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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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164話 橋の上3 (ゼーメルド)

(少ないな)


 負けたのは、仕方がない。今後、どうするか。会議を必要があった。

 集まったのは、主だった騎士たち。前線で、生き残った下士官も含まれている。

 幸いにも、生き残れた獣人だ。


(皆、元気がない、か。しかし、勝たねばならん。さもなくば……)


 生贄が必要になるだろう。敗戦となれば、王から追求がある。

 挽回するには、功績が必要だ。では、どうやって功績を立てるのか。

 相手は、並の相手ではない。恨めしい。


 今、ゼーメルドの指揮する軍がこもる砦は堅牢だ。

 石壁には、魔術がかけられており並の戦士が攻撃したところでびくともしない。鼠色の石壁が橋の根本をぐるりと囲むようになっている。橋を渡ってこようという獣人にとっては、この上なく邪魔な代物だ。コーボルトとウォルフガルドを分ける関門でもある。


 取られれば、どうなるのか。それこそ、コーボルトの一大事だろう。敵はウォルフガルドだけではない。コーボルトが弱ったと見れば、どのような反応を示すのか。考えるだけでも恐ろしいが、そういった思考を貴族院は持っているのか。


(橋に、魔王が現れるなど……。計算外だぞ。とはいえ、どうにかせねばいけない)


 人口比だけで見れば、コーボルトは圧勝しているがこの先もそうだとは限らない。コーボルト王国の人口は、400万人。人口だけで見れば、200万のウォルフガルド王国を圧倒している。そして、装備の面でも鉄製の防具と武器を使っているのだ。装備だけなら優位に立っている目算で、十分に勝てると計算しての侵攻だ。


 接近すれば、以前のようにはならないはず。


(だが、どうする。魔王が出てきた以上、勇者に何とかしてもらう必要がある。だというのに……)


 勇者は、大怪我をしてしまった。しかも、治療できる術師が不足している。


 橋を守る砦の後方は、怪我をした兵士でテントが不足する有り様。白い帆を張ったその中では、火傷や怪我を負った兵士たちがうめき声を上げている。敵が使った魔術による被害が、大きすぎた。むしろ、いっそ死んだ方がマシな怪我を負っている者もいる。


 戦場で敵の剣にかかって死ぬのならば、まだ本望かもしれない。

 殺し殺される果てに、死でもって許されるのだから。

 ゼーメルドは、目を瞑ると。


「オゴトイ。どう見る?」


「どう……。そうですな。私が敵ならば、すぐにでも奇襲をかけたいところでしょう。あの先頭を走っていた騎士が突っ込んでくれば、砦すら危うい」


「ふむ」


 手を考えるに、強力な結界を使用するのがいいだろう。砦には、そのような機能もないので魔術士の意見を聞くしかないところだ。ゼーメルドは、剣に覚えがあっても魔法については疎かった。オゴトイの隣にいるジェイムが口を開く。


「よろしいですか。将軍」


「なんだ? 何か良案でも思いついたかね」


「はい。我軍の置かれた状況です。このまま座していれば、守りきれるでしょう。しかし、南の方が先に侵攻を成功させた場合。20000対1000で怖気づいたと、そのように責めに合うのは必定。ですので、私に2000の兵をお与えください。別動部隊として、上流から背後に回ります」


「ふむ。良い案だな。検討しよう」


 ジェイムは、満足した顔を浮かべた。茶色のしっぽをぶんぶんと振る辺りがわかりやすい。

 検討は、検討なのだ。そして、その程度の事はとっくにやっているのである。しかして、この事を味方であっても伏せておくのは当たり前のこと。


 できないようでは、将軍など勤まらない。

 室内だというのに、鈍色の甲冑をつけたまま座っているオゴトイを見ると。何も思いついていないようだ。ジェイムとオゴトイを2つで割れば、まだいい騎士ができるのだろうが。どこかに偏っているようでは、困る。


 怪我人が増えれば、それだけ動かせる戦力が減る。そして、先程の戦闘で減った兵士は湧いて来ない。1000人程度に押し返された挙句に、砦まで乗り込まれそうになったのだ。士気の下がり方は尋常ではない。ここで、いい知らせでもあればいいのだが。


(生憎と、そのように都合が良い知らせはないのだよなあ)


 今一度、橋を渡ろうにも日にちを置く必要があるだろう。勇者が怪我で動けないというのもある。別の勇者を派遣してもらうか。それも、南からではなくて城の方からだ。剣の勇者が怪我をしたので、交代の勇者を送ってもらう。


 普通の将軍であれば、ここで更迭されてもおかしくない。

 勝利すればいいのだが、勝利条件が上に上がり過ぎている。超える高さは、羊の背丈どころではない。魔王とその下僕。単独で倒すには、大きすぎる敵だ。ウォルフガルドの兵に絞って、攻撃を与えた結果。相手の兵も削れたが、それ以上の損害が出ている。


 また出撃となれば、どうだろう。敵は、


「砦が一瞬で出来上がるなど……。どう説明すればいいのだ」


 ありえない相手だった。土色の壁で覆われた城塞が、対岸に出現している。500まで減っているはずなのに。これでは、内部にどれだけの兵がいるのかわからない。500だと思ったら、ミッドガルド兵が5000ほど詰まってましたとか。


 ありえない出来事だけに、信じがたい。


「あれは、土の魔法です。アースウォールでしょうな」


「老師。説明できるのかね」


「ほっほ。いや、なに。馬鹿げた魔力を込めて、土を押し上げたんじゃろ。どこから、土が来ておるとか聞かんでくれよ? 儂らとて、火の魔法を使っておる。が、それがどこから出てきておるとか説明できんのでな。事象を思うがままに改変しておるのか。それとも、精霊なるものが干渉しておるのか。魔法は、魔法じゃ。魔力を帯びた言葉が、それを引き出すとしか言えんのう」


「ふむ……」


 魔術師というのは、気難しい。そこにあって、茶色の衣を羽織ったしわがれ顔の老人は白いひげをさすっている。コーボルトの高位魔術師ロスヴァイゼだ。樫の木かイチイの木か。杖に宝玉をはめたロッドを机に立てかけている。


 これで、弟子は100人を超えるというの人格者だった。ゼーメルドの抱く魔術師という人物観を変えた人物でもある。魔術師でもあるが、同時にゼーメルドの麾下にあっては、軍師役を担ってくれる男だ。使える人物は、大事にとっておくのが主義なのである。


 禿げ上がった頭に、白いひげを垂らす老人。ロスヴァイセは、禿頭の垂れた耳を弄ると。


「もしも、じゃ」


「なんでしょう」


「逃げろっちゅうんわ、いかんのじゃろうか」


「それは、また」


 周りの騎士が、絶句した。まさか、老獪な人なりで知られる老人が退却を主張するとは。

 ありえない話だが、対岸の様子からしてありえない。さては、何か掴んだのだろうか。

 ゼーメルドが知らない事情を知っていそうだ。


「こういう話をすれば、臆病風に吹かれたというがのう。命あっての物種、というじゃろ。昼間の魔法が使われたら、ここだってどうなるかわかったもんじゃないわい。見ておったか? 火属性、第一位の魔法火走りをの」


「ふむ。というと、自軍を焼いていた魔法の名前ですか」


「そうじゃ。まさか、あんなもんをぶっ放す奴がおるとはのう。魔力を全く感じない所から、一瞬で撃ちだしてくるんじゃ。魔術師たちとて、ずっと盾魔法を張れるわけじゃあないんじゃよ。そこの所は、わかっておるの?」


「ふーむ」


 困った。魔法については、疎いのだ。しかし、魔術師が長時間に渡って防御魔法を使用する事ができないのは知っている。魔力が持たないのだ。よって、相手の魔術師を視認するか。或いは、魔力の高まりを察知して魔術を用意するか。どれかでしかない。


 魔力が、乏しいのは獣人の魔術師に共通するところだ。

 そして、人間に比べても少ない。魔力が最も多いのは妖精族である。それを奴隷にできれば、いいのだが―――


(我軍には、魔術師はいる。居るのは、居るが質という点がミッドガルド兵に比べて劣る。獣人の魔力保有者をかき集めて、強引に魔術師への育成を行っているがなあ)


「さても、詠唱に火走りという魔法は時間がかかる。コーボルトで唱えられるのは、100人にも満たんじゃろう。そして、詠唱できたとしても自軍が邪魔じゃからの。戦場では、扱いずらいんじゃよ。そもそも、魔法陣を描かんといかんしのう。対大型魔獣用に開発された術だというが、儂も戦場で見るのは稀じゃ。ましてや、戦闘の最中で撃つなど想像を絶するわい」


「ふむ」


 撤退する? 冗談ではない。何とかして、勝たなければ縛り首か斬首という事もあり得る。外戚とはいえ、王家の体面に泥を塗るのだからその責を問われるだろうし。敵に、強力な魔術師が居るのはわかっている。だから、それをどうにかしなければならない。


 そして、どうしたらその術者を倒せるのか。先陣をきっているのだから、囲んで倒してしまえばいいではないか。しかし、それができない。できなかった。だから、方策が思い浮かばないのである。ユースティア橋が存在しているリヒトライン川は、横に広い。船を浮かべて攻撃するにも、時間がかかる。


 櫂で漕いで、橋以外から攻める。そういう手も、時間がかかる。埋伏した兵と複数の面から、同時に攻撃する手筈。ただし、魔術による伝令で攻撃は中止されている。対岸に、砦ができてしまった事で大幅に作戦を練り直さねばならないだろう。


 集まった面々、平静を保っているが心中は穏やかではないだろう。

 ジェイムは、鈍色の篭手を机の上に置くと。


「発言、よろしいでしょうか」


「ん。かまわん」


「苦境に陥っているのは、確かです。しかし、少数精鋭でもって敵を攻略するのはいかがでしょう。大軍を動かせば敵に気が付かれるでしょうが、複数の別動隊を動かして攻撃すれば、成功率があがるはずです」


「砦を放棄して、退却できないとなれば攻撃するしかない。しかし、複数の別動隊を作れば防御が薄くなる。そして、この際の攻撃部隊と砦を防御する部隊を編成する必要が有りそうだ。同時に、撤退する準備も進めておく必要があるだろうな。仮に、この砦を取られた際に物資を複数の拠点に動かしておくのも大事だ。各自、編成に取り掛かろうではないか」


 まとめると、このくらいか。各自で、意見がばらばらだ。オゴトイは、言うまでもなく主戦場を橋にしている。戦力で押しつぶしてしまえばいいと。だが、兵の回復には時間がかかる物だ。議論は、止まないがそれでも調整する必要がある。


 勝手に意見を言い始めた円卓。酒を持ってこさせるのもいいだろう。

 そこに。


「失礼します! 将軍、敵襲です」


「なんだと!? どこから来た」


「それが、不明です。侵入者は、どこへ向かっているのかも不明です」


「要領を得ない報告だな。して、数は?」


「数は、2人なのです。が、子供だというのに制圧できません」


「子供!? 何かの見間違えではないのか」


 子供が戦場に出てくるなど。ありえない話だ。しかし、兵士が嘘を言っているようには思えない。

 敵は、真実、子供なのかもしれない。鈍色の兜と槍を持った獣人の男は、腰を低くしている。相当な、焦りだ。


「陽動か? それとも、暗殺に来たか。兵を対応に向かわせろ」


 と、爆音が聞こえた。岩が吹っ飛ぶような音だ。敵は、


「上から、来たのか」


 角を出す格好の兜を被ったオゴトイが、斧を持つ。


「閣下、ここに居てください。我らで、排除するぞ」


 そして、兵士が入ってきた扉の向こうでは戦闘の音がする。金属音と、唸り声。絶叫が聞こえてくる。岩と岩がぶつかるときに発生する振動。砦全体が震えるような。そして、壁が崩れた。


「何奴。名を名乗れ」


 壁が崩れて、もうもうと埃が立つ。隣に控えている小姓から、剣を受け取ると。

 人影が2つ。


「ふっ。私の名前は、セリア・ブレス・ド・フェンリル。問おう、貴様がゼーメルド将軍か」


「いかにも。私が、ゼーメルド・フォン・オーフィール。コーボルト王に仕えし、騎士よ」


 剣を抜いて、立つ。ぴりぴりとした緊張感。オゴトイたちは、どうしたのであろうか。敵がここに来ているからには、死んでしまったに違いない。剣は、愛用している魔力を帯びた代物だが―――


(化け物め。一体、どうやってここまでやってきたというのだ。まさか、砦の中に居る兵を倒す為に乗り込んできたというわけか?)


 埃の中から出てきたのは、幼児2人だ。男と女か。まだ、子供だ。これが、原因で戦えなかったのか。そうではないだろう。戦場にでれば、子供も大人も関係ない。貴賎を問わず、死に様を晒す。だからこそ、戦場で戦って散ればどのような者であっても勇者。


 オゴトイもジェイムもロスヴァルドも敗れたのか? 納得がいかない。


 そんな思惑を遮るように、黒い皮鎧と黒い槍を手にした幼女が、詰め寄る。


「ふっ。覚悟はいいな。いくぞ、ゼーメルド」


「吐かせ! 子供とて、容赦はせんぞ!」


 もろもろの計算があっても、机上とはこの事か。

 【硬化】【生命力増大】【盾】【戦いの叫び】複数のスキルを発動する。スキルがあっても、将軍(ジェネラル)のジョブを持っていても。なお、不安だ。先手必勝の【空破斬】を。

 剣による真空波が、幼女の槍で防がれる。将軍のスキルは普通ではないというのに。


(これは、いかん。逃げるのが、最善手であったか)


 目の前の幼女が、槍を構える。と、次に目にしたのは、落ちていく己の手であった。


 





  




    

挿絵(By みてみん)

「アルさまは、隙がなさ過ぎると思います」

「な……」

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