150話 たまの迷宮 (ユウタ、レン、ウィルド、アルトリウス、モニカ、ミミー、オデット、ルーシア)
「よし。俺の配下に加わりたい奴は、この指とーま……」
金色の鎧を着た幼女が、指を上に突き立てていう。獣人たちは、立ち止まっている。
危ない。天下の往来で、何をしようというのか。アルトリウスは、とんでもない事を言い出すので困ったものだ。奇異の目を向けてくる獣人に、笑顔を作って手を振りながら事務所の方へと引きずっていく。
めんどくさい奴だ。
「やめてくださいよ」
―――セフセフ。
危ない。
もしも間違って大量に兵隊が増えたらどうする気なのだ。それでなくとも出費がかさんでいるというのに。幼女だといっても、尻をぶっ叩くくらいの事はしないといけないだろう。飯をたらふくくって重みをました生き物がフードに入っている。重い。引きずっていく幼女の方がずっと軽いとは。これいかに。
室内に入ったところで、金髪の幼女を立たせる。そもそも、狩りに行く所だったのに。
「ふん。自由だ! 俺は、自由だぞーーー!」
突然、叫んだ。鼻息も荒く、訳の分からない事を言い出す幼女。呆れたのは、帝国からきた少女だ。
「なあ。こいつって、本当に王族で間違いないんだよな」
「ええ。ですが、僕もちょっとめまいがしてきましたよ」
もちろん、めまいなんて気のせいだと思っている。しかし、王族としての自覚が欠片も見えないのは困ったものである。それとも、ユウタだけがそうなのか。
すすっと、転送室に向かうとアルトリウスがウィルドとユウタを追いかけてくる。その後ろには、狐耳を生やした頭に帽子をかぶる美女と仲間たちだ。全員がついてこようという事らしい。魔王を倒さねばならない。未だに連絡が入ってこないという事は、何も起きていないかそれとも連絡できないようになったかのどちらかだろう。
ロメルに声をかけておく。
「それでは、いってらっしゃいませ」
転移門を作ると。
「ほう。これは、便利な物じゃのう。これは、あやつも知っておるのかえ」
「んっ。まさか、お前は……よく見たら、ババアじゃねえか。引きこもってたんじゃねえのか!」
―――ババアって言っちゃだめだろ。
胃が、炎症を起こしそうだ。スレでも立てたら、炎上すること間違いなしの問題発言だった。
また出発が遅れそうだ。幼女を抱えると門に飛び込む。また喧嘩になっては、目も当てられない。門を抜けたところは、餓狼饗宴の迷宮だ。辺りには、獣人の兵士が立っている。そして、それを指揮しているのもまた獣人だ。地域ごとに主流となる獣人がいて、これまた面倒な事になっている。ラトスクの町では、黒狼族が主体となっているのだ。
毛並みが黒で、男は腕に毛が生えていたりする。それと尻尾と頭に獣耳だ。ユウタのいた世界とは違う生命体ではない。普通に人間と変わらない思考と感情を持っている。兵士たちは、ぴりぴりとしているようだ。そこに、ちょこちょこと歩いてくる小人族がいる。
シックだ。アキュのクラン員であり、ユウタも知っている。
「あれ、こんにちはー。どうしたんですか? 皆さんで、迷宮に潜るんですか」
「ええ。ちょうど、魔王の行方がわからなくなってきたのでしょうがなく。散歩みたいな物です」
「くぅうー。自由だ!」
幼女は、自由を満喫しているつもりらしい。開放されたというような顔を上にあげている。
はっとシックがなった。「どうしたんですか? この人」みたいな視線を送ってきている。残念な幼女にかける言葉もない。生暖かい目をシックに返すと。
「自由というか、人間はみんな自由だぞ」
ウィルドは、アルトリウスとさほど変わらない形状をした鎧を纏う。少女が、混ぜっ返すのでまた迷宮前で戦いが始まりそうだ。アルトリウスが、半眼でウィルドを見ている。ルーシアとオデットに目で合図を送ると、アルトリウスを引き離す事に成功した。もはや、隔離しておくしかない状態だ。大人数なのだし仲良くしてもらわねばパーティーがもたない。
今日は、レンにモニカ、ミミーまでくっついている。セリアに白い玉とひよこはフードの中で寝ている。小便だけは勘弁して欲しいものだ。たまに、寝たままするのである。お腹が一杯になっているせいかすやすやと動かない。心のなかではガッツポーズをしている。セリアがいると、迷宮を破壊しだすのだから訓練にならないのだ。やめて欲しい。
少女は、髪の毛を弄る。
「ふむ? なんか、こじらせている奴なのだな。憐れな」
「くふふ。あれの若い頃を思い出すでありんす。なんといえば良いのやら」
ウィルドが言うと、レンが扇子越しににんまりとした。怖いのは、気のせいか。
レンは、似非関西人な口調の人であった。扇子で戦うのだろうか。戦った姿を見ていないので、戦えるのかどうかわからない。迷宮に入るというのに、至って軽装だ。ひらひらとした紫色の服。いつの間に着替えたのか。胸元をがばっと開けるスタイルで、目に毒だ。
小人族のシックは、小さな手を上にあげてアピールしながらいう。
「えっと。中は、大変な事になっているので入るのはおすすめできませんけど。よろしいですか?」
「どういう事でしょう」
魔族は、出てきている。迷宮からも出てきているのだろう。それを知りながらシックの話を待つ。
「魔族です。魔族が現れたんですよ。しかし、倒しているので問題ないといえばいいのですけど。冒険者ギルドには行かれましたか?」
「いえ」
「そうですか。でしたら、行っておくべきでした。冒険者ギルドでも、南の町が襲われた件で大騒ぎになっています。誰が、魔物を召喚したのか。誰が、町を襲ったのか。情報収集しているところらしいですよ」
冒険者ギルドも情報を集めているのだろう。シックがここにいるという事は、中にアキュたちがいる可能性がある。魔王は、どこにいるのか。目下の所、捜索中で見つからない。探せども見つからないと云うことは、何処かに隠れている可能性がある。遠くに離れたと見せかけて、灯台もと暗しかもしれないのだ。灯台の下が暗いから見つからないのだが、灯台の下も明るかったらどうなるのであろうか。
意味がわからなくなってきた。
「ふーん。あれの匂いは、わかりますよってリヒテルかいな。あれとウォルフガングは、旧知の中でありんす。締め上げれば、何ぞ吐くのとちゃいますか」
レンが、重要そうな事をいう。セリアの父親が絡んでいるのか。むしろ、リヒテルと組んでいたとかいう話になってきたら収拾がつかない。何しろ自分で、自分の国を破壊しているとかいう事になるからだ。問い詰めておく必要があるだろう。フードの中に手を突っ込んだら、払われた。眠いから、止めろという事か。眠るのを邪魔されても、起こされても不機嫌になるので無理ができない。
後で、ぶーたれるのである。
「考えておきます」
「そうどすか。そしたら、いきましょう。久しぶりやねん。腕がなりますよって」
「あの、レンさんの武器はなんなんでしょうか」
歩きだすと、全員が移動しだした。男がユウタ以外にいないのは、どういう事だろう。よく考えれば、己以外の男子を必要としないのだった。寝取られるとか、最悪だし。この先もそうであるという確証はないけれど、今が一番心地よいである。仮に、男を入れるとして一体どのような男ならばいいといえるか。ユウタよりも力があって、ユウタよりも頭が回って、なんでもこなせる人間ならいいのだが。
レンは、扇子をぱっと広げると。
「そう、どすなあ。なんでもいけますよって、武器は選びませんわ。なんぞ、不得手があるなら遅れをとるどすやろ。せやから、武器はそこにあるもんでええどす。この扇子にしても、普通のもんですけどそりゃ!」
先頭を行くアルトリウスとウィルドの前に現れたウルフに長さ15cm程度の扇子が激突してばらばらになった。しかし、魔物の頭は割れたのか血が噴き出して倒れた。斥候役のウルフだったようだが、あえない最期だ。
「こら! 後ろから攻撃するなら合図くらいしろ! 当たったらどうする気だ」
「あらあら、腰が引けているようでは王など務まりませぬ。でしょう?」
同意を求められても困る。金髪の幼女は短気なのだ。迷宮で仲間割れした挙句に、深部で全滅だとか笑えない。なので、謝った方がいいのだがレンは気にした風でもないまま胸を張って前にいく。モニカもミミーもびびっているというのに。
「貴様ぁ!」
「あら、あんなところにお父上が」
「なに!」
「な~んちゃって。うふふ」
「こ、こいつ」
レンがアルトリウスをからかっている。金色の鎧に身を包んだ幼女の頭をぽんっと叩くと。
「もしかして、あいつ、彼女に頭が上がらないのか?」
「さて、どうでしょうね。面白い光景ですけど、とばっちりのほうが怖いんですが」
「うーむ。他人の弱みにつけ込むのも、格好わるいな。狐人族の国はずっと東にあるのでここにいるのが珍しいのだが、ミッドガルドと何やら関係がありそうだな」
「あのアル様が良いようにされているのが、新鮮であります」
オデットが加わってきて、物怖じしない彼女にウィルドは、
「お前も、ユークリウッドの配下なのか? 大した業物だな」
「へへっ。ユーウがくれたゲイボルグとかいう槍であります。凄い武器でありますよ」
「それは、すごい。どうだ、ウチの国に来れば高額と高い地位を約束するぞ」
まさか、裏切ったりしない。そっと眼帯をした幼女の顔をちらっと見る。
「えへへ。それは、嬉しいお誘いであります。しかし、そういうお誘いはずっと断っているでありますよ。今は、冒険者学校に通っているでありますし。騎士学校を選ぶか魔術師学校を選ぶかユーウ次第であります」
「そうか。ならば、ユークリウッドが帝国についたらウチにくるという事だな?」
「それこそ考えにくい将来であります。ウィルド様が、帝国からこっちに遊びにくるでありますよ」
「ぐっ。それは、確かに魅力的な提案だ。かの孫子もまた敵を知れば百戦して危うからずという。戦わずして、相手の戦力を味方につけられればこれに優る物はない。兄上たちは、ミッドガルドの力を恐れてさらなる力で対抗しようとしている。巨人を見て、それでも戦争の道を選ぶのだろうか。私は、心配でならないよ」
ウィルドは、戦争を諦める方向でいくようだ。しかし、周囲の状況がそれを許さない。いづれ彼女の軍団と対決する日がくるのかもしれない。彼女の記憶は、ユークリウッドが持っていなかった。ということは、何かしらまた運命が変わったという事だろう。さても面妖な事態になってきたが、引くに引けない。帰ろうとしても、帰れないとは。
先をいく4人は、どんどん速度を上げている。出会った魔物は、全滅だ。何かわからない形状に粉砕されているか、斬られていく。前衛が余っている。ウィルドもアルトリウスもモニカもミミーもオデットもルーシアも前衛だ。後衛が出来そうな人間は、レンか己か。どちらにしてもアンバランスなパーティー構成だ。後衛もできるようにオデットとルーシアは育成したけれど、前衛をしたがる。
「ふむ。人の悩みは何時も尽きぬことでありんす。その悩みは、鏡を見ればよいじゃろうて。殴られるよりも殴りに行っておるじゃろう。帝国も王国もどちらも一緒じゃ。他が怖いから、殴っていう事を聞かせようとしよる。大概じゃな」
「ふん。帝国とは、違う。理由は、明かせないがな」
アルトリウスが下がってきていう。がちゃがちゃと金属の鎧を鳴らすと。
「ほう? 大義……かえ。それはおかしいのう。かの戦いより、いまだ復活の兆しは見えぬが。あれもまだ生きておるではないか」
「ふふふ」
にやにやとした表情で、レンの顔を見ている。前に進む足が止まらない。全員で、走っているような格好なのに誰も疲れたと言わないとは。浮き板の出番もなくて、悲しい。折角、寿司の用意をしてきたというのに。考えこむ狐耳を生やした美女を他所に、三つ首の狼が居る部屋に入る。
「光覇!」「斬撃!」「火線!」「粉砕!」「斬撃!」「粉砕!」「トライスピア!」「崩拳!」
滅多打ちで、瞬殺だった。レンは、素手もいけるようだ。宝箱が出てくるのを期待したけれど、影も形もなかった。
悔しいが、リアルラックはないようだ。
「どこまで行くでありますか? この調子なら奥まで進めそうであります」
「魔族がでてくるまで潜ってみますか」
「おー。やる気だな。何時もは、すぐ帰ろうとするのに。何かあったのか」
何もない。しかし、魔族のやりようは悪だ。獣人を片っ端から殺すような人間を召喚するなど。あってはいけないし、やられたら何がなんでもやり返す。このまま日本人ぽい殺戮者を呼び出されるのは、迷惑なのだから。ここに潜っているのも、あえて敵の動きを誘うための代物だ。再び動いた瞬間、仕留めるだろう。ベリアルとかいう鬼面の魔族は、迷宮の餌になっている。
情報を聞き出すとかいう話もあったが、手加減できるほど弱くなかったので仕方がない。
「特にありませんよ。さあ、先に進みましょう」
「あ、ちょっと待て。そうだな」
アルトリウスが、喉の辺りを押さえている。何が欲しいのかわかった。しかし、ここで渡すのか。入って全力で走ってきたような状態とはいえ、早過ぎるではないか。デブになってしまう。
「うーん。そうだ。ミミーなんかあるな?」
「え? えっと。あっ、そうですね。わたしも」
なんという催促の仕方。アルトリウスは、一番立場の弱い獣人を味方に付けたようだ。しかも、ちらちらと視線を送ってくる。飲み物をインベントリから取り出すと、珈琲を温めて出す。結局、我も我もと全員分だ。経費として、引いておきたいくらいだ。しかし、この幼女は経費を無視しようとするからたまらない。お前の物は、俺の物のようにいうのだ。
休憩して、地下2層に降りていくと。
「なんだと! てめえ、もういっぺん言ってみろ!」
罵声が聞こえてきた。立ち止まった背中に、巨大な柔らかいものがぶつかる。
危険だ。




