161話 アキラの訓練 (ユウタ、他)
裏手の修練場で、アキラの特訓をしている。
「訓練しようぜ!」
と、アキラが言うのだ。余程、動物の世話が嫌だったのか。そこは、わからないけれど。白い動物たちをマスコットにする作戦で、子供だけは釣れている。獣人の大人は、興味がないようだ。
山田には、本を貸さないようにお願いをした。
しょうがないのだ。アキラは、事務所に住んでいるので顔を合わせる機会も多い。児童ポルノ法なる物は、この世界にはないけれど取り締まっておくしかない。勝手に、アルーシュが部屋に入ったり本を燃やしてしまったので賠償する羽目になったけれど。仕方がない。
(高かったなあ。仕方がないけどさ)
勢いで、行動してしまうと後悔するという。本を燃やすのは、早計だった。人にとっては、大事な物なのだ。己であったらどうしていただろう。勝手な判断と行動で、本を燃やされたら怒るに違いない。幸いにも原本があるから、示談で済んだ。
「お願いします」
と、ロメルに言われていたので配達をした。南東の町、ネトリッツエは重体だ。住民の4割が死ぬという災害にあっている。これが、戦争ならばまだわかるのだが。やったのが、日本人にしか見えない人間。どうやって、セリアをなだめた物か。
彼女は、存外に根に持つ。食事が、他人よりも劣っていると口を尖らせるし。食意地が汚いといってしまえば、それまでなのだけれど。ウォルフガルドも、結構な広さだ。ラトスクからネトリッツエまでは、名古屋から四日市にいくくらいの距離がある。間に、農村がいくつかあってそちらには被害はないと聞く。
冒険者たちに、周辺の魔物を駆除させるのがいい。魔族に関しても、彼らを使う方が便利だ。ミッドガルドの騎士や兵士であれば、高額の金がかかる。上から目線ではあるけれど、そうして見ると冒険者というのは使いやすい。国に対する忠誠心はないかもしれないが、ギルドに縛られている。
自由で、不自由。なんとも妙な話である。
「失敗したわ……」
ステータスカードと睨めっこだ。
アキラは、愚痴をいう。マスコットとして、黒狼族を束ねるのはネリエルの兄だとか。主人を差し置いたネリエルは、外でお仕事になっている。軍団を構成するのは黒狼族が主体だ。
どうしてそうなるのかというと。支配部族というのは、数も多い。ユウタからすれば、それは差別ではないかと思うのであるが。軍隊を構成するときには、単一の部族で使うのがウォルフガルドという国だそうだ。
だからであろうか。軍団のカラーは、黒で制服もまた黒で統一しようとしている。そして、アキラの動きを観察するとアドバイスを求められた。
「動きは、悪くないんですけどね。なんていうのかなあ」
「駄目だな。全くなってない。動きが鈍すぎる。腕の振り、見切り、何一つとしてまともな物がない。レベルだけで、勝てると思うな。いくら腕力がつこうとも、戦闘というのは結局のところ。センスだぞ」
根も葉も、どっと地面に落ちてしまいそうな事をいうのはセリアだ。銀髪の幼女は、訓練に付き合わされて面白くないらしい。本来ならば、闘技場でコメントをする仕事にでも行っている所なのだ。朝からチィチとウィルドを交えて訓練しているのだが―――
「電撃に頼りすぎなのか……」
「メインの攻撃なんでしょうけど、それだけだと対策を立てられちゃいますよ」
こちらも、落ち込んでいた。電撃スキルを使用できないと、カカシだ。
帝国から来た少女は、槌と盾を手に持っている。木製のそれで、チィチとやりあっているがどっこいどっこい。スキルを発動しないと、圧倒できないようだ。しかも、力では新米の戦闘奴隷に負けている。彼女も、思う所があるらしい。
茶色の鎧を着たのっぽの少年アキラは、剣にこだわりがあるのか。剣ばかりだ。槍を使おうとせずに、立ちまわるのだが、
「ぐっ。届かねえ。汚えよ」
「選んでいるのは、アキラだぞ。私は、素手でも一向に構わないのだが?」
「うー。レベルに差があり過ぎて、戦いにならねえ……。こういう場合って、どうよ」
「じゃあ」
セリアに遊ばれてふてくされそうであった。
獣人が、壁際で待機している。彼らは、元々ラトスク周辺にいた農民たちだ。腕に覚えがある獣人を選んで、訓練しようというのである。レベルがある獣人は、冒険者ギルドで訓練を受けているし。レベルの無い獣人でも戦わないといけない事態。
黒髪に、頬傷がある獣人に目が止まった。顔つきだけなら、ハッタリが効きそうだ。眼光も鋭い。
手招きすると。
「俺でいいのか」
「ん。うん。お名前は?」
「ボルだ。得物は、剣でいいか」
「そうだね。木剣だけどね。即死させるような攻撃は、謹んでください。互いに、スキルの使用はなし」
スキルを使えば、アキラは優位な局面もあるだろう。わかっているだけで、【毒】が強力だ。毒が、解毒できるとは限らないし。何時、どこで毒のスキルを発動させるのか。そういう事でも使い道の多いスキルである。とりあえず、暗殺者としてはピカ一になれる。
【再生】も反動があるとはいえ、強力なスキルに違いない。
色のついていないくたくたの布を纏った黒髪の獣人は、黒狼族か。細身だ。木剣を手に、アキラとボルは対峙する。
「へっ。やっと、まともに訓練ができそうだぜ。アキラだ。よろしくな。ボルさん」
互いに、会釈する。
そうは、いかない。この国では、戦争が起きようとしているのだ。まともな訓練などをしていては、使い物になるかどうか。戦争というものは、いきなり起こるのではなくて。色々な物の積み重ねだ。しかし、セリアがいるのに喧嘩を売るとは。相手の事をよく調べないといけないだろう。
外交交渉で、撤退する。というのも、相手を知らなければならないし。
「では、互いに礼をして。用意、始め!」
セリアが、審判だ。滅多な事では、反則を取らない幼女でもある。戦闘ともなれば、金的、目潰しといった攻撃以外ではなんでもありにするのだ。じりっと向かい合う少年と男。ボルは、何歳なのであろうか。獣人というのは、顔だけではわかりずらい。皺もないので、20台であろう。
外野は、わいわいとやっているのに。本人たちは、一向に踏み込んで剣を交えない。拮抗しているのか。それとも、様子を見ているのか。だらんと下げたままで、構えを取っていないのはボルの方。対するアキラは、正眼の構えだ。日本刀ではないけれど、盾を持っていない。
盾持ちの剣士であれば、盾で殴るとか盾で押し倒すとか。そんな戦闘になるのだが。焦れるのは、どちらだろう。金属の鎧というのは、着ていれば重い。魔装の技能を手に入れたアキラなら、金属の鎧も装着できる。しかし、訓練だからか。盾もなし、鎧もなしだ。
「おら、はやくやれや! 次が、控えてんだぞ!」
獣人たちは、好き勝手な事をいう。日本の道場では、見られないような粗野さがある。これほどの獣人が集まってくるのは、予想外だ。レベルを持たない獣人を戦力にしようとしたら、入りきれないくらいだ。ラトスクにも、武道場があってもいい。
しかし、獣人たちに武術はないのだろうか。セリアは、空手もどきを使う。剣でも、槍でも、弓でも。苦手な武器という物が、ないようだ。好みも、ない。勝つためならば、ロボットだって使う。勝てないけど。根性だけは、認めよう。
「うっせえ。馬鹿野郎。こっちは、真剣なんだぞ!」
アキラの叫びも、外野には通じないようだ。少年も、本気で怒っていない。そして、アキラが前へ出る。間合いを詰めて、喉を突こうというのか。剣を前につきだした所に、篭手を痛打された。アキラの方が、だ。
「1本! それまで!」
「げっ。負けた」
「いい勝負だった」
ものの見事に躱されて、打ち込むとは。レベルがあっても、アキラはアキラだった。剣の道は、まだ始まったばかりのようである。そして、ユウタの方を細面の青年が見る。勝負をしたいのか。礼が終わると、
「ちょっと休憩しても、いいか?」
「そうですね。適度に、水でも飲まないといけません。しかし、アキラさんの訓練ですよ」
「わーってる。すぐ戻ってくるって」
少年は、白い布を手に顔面を拭きながら建物の裏手から入っていった。マールといちゃつこうというのだろう。そんな魂胆が透けて見えるが、人のやりようである。とやかくいうのも、了見が狭いだろう。折角、ここにいるのだからとどまって貰わないと。借金もあることだし。
ボルの方は、相手にされないとわかったのか。素直に、壁に戻った。ちなみに、壁にいる獣人たちは全員正座だ。これが、守れないようなら出て行ってもらう。そういう話で、ここにいる獣人たちは汗をかいている者も少なくない。
体重が、あり過ぎて正座が困難な者はハナから外されている。金髪の幼女があくびをして。
「つまらん。剣を教えて、どうなるというのだ。それよりも、狩りに行った方が面白いのだ。最近、神級の迷宮に入ってないではないか」
「そう言われましても。夜、寝ちゃうじゃないですか」
「ぐぬ。しかし、帝王も夜には勝てんのだ」
良い子は、寝るという。寝る子は、育つという。真っ平な、地平を見るに成長はない。
セリアの方は、小学4年生くらいでちょっとだけ膨らみがあるというのに。
(帝王なら、夜の帝王だろう。けど、アキラのエッチな本で変な知識をつけられても困る。一度、きっちりとしたお話をするべきなんかなあ)
黒いサマーシャツをぴったりと着て、下は草色のズボン。手には、白い氷菓子を持って椅子に座っている。正座をしてもらおうとしたら、足が短くなるだろ! と言われて、言い返せなかった。正座の姿勢と足に関係があるのかどうか。よくわからないからなのだが、王子様に言われては逆らえない。
「ふふふ。吾は、供物が欲しいの。そうじゃ、油揚げのあれが欲しいのじゃ。持ってくるといいぞ」
狐の尻尾をぶんぶんと振って、金の髪を弄る美女がいう。細い瞳孔に、豊かな胸。視線を集めて、欲しいままにするのはレンだった。横では、同意するように白い玉とひよこが飛び跳ねた。
(この、やる気の無さときたら……。シェイクハンドしてやりたい!)
セリアが、いつになく審判に気合が入っている。戦うのが、好きな彼女らしい。
ちなみに、獣人国では闘技場がある。そこで、審判のバイトをするのが専らの仕事になっているのだとか。迷宮に入るのに、ユウタがいかないと入らないのは、らしいというべきか。
事務所の裏手にある入り口の扉に手をかけると、中に入る。戦争が始まろうというのに、事務所の中には緊張感もない。魔王が出現しているので、緊張していても死ぬときには死ぬというのだろうか。諦めてはいないのが、不思議だ。
魔王。最強の魔物。ちょっと違うが、魔界という場所に、数多くの魔王がいて。リヒテルは、その中の1人だという。渾名は、黒災の雷帝だとか。ちょっと、中二病が入っていそうな名前である。聞いた瞬間、ちょっと笑いが漏れてしまった。
黒い木製の机には、アキラが突っ伏していた。どうやら、レベルが無いのに負けたのでへこんでいるというところか。戻ってこないということは、心が折れかかっているのかもしれない。さにあらん。
「どうしました?」
「いや。ね。負けたし。おかしくね? レベルがあるんだぜ? 無いのに比べたら、雲泥のさが有ってしかるべきじゃねえの。絶対、おかしいだろ。普通は、勝てねえって。なあ」
アキラは、レベルが高ければ勝てると思っているらしい。しかし、そうではないのだ。それに、気がつかないようでは何時までたっても負ける。
「レベルは、性能ですからね。あてにしない方がいいですよ」
「でもさ。なんで、勝てないん?」
「なんでって、それは経験値が足りないからでしょう。判断力、見切り、注意力。これは、ステータスに含まれないですし。INTが知性ではなくて、魔力量を指しているような感じですから」
「え? じゃあ、なに? 俺が負けるのは、レベルが下がったせいもある。けど、それ以前に判断力がない。戦闘で勝つ力が、不足しているって事か」
アキラは、今更な事をいう。わかっていなかったようである。レベルなど、飾りなのだ。如何にレベルが高かろうと、当たれば何らかのダメージを受ける。場所が悪ければ、それで死亡だってある。しかし、スキルを使うとたちまちの内にチートに早変わりだ。
だから、スキルに頼らない強さを身につけるべきなのである。もっとも、それを言うとブーメランで後頭部に突き刺さりそうだ。なので、言わないでいる。そう簡単に強くなれたのなら、苦労もしない。
「色々、不足してますよ。アキラさん。夜は、お盛んのようですけど」
「うっ。反省します」
「良かったと思いますよ。魔物を倒して、レベルを上げても簡単に倒したら判断力がない。とかいうのに、気がつけて。冒険者は、魔素を吸収することで、レベルは上がりますけどね。それでは、どうやって倒したのか。どうするといいのか。考えなくなっていくのは、危険です。だからといって、苦労すればしただけ経験が積めるという訳でもないんですよねえ」
経験だけでも駄目で、レベルだけでも駄目。装備も重要だし、仲間も重要だ。
とはいえ、言った所で全部が跳ね返って来そうで怖い。おまゆう、的な。
眼鏡をかけた獣人が興味深そうに通りすぎた。興味があるのなら、話に加わればいいのに。通りすぎる辺りが、ロメルらしい。
「なんか、奥が深いよな。そういや、ケンイチロウはどこ行ったんだ?」
「学校ですね。冒険者になるには、早過ぎるでしょう」
「そっか。俺も、学校にもう一度行こうかな」
結論から行くと、今はケンイチロウの面倒まで見きれない。
スケベなのっぽの兄ちゃんでさえ、手に余すし。
学校に行っても、勉強しなければ意味がない。学校とは、学問を学ぶ場所なのだ。アキラは、明らかに遊びに行っていたようだ。己も、漫然と過ごしていただけにきつい事は言えない。後は、人生経験の差で立場が違っているとも言えるか。
黒髪に、ほっそりとした手足。エプロンに、ふさふさとした毛並みの尻尾をしたメイドさんが珈琲の入ったカップを置く。マールは、今日も可愛い。アルたちにも、見習わせなければならないところだ。ただ、そうであるだけで、いいとは。妙味だ。
「ところで、大将って性欲がないのか?」
噴き出した。
「きたな! ちょっと、勘弁してくれよ。服が」
魔装の技能を解いて、普通の服になっている少年はべったりとついた液体に困り顔だ。
「どうしてそうなるんですか」
「いやあ。レンさんにも言われたんだが、抱けない女は興味がないと言われてもしょうがないのじゃ。しかし、抱かない男というのはどうなんじゃろう。てな。そこんとこ、どうなのよ」
困った。アキラは、興味津々だ。しかし、9歳にどうしろと。10歳でも、ない。せめて16かそこら。でないと、責任もとれないし。12で成人となる世界だと、どうなるのか。わからないが、説得する事にした。
「寝取られねえといいけどな」
「……」
じわじわ、くる。




