152話 たまの迷宮3 (ユウタ、他)
ベリアルか。違う。彼は、赤い顔をした鬼のような魔族であった。
立っているのは、傷だらけになった青黒い顔をした鬼顔の人型。身体の方は、オーガと見間違うが如き巨体だ。人ではない、というのは腕が片側に2つ。計4つもついているからだ。アルトリウスは、入るや否や剣を抜いて斬りかかった。
「フハハハ。死ぬがいい!」
魔族の横には、顔色の悪い人型が立っている。ヴァンパイア系の何かであろう。黄金の鎧を纏った幼女の腰から鈍色の剣が抜かれると、剣は光を放つ。光だけに、避けられなかったのか。青白い顔をした人型は、縦に斬られて灰になった。問答無用の攻撃だ。返す剣も避けられず、鬼面をした人型以外が消滅する。
「おのれ、このような場所で!」
魔族の手から、黒い物が溢れ出る。見ているはずもなく、それに火線を当てると。鬼面の魔族は避けようとしたが、
「ぐぉ?」
腕が消滅した。次いで、飛びかかったのは白いマントをはためかせた幼女だ。腰に差した剣を投げて、足を縫い止めると。
「そうか、貴様が」
アルトリウスの剣が、真上から下まで振り抜かれる。魔族は、そのまま2つになって倒れた。死体が残るので、鑑定を使うと。
魔族:鬼種 名称:不明 能力:不明
なんて出てくる。魔物ならば、普通に鑑定できるのに魔族だと不明になるところがおかしい。アルトリウスは、剣を収めると魔族を無視してそのまま進もうとする。死体を迷宮につながる穴に入れて追いかけた。
「フフン。手応えがないのは、つまらん。折角、自由になったのだ。強力な魔族と出会いたいものだな」
魔族は、手傷を負っていたのではないだろうか。手下が少なすぎる。部屋にいた吸血鬼もそうだが、アルトリウスとは相性が悪すぎた。火と光の両方を使う彼女が不得意とするのは、水と土だ。光と闇が相克する関係なのだけれど、彼女の場合は火があるのでむしろ闇もいけるという。
なんでもかんでも邪魔になったら燃やそうとするのは、ちょっといただけない。光を遮る土。炎を通さない土。闇よりも土だとか岩だとか木を苦手にしている。木は、燃えるし岩も溶けるのだが相手次第。相手の能力によるというべきか。水と木が合わさると、すごく苦戦する。つまり、彼女はアルーシュが天敵だ。樹なので。樹は、木なのであるが水を含むと燃えなくなる。
眼帯をした幼女は、槍を肩に当てて口を尖らせていう。
「こうなるでありますね。出番がありませんよー」
「うーん。最大火力で前衛だと、仕事がないよね」
レンなどは、どこ吹く風でのんびりしている。敵の姿がないので、浮き板にソファーでも用意する始末。休憩しながら交代で進めば速い。進むのも。狼程度だと、前衛だけで倒してしまえるし板の上でくつろぎ始めた。
「前衛、あの2人でいいでありますか」
「うん」
板の上では、ユウタの他にオデットとルーシア、レン。それにケンイチロウが横になっている。彼は、ずっと寝たままだ。いつになったら目を覚ますのかも不明で、しかも役に立ちそうにない。道幅も広い洞窟を板の上に乗って移動している。平面だけでなら楽なのだが、坂があったり階段のある場所で戦闘だったりするので大変だ。
もっとも、
「粉砕!」「光破!」
アルトリウスとウィルドだけで、魔物が倒れてしまう。先頭に配置しているだけで、魔物が消えていく死神ユニットだった。
「これじゃ、修行にならないですよ。あと、魔王が襲ってこない」
「爪を噛んだりしたら駄目であります」
「ごめん」
知らない内に、爪を噛んでいたらしい。生前にもやる事はなかったというのに、ユークリウッドの性癖が移ったというべきか。それとも身体と同化してきたのであろうか。元が一緒なので、仕草まで一緒になってきたのかもしれない。車座で、板を誘導していると。
「ん。これが、青銅の巨人か」
今いる通路は、幅が10mはあるというのに横幅だけで狭苦しい巨人が現れた。手には、ワーウルフの死体を握っている。それを投げつけてくる。飛来する物体を幼女が迎え撃つ。手に持った剣が、炎を帯びると。
「せい!」
「へえ……。やるな」
「ふっふっふ。我が剣に、死角はない!」
死体は、斬られて燃え上がった。アルトリウスは得意げだ。
「今一時の火炎剣。切れ味のほどを見るがいい!」
「こいつ、本気で言ってそうだな」
ウィルドが振り返る。さっと顔を逸らした。似たもの同士だというのに、意見を求めるのはやめてほしいものだ。アルトリウスが、剣から炎を出すとそのまま巨人の足に斬りかかる。巨人は、幼女を手で掴もうとするが手が粘土のように溶けて、頭から股間まで斬られた。
「フハハハ。他愛もない。もっとだ。もっと、できる魔族はいないのか」
「居たら、困るだろ。自分より強いのが居たら、逃げるわ!」
「ふふん。窮地こそ燃えるではないか。そんなんでは世界制覇など、夢の又夢よ!」
「ユークリウッドが倒すべきは、こいつなんじゃないのか? 危険すぎるだろ」
金色の兜に髪を収めた少女は、呆れている。手には、槌と盾。得物から、雷気が放たれている。
のりのりだ。この調子では、早々に迷宮を制覇してしまいそうな勢いである。魔王が出現したという連絡はない。ないのが不安だ。アキラからの連絡もない。ロメルには、連絡してくれているだろうか。迷宮に潜っているというのに心配で仕方がない。気を落ち着かせようと、インベントリから水筒を取り出した。保温もできる優れ物だ。
金属製のそれから、コップに茶色い液体を注ぎ込むと。
「お、珈琲でありますか。いただきます」
「気が聞くでありんす。吾にも、一杯よこすのじゃ」
寝ているケンイチロウ以外にコップを配っていく。アルトリウスたちは、戦闘に夢中で気がつかないようだ。浮遊している板の上では、振動がないので揺れて飲めないという事もない。風を使って浮いている訳ではないから埃も舞ったりしない、優れものだ。
浮遊板を実用化して、冒険者たちに売りつければ金になりそうな代物だ。だが、これは魔力を食う。操作している間にもずっと魔力が減少していくので、魔力が少ない魔術師では難しいだろう。コップを手渡していくと、次におはぎを取り出した。先を行く幼女と少女は振り返る風でもない。倒した巨人を回収する前におはぎを置いていく。
「ふむ。気が利くのう。吾も甘い物が食べたくなってきたところじゃ」
「美味しいです」
おはぎの評判は、いいようだ。作り方が簡単で、味に大差がないというと情けない話だが。これからである。そこで、フードの中の生物が起きてきた。食べ物には、目が無いようだ。3匹は、我先にと食いついている。争奪戦が始まった。
「考えたのですが、いいですか?」
ルーシアが近づいてきた。セリアもDDもブランシェもおはぎに夢中だ。レンは、目を細くしてひょいひょいと口に入れている。オデットは、巨人の残骸をインベントリに放り込んでいる。何であろうか。黒髪で前が見づらいのであろう。手で、それを払うのが仕草になっている。
「何?」
「魔王が、出てこない理由です」
「うん。待っているんだけどね。ほら、万全の状態で」
「魔王も、待ち構えているのがわかっているならば出てこないのでは? 普通に考えて、火中に飛び込むような物です」
「そうだね。それは、そうなんだけど」
そうなのだ。敵が待っているとわかっている所に飛び込んでくるか。というと、敵も慎重にならざる得ないだろう。妙な小細工で、かき回してくる戦法が実にいやらしい。真っ向からちまちまと戦力を送り出してくるのなら楽勝なのだけれど。そうではないので、困っている。ならば、あえて弱って見せるというのはどうであろうか。
浮遊板に戻りながら考える。
「弱ってみせるとか……。危険だけど」
「そうです。短期決戦を望むのは、あちらの方でこちらには利がないのですから。もっとも、魔王を放置しておいても勝手に自滅しそうですが」
自滅するであろうか。リヒテルは、どんどん異世界から日本人を呼び出せるとしたら? モラルもへったくれもない連中を呼び出せるとしたら脅威だ。勘違いしようが被害を受けるのは、ウォルフガルドで生活している獣人たちだ。そして、そのとばっちりを受けるのは……。
「ラトスクをがら空きにして見せても動きがないってことは、追いかけていかないと駄目かな」
「追いかける。ですか? 居場所がわかればいいのですが、網を広げる必要があると思います」
「シルバーナたちにかかってるなあ。諜報網をもっと南、ロゥマ共和国とライオネルに向ける必要があるね。それと、増援の人たちだけど給料を手配しないと。冒険者ギルド経由でいいかな」
南に探索の手を伸ばすべきだろう。周囲の開墾事業と相まって、全国的に生産量を拡大している。ガーランドを南にやる一方で、西にはアキュをやって東には、モヒカンことバラン、髭ことサムソン、枯れ木のトーマスだ。配下の数が足りない。北は、ロシナがいるので心配ないだろう。ロシナの配下には、吸血姫だとか槍の名手だとかがそろっている。金がないのが欠点で、ユウタが用意しなければならない。
ずりずりと、青と緑があいまった金属でできた物体を穴に放り込む。
「いっそ、怪我をしてみせるのもありかもしれません」
「どういう事?」
「その通りですよ。噂を流すかそれとも引き篭もって姿を見せないでおくとか」
「うーん。考えとくよ。死んだふりだよね」
「はい。擬態です」
怪我をしても、すぐに治るのはリヒテルも承知しているだろう。騙されるとは思えないが、やってみる価値はありそうだ。それで、出てきてくれるなら儲けもの。
「冒険者の人と出会いませんね」
「獣人の臭いがするのじゃ。いるには違いないが、場所が離れているのじゃろ」
ルーシアが、いうとレンが鼻をすんすんと動かして反応する。
と、派手な炎が吹き上がった。炎の技を洞窟の中でやるのは、不味い。見れば、青白い人間がアルトリウスとウィルドに襲いかかろうとしているところだ。幼女の剣が、炎を吹き出す。冒険者であったろうそれが掴みかかるところで、右袈裟に斬られた。ヴァンパイアもどきは、灰になって崩れ落ちた。丸太を出すまでもない。
「……こやつら、もしや冒険者か。この分でいくと、冒険者たちは全滅していそうだな」
「それは、不味くないか? 冒険者ギルドがこの事態を把握しているとは、思えないぞ」
「ふふふ。そう、怯えるな。俺が来たからには、魔族は全滅よ。ハーッハッハッハ」
幼女は、反り返りすぎて後ろにひっくり返りそうなくらいだ。こうも自信があると、心配になる。彼女には、後先を一顧だにしないところがあるので、困ったものだ。そこに、ウィルドが口を出す。
「その自信がどこからくるのかわからないが、洞窟の中で、炎の技を使うなよ。酸欠で死んだらどうする気だ」
「フハハ。その心配はない。何故かといえば、そこにユークリウッドがいるではないか。奴に風の魔術を使わせれば、あっという間に新鮮な空気がやってくる。何、そこに酸素が含まれているか? 知るか! 危険なのは、一酸化炭素を吸い込む事だ。まあ、そもそも洞窟で冒険者がばんばんやられないように作るのが普通だからな。そんなんで酸欠状態になるようだと魔物も全滅ではないか。迷宮を運営する奴が配下を全滅にしても探索者を仕留めようとするか? というと疑問だ。核まで来ているようなら別なのだろうが……。ちょっとやそっとの炎で酸欠になるようだと、この地下洞窟にいる魔物は上で炎を炊いているだけで全滅だぞ」
幼女は、ドヤ顔で解説した。両手を腰に当ててふんぞり返っているのが、また憎らしい。くるっと、後ろに走って来る。と、そのまま板の上に乗っている皿を見つけた。じぃーっと3匹を見つめて、ユウタに視線を寄越す。無くなったのに、食いたいのだろう。しかし、作業がある。おはぎは、売り切れだ。ずっと戦っている方が悪いんです。そういう風な視線を返すと。
「あー疲れた。お前らも戦えよ。俺ばっか戦わせるんじゃない。ほれほれ、行け!」
これである。浮き板に乗っている人間たちを追い出すと、1人で座る。食べ物は、ない。寂しそうだ。
「何かだしてあげた方が良いと思います。あれで、駄々こねるつもりかもしれませんよ」
「なんて、厄介なんだ」
「おやつって、言ってないユーウも悪いでありますよ」
ウィルドが、先頭に立っている。後ろから敵が来てもおかしくない状況だが、周囲からは魔物が出る風でもない。おかしな状況だが、前方からしか魔物が出てこないのだから回収していくだけだ。ブランシェにDDが乗って、セリアが人に戻っている。セリアが人に戻っているせいかもしれない。狼型の魔物が恐れをなして襲ってこないという。
倒した魔物たちを回収し終えて戻ると。手が、さっと出てきた。飯というつもりらしい。食いたいと、真っ直ぐな目が訴えている。茶色い壁に、淡い光で洞窟の中は明るい。アルトリウスがいるせいなのか。真昼を思わせるくらいに、明るい。インベントリから、クラブの肉で拵えた肉団子を取り出す。味付けにソースをつけている。
やや濃い土色の団子を見て。
「これ、美味いのか?」
皿の上に乗ったそれには、楊枝を刺してある。魔族にもびびらない幼児は、団子を目の前に持ってきて見つめている。
「食べてから、不味いか美味いか言ってくださいよ」
幼児は、食わず嫌いの多い子なのだ。魚介類が駄目だったり、といいつつ赤みのあるのはいけるが白い肉というか烏賊が駄目だったり。出してみないとわからない子なのだ。そして、ほかほかしたジャガイモの切れ端を油で上げた物を取り出す。アルトリウスが頬張ると、何故かブランシェとDDが涎を垂らして皿の横にいる。
「こら! 駄目だぞ。げぇっ」
「に、肉ぅっ」
「ふぁ? や、やめろ。これは、俺のだぞ。アーッ」
人語を喋って、肉団子に襲いかかる2匹。金髪の幼女は、涙目になって白いのと黄色いのを追い払おうとするけれど。ブランシェとDDは、素早い。少しずつ、取られていく。オデットとルーシアが困ったように見てくる。そして、手が出された。作ってあるのが、無限にある訳がないのに。




