾンビとなるつもりなのか。
魔に満ちた下界だ。死ねば、動く死体になるのも魔素を受け入れてのこと。
そうなると、通常の方法では蘇生もできない。
味方の屍を超えて、ウォルフガルドの兵が進む。いやさ、10万を超えていただろう兵が。
どれほどまでに減ったのか。考えるだけで、復興が危ぶまれる。しかして、ユークリウッドはどこで何をやっているのだろうか。王都まで敵の軍勢が来ているというのに。
彼を阻むほどの敵が、そこにいるというのか。何分、情報を収拾しているシルバーナと与作丸からして魔王にかかりきりだった。彼らの情報網をもっと広げるべきだったのでは。
いや、接している国だけに諜報網を広げているだけなのだった。
今後は、もっと広い範囲で諜報活動を行わさせるべきであろう。
とにかく。目の前では、切り結ぶ兵と。打ち倒されて、動かなくなる獣人が2種類。
さても屈強な兵と謳われた狼獣人を苦にせず。
「ふん!」
敵の兵でも、一際大きい。コボルトかビッグコボルトかと見間違う体格だ。青い鎧に、角兜。
鎧は、ミスリルかオリハルコンか。というくらいに装飾が散りばめられて豪華だ。
アルーシュのそれも負けては、いないはずだが。
「ここまで辿り着いたのは、褒めてやろう。だが、ここで貴様らの歴史は終わる! 服従せよ!」
おのれ。そう言っていいのは、アルーシュのみ。余人が、いうのを聞いていられるほど安くない。
駆け出すと。銃弾が飛来する。普通ならば、やられるだろう。
しかして、木の壁を出現させると。
爆音が、木の壁に発生した。さらに、壁を。爆音が発生する。どうしても討ち取りたいのか。
定かでないが、攻撃が集中しているようだ。
砲撃。さらに、出現させた草木。砲撃を防ぎつつ、攻撃するしかない。
ティルフィングの能力は、特にないし。グラムは、火を放つだけだ。一見するとグラムで攻撃するのが良さそうだというのに。火で、樹木がなくなってしまう。すると、残されたのは無防備な身体だ。
(弾丸まで蒸発させられれば、いいが……。そもそも、獣人どもの)
どぉんどぉんと着弾する音がする。土砂が、顔面に吹きかかるのも普通なら損傷を受けるだろう。狙いが、定まっているような。
敵の意識は、全部がアルーシュに向かっているようだ。どれほどの敵意を集められたか。
目立つので、色を変えろと言われるが。そんなつもりは毛頭ない。目立つ程に、いい。
金ピカだけに。大将首と、踏んだのだろう。簡単には、討たれる訳にいかない。
援軍がくるまで、なんとかしてここを守らねばいけないのだ。
(いでよ、樹木兵!)
簡単なゴーレムだ。杉の木に手足が生えたというような感じである。武器は、相手に取り付く。などあるが。木属性の神術で、簡単な命令しかきかない。
なんというか。前に進めだとか。複雑な命令をこなせるコアを持たないタイプである。
巨大な物を作るには、周りに味方が居すぎる。これほどまでに、味方が邪魔だとは。
己の防御力の無さが、恨めしい。
銃弾は、壁にひっきりなしにやってくる。空からは、矢が。避ける。傘状にするべく、樹木育早を使うともそれがいつまで持つのやら。前に出ている兵は、ひょっとするとアルーシュだけかもしれない。
(ユーウとセリアの奴。どこで、何をしているのだ! 後で、お仕置きだな)
目立っては、いるようだ。しかして思う。どうして、ミッドガルドの王子たる己がこんな所で1人戦っているのか。癖なのかもしれない。木片を切り取って、接近する敵兵に投げると。
「い”ぎぃ」
当たった。一旦、命中するとそれでもって操る事ができる。さても不思議な動く死体と。
顔が、緑色になっていく。さてさて、ショウタイムか。だが、そんな思惑を遮る声が。
「お覚悟!」
おお。空中から、飛び降りてきたのは竜騎士か。騎獣を捨てて、飛び降りてくるとは。
槍の穂先を見ながら、敵の砲弾が直撃して死ねよと。考えた。




