168話 橋の上7 (ユウタ)
ゲームって。
廃人ほど、慎重に情報を集めそうなものである。コミュ障では、廃人など務まらない。いち早く職をコンプするのは当然として、装備も集めないといけない。異世界に行ったら、突然社交的になったと。そんな事はない。元から、それなりに社交性があるのだ。
ただ、それがゲームでしか発揮されないだけで……。
原住民を殺して、楽しむような選択肢を選ぶようでは3流。
様子を見ながらこそこそと動き回ることだろう。恨みを買うような行動もしない。
なぜなら。上級プレイヤーは、ほぼ同格なのだ。上に行くほどに、知り合いになる。
最近、ゲーム世界? から召喚される兵隊に悩まされてます。
何なんだよあいつら! ふざけんなよ。原住民の力を思い知らせてやるわ!
ぶっ殺す、ぶっ殺す、ぶっころ、ぶっころ、ぶ、ぶぶぶ……略。
どうも、文脈が乱れている。チラシの裏に書かれた一筆は、誰のものであろうか。
貴方の戦闘力は、おいくらですか?
◆◆◆
斜めに傾いた壁を蹴破ると。
「たかが、魔術士風情にこうもやられるとは!」
という、声が聞こえてきた。
悔しがっているようだ。
ユウタの事を言っているのだろうか。わからないが、そんな気がした。
どうにも、魔力を外に出さないようにしていると舐められる。舐められるのは、嫌いだ。そして、我慢できない。とはいっても魔力を外に出すのは、勿体無い。全部、空間炉に貯めておく方が使い勝手がいいのだ。
エリアスに言わせると、基地外という。そんな事はないと反論するのだが。
「ふっ。どうやら、オデットが破城槍月でもつかったか」
傾いた砦が、そのままずれ落ちていく。壁は、頑丈な石。魔術をかけられていて、そう簡単には破壊できない。しかし、彼女は普通の槍を握っていなかった。特別な槍だ。効能は、必中。そして、投げても手元に戻ってくるという。
規格外の魔槍だ。
「そうだね。そして……生きてるみたいだ」
崩壊する砦から、オデットとルーシアが石畳を飛び跳ねるようにやってくるのが見えた。どうやら、本当に彼女たちがやってしまったらしい。ユウタの作戦では、砦から敵を追い払っておく位だったのだ。相手が、どのような目的を持っているのかわかっている。
しかし、ある段階で手打ちにできないかと考えていたのに。
そんな事とはつゆしらずか。オデットは、向日葵が咲くがごとく。
赤い槍をくるくると回して、腰の裏に手をおくと。
「やり過ぎたであります」
「やってしまったのは仕方がない。向こう側に帰るとしよう」
槍は、しとどにただ濡れていた。真紅の糊が、鎧のあちこちについている。かなりの獣人を手にかけたに違いない。幼女だというのに、このような事に巻き込んでよかったのだろうか。彼女は、ユウタと関わらなければどこにでもいるようなパンを焼く娘で終わったはずなのに。
不思議そうに、眼帯を弄っている。気が付かれただろうか。
「ふっ。どうした」
「いや? 転移門を出すよ」
と、光を放つ門を出した時。
「やらせん! ふんっ」
男か。この事は、ゼーメルドだ。投げたのは、爆弾か。それを空中で、迎撃する。手から伸びた稲妻が、過たずそれを破壊する。爆音が、宙に響く。てっきり、砦とともに圧死したと思いきや。死んではいなかったようだ。裂帛の気合を込めたとみられる鉄球。男は、叫び声を出す。
「おお!」
片手を失ったというのに、鈍色の兜を被ったゼーメルドが鉄球を投げつける。かなりの距離だというのに、鉄球がセリアの拳で迎撃された。鉄の破片が、周囲にばらまかれた。
「なんと。でたらめな」
鉄球の方が粉砕されて、粉々になって風に消える。少女の方が、鎖を握った。それを見てか、慌てて鎖を放す。掴んでいれば、そのまま死亡していたであろう。
「将軍……ご無事で」
更に、もう2人。犬人と牛人が加わった。崩壊する砦に巻き込まれなかったのか。もうもうとけぶる、只中にて決死の形相だ。砦を落とされれば、彼らの面目も有ったものではないだろうし。さらには、
「むっ。グリフォンか。ここは、私に任せて帰還しろ」
「いや、こういう場合は僕が」
「対岸が気になる。南の橋が落とされているかもしれん。そうなると、平原には何もない。ユーウがなんとかしろ」
「そういう事なのね」
南の橋を守る守備隊が負けていた場合。どうなるのか。当然、王都に向けて進軍するか北上するか。
相手の連携次第だ。そして、この砦で遊んでいる間に帰る国が無くなっては間抜けという者だろう。
「じゃ、後で」
「ふっ。派手にやるなよ」
返事はできない。何しろ、王都に向けて敵の軍隊が侵入しているとかいう事になれば予定が大幅に狂う。
1人の侵入者とて生かして返すはずがない。憐れにも、橋の上で骸を晒しているウォルフガルドの兵士。
救うとて、命を戻すとて、容易ではない。
光の門を抜けると、そこには右往左往する兵士たちだ。何故、慌てているのか。篝火に照らされたそこには、矢が降ってくる。天井が無いせいだ。とはいっても、急造の上に明かりを用意するのは難儀だ。どうするべきか。そして、何が起きているというのだろう。
砦を襲っている敵がいるのか。矢を払いながら、壁にある階段を登ると。
眼下には、無数の松明。敵か。背後を取られたという事か。
南側に向かって、地面を埋め尽くすような敵だ。
昔なら、びびって援軍を待っていただろう。しかし、今はその必要がない。敵が現れたが、問題はそこではなくて味方が問題だ。殺されれば、それだけ復興が遅れるという訳で。これ以上の死者を出さないようにするには、どうしたらいいか。ユウタ自身が、皆殺しにしてしまえばいい。それでいいのかどうか。
敵を討ち、味方を守るのだ。それが、正義。正義の味方になろうとは、思わない。何しろ、人の数だけ正義があるのだから。コーボルトの考えは、だいたい読めてきた。敵、ウォルフガルドの穀倉地帯を奪いたいのだ。つまるところ、食料の奪い合いである。
そこに、正義がある。相手、ウォルフガルドに。生きるためだ。そこに、正義があるとするならばどういう正義になるのか。殺し殺される混沌があって果てない闘い。生きるための理屈を投げ出すのなら、敵を退けなくともいいのだが。
橋を破られたのは、後手だった。まさか、これほどの戦力があるとは。セリアの国だから、軍隊も強いのだと思っていたのに。完全に、勘違いだったのかもしれない。同じ獣人同士でも、コーボルトとウォルフガルドには因縁が有りそうだし。
「どうするでありますか」
眼帯をした幼女は、心配なようだ。それも、そうだろう。砦の扉には、今も破城槌を抱えたコーボルト兵が取り付いている。防衛を任せたはずのネリエルは、姿が見えない。傷を追って下がったのか。アキラの姿もなかった。
さても、不甲斐ない。
「変身しよう」
「え? なんでであります? 魔術で薙ぎ払ってしまえば、簡単であります」
「んー。消耗したあとだと、結構大変だし。インパクトって大切だよね」
「そうでありますか。では、ロボットで合体するであります」
考える。魔術を使用して、魔王が現れた場合。またも、取り逃がす可能性がある。といって、温存していたらウォルフガルドが蹂躙されましたと。それでは、話にならない。アルにも詰問されるだろうし、シグルスからは叱責を受けかねない。セリアからは、失望の目で見られるだろう。
魔術を連発すると、派手だ。相手は、何が起きているのかわからない内に死ぬだろう。
魔力の残量が足りなくなってしまう可能性がある。
竜化を使った場合どうだろう。
竜になると、理性が保てない。却下だ。獣性というのか。あれが、意識を支配して何をしているのかわからなくなるのだ。なんでも壊してしまいそうである。
鎧化か。結局、これが一番のようだ。
「んと、それで。どうして、わくわくしているのかな」
オデットが、鼻の穴をひくひくさせている。興味津々だ。ロボットになるには、変身する必要があって服がなくなったりする。服が無くなるのを期待しているとは思いたくないが、彼女はどうして拳を顔の前で揃えているのか。
「わー。何時見てもかっこいいでありますー」
「中に入っていいのかな)
(いや、中には)
と、眼帯をした幼女は頭を持ち上げる。中は、空洞のはずだ。中に入れば、能力がアップするが。セリアくらいだ。合体したのは。
「噂に聞く、深淵の闇に突入であります!」
(え?)
一体、何の話をしているのか。オデットと話が咬み合わない。中に、入るなと。言おうとしたのに、中に入ってしまったようだ。足が膨れ上がる。真っ黒な足になってしまった。上半身は、ピンク色だ。おかしな配色だろう。どう見ても、気持ち悪いだろうに。
敵は、眼下にごまんといる。松明の篝火をめがけて矢が雨霰。敵の攻撃が激しくて味方の兵は立っている方が少ない。皆、砦の壁を諦めてしまっているのか。囲んでいるのは、南の橋を渡ってきた敵の軍団だろう。はっきりいって、勝ち目というと。
(大丈夫なのかな)
きっと、ユウタがなんとかするしかないのだろう。
色々な意味で。
(駄目だ)
置いて行かれた。
屈辱的だが、仕方がない。役に立たないと言われれば、そうなのだ。
砦を守るという話になっている。濃い栗毛をした少女が兜を被ってあれこれと指示を出している。アキラというとそれを横で見ている有り様だった。
そもそも、軍隊を指揮するなんて無理な話なのだ。
敵の兵は、どれほどいるのか。それからしてわかっていない。いきなり指揮を任されたネリエルはよくやっていると思う。斥候を出して、南の方にいるはずの味方と連絡を取る。とか。南を見ると、薄暗いというのに橋で戦闘をやっているらしい。
押し返したなら、南の援軍に行くべきだったのではないか。
地平線の彼方に消えている味方に思いを寄せる。敵が、そこを破って来るにしても時間がかかるだろう。
「大変です! ネリエルさま!」
1人の男が息も荒らげに走り寄ってくる。ただならぬ形相だ。悪い知らせなのだろう。
「どうした」
「それが……。中央の橋ボートヴィヒが突破されました。お味方は、全滅との事!」
「なんだと? 援軍が向かったのではないのか」
「援軍ともども、敵軍に敗北したらしく……。無念です」
やばい。中央を抜かれたのは、不味すぎる。まずは、真ん中を抑えて上下を封じた方がよかったのではないか。敵の軍勢は、その余波を駆って王都にまっしぐらに進むか。それとも、北上してくるか。どちらにしても、苦境だ。そして、味方は500をきっている。
「王都には、連絡が行っているのだろうな」
「それは、もちろんでございます」
側近となった黒髪の獣人だ。黒狼族出身と見られる黒い髪を後ろで結んだ兵士。名前は、何といったか。 味方が少なくなっているというのに、残っているのは黒狼族という矜持があってのことだろう。支配部族で軍隊を固めるのは、こういう場合に有利に働く。そして、そんな事もわかっていなかった。
形勢は、圧倒的にウォルフガルドに不利に見える。
ユークリウッドを知らなければ。彼がいればどのような形勢からでも挽回できそうだ。
アキラは、考える。今できる事を。
1つ目は、死霊魔術を試みる。
無理だ。魔力が少なくて、とても使用できない。
2つ目は、召喚魔術。
これも、召喚する魔物がいない。テイマー系列のスキルだと、わくわくしたのに。
3つ目。もう、毒くらいしかない。毒スキルを矢に塗って、敵軍に放つ。
敵も毒を使っているだろうから、あまり意味がない。
とどのつまり、アキラにはこの局面をひっくり返せるようなスキルなんてなかった。
上空から、影が差す。
「敵か?」
そう。敵だ。敵は、空から見下ろすように旋回していった。
周りを見ると、見上げるばかりで何かができる兵はいないようだ。矢を構える兵も居たが、放てど当たる様子がない。斥候なのだろう。味方には、鳥獣を騎馬としている兵がいないのか。応戦する兵がいないのを見て取ったのか。
ユークリウッドくらいしか応戦できそうな人間はいない。
空中だし。アキラは、空を飛ぶ事ができる鳥馬を持っているが。
「よせ」
「なんでだよ」
「敵の懐に入り込んでくる度胸。侮れないぞ。貴様は、空戦の経験があるのか?」
「ないな。でもよ。このまま返したら不味いんじゃないのか」
「それは、そうだが。敵を追いかけるには、不得手なのだ。乗れるが、飛んで戦うとなれば不覚を取るかもしれん」
ネリエルは、慎重派だった。そうして、旋回するのを見ていると。敵は、何かを投げてきた。
黒い瓶だ。
「迎撃しろ!」
すぐに空中で、火に包まれたが。それが、敵の狙いだったのかもしれない。燃え盛る瓶の中身が盛大にぶちまけられた。恐ろしい。火は、誰にも被害をもたらさなかった。けれども、その燃える液体を鑑みるにガソリンか燃焼する液体には違いない。
それを砦にぶちまけられればどうなるか。もうもうと立ち上がる煙が、砦を埋め尽くさばどうなるか。
「嫌な相手だな」
「ああ。火を消したら、どうするか。皆に伝えねばなるまい」
「どうしてだ?」
「どうして? ここにいれば、全滅する可能性が高いからだ。皆、家族がいるだろう。逃げるのは、自由だ」
「おいおい。逃げてどうするんだよ」
不満だった。男なら、残って迎撃だろう。転進だとか。ありえない。
「貴様は、皆に死ねというのか?」
「そうだよ。国を守るっていうのは、そういう事だろ!」
「そう言えればいいのだがな」
砦の中は、早くも暗い雰囲気だ。陥落したわけでもないのに、負けたような。
そんな感じで始まれば、負けたも同然だろう。だが、アキラにもこの局面を打開できるような方策はない。なのであったが、逃げようという獣人は数名のみであった。
といっても、逃げても一緒だという事もあったろう。すぐ先には、肥沃な平野と王都が待ち受けているのだ。ミッドガルドの軍隊を追い返した結果が、これとは。なんとも皮肉な結果である。この責任は、一体誰にあるのか。セリアかユークリウッドか。どちらでもなくて、獣王か。
この国を守るのは、この国の住人ではないのか。
「味方の軍隊は、こないのかよ」
「再編中で、義勇軍を募っているらしい。これは、いよいよ駄目かもしれん」
今頃になって義勇軍を募っているのか。敵の侵攻が早いとはいえ、国境の砦がこうも脆いとは。
ミッドガルドに占領されていたとはいえ、軍隊が弱すぎる。ユークリウッドは帰ってこない。
敵の進軍は、騎馬を使っているのか。驚くほどに早くて、壁上での迎撃戦も圧倒されるばかりだ。
雨のように降る矢を前に、味方が崩れる。敵が取り付いたのは、アキラが受け持っている方だった。
ネリエルは、正門の方だ。門ではなくて壁に穴でも開けようというのか。上空からは、鷲の頭を持つ犬獣人が矢を振らせてくる。
ばたばたと倒れる味方の兵。どこでも戦闘が行われている。砦は、陥落寸前だ。
誰だろう。戦争をなくす。と、言っていた学者は。戦争は、突然やってきた。
斬って、また次。石垣をよじ登るでもなくて、敵は夜陰にまぎれて降下してくるのだ。門を守っているとか。そういう段階ではない。チィチは、背後を守っているが。
いつでも、突然死ぬだろう。
「はっ」
右も敵兵。左も敵兵。降ってくる敵の数が、どんどん増えていく。
(こりゃ、死んだか?)
死に場所は、こんな所ではない。死ねないのだ。しかし、味方はもう。
背後にいるチィチしかいないようだ。守っている兵のなんと脆い事か。
剣は、魔術を帯びて赤い輝きを放っている。
壁が揺れた。剣を振りかぶった敵を倒すのもままならない。次第に、階段まで追い詰められた。左右の通路を敵が埋め尽くしていく。ひどい。
戦いが、起きない世の中を作るとか言っていた奴。でてこい! 目の前の敵を言葉で何とかしてくれよ。
しかし、そんな事を考えても敵は待ってくれなかった。




