160話 本、エロ (ユウタ、他)
妹の容態は、良くなった。
普通に喋る事もできたので、一安心である。目が紅色になっているのには、驚かされた。コンタクトレンズでも開発する必要があるだろう。という風に考えていたのだが、どうも、魔の力を封印した結果なのか。左目が、赤で。反対の方が青という中途半端な事になっている。
「俺、何時までこいつらの世話をしてればいいんですかねえ」
前髪の薄い少年は、アキラ。屈んで、ケンイチロウと動物たちの世話をしている。白い動物は、熊も欲しいところだ。白いたぬきに狐もいいだろう。可愛い動物というのは、和む。ケンイチロウは、残念な事に普通の幼児のようだ。スキルがあっても子供なのだ。戦えるはずもない。
大人に媚びる事を覚えてしまったのか。おどおどしている。
「そうですね。スキルの修行をしたら、どうでしょう」
「どういう事よ」
「調教とか、ですね。動物を対象にして、スキルを使用してみてください。魔力を使わないのであれば可能かと思いますよ」
アキラは、わかっていないようだ。高校生だったから、こうなのか。理解が遅い。そして、魔力の上昇値も剣士だったせいなのか、少ない。体力は驚くほどついている様子でもなく。スピードが目に見えて伸びている訳でもない。
なんというか。調整に失敗したキャラという感じだ。気合があるのは、夜の方だ。毎日、大運動会を開いているのでうるさいらしい。壁を厚めにしたというのに、聞こえてくるらしいのだ。困ったものである。
もしかすると、魔力が成長しないのは夜の生活が激しいからではないだろうか。やりすぎて、魔力が増えないとか。髪の毛を気にするよりも、魔力やレベル上げに勤しんでもらいたいものだ。あまり口うるさく言っても、逆効果になりかねないし。
やりたいようにやらせる方針だけど、言わないといけないのか。右にティアンナ、左にエリストールが座っている。挟まれる格好だ。アキラが、妙な視線を投げている。気にしない。
「なぜ、このタイミングなんだ? ティアンナはわかるかな」
「周辺の国が、攻めてきた理由ならわかる。増えた食料を狙ってきた。おおよそ、間違っていないはず」
「ふふ。自分のところに食料がないからといって、他人の懐に手を伸ばそうとは。まさに蛮族といっていいでしょう。さあ、殲滅してくるのです。あっ」
隣の青い髪をした少女が抱きついてきたので、避けるとエリストールと抱き合う格好になった。危ない。理性が外れた獣になってしまったらどうするつもりだというのだ。桃色髪の少女は、長い耳をピコピコと動かして固まっている。
まるで、時が止まったようだ。
「ふむ。吾は気にせぬが、他の者には目に毒じゃ。止めるのが、よかろう」
「ふにふに。気持ちいい。ユウタがこれに手を出さないのがわからない」
子供に、何を求めているのだろうか。異世界人のメンタルとは、相容れない物が有りそうだ。やりたければ、やってしまえよという心の声がするのだが。そういうわけにはいかない。いきなり、子供が子供を作りました。とか、風聞が悪いではないか。
そうでなくても、妙な事になっているというのに。
「それは、置いておいて。今は、東と南をどうするか。考えないと、さ。魔王の出方次第じゃ、国が滅んじゃうよ」
「それは、困らない」
「僕は、困るよ」
セリアが、根なし草になってしまうではないか。すると、やはり運命が変わらないような状態になりかねない。セリアが大人しく言うことを聞くように調教しなければならないのだ。人の言うことに、素直になってくれればバッドエンドの回避も可能だろう。
もっとも、それを言うとアルと結婚してしまえばハッピーエンドなのかもしれない。そこに、愛があるのかどうかしれないが。好みとしては、やはり山がある方がいい。真っ平な地平では、ちょっと困る。というか。大きな山ほど、いいのではないか。
もちろん、こんな事は絶対に言えない。おくびにも出せやしない。
「ふふ。お前さまは、何をためらっておるのじゃ? さっさと、叩き潰してしまうがよかろう。まずは、東にいって返す刀で南を殲滅する。話が早くて、良いじゃろうに。吾は、飯時が楽しみじゃよ?」
というのは、レンだ。軽く紅を塗っている艶やかな唇をぺろっと舐める。
「ちょっと、待て。私を助けるのが先じゃないか? あの、離れてください」
「ふかふかー」
見せつけるように、ティアンナはエリストールの胸の中に顔を埋めている。こういうのは、他所でやってもらいたい。ただでさえ、危険な場所だというのに。ケンイチロウが、股間を抑えて見ているではないか。情操教育によろしくない事なのだ。
「よいではないかー。減るものでもなしー」
ちらっとユウタを見る。なんという、うざさ。煽っていやがる。しかし、ぴくりとも反応しないわけではない。むしろ、直立不動になる事を押さえるので精一杯。獣人も豊満な体をしている者が多い。につけても、エリストールの胸というのは。
(別格なんだよな。エルフなのに、でかいってのが大きいのかね。2重の意味で)
巨乳派だ。貧乳は、悪くないがつるっぺたでは色々できないのだ。そういうのは、知識として蓄えてあるのである。あと、未来でちょこっとだけ体験したから知っているのだった。なんと言えばいいのだろうか。
「東は、新生ウォルフガルド軍が相手をすることになるでしょう。川を渡られなければ、王都に到達できません。橋を落としてしまえば、相手も困った事になるのでにらみ合いが続きそうです」
というのは、ロメルだ。美人の女獣人を隣に連れている。仲がいいようだ。隣の芝生は、良く見えるというが。その通りではないだろうか。名前は、キャシーとか言った。話の中で、段々と名前を覚えてしまう物らしい。
地図を広げて、それに駒を置いていく。川を隔てて、犬人族の国コーボルトと接している。南は、ライオネル。獅子族の国だ。それらが、一斉に攻め寄せてくるとは。魔族に加えて、他国からも攻められる。もはや、風前の灯火といったところかもしれない。
「東は、それでいいとして。南ですよねえ」
南は、先述のライオネルと蟹人が砦を境に争っているという。ガーランドには、増援の兵を送っているけれど戦力としては今一だ。ミッドガルドからの兵隊の方が強いのは明らか。そちらを配備したい。しかし、
「黒狼族を主体に、軍団を作っています。今しばらくお時間をください」
「ネリエルが絡んでいるのかな」
「それもあります。やはり、自国を守るのは自国の軍隊。他所に任せては、おけないという事をご理解ください」
己の体がいくつもあるのなら、どこへでも参戦して勝利をもぎ取れるだろう。しかし、魔王の動きがあるまでは動けないのも事実だ。彼を倒すにしろ、下僕にするにしろ、力がある人間が望ましい。セリアだと、倒してしまいそうだ。
そうなった場合、後々でシャルロッテと因縁ができかねない。セリアと妹が戦うとかいう事になっては、一大事だ。どちらかを選べと言われても、どっちも選んでしまうだろう。いや、どっちかなんだからというのは最強ではない。強欲なのだ。
1、2、3とあればどれも取りこぼさずに欲しいと思う。
違うだろうか。全部欲しいに決まっている。刺されるだろうけど。
こうして、地図を見ていると。
「ネトリッツエの町には、軍を配置しているんだよね」
「ええ。急遽、シグルス様の軍団から一軍を派遣していただく事になりました。約1000人ほど。頼もしい限りです」
頼もしいが、金が凄くかかる。給金の問題は、切実だ。ミッドガルドの兵は、死亡すると一人で3000万から1億ゴルの支払いが約束されている。1000人死ぬとなると、1000億ゴル。恐ろしい金額だ。保険会社が潰れてしまいかねない。
王国が面倒をみるとはいえ、支払いには苦慮するところ。中世では、そんな事もなかったろうにミッドガルドでは保険業なるものが始まっている。金庫業から始まるそれを冒険者ギルドでも、活用しようというのだ。
兵士でも、保険をかけているだろう。危険なのだから、当然とも言える。ウォルフガルドでは、金がそもそもないのでそんな事もできないのであった。その日、暮らしといえばいいのだろうか。貯金をするどころか、その日の食料を買うので手が一杯。
冒険者ギルドも、豚人のような手合がごろごろしているという。
「獣人たちへの支援が必要ですねえ」
「さようでございます。まずは、水と食料を送って欲しいのですが。よろしいですか」
「わかりました」
しょうがない。転送器を誰にでも使えるようにしない弊害と言える。誰でも使えるようになると、それはそれで問題なのだから。物を運ぶ商人が、破産しかねない。空間魔術が、誰にでもできるようになると。問題が、噴き出してくるだろう。
国としては、空間魔術を使える人間が増えてくれた方がいいに決まっている。しかし、己の特別性が失われれば立場が危ういではないか。己の位置さえ確かにできない人間が、どうして最強になれようか。ちゃちゃっと東に行って、コーボルトの軍を全滅させる。
(ラトスクに来られると、困るしなあ。魔王の奴が、諦めるか慎重になってくれればいいんだけど)
弱ければいい。魔王もコーボルトの軍も。しかし、手ごわかったらどうするのか。敵を調べてからでも遅くはない。そして、敵が侵入してこなければ打ち払うだけでもいい。相手も損害がでれば、引き下がる可能性もある。なにより、同じ獣人同士で殺し合うというのはどういうことか。
水と食料は、目録にたっぷりと入っている。細かな種類は、少ないけれど領地で穫れた食料が詰まっている。それこそ、国を何年でも養えるくらいだ。ケンイチロウが、顔を向けると笑顔を作った。怖いのだろう。捨てられるのが。
力がないから、こうもぺこぺこと笑顔を作って見せないといけない。彼は、子供でスキルも使えないときた。時を操るスキルを使ってみせてもらおうとしたのだが、結果は失敗だった。魔力が足りないという事らしい。
(無駄無駄無駄ぁの人は、強烈な個性があったけど……。仕方がないか)
同じ9歳だというのに、彼は転生者ではなくて転移者なのだ。優しくしておかないといけないだろう。冷たい行為は、冷たい仕打ちで返ってくるもの。相手が殴ってくるなら、反撃しかない。ましてや、何もしてなくとも敵というのは生まれる。
2階から、笑い声が聞こえてくる。2階には、誰もいないはずだ。マールは、厨房で料理の下ごしらえをしている。とんとんと、包丁でまな板を叩く音がするのだからそうだろう。さては、侵入者か。魔族ならば、気がつかないはずもなし。
にこにこしながら、茶をすすっている面々にお菓子を出すと。2階に、
「ぷっ。おい、いいもん見つけたぞ。なーんだ」
「?」
居たのは、アルーシュだった。金髪の幼女は、黒いシャツに茶色のズボンを履いている。おしゃれに気を使っているのか。赤いネクタイもどきに金の止め板。細い金細工は、金もかかっていいそうだ。オーダーメイドなのだろう。普通では、ない。
手には、茶色い本が握られている。カバーがついているのだ。どこかで、みたような大きさである。
「おいっやめろって。この、馬鹿! 何すんだよ。離しやがれ!」
嫌な予感がする。
「へへへっ。そんなにぴーぴー言ったって、聞こえやしねえ。……? くっ ううんっ や、やめ。うあっ。んち”ゅっ。ぺちゃ…。へへっ、ここはすっかり出来上がってんじゃねえか。無駄だぜ、素直になんな。や、やめろおぉ。見るんじゃねえ! あ、あん。だめっ。止めって、おい。あ、あんっ。なんだこりゃ。こんな反応するわけねーだろ。なあ」
よくわからない。わからないフリをしよう。
「アキラの部屋を覗いたら、こんな本が置いてあったんだが。あいつら、毎晩、何をやっているんだ?」
「……」
無言で奪うと、火を付けた。勢い良く燃えて、そのまま目録に突っ込む。アキラに、このような本を貸す人間といえば1人しかいない。この町に居て、日本語がわかる人間で、しかもスケベ。共通点は、そこだ。
「けしからんな。雑魚のくせに」
「雑魚かどうかは、ともかく。このような本を読まれるのは、いけません」
「……その、そのうちやるし、だな……。後学のために……」
「いけませんよ。シグルス様にも、きつく言っておかねばなりませんね」
「普通は、男が興味を示すもんじゃないのか」
「……人によりますよ」
煙に撒いておこう。この子は、6歳ではないか。無理がありすぎる。
普通に考えて、逮捕だ。間違いない。
山田とアキラをどうするか。問題が、増えた。




