157話 晩飯に
「で、そいつらにいい家がすぐに見つかるのか?」
「そんな事は、わかる訳ないじゃないですか」
「ふむ。ならば、置いておけばよかろう。汚い爺だが、その娘は可愛い。ふふふ」
すると、白い髪の毛をした幼女をアルトリウスは細い腕で抱えた。すぐに、顔をしかめたが。
「こ、こいつは臭い。風呂に入ってないんじゃないか。手ざわりも、あまり良くない。皮膚が乾燥して、ぱさぱさしているな。もしや、ダニとか身体にくっつけているんじゃなかろうな」
自分で抱えたというのに、金髪の幼女は自分で罠に嵌っている。銀髪の幼女が、
「アル様。風呂に入れてから、触るべきかと。疫病を持っている可能性がないとも限りません」
「おお。そうか。そういえば、そろそろ風呂に入ってもいい時間だな。飯も食ったし、この子を洗ったら帰るのもいいか」
金色と赤の混じった髪の毛をした幼児が隣にいた幼女と手を叩く。アルトリウスは、子供が嫌いではないようだ。もっとも、尻尾をふにふにと触っているので怪しい。見せつけるかのように、半眼でユウタを見るのだから。しかし、触りたいからといって理性を失うようでは最強ではない。
(おのれ、セクハラだぞ!)
己もしたいが、幼女に触っていいものか。普通は、そうなってしまうのだ。元の世界であれば捕まるところだ。しかし、今は幼児。触っても問題ないのではないか。と、もんもんするのだった。
「ふふふ。それでは、風呂に入るとするか。しかし、こやつは目が見えているのかいないのか。ぼーっとしておるな。ま、無理もないか。爺、マズルとかいったな。貴様も外の風呂屋に行って来い。ここのは、使えなくなったからな」
「へ、へえ」
ぶるぶると震えている。マズルは、がつがつと食っていたのにアルトリウスに声を向けられた瞬間から様子がおかしくなった。急に、何かを思い出したようだ。幼女の名前は、ミーシャと言ったか。狭いので、なんとなく声が聞こえる。
風呂場に向かっていく金髪の幼女をひよこと白い玉が追いかけた。一緒に入るつもりなのか。
「あの、あの方はもしや。王さまでしょうか。わしらなんぞが、同席しても良かったんじゃろうか」
マズルは、アルトリウスの正体を予想して怯えているのだろう。この国では、王が絶対の力を持っているようだし貴族だとかそういうのにも弱そうだ。彼女は、気にしていないが周りが気にするのである。そして、フィナルが居ないのは幸いだった。
露骨な所があるので。
「普通だと、面会する事だって難しい方です。今日の出会いに、感謝しておくべきでしょう。ユーウがいるので、見張りをする必要もないでしょうけど」
「いや、今は魔王も出てくるような場所だよ。油断したら、どんな事が起きるのかわからないし」
「ふふ。僕が魔王なら、君が死ぬのを待つね。彼らからすれば10年、20年なんて安いものだろう。持久戦をされると、不味いのは、僕らの方かもしれない」
なるほど。一理ある。魔王の生態について、詳しい事が書かれている文献を漁ると。そこには、魔王は何人も魔界にいるらしい。リヒテルはそのうちの一人だという事だ。あれで、強力な魔王らしく軽く千年は存在しているという。
魔王を倒すには、特別な武器が必要なのか。それが問題だ。神だとか魔王だとかいう相手を倒すのに、RPGだと特殊な武器で攻撃しないとダメージが通らないとかいう糞な事がある。ユウタの攻撃を躱していたが、それがポーズとも限らない。
「アドルは、何か案でもある?」
「うん」
考えこんでしまった。フィナルやエリアスは死んだふりをするのがいいというが、それは間諜が居ることを前提にしたやり方だ。魔王が、手下を身近に潜ませているというのはらしくない。魔王といえば、強大無比の力で圧倒的な暴力の塊。そのように考えていたのだが。
アドルは、青い鎧の横に下げている剣に手を当てると。
「敵に何らかの思惑があるような気がするよ。その地下施設の件も含めて、ここで実験をしていたのならよくない策謀があると思う。それが、何なのか。こればかりは、シルバーナと与作丸にかかっているかなあ。その間に、ウォルフガルドの国力を高めておけば、魔王もおいそれと手が出せないんじゃないかな。そして、転送器」
青く染められた金属で覆われた腕を上げる。指差したのは、転送器が置かれている部屋だ。
「あれを各地に置いておけば、迅速な戦力の展開ができる。ミッドガルドの強兵をいつでも好きな時に配備できるんだ。これは、強烈だよ。まだ、数が少なくて魔力の充填も不足しているけどね。それと、使える人間が限られているのが問題だよ。それさえ取り除かれれば、魔王の手下を退けるのも訳ないと思う」
「あれは……。難しい」
「うん。わかってる。でも、考えてみて欲しいな。いつでも行き来ができるとなれば、それがどれだけの恩恵になるのか」
その代わりに、旅の風情も失われてしまうのだが。この世界の人間は、大半が馬か徒歩だ。鳥馬だって、凄く金がかかる。乗るなら、馬がいいが鳥馬は飛べる。飛べるという事は、地形を無視して移動する事ができる。
獣人たちが、退社するのか。ロメルに挨拶をして、入り口で礼をすると出て行く。入れ替わりに、前髪が薄い男が入ってきた。アキラだ。疲れきった表情を浮かべている。ネトリッツエの後始末をさせていたのだ。無理もない。
「彼が、アキラか。異世界人なんだろ。危ないんじゃないか」
「それは、取り込まれるという意味かな。それとも、同調するっていう事?」
「どちらもだよ。異世界人が、街を攻撃した意味が掴みかねるし。彼が、寝返らないとも限らないだろう」
「そうね。危険だと思う。あのままに使っていいの?」
2人とも禿げを危険視しているようだ。彼の人となりを知ってもらえれば、そうではないと理解してもらえるはず。それには、まだ時間が必要だろう。アドルは、なんでもできる子だがだからといって完璧ではない。
危険視するのももっともな話だけど。帰ってくるやいなや、ロメルに報告もそこそこで調理場に入っていく。マールとイチャイチャしたいのだろう。クリスが話し声を聞いて赤面した。突然、横に座っていたセリアが声を上げる。
「唐揚げが足りないぞ! 早く持ってこい!」
手には、黄金色の水を注がれたコップを持っている。明らかに、法律違反だ。現世なら、捕まってしまう所だろうに。銀髪に獣耳を生やした幼女は、黄金色の水をあおっている。
「ぷはー。美味い。これは、美味い。ん、どうした。さあ、食え」
「ねえ、法律ってどうなっているの?」
「ふっ。私が、法律だが?」
こう返してくる幼女だった。強ければ、なんでもありなのだ。頭が痛い。
「子供が、それを飲んでいるのは問題ではないけど。大丈夫なのかな」
クリスがセリアを見ながら言う。確かに、腎臓やら肝臓が出来上がっていないのが子供だ。だから、飲酒も制限されるのだが彼女は気にした風ではない。これも、教育の賜物なのだろう。この国の王族なのだけれど、困った子である。
「ふっ。問題ない」
「問題、ありまくりだよ。マズルさんは、どう思いますか?」
「う? うむ。わしのような下賤の者が言える事ではないの。わかってくだされ。言った事が広まると、わしの命が危ういのですじゃ」
そういう場所だった。日本は、言えばなんとかなる社会だが。適当な事を言うと、命が危ない世界なのだ。次の日には、冷たい骸になって川に浮いている。そんな世界で、マズルのような弱者が生きていくのも難儀だろう。
マズルの能力は、わからないがスキルを持っているようには見えない。アキラのチェックをする。
(スキルが、増えてやがる。また、盗ったのか。さて、どうしたものか)
召喚。従魔。これだけでも、ウォルフガルドの獣人にとっては羨ましいだろう。
どんどんスキルを増やすアキラの能力は、やはり脅威だ。現状では、指一つで倒せるだけの格差があるが。最強を目指す障害になりかねない。
(消すべきか? 残すべきか)
有用といえば、有用なのだ。凶悪犯を無力化できる。一度、殺して相手のスキルを奪った後で蘇らせる。そして、牢にでも放り込んでおけば飼い殺しにする事が可能だ。復讐するには、持ってこいの人材といえるだろう。同様のスキルをアルーシュが持っているけれど。獄とは、そういう場所だ。
「聞いてくれ。大将」
「なんでしょう」
素知らぬ顔で、答える。ポーカーフェイスには、自信があるのだ。隣で、肉を頬張っていたマズルがそそくさと席を立つと。セリアに土下座して離れていく。風呂屋に行くというのだろう。ロメルが、引き止めて布と桶を渡している。
「ああ。その、結界器とかないのか?」
「結界?」
「そうだよ。よくあるじゃん。敵が入れないくするような便利な奴」
ある。というか。
「既に、それを張っている状態なのですよ。しかし、弱体化してもなお彼らの能力は強力。そういうことです。でなければ、人間が太刀打ちできる連中じゃないでしょう」
結界の展開をミッドガルドとウォルフガルドにしているにも関わらず、敵は侵入してくる。迷宮が、穴なのだ。穴を通って、入り込まれれば弱体化を期待するしかできない。アルーシュが展開しているラグナロク大結界なる物と被っていたりするのだが、話をしてもわからないだろう。
なお、ミッドガルドの支配域以外では恐るべき魔物が出現したりしているらしい。
「うー。ネトリッツエでさ、死んだ獣人たちって生き返らせるとかさ。無理なんかな」
「無理でしょう。例え、神様でもないかぎり」
「だよな。あれ、日本人って広まってたりするのか」
どうも、神のように考えているのかアキラの突拍子もない話についていけない。
「そもそも、日本人というのがわからない人が多そうですけどね」
日本人だと、名乗っていないのでなんとなくでしかない。ゲームでみたようなスキルを使っているとかいうそんな憶測だ。アキラには、思う所があるらしい。強奪スキルを使っただとか。得たスキルを白状すると。
「ふっ。面白い。貴様が、どの程度か見てやろう」
「「えっ」」
一緒に食べていたクリスが、噴き出した。
「おねえ、汚いであります」
眼帯をした幼女が、手ぬぐいで服を拭く。隣に座っている黒髪の幼女は、白い服を着ていたので被害が甚大だ。ミミーと一緒にモニカが場所を離れた。取っ組み合いの喧嘩になると、惨事だ。アキラが、セリアに引きずられて外にいく。死なないといいのだが。ついていくと、
「な、なあ。冗談だよな。おい」
「つべこべいうな。男らしくないぞ」
ネリエルが、アキラの腕を引っ張っている。天下の往来で、夕暮れ時を超えて闇の帳がおりている。しかし、街の出入り口であるせいか。東門の前は、人の往来が激しい。そして、
「ふっ。勝負だ!」
大人げないというべきか。幼児なのだが。セリアは、自らの影から黒い槍を取り出した。あれは。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで? こんな所で勝負なんてするのかよ」
「ふっ。馬鹿め。戦いは、いつだって突然だ」
通行人は、往来を妨げられる格好になった。輪を描いて、いるが足りない。どんどん離さないと。
「いつでも構わんぞ」
「や、やる意味ってあんのか? 俺、疲れているんだけど」
「ならば、魔族が突然襲って来た時。同じ事を言うつもりか。たわけ!」
滑るようにして幼女がのっぽな男の懐に滑りこむ。ネリエルが、側に居るというのに。振るった槍は、過たず男と女の足を払った。
「あ、ぐ」
ネリエルの足が、妙な方向に曲がっている。アキラも同様だ。
「強くなったと思ったか? そのスキルで」
「ちくしょう。やってやるよ! おお!」
片足で、立ち上がろうとするけれど。ふらふらとおぼつかない。戦えるはずがない。彼女の攻撃は、人間では目に追うことすら難しいのだから。いいのが入った時点で、回復魔術も使えないようでは終わりだ。小人族が走りよると、足に手当を行う。
「ふっ。5人がかりでも構わんぞ」
「くっ。アキラさん。立てますか」
「ああ。なんとかな。つか、ここまで差があんのかよ」
補助系の魔術を前衛にかけていく。ネリエルとチィチ。それにアキラがサポートといった風だ。後衛をユッカとナタリーが務めるのだろう。しかして、分があるのはどちらか。考えるまでもない話だ。はっきりいって弱いものいじめに近い。
槍の能力を使えば、もっと一方的な展開になるだろう。
「これは、訓練、なのかな」
黒髪の獣人が、宙に舞い背の高い少年がしたたかに打ち据えられて倒れる。アドルが出てきてつぶやく。その通りだ。訓練のようで、訓練になっていない。はっきりいって、見世物の類だ。現に、そういった獣人が早くも賭けをしている。アキラたちは、劣勢でみるみる内に動かない人間が増えていった。
「ふふ。あいも代わりなく肉に食らいつく事よ。そうじゃろ」
ふわふわとした尻尾を揺らす狐の獣人はにんまりとした笑みだ。桜火は、早く帰ってきた方がいいというような事を言っていた。帰らないといけないのだが。この分では、怪我もひどいだろうに。セリアは、手招きをしている。そんな武器を手にして、どうしようというのだろう。
「ここでは、駄目だよ」
「もちろんだ。今回からは、こちらで勝負しよう」
アキラが血まみれになっているので、火が付いたのか。銀髪の幼女は、黒い皮の篭手に付いた血を舐めると。往来に、黒い裂け目を作って見せた。どこにつながっているのか。
「ふっ。この中ならば、破壊を気にする必要もない。存分に力を震えるだろう」
「はあ。こうなるんだね」
黒い槍は、13個に槍の穂が分かれると花を開いた。使用しかねない。レンが、後ろについてくる。はいろうというのか。危険すぎる。
「駄目ですよ」
「ふむ。大丈夫じゃ。これでも、鍛えておる。そこいらの、雑魚には引けをとらんつもりじゃ。なにより、そなたに興味があるのでな」
どうしても離れようとしない。




