151話 たまの迷宮2 (ユウタ、ケンイチロウ、アルトリウス、ウィルド、オデット他)
「フハハハ。狩りという物は、楽しい物だな! 下郎が混じっているが!」
スキルの連打。ボスが憐れなくらいだ。
「ちょっと、聞こえないですよ」
そして、争っていたのは誰であろうか。五月蝿い幼女の兜にびしっとチョップを入れると、大人しくなった。階段を降りたすぐに休憩所がある。そこでは、男たちの集団が、声を荒らげていた。フードの中の生物たちは、すーすーと寝息を立てている。3匹ともにやる気0だ。
「ここから逃げるなら、逃亡罪で死刑になる。もう一度言っておく。ぬ……」
アキュだ。禿頭に、浅黒い肌。それでいて、ぴっちりとした黒いパンツ。上半身は、細いバンドで肩パットを止めている。手には、斧。しかし、使うのは魔術。食い込んだバンドとおいなりさん。ほとんど、変態だった。それに反抗するかのような男が1人。両脇に1人ずつ立っている。手下だろう。或いは、意見を同じくする仲間か。
「てめえ。あんな化け物がでているなんて一言も聞いちゃいねえ。俺たちは、帰らせてもらう」
不満のようだ。しかし、魔族が出現しているのだ。協力しないようでは冒険者ギルドの意味がない。それを窘めるように、アキュは顎を撫でると。
「だから、な。逃げるなら、逃亡罪で死刑だと言っているだろう。それでも去りたいなら、去るがいいと言っている。ギルドの追跡部隊から逃げられるかな? エルドット」
エルドットか。アキュに言われて、歯ぎしりをしている。殺すのは簡単だ。反抗する人間を1人残らず殺してしまえばいい。すると、反対意見もなくなる。多様性が失われるくらいなのと、汚名が付くが。
「ぐううっ」
何かもめているらしい。これはどうした事か。何時もなら、澄ました顔をしているアキュが苦い表情を浮かべていた。アキュと相対している犬耳を生やした獣人は、エルドットというらしい。どうせすぐに忘れてしまう名前だろうが。身体は、アキュと同じかそれ以上に大きく腕は獣毛でびっしりと覆われている。アキュとどちらが強いのか甲乙つけがたいが、去ろうというのだ。
そこに、黄金の鎧を纏った幼女が進み出る。
「逃げたいのならば、逃してやるがよかろう。ここで騒いでも士気が下がるばかりだ。見苦しいからな」
アルトリウスが、しっしというような手振りでエルドットを追い払おうとした。頭を撫でるアキュが、どうしたものかと視線を送ってくる。仕方がない。
「エルドットさんは、どうして帰りたいのですか?」
突然、割って入ったユウタに不審者を見る目を送ってきた。しかし、無視するつもりはないのか。
「ふん。人数が足りねえ。戦うにしたって、どんどん数が減ってっちゃ戦いようがねえんだよ! 金もいる。しかし、ギルドのしけた金で追加の装備を用意なんて出来ねえ。だから、帰るっつってんだ。旦那には、世話になってるよ。けどよ、魔族が出てきたら死人が出てんだから。何かしら手を打たねえと、こっちは全滅だ!」
なるほど。それは、わかる。見たところ、獣人の数も減っているようだ。クランの精鋭を連れているにしても、数が足りないのは問題だ。問題を放置しておくと、更なる問題が発生して連鎖的に膨れ上がっていく。先送りにしても問題は、好転したりしない。
なので、
「わかりました。でしたら、どれくらいの資金があれば追加の人員を募集するのに足りますか」
「んっ、んー。んーと、そりゃ計算しねえとわかんねえ。今は、そんな場合じゃねえけど、計算したら見積もりくらいは出せるぞ」
エルドットは、暗算ができないらしい。もっとも、簡単に数値を出されても困る。よくよく、ロメルと話をしてもらわなければいけない。
それがいいだろう。見積もりが出せるなら、仕事を任せてもいい。この国では、見積もりを作れる人材が貴重だ。そもそも、日本人の感覚でなんでも事を進めようとするのは誤りなのだから。犬耳を生やした灰色髪の獣人は、2人の手下を連れて近寄ってくる。
「でしたら、追加の兵員を募集して訓練したらこちらに送る業務をお願いしますよ。経費は、アキュさんと相談して請求してください。その都度の承認が必要になると思います」
「じゃあ、罪には問われねえって事か?」
そうではない。たまたまだ。たまたまアルトリウスがいてユウタがいたからで。そうでなければ、敵前逃亡で銃殺ならぬ絞殺か斬殺か。それらになるだろう。かように、冒険者稼業とはままならないものなのだ。とかく行き当たりばったりで、碌な作戦がなかったとしてもそれに従わざるえないのである。
なので、釘を刺しておくとしよう。
「この場合は、ということですね。ちょうどよくアル様が居てくれて助かりました」
「フハハハハ。いいとも。雑魚には、数が頼みの綱であるからな。認めようではないか!」
アルトリウスが、のけぞるようにして指を差す。この幼女、わかっていないようでわかっていたりするので無視できない。エルドットを逃亡罪で処刑するよりも、人事異動という事でやり過ごした方がプラスだ。しかし、アキュは申し訳なさそうに身を縮こまらせている。
「見苦しいところを見せた。申し訳ない」
「いえ。それよりも、苦戦しておられるとか。本当の事なのでしょうか」
「ああ。各地に分散させたので戦力が、不足しているのは事実。金がないのも、事実だ。皆、よくやってくれているが魔物に加えて、魔族までもが出てきたら守りきれるのか。不安になっているのだろう。わからないでもないが、自分たちの国なのだから自分たちの手で守らないといけない。ギルドからの支援は、あるにはあるが金が食料に消えてしまって立ち行かない。この迷宮では、稼ぎが悪いからな。なんとかする必要もあって、彼とは意見が食い違う事が多かった」
浅黒い顔に縦皺が刻まれる。どうも、アキュもまた不安と疲労が溜まっているようだ。冒険者ギルドでは、高額の報酬が約束されているといっても成功報酬だ。その間は、どうするのかというと手付け金などで凌ぐしかない。手付け金に手を付けると、その日と生きていくので精一杯のような風になってしまう。所謂、日雇い労働者のように。
解決するには、報酬を高くあげなければならない。だけれども、それがそうはいかない。
「中を掃除しておきますか。時間をそれで稼げればいいのですが」
「魔王を退治しなければ、根本が解決しないのが痛いですな」
リヒテルが弱ければよかったのだ。一撃で死ぬくらいに弱ければ。しかし、火線を避けて見せたりゲリラ戦法をしかけてくるのであった。うっとおしい。
アキュは、仲間の方を向いた。ナタリーやユッカが居ないのも大きいのかもしれない。出入口で待機している人間を用意したり、工夫を凝らしているようだ。さりげなくサポートしておく必要があるだろう。包を取り出すと。
気分を良くしてもらうには、食べ物だ。悪くなった雰囲気をどうにかするように。
差し出されたそれを見るアキュは、目を大きく見開いた。怖い。
「これは?」
「寿司です。食べてみてください。新鮮ですよ。味もついているので、そのまま食べるといいでしょう」
麦茶でもあれば、最高だ。しかし、休憩所には休む場所が拵えてない。モニカに視線を送る。こくっと頷いた。流石、モニカ。何も言わなくとも辺りを見渡しただけで、わかってくれるとは。心の中で感謝しつつ、質問してくる幼女。
「ベッドとかを作ればいいですか?」
「そうですね。それに、扉と娯楽施設を作るべきでしょう。転移装置も破壊されているみたいなので、復旧させる必要が」
金が、どんどんでていく話になりそうだ。すると、鉢巻をしたミミーがモニカに合わせて頷く。息があっている関係になりつつあるのか。資材の方は、どうするつもりか。
「収納鞄に入っているのでは足りないので、いくらかおいてってもらえますか」
「いいよ」
他の人間は、関わりになろうとしない。面倒だからだろう。くつろいでいる。丸太をぽんぽんとおいていくと、室内が手狭になった。
「これくらいでいいかな」
「はい。あとは、任せてください」
モニカとミミーを置いて行っても大丈夫だろう。何しろ、前衛だけのパーティーなのだ。オデットとルーシアは、大工ができるかというとそうではないというか。やらせればできるだろうが、積極的にはやろうとしない人間だ。地下2階の休憩所は、狭くはないけれど常駐するには厳しい。
栗色の髪をした幼女が、魔装の技を解くと。ちょこちょこと丸太を引きずっていく。ベッドを作るつもりなのだろう。迷宮に施設がないのならば、作って貰うのがいい。入り口ならば、山田に頼むのも有りなのだが中は戦闘ができないようでは危険だ。魔物がどこからでもでてくるような風になっているので、安全とは言いがたいからだ。
転移装置を置いていけば変わるのだろうけど、それもまた金がかかる。
「2人を置いていっていいのでありますか?」
「戻りは、回収していくよ」
「それなら安心だね」
2人が抜けてもまだ、5人もいる。ウィルドにアルトリウス。レンにオデット、ルーシアだ。全員が、前衛よりなので後衛をするしかない。攻撃も物理よりなので、ゴースト系の魔物が苦手だ。幸いにして、ゾンビウルフだとかそういうのが多い。アキュに、軍資金を手渡して寿司を振る舞うと先に進む事にしよう。
「……眼鏡、眼鏡がないです。どこに置いたんでしょう。誰か知りませんか」
小柄な幼児が立ちふさがった。まるで、構って欲しいようだ。
「えっと、どうしたでありますか」
オデットが速攻で引っかかっていた。
「僕の眼鏡がないと、戦えないんです。……どこだろう」
割れて破壊されたのではないのか。アキラと一緒にいたケンイチロウだ。
「確か、この辺に落としたはずなんですけど」
そこには、地面しかなくて何も見えていないようだ。視力が悪いのかそれともわざとやっているのか。
「迷惑ですよね。えっと、すいません」
しかし、通路を塞ぐようにしてちょろちょろと動く。この動き、遮っているようにしか見えない。
「誰か、一緒に探してくれる人がいるとありがたいです」
「わ、ぶっ……」
オデットの口におはぎを突っ込むと、アルトリウスが幼児の腹に拳を撃つ。【ボディーブロー】だろう。それで、もんどりうって地面に転がった。
「うざったい奴だ。寝ていろ」
普通に、死ぬ。そして、ケンイチロウは痙攣している。もしかすると、異世界に来てこの調子で人にうざがられていたのかもしれない。チラッとしすぎだ。
「構って欲しいんでしょう。けど、なんか頼みにくいというか。そんな感じの子なのかもしれませんね」
「ふふふ。吾ならば、埋めておるところじゃ。にしても、これは美味しいのう。食べると、食べただけもっと入っていくでありんす」
「気に入ってくれたなら、幸いですね」
誰も起こさないので、もしかするとアキュのクランでも持て余している可能性がある。そして、浮遊板に痙攣しているケンイチロウを乗せていくと。
「それ、連れて行くの? なんで?」
「いや、ほっとけないよ」
「放っておけばいいのに」
ルーシアは、容赦がない。全然、相手にする気もないようだ。ケンイチロウは、悪い人間ではないかったのに。この状況では、明日にも死んで放置されている可能性が拭えない。
「これは、めんどくさい奴だぞ。きっと、そうだ。スキルは有用そうだが、なんというか感性がなあ。とてもではないが、帝国にも誘う気になれないな」
「お前の所で回収してやるがよいぞ」
「なんで、ここまで嫌われているんだろう。ケンイチロウってそんなに、嫌な奴なの?」
すると、全員の視線が集まった。魔物を相手にしながら、だ。現れたのは、2匹のワーウルフだ。火線で真っ二つになった。肉も残らないので、アイテムがドロップしなかった。
開口一番。
「こいつ、絶対に構ってちゃんだろ。自分からは、なんか頼み事をするのが恥ずかしいから人に言わせようとするタイプに違いないな!」
「ふふふ。面白い奴なのかもしれませんね」
「姉上、目がぜんぜん笑ってないであります。面倒なので、処分したがっているような」
「あら、何の事かしら」
ルーシアの目が細められて、糸のようになっている。気にしないでおこう。これで、面倒見のいい子だったりするのだ。オデットの事も、モニカの事も良くしてくれているようだし。シャルロッテともそこそこ遊んでいるようだ。いい話しか聞かないいい子なのだが? 時折、豹変する事がある。この時が、そうなのだろうか。
ケンイチロウは、寝たまま口から黄色い汚物を吐いている。かなり汚い寝相だ。
「これは、放っておいていいかな」
「いや、可哀想だろう……。んー臭うな。……やめておくか」
ウィルドも鼻をつまんで離れた。男だし、自分でなんとかしてほしい。
残念ながら、ケンイチロウの寝ゲロを始末してくれそうな人間がいなかった。
背中に、セリアの爪か何かが突き立つ。痛い。
「これが、敵だったらな。始末しておくのだが」
「いやいやいや。駄目ですよ。将来的には、使える人ですから。今は、駄目でも……」
「それって、将来にかけてずっとちらちらしてくる人なんじゃないでありますよ?」
「ふむ。この馬鹿は、ここで始末しておいた方が世のためかもしれんな」
寝ているから、というか。歯に衣を着せぬ女子たちのいいように止めようがない。男が1人では、女に太刀打ちできようはずもない。言葉は、暴力だというのを思い出した。ケンイチロウもフルボッコである。寝ゲロしたくらいで、これだ。
「この子は、普通の幼児なんですよ。少しは優しくしてあげても、いいんじゃないですか」
「こんな幼児がいるか!」
「……普通の幼児ですよ」
普通の幼児だ。どこからどう見ても、黒髪をした小学生。白い貫頭衣を着ていて、かなりきつい臭いがするけれど。アキラのパーティーから放逐されたようだし、無碍に扱うのもいかがなものか。
「やけに、この子の肩を持つのですのね。少し、妬けてしまいそうじゃ」
「焼ける? ここは、燃えませんよ。火の魔術なんて使ったら、酸欠で死ぬでしょうし。少し、ならともかく」
「そっちなのか。ま、いいが。ともかく、この速度で走っているのに寝ている度胸は認めるぞ」
敵がでてくるとすぐに真っ二つか何かわからない形状になって潰れるか。先頭を行く人間は、アルトリウスと他4人だ。それにユウタとケンイチロウである。乾いた土を踏んで、歩を進める。魔族の姿は見えない。本当に、魔族がいるのか。出てくるのは、狼人間だったり狼の死体であったり大型の狼ばかりだ。おぞましい気配がしたりだとかいうこともなく2階のボス部屋まで来てしまった。
2階を踏破した時間は、15分という所だろうか。この調子で進むとあっという間に10階でも20階でも潜って行きそうなペースだ。中は、広いのだし罠にも気をつけなくてはいけないのだが。
「ふむ。何か居るようだな。と。ん? 扉は、空いているようだぞ」
「あ」
アルトリウスは、まるで注意もしないまま入ってしまった。
慌てて入ろうとすると、中から奇怪な声が聞こえてくる。
敵だろうか。フードの中にいる白い奴の角が、背中に突き刺さって痛い。こっちの方が痛い。




