144話 魔王の企み (リヒテル、ベリアル、義人)
適当な村を襲って、そこの住民を皆殺しにすると。
リヒテルは、魔方陣を描く。勇者召喚の儀式だ。
この場合、善の勇者には程遠い人物が引き寄せられる。
圧倒的な劣勢なので、異世界人に頼るしかない。
ベリアルは、帰ってこなかった。ユークリウッドが逃がすはずがない。
黒い巨人の脅威。魔王軍を全軍で当たらせても、無理ではないか。
有翼種が作っている巨人と、ほとんど同じそれだ。
(準備は、できました)
魔力は、十分。
引き当てるのは、比較的簡単だ。業の貯まった人間は、人間を殺しやすい。
勘違いしてくれれば幸いだ。
経歴も重要な参考になるだろう。
ゲームだと勘違いしているなら、尚の事に都合がいい。
(さて。どんな人ですかねえ)
おあつらむきに、人の死体を積み上げて錯覚するように仕向ける。
前に召喚した人間は、戦争がしたい。とばかりつぶやく人間だった。
魔王には、その人間を誘導するのも容易い事だ。
魔方陣が輝きを放つ。と、1人の人間が召喚された。
今回の場合だと、ゲームをやっていた男だ。
男は、死体を見ても驚かないようだ。
それなりに使える人間なのかもしれない。
観察していると、手に魔方陣を描いて魔物を呼び出した。熊の魔物か。
口が、だらんと広がる。そこに死体が詰め込まれていく。
(ふふふ。これは、好都合。いいのを引き当てましたねえ)
村の名前は、知らない。リヒテルには、どうでもいいことだったし、知ろうとも思わない。
男は、少年というよりは青年。20代後半であろうか。
力の方は、相当な物がある。だが、獣人の死体を魔物に食わせるとは。
(ユークリウッドとぶつかるのは、すぐでしょうねえ。これは、大きなモノを引き当てましたか)
相手は、ゲームだと勘違いしているなら好都合だ。
どんどん獣人を殺すだろう。それが、ごめんなさいで済むはずがない。
ゲームだろうがなんだろうが、殺せば罪を問われる。
目の前にいる男に気づかれてはいけない。
そっと観察していると。
「おい。そこに隠れている奴! 出てこい!」
どうやら、気がついたようだ。これもゲームプレイヤーの能力なのだろうか。
そっと出て行くと。
「ここは、どこだ?」
「ここですか。ここは、ウォルフガルドです」
「なんで、こいつらは死んでいるんだ。何が起きている」
ほくそ笑んだ。何故? リヒテルが喚んだからだ。しかし、そんな事はおくびにも出さない。
「思い出せないのですか? 貴方がやったというのに」
「なん、だと」
記憶がないのか。もちろん、あるはずがない。そんな男の思考を読み取って誘導するくらい朝飯前だ。
愚かな男は、眉を寄せている。思い出そうというのか。記憶にない物を。
無理に決まっている。だから、
「ええ。ご自身で、殺したのですよ?」
「そんな馬鹿な……」
魔物は、すっかり獣人を平らげている。逃げるついでに置きみあげだったのに、掘り出し物だ。
男は、混乱している。殺すつもりなのか。そうなのだろう。そんな雰囲気がある。
だが、このままにしておくのもいい。殺した事は、ないのに勝手に思い込むのだ。
魔王的には、都合がいいし。
「おや、ご自身でされた事が思い出せない? これは、大変ですね」
「だ……ああ。これを知っているのは、お前だけという事になるな」
「さて、どうでしょうか。ふふふ」
さっと、身を翻すと。そこを熊の化け物が襲ってきた。
(!? それなりに強力な魔物ですねえ。しかし、やられませんよお?)
腕を避けて、距離を取る。召喚主は、攻撃力もあるようだ。
いわゆる殴りサモナーという奴であろう。ゲームをやるリヒテルにもそれは理解できる。
普通は、魔法職だが殴っても強い。遠距離も近距離もできるというのは、詐欺だろうに。
近接職の意味が見えない。
「ちっ」
男は、舌打ちした。
何もかもを吐かせて、始末するか利用するかしようとしていたのに。
意味がわからない。ゲームをしていたら、ここだ。
男の名前は、佐山義人。名前だけは立派だ。と言われるのが、屈辱である。
やけにリアルな地面。そして、死体。
咄嗟に思い浮かんだのは、転移の罠だ。
ログインしたら、こうなっていたというのは斬新な光景で頭がついていかない。
側には、むせ返るような死体の臭気と血。血で、地面が見えないような状態だ。
一体、何が。頭の中を考えがめぐる。このままにしては置けない。
使うのは、スキル。召喚スキルだ。キラーベアを呼び出すと。
それを、処分させる。臭いのだ。鼻が曲がりそうだし。死体をそのままにはしておけない。
スキルが使える。ゲームだ。そうに違いない。
すると、気味の悪い金髪の男が現れる。半裸だ。
そして、男との問答。男に指摘されて、また動転した。
ゲーム。ゲームではないのか。半裸の男は、薄ら笑いを浮かべているのも勘に触る。
殺すか。じりっと、スキルを呼び出すと。男は距離を取った。
「ちっ」
逃げられるとは。不覚だ。しかし、ゲームではない。
魔物が逃げるというようには、設定されていないからだ。
先ほどの男がNPCならば、逃げるはずがない。NPCは、動かないのだし。
おかしい。人を探すが、そこには恨めしげな獣耳を生やした人間が虚ろな目をしていた。
あまりにもリアルだ。血は、匂いをさせている。
おかしい。ゲームだ。ゲームでは、血は表示されない。
規制がかかっているので、血を表現するのは禁止されていたはず。
村だ。建物は、粗末な村。周囲にある建物に、生きている人間を探すが誰もいない。
皆、死んでいる。
(くそっ。どうして俺が、こんな目にあうんだ)
ゲームをしていたはずだ。しかし、村人は死んでいる。そして、残されたのは己だけ。
義人は、村の外へと歩いていくと。後ろにはキラーベアがついてくる。
召喚モンスターだ。そこに、獣人が現れた。
槍を持っている。
「死ねえ!」
その槍で、突きかかってくる。殺される訳にはいかない。獣人に、キラーベアをけしかける。
獣耳を生やした男は、その手で槍ごと半分に畳まれた。
キラーベアは、手持ちの駒の中でも下の方だ。これならば、余裕をかませられる。
後ろに控えていた獣人を1人残して、殺すと。
「おい」
「ひ、ひぃ。殺さないでくれ!」
「ああ。ここは、どこだ?」
「どこだ? って、ここはウォルフガルドだ」
ウォルフガルド。ユグドラシルオンラインに出てくる国だ。
狼系の獣人で構成されている。ゲーム上では、国力が低くて滅亡しやすい。
隣にある国が、強すぎる為だ。ゲーム上で最初に選ぶなら、隣のミッドガルドがいい。
最初からテレポート機能がついていたり、アイテムボックスもある宿が多いのだから。
この男を殺すかどうか。殺すしかない。村を襲った犯人にされてしまうに違いない。
ゲームならば、NPCを殺せるはずがないのだ。
しかし、ゲームのようにスキルが発動するのはどういう事か。
義人の職は、サモナーレベル90。そこら辺にいる職業の中は下の上。
やっているといっても、廃人には勝てない。そのくらいだ。
「やっぱ、……」
「え? う、嘘だろ」
背に腹は変えられない。ゲームだろうが、そうでなかろうが。
死体をキラーベアに処分させると。道を急ぐ。
早く遠ざからねば、義人が犯人にされてしまうだろう。
ゲームでないのなら、間違いない。ゲームであったのなら、ログアウトができるはず。
ログアウトの画面は、出てこない。村を離れながら、考える。
ともかく、召喚した魔物を隠すべき。
だが、魔物を召喚したそれが戻らない。どういう事だ。
スキルを使用しても元に戻らないとは。その場に留まる訳にもいかない。
熊は、目を真っ赤に輝かせてさらなる獲物を求めているようにみえる。
最悪だ。血の匂いはむせ返るようにさせているし、人に出逢えば1発でバレてしまうだろう。
そして、サモンした魔物は自分で攻撃する事ができない事に気がついた。
殴ろうとしても、殴れないのだ。キラーベアの方もそうなのかもしれない。
最悪だ。
道を歩いていけば、町があるだろう。
やっていたゲームは、おびただしいほどのNPCがいて、町や村まで正確に再現されているのが売りだ。
義人は、ちょっとやっただけではまってしまったくらいには中毒性がある。
何しろ、けっこうエロい事までできてしまうくらいだ。
マップを起動させる。空中に地図が描かれる。起動したようだ。
南にいけば、ライオネル。北にあがって、東にいけばウォルフガルドの首都。
ゲームならば、NPCをやった時点でガーディアンが跳んでくるのだが。
それがないという事は、ゲームではない可能性が高まった。
どうして、ゲームの中かそれに似た世界にいるのか。
わからないが、それでも死ぬ訳にはいかない。
町に至る街道で、人の集団にあう。全員が獣耳か何かを付けた集団だ。
剣や弓を持っている。これは、不味い。
サモンした魔物が元に戻せないのだ。町に入る事すらできないのではないか。
すると。
「奴だ。殺せ!」
見つかるや否や攻撃だ。やられる訳にはいかない。
どうしてばれているのか知らないが、見ている人間がいたという事だろう。
敵が多い。ホワイトスネークを呼び出す。
1ランク上の魔物だ。キラーベアは、すぐに襲いかかっている。
獣人たちの間に飛び込むと、殺戮を開始した。なぎ倒されて、うめき声を上げている。
ホワイトスネークは、それを飲み込む。
圧倒的だ。キラーベアの殺戮によってポイントが貯まった。
魔力とポイントで、召喚できる魔物が増えていくのがポイントだ。
現状では、義人が一度に召喚できる魔物には限りがある。
スケルトンなどの低レベルな物も召喚するべきか。
サモンすると、消費がいらないそれはコストに見合う代物だ。
しかし、現実なのか。スケルトンなど現実にはいない代物だ。
スケルトンを選択すると、獣人の死体から骨だけの兵士が出来上がった。
ゲームではないのか。これが、現実とは到底思えないのだ。
何しろ、スケルトンなんてものは肉体がないのである。
どうやって動いてるの? というのはロボットが動いているのと同じくらいSFだ。
(こりゃ、もう、後戻りできねえわ)
獣人が、NPCにしろ何にしろ殺しまくっている。今更、殺したのは偶然です。
なんて事を言っても仕方がない。というか、獣人たちの方もヒートアップして殺しにきている。
矢を防ぐようにスネークを配置して、ベアを突撃させる。
数を増やすという事で、スケルトンをどんどん増やしていくと。
町の城壁が近づくころには、1つの軍団が出来上がっていた。
町の門は閉められている。それを破壊して、ベアが突入した。
ベア単体でも、獣人を駆逐するには十分な戦力のようだ。
町の中に入ると、そこでは地獄絵図が出来上がっていた。
死体。骨。死体。骨。
骨が立ち上がって、スケルトンになっていく。
気味が悪い光景だ。
女は、残しておくべきだろう。義人にとって、使うべき穴がいる。
これが、現実なのか。ぬるっとした血は、美味くない。
ぺっと吐き出すと、死体を避けて進む。
町の入り口から抵抗していた獣人たちの死体が、積み上がっている。
スケルトンがやっているのか。積み上がった死体が山を作っている。
腹が減った。これはもうゲームではない。腹の減るゲームとか。
ログアウトできないのもそうだが、ぶらぶらとぶら下がって虚ろな目をした女だとか。
スケルトンを統制するスケルトンリーダーの設定を行う。
女は、殺さない。という設定を加えなければいけない。
なんでも殺していては、食事にだって困るだろうに。
そこかしこで、悲鳴が上がっている。ガーディアンの出現は、ない。
そうなのか。とはいえ、このまま制圧してしまえるのなら好都合だ。
死体が動きだす。ゾンビ化が始まったようだ。
スケルトンに、ゾンビ。低コストで、優秀な駒だ。
手駒を増やすというのなら、これに限る。
頭がないのが問題で、どうすればいいのか困ってしまう。
手頃な家に押し入ると、そこでも死体が動いている。
サモナーには襲いかかってこないようだ。都合がいい。
椅子に座ってくつろいでいるだけで、制圧が完了しているだろう。
飛び出した目と割られた頭の死体を外に放り出して、テーブルを布で拭いた。
小奇麗な民家だ。
スケルトンリーダーが女を連れてきた。
無言だ。
「放して! あ、あなた人間? なんで、生きてるの。放せっての!」
「うるせえ奴だな。ま、いいか」
女は、日本でも見かけないくらい顔が整っている。耳を掴みながら、腹に拳を打ち付けると。
「ぐぇ」
蛙のように屈んだ。膝蹴りで、ひっくり返る。
怯えた目だ。興ざめだが、それもまたいい。思うがままに蹂躙できる。
これは、ゲームではないようだ。こんな事は、規制されてしまうはず。
ベッドに引きずっていくと、そのまま覆いかぶさった。




