169話 橋の上8 (ネリエル)
どうも、思いっきりブーメランが突き刺さっているんですが。
どうしたらいいんでしょう。いや、負け戦とわかっていても何とかしないといけない訳でして。
自分1人で戦わないといけないとか。拷問です。
え? みんなで戦えばいいじゃん、て? わかります。武器を持てば、戦えるとか。
そう思いますよね―。でも、実際には訓練された兵士とそうでない兵士。
どっちが戦えるかなんてすぐに想像がつきそうなものでして。
いや、この状況をもたらしたのはお前だろって言われるとぐうのねも出ないのですが。
うん。駐留している他国が軍隊が嫌なのはわかるんですよ。
でもね。その軍隊が担っている国防力。これを無視して撤退させると。
どうなるかって、そこの所を無視している人が多いようで。
あ、ウォルフガルドでの話ですよ? そうウォルフガルドさん。
この国は、軍隊が精強だなんて言われていた訳ですが。蓋を開けてみれば、体勢が整っていないとか。
いくらなんでもセリアが1人で戦って他の獣人たちがついていけるかというと。
無理。
弾幕をかいくぐって接近戦をするとかね。マジ無理ですから。
普通の獣人さんとか、肉塊になっちゃいますよ。
駐留していた軍隊のお陰で攻められなかったという。いや、いや。
どうして、現実がわかっていないお花畑さんたち。
あ、ウォルフガルドでの話ですからね。これ。
◆◆◆
駄目だ。
ネリエルは、思った。敵、コーボルト軍は空中からも攻めてくる。対するウォルフガルドの兵はというと。
「くそっ。暗くて当たらねえ!」
そうだ。敵は、空中から矢を明かりに向かって放っているだけで効果がある。屋根のついた砦を作るべきだったのだ。四角に覆われた石壁の砦は、一見すると強固なのだが。空中からの攻撃で、死人がばたばたでている。
口から泡を吹いているから、毒が入っているのだろう。壁の覆いが出来ている場所に退避できる数とて限られている。応戦できるのも、空中に上がれる騎兵とて少ない。その少ない数にネリエルが入るけれど。指揮を取る以上に、混乱が激しい。
味方は、壁に上がって応戦しているのと。それから扉の前で待機する兵士たち。その頭上からは、敵の空中騎兵の攻撃だ。ひどい話だ。味方は、500程度だというのに敵はその何倍もいて逃げる事もできないとは。
手当をするも、毒を受けた兵士は無事で済むまい。
「壁に寄って、迎撃させろ。それから、傷ついた兵士を建物の中に。援軍は、期待できないが望みは捨てないように」
副官の男は、無言で外に飛び出していった。同じ黒狼族だ。逃げるのなら、とっくに逃げている。
どうしてこうなったのか。それは、もちろん他国の侵略を想定してなかった甘さにある。この後に及んでそんな事を考えても意味はないのだろうけれど。
矢は、ひっきりなしに降ってきて。それを切り払うのも苦労がいる。敵は、降りてこない。
そして、壁に取り付かれたようだ。上からの攻撃に加えて、門への攻撃が始まる。
もう、駄目だ。
砦は、陥落し敵によって蹂躙されるだろう。皆殺しにあうのは、想像に難くない。
門の上へ駆け上がると、そこには敵兵と切り結ぶ同族たちの姿があった。
「はあっ」
裂帛の気合を込めて、手斧を敵に叩き込む。接近している敵との得物は、短槍か長めの斧がよい。
1人。犬耳を生やした革の兜を押しつぶす。
また1人。鉄甲をはめた戦士か。とんがりのついた兜をかぶっている。敵の隊長クラスだろう。
周りに立っている兵士を斧で縦に斬ると。
「むっ」
気がついたか。周りに登ってきた鉄甲をはめた兵が集う。味方は、少ない。
と、どぉーんと銅鑼でもならしたかのような爆発音が背後でする。
振り返る訳にはいかない。
【短打】か。
鉄の爪をまっすぐに伸ばしてきた兵士を斧で受けて、返す刃で胴を切り裂く。
1人。
「貴様ぁ!」
横薙ぎの一撃。それを受けて、みぞおちに蹴り。敵は、もろに受けて壁から落ちていった。
「ほう。女だてらに、戦場に立つか。それなりに楽しめそうだな?」
「……吐かせ」
剣戟の合間にも、味方が減りつつある。敵は、1人に4人で襲ってくる。そんな状態で、どれだけの兵が立ち向かえるというのだ。1人、1人なら敵しないであろうに。自然と、涙がわいてくる。
間合いを詰めれば。敵は、鉄の靴で攻撃してくる。中段だ。早い。なぜだ。当たる。敵の攻撃を躱すはずが、間合いを誤った。敵の足は、早い。そして、【鈎手】それを上下に分けてくる。
「くっ」
「おしい。だが、落ちなかったのは褒めてやろう」
手練だ。
【肘打ち】
砦の壁は、高い。落ちれば、死ぬ事だろう。そして、壁が揺れた。
「なんだ?」
好機だ。敵は、何かに気を取られた。そして、それに意識が向いているようだ。なんと、間抜けな。
【強化】を使って斧を首筋に叩き込む。だが、
「なんの!」
【回し受け】か。
しまった。敵の誘いだった。それを逸して、下段からの蹴りがやってくる。
右の片手で、それを受けると。勢いを殺しながら、回転する。刹那に、斜めからの斬り下ろし。
男は、それを見て避ける。どうして、決着が付かない。組みついて、地べたにて決着をつけるべきであおるか。
「これは、どうして。侮れん」
ネリエルのセリフだ。しかし、言っている暇はない。周囲をじりっと囲む敵兵。
犬人は、上下に振る短打を放つ。踏み込みは狭くとも、ネリエルを削ろうというのだろう。時間をかければ、不利になるのはネリエルの方だ。しかし、それを無視して攻撃を当てるのが難しい。死んでは、相打ちでは、意味がない。
振動だ。地震のよう。まるで、天災のようなそれ。
悲鳴が、聞こえてきた。誰のか。獣人だが、犬人たちの叫び声だ。ぐるりと囲む兵が。一斉に来られれば、ネリエルは死ぬだろう。
「せめて、貴様だけでも討って首をいただかねば割にあわんよな」
何を言っているのだろう。今、死地にあるのはネリエルと砦の兵士たちの方で攻めてのコーボルト兵は優勢に攻めている。内側に向かって、突進した。
「そうくるか!」
やらせない。と、思っているだろう。しかし、
「ぐるぁあああ!」
獣化だ。足だけを獣化させる。ネリエルが、黒狼族を代表してユークリウッドの番に選ばれたのには訳がある。稀にみる身体操作能力。これに、
「ぎゃっ」
犬獣人の鈍色を蹴飛ばすと、そのまま壁の下へと飛び降りた。
下にいたのは、敵兵だ。既に、下へと降りていたらしい。ネリエルにとっては、クッションになるだろう。それを踏みつけると、背後から槍が飛来する。敵の追撃だ。そこを横にずらす。敵が放ったとみられる鈍色は、過たず敵兵を貫いた。
振り返れば、何かが壁を疾走している。上半身は、赤。下半身は黒。なんとも奇妙なゴーレムだ。
(なんだ?)
ゴーレムは、光を放っている。そして、光が放たれる度に爆音がしていた。耳が割れそうなくらの爆音だ。近寄ってくれば、その異様さがわかる。まるで、下半身は蜘蛛のように多脚。上半身は、細い女のような風。手には槍を持っている。そして、それで払われると。
肉片が降ってきた。先程、ネリエルが戦っていた場所だ。ぼこぼこと、砦が変わっている。
見れば、上空からの攻撃を防ぐようにして半分ほどが覆われいていた。ネリエルが居た場所が終点か。
敵は。内部に入りこんだ兵だけでも、今の時点で同数か。500いた兵が300かそこらに見える。
幸いに、扉を破られた場所は持ちこたえているようだ。
斧を取ると、駆け出す。
敵なのか味方なのかわからない。しかし、セリアがいるではないか。
味方に違いない。苦境だが、ここを守りきれればセリアの覚えもめでたいものになるだろう。ゆくゆくは、女王だ。
それに付随する忠誠とは、目に見える形で示されるものの方が大きいのだから。
ふと、近寄ってくる男がいる。アキラだ。
役に立たない男だ。これで、アルに近寄ろうと擦り寄るという。
力もないのに、野望だけはでかい。ハーレムを築くという。
そんな事ができるはずもない。
なにげに、買われた事を忘れそうになるところだ。
「生きていたか」
「勝手に、殺すんじゃねえ」
怪我はしていないようだ。結婚相手には、役者不足も甚だしく。
婚前交渉など、ありえない。ネリエルの肩には、一族の浮沈がかかっているのだから。
後ろには、肩に矢を受けたチィチの姿がある。獅子族であるところの彼女もまた戦争とは無縁でいられない。南からはライオネルが迫っているという。ウォルフガルド存亡の刻だ。
砦にこもる兵士は、よくやっている。怪我人の手当をして、復帰させようと頑張っている。砦を落とすには、3倍の兵力が必要だ。もっとも、兵力は3倍で効かない兵が攻め手になっているので。陥落は、時間の問題だろう。
あのゴーレムは、壁の上から姿を消していた。
「あれは、何なのだ?」
「知らないぜ。俺に聞かれたってな」
「まったく……。ユークリウッド様とセリア様は、まだ戻られないのか」
すると、顔にこびりついた血糊を拭き取る男が、
「さっきのあれがユークリウッドくさいけどな」
「なんで、そう思う?」
「あいつが、こんなピンチを見過ごす野郎だとは思ってねえ。力を隠しているみたいだから、他人に知られないように変身してるんじゃねえの。そうすると、あれが一番あやしいじゃん」
なぜだ? 力は、見せつけてこそ力、足りうる。力を示さないユークリウッドが番とは片腹痛いと、父親に言ったものだったが。もしもそうならば、ネリエルの目が曇っていたという事だ。
(馬鹿な。そんな馬鹿な。ただの魔術士風情が)
力を持ってこそ王。力を振るってこそ王。
そして、王こそ伴侶足りえる。たとえ、妾であろうとも。
アキラは、まるで力がない。個人としても、普通の男だ。
一族を任せるのは、まるで役不足。
さても、裏付けるようにして。
敵兵が、壁の上にでてこない。そして、上空から降っていた矢がこない。それに加えて、上空を我が物顔で飛んでいたコーボルトの空中騎兵たちが姿を消している。
一体? 何が起きているのだろうか。ネリエルは、頭をフル稼働させるが。頭が、現実についてこない。
敵がどんどん居なくなっている。正面で切り結んでいた兵士たちが、門の外に打って出ようとしているのだ。留まるべく指示を飛ばすのが、ネリエルの役目だ。
「待てぇえええ!」
絶叫を上げるが、先頭の勢いが止まらない。どういう事だ。
外では、何が起きているのか。コーボルトの兵が逃げはじめている。
優勢だったではないか。味方は、疲労が溜まっている。攻めるには、今がチャンスではない。
疲労を取らねば、返り討ちだろう。
だというのに。流れか。外に出ると、松明がそこらに投げ捨ててあった。平原と、そして何かがあった。
コーボルトの兵を追って、味方の兵が走っている。統率も糞もあったものではない。どんどん追って、隊が四散してしまいそうだ。味方は、平原を橋に向かって逃げるコーボルトの兵を追っている。疲労を気にしていないのか。
止めようと声を上げるのだが。
「こりゃ。計略じゃねえ?」
「そうか。そう思うなら、少しは見直すぞ」
誰も彼もが、まっしぐらに走っている。追いついた犬獣人を組み伏せては、首を落とす。
首だけが、首級だ。首をぶら下げている狼獣人のなんと多い事か。論功行賞は、間違いなく黒狼族に有利に働くに違いない。とはいえ。敵が、なぜ逃げているのか。
平原。暗くて、全貌が見えない。敵の死体らしきものが、地面に落ちている。空中から、雨が。
血だ。誰の血だ。ぱらぱらと降ってくるそれは、矢でなくて。
赤い。
「平原が?」
よく見ると。赤い松明の篝火が少ない。壁の上からでは、平地を埋めるようにしていたはずの敵の姿が。
そこには、まばらにしかない。そして、動きがない。生きていないのか。まさに、そのように見える。敵は、かのゴーレムによって駆逐されたというのか。
道にそって、死体が道になっているよう。折り重なった敵の兵士が、土塁のよう。
「姫様。お味方は、優勢です。このまま中央の橋まで、突っ走りますか」
「いや、一旦砦に戻ろう。このままでは、この隊が分解しかねんぞ」
「はあ。では、そのように」
家に仕える執事は、腰巻きだけの出で立ちだった。黒狼族の中でも、腕の立つ獣人ではあるが。
時に、打つ手を間違えれば隊を維持できなくなるというのに。
わからないのか。
男の名前は、ベルチーノだったか。
「敵が、崩れているんだから追撃したくなるよな」
「それが、恐ろしい。味方がどうして、勝っているのか。わけもわからないまま勝つというのも、恐ろしいぞ」
見れば、巨躯の犬獣人が頭だけになって転がっている。これは、
「異形の兵まで投入したか」
明らかに、身体の大きさがあっていない。空に見えた飛空艇も、夜空に消えている。
一体、どこへ消えたというのだ。空中騎兵を収納するでろう母艦。攻撃する手段のなかったネリエル隊には、どうする事もできなかったはずだ。そして、200か。減りに減った兵士をまとめるだけでも、一苦労である。殺戮の興奮に酔った兵士というのは。
度し難い。
「こんなのが、コーボルト軍なのかよ」
「どういう意味だ」
「上からも下からも攻めてきて、ウォルフガルドに比べたら戦力があり過ぎだろ」
返す言葉もない。ウォルフガルドときたら、軍の長老たちでも意見が分かれているらしく。
役に立たないとは、こういう連中を指すのだろう。
徴兵を止めたはいいが、予算のやりくりに困って数を揃えられないとか。
国防を何と心得ているのだ。
勝ったからいいようなものの。
そして、全部を打ち払ったのではない。北の橋を守っただけなのだ。
犬獣人たちが、さらなる戦力を投入してこないとも限らないのだから。
部下の兵で、怪我をしていな者がいないくらいだというのに。
戦争は、終わらない。
暴力が支配する大地なのだ。




