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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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154話 とある獣人の朝 (ロメル、キャシー他ネトリッツエ町)

 ロメルの朝は、早い。

 寝泊まりしている父親の邸宅から、朝食もそこそこに出るとユークリウッドの事務所へ向かう。道は、大きく整備されて平らに変えられている。少し前の、糞がそこら辺にばらまかれていた町とは大違いだ。下水道が整備されて、井戸ができた事によって衛生環境が飛躍的に上昇した。靴を履けという法律が出来た事によって、裸足での往来が禁じられている。


 獣人であっても、草履か皮靴を履かなければならない。当初は、草履ですら嫌がった獣人たちも病気になると言われれば応じざる得ないし、税金を取ると言われれば履く方が良いに決まっている。道行く人々の顔色は良くなって、健康的に過ごしているようだ。


 道と建物の間には、側溝が作られてそこに排水を流すようになっている。糞は、ばらまかれるか壺に入れられていたがそれを改めた。地下に水路を作って、そこに流し込まれるように変えられたのだ。大掛かりな工事が、毎日のように続いている。魔術でやれば一瞬でできるという話も聞くが、獣人にはそのような魔力を持つ者はいない。


「ふう」


 ロメルは、ユークリウッドに忠義を誓っているが彼はそれほど感じているようには思えない。だとしても一体何が不足だろうか。評価されなくても、いつかは分かってもらえるはずだ。通路は、石で真っ平に舗装されておりアスファルトという物も運用されるようになった。綺麗なのは、石畳だがこちらの方は金がかかる。石切り場から、輸送してくるだけでも相当な額だ。


 道には、街灯が立てられてもはや王都をも凌ぐ環境になっている。インフラというものを知ったのもつい最近で、このインフラ整備が都市には欠かせないというのだ。ユークリウッドの見識には、驚かされるばかり。山田も同じように、見かけでは馬鹿にできない能力の持ち主だ。戦闘能力はないが、ラトスクの町を短期間でこうも変えてしまうのは、魔術と言って過言ではないだろう。


(しかし、綺麗になったのはいいが……。魔王か)


 魔王は、脅威だ。どうにかして、獣人で排除したいが歯がたたない。神出鬼没で現れる敵の軍勢を退けるには、自分たちの力では無理だ。獣人では、吸血鬼にすら立ち向かう事ができる者がいるかどうか。そもそも、吸血鬼はAランクの敵で並の冒険者では太刀打ちできない存在。Aランクの冒険者が、町に居ればいいが居なければ阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。


 南にある町が襲われたという情報が入ってくるまでにも、時間の差があった。ユークリウッドが向かったというが、手遅れだろう。彼とて、神ではない。全てを救うには、魔王はあまりに強力だ。各町や市の防衛能力を強化する必要がある。けれども、予算が乏しい。そもそも、王都に軍部が復活しているはずなのに軍の動きがない。


 出てくるまでに、町や村が滅んでいるようでは遅いではないか。


(やはり、彼に頼るしかない。子供だというのに……)


 ユークリウッドは、未だ9歳なのだ。見かけに騙されるが、子供なのである。今だって、寝ている時間だろうに起きて朝食を用意しているに違いない。早朝の道には、牛乳を配達する男がいた。


「おっ。ロメルさん。おはようございます」

「ああ、おはようございます」

「今日も雨が降りそうですね。吸血鬼どもは、倒せたんですか」

「心配には及びませんよ。冒険者ギルドとも協力して、殲滅します。変わった事があれば、知らせてください」

「そりゃ、頼もしい。やっぱり、アルブレスト様ですか。セリア様の婿になられる方だと聞いていますけど。すごい方らしいじゃないですか。まだ子供だってのに、一人で城を攻略するとか。魔王を撃退してみせるだとか」

「ええ。ですが、そういう事はあまりおおっぴらにいうのは止した方がいいでしょうね。彼は、持ち上げられるのを嫌うようですから」

「へえ。奇特な方なんですねえ。わたしらは、商売繁盛でいいですけどね。税金も安くなったし、こうして物が売れるし、なんていうか言っちゃなんですが先王の時代は……」


 手で、制する。


「まだ、王はご健在ですよ」

「へへっ。こりゃ、失礼しました。では、わたしはこれで」


 牛乳売りの男は、頭を下げると建物にある箱に瓶を入れて台車を押していった。子供が一緒に押している。子供でも、働いているのが問題らしい。ユークリウッドは、子供を学校に行かせるべく法律を施行しようとしている。ウォルフガルドの法律は、王が決めるのだ。法律を施行しようというのなら、王にならねばならない。ということは、王と戦って勝たなければならないのだが……。


 ロメルが、次に目にしたのは冒険者たちが入っていくギルドの建物だ。改装されて、冒険者ギルドの有り様も変わりつつある。事の発端は、ユークリウッドに大して、決闘を吹っかけた事だ。よもや彼に決闘をふっかける馬鹿者がいようとは。ロメルにとっては、気を失いかけた出来事である。もしも彼が死んでいればどうなるのか。


 ミッドガルドの手で、焼け野原になるか。それとも、セリア嬢の手で町が全壊するか。ありえない事とはいえ、万に1つの可能性がないわけではない。それも、彼が傷を負えば普通の人間のように倒れるという事からきている。彼は、不死身ではないし手傷を負うのだ。なんでもできる人間だが、ミッドガルド人の一人でしかないのである。


 ギルド員が入っていくのに従って、後ろから入っていくと。床は、つるつるした魔導で精製した黒くつややかな石が敷き詰められていた。内装を変えたのであろう。獣人の子供が、制服を着てちょこちょこと掃除している。ギルド員は、荒くれ者たちを相手にする事から元冒険者が拾い上げになる事も多い。今日、生きていても明日は死んでいるかもしれない人間だ。


 ギルド員に帰属意識を持たせるために、受けられる依頼を限定したり色々な方策が取られるようになった。今までの適当な選び方を許さずに、成功率だとか危険度だとかを査定するようになったのだ。今までそれをしていなかったのは、何故だ! という風に叱られたのも記憶に新しい。   


「ギルド長はいるか?」


 受付に向かうと、壁にある依頼に目を通す。ランク別の依頼が出されるようになっている。以前は、ごちゃまぜになった依頼に、どうしようもない混沌といった風景が壁にあったが。今は、改善されているようだ。見目が著しく良くなった女の一人が、


「ロメル様。おはようございます」

「おはよう。ギルド長とは、話ができるか」

「それでしたら、まだ出勤の時間ではないので寝ているかと思われます」

「そうか。話を通しておきたかったが、まだ出てきていないのならいい。豚人どもの処遇について、話があるから事務所の方に出向いてこいと伝えておいてくれ」

「えっ。時間の方は、何時頃がよろしいでしょうか」

「朝は、いる。昼は、出かける事もあるだろう。夕方は、いるはずだ」

「わかりました。使いの者を出してから、行ってもよろしいですか」

「ああ」


 受付を応対した女は、マーチェという名前の名札をしていた。レベルを持たない女だ。声に怯えが乗っている。無理もない。ギルドの中には、剣呑な空気が流れていた。それもこれも豚人を放逐したからだろう。彼らと良好な関係を築いていた獣人もいるからだ。しかし、表立ってロメルに突っかかってくる獣人はいない。居るとすれば、馬鹿だ。すっと寄ってくる獣人がいる。狼系の獣人だ。茶色い毛皮をしたロメルの手の者であった。


「ロメルさま。お耳に入れたい事が」

「ん。ここではあれだな。事務所で話すか」

「はっ」


 事務所は、すぐそこだ。冒険者ギルドのドアを開けると、行列が目に入った。神殿の方向と炊き出しに群がる獣人だ。誇りもへったくれもないが、食い詰めた獣人たちが国中からやってくる。おかげで、ラトスクの人口は王都に5万だったころから滝を逆さまに登る勢いで上がっている。周辺の村からだけではない。それこそ、国中からどんどんと。町の外縁部に立つ家がどんどん埋まっていくから足りない。


 乞食同然の襤褸を纏った獣人でも、三食は食えるのだ。こないはずがなかった。ただし、時間が凄くかかる。これらの食料は、一体誰が用意しているのか。もちろん、彼に決まっている。普通は、用意できないし不味い。おいしい料理を食べたければ、働いて金を稼げという話だ。飯が食えれば、美味い飯が良いに決まっている。


 履物も、用意された使いふるしよりも立派な靴の方が良いに決まっている。貯まった給料で買うのは、靴か着るものかそれとも食料か。部下を連れて、赤茶色に染められた建物の扉に立つと。自動的に扉が横にスライドした。硝子製だという。硝子とは、なんぞやというところから勉強しなければならなかった。透明で、硬質な岩石の一種らしい。


 獣人は、丸太に藁をかけたような住処に住んでいるのが普通だったのだから。凄い進歩だ。


「おはようございます。ロメルさま」

「ああ、おはよう。キャシー」


 黒髪をした獣人の一人だ。女は、見目のいい獣人に限る。獣人の社会では、女が一人で生活するなど許されない。決まって親元から通うことになるし、金も親に支払うのだ。そして、親が決めた相手と結婚するのが普通になっている。奴隷として売られればその限りではないけれど。だからであろうか、姦通などという事は許されない社会である。婚前交渉などもっての他だし、やれば相手の男は局部を切断した挙句にそこから追放となる。


 ―――中古など、誰が使うというのだ。


 ユークリウッドの気を引くために、色々と美形を揃えて置いているのだが彼は全くといって反応を示さない。反対に、それらに色目を使うのは能なしのアキラという男であった。机を拭く女の獣人を横目にロメルは、己の席に着いた。椅子を引くとそこに座る。


「それで、どういう話なんだ?」

「吸血鬼ですよ。今、冒険者ギルドじゃその噂でもちきりです。魔王が、そいつらを使って町を攻撃しているんだっていう話です。知っておられましたか」


 何を言っているのか。男は、情報員だが情報を掴むのが遅い。こういった情報は共有していくべきだろう。でないと、ユークリウッドに叱られてしまう。朝礼という奴だ。報連相だったか。


「もちろん知っているとも。魔王が、南のネトリツェを襲ったという話をまだ把握していないのか。商人たちは、情報を知るのが遅いようだな?」

「い、いえ。そのような事は。しかし、商人とどのような関係が?」

「南のルートを使う交易商人にとっては、死活問題だろう。輸送してくる商人たちの商隊が、襲われる危険性が跳ね上がるからな。商人たちに、注意を呼びかけろ。情報は、ただではないがこの場合はそうも言っておられん」


 耳をぱたぱたと動かすと、男は出て行く。厨房では、マールが調理しているのだろう。いい匂いが漂ってくる。配給されている飯とは、天と地の差がある旨さだ。商人たちが南に行って魔王の手下にやられれば、そのまま相手の戦力にされてしまいかねない。そういう事は避けたいのだ。それがわかるのが、支配者と言うものらしい。


 以前のロメルであれば、死ぬのは自己責任で弱い商人が死ぬのも当然だと言ったであろう。だが、彼はそうではないという。弱いから、守らねばならないというのだ。弱肉強食で通るウォルフガルドにあっては、異端の考えだ。誰が、この考えを支持するだろうか。しかし、流れを引き寄せている。多くの弱い獣人たちが、ラトスクの町に寄って羽虫のように集うのもわからないでもない。


 様々なユークリウッドの料理を食わせられる内に、ロメルの舌は肥えきっている。余計な獣人が、増えて独占する事が難しい状況になっている。理解しているがはいそうですね、と頷けるようになってはいなかった。書類に目を通していると、背後で整列する獣人たち。揃ったようだ。


 時間厳守だ。


「おはよう、諸君」

「おはようございます。ロメルさま」

「今日もめでたい日だ。ウォルフガルドは、日々力を取り戻している。このまま行けば、数ヶ月もしない内に9年の失われた日々を取り戻す事ができるやもしれない。これは、大いに喜ばしい事である。だが! それを邪魔しようという愚か者が未だにいる! 誰だ!」


 さっと、手を上げる女獣人。キャシーだ。狼系の黒い毛をした彼女は、


「無知なる獣人たちです」

 

 胸に手を当てていう。豊満な胸は、山を作っている。彼を釣れないのが、残念だが魅力は損なわれていない。短いスカートという代物を履かせて、いつでも突っ込めるようにしているのだが……。


「そうだ。愚かな獣人たちは、ユークリウッド様に仇を為そうとする。これはいけない。このような事を許していれば、どうなる? 彼が居なくなった場合を想定して答えてみろ」


 見れば、またもキャシーが手を上げた。次いで上げるのは、遅れて、男の獣人たちが手を上げる。


「まず、ミッドガルドからの援助が受けられなくなります。それから、穀物を生産できる人間がいなくなります」

「ちょっと、違うようだ。他」


 男の獣人だ。頭には、丸まった角がある。羊系の獣人だろう。狼が主流の国では、珍しい。


「弱肉強食に、も、戻ってしまいますよね。彼がいないと」

「そうだ。もしも、ユークリウッド様が居なくなった場合。セリア様が主導するだろうが、恐らく力が全てを支配する事になる。それは、恐ろしい事だ。我々のように力で劣る獣人は、な」


 ロメルは、弱い訳ではない。しかし、他の獣人はどうだろうか。レベルを持つ獣人というのは冒険者になるのだ。だから、必然的に金もそちらにいくし人材というのもそちらに行く。事務所にいる獣人たちは、見た目はいいが身体能力では劣った獣人が混ざっている。いずれも、ロメルの意向に従う者たちが選ばれている訳だが。


 ぴかぴかに磨き上げられた黒く染められた机。これでさえ、手に入れる事が難しかっただろう。ウォルフガングの時代ならば。強い者が、全てを手にする時代だったのだ。それを否定する強き者が現れた。千載一遇の機会だ。


「それでは、連絡会議を始めよう。今日は、キャシーくん。君からお願いしようかな」

「ありがとうございます」


 女は、引っ込んでいろとは思う。有能なのは認めようとも。ロメルは、古い考え方であった。





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