142話 料理され (フィナル、エリアス、ゴードン、ベルンハルト、グレゴリーほか)
「へっへっへ。まさか、こんなのが釣れるたーよ。あいつの勘も冴えてんじゃん。やったぜ」
ベルンハルトは、何が起きているのかわからない。
わからないが、ゴードンたちも捕縛されたのか。
教室に入っていった彼らとは、袂を分かつように離れたのに。
首を紐で縛り上げられている。縛っているのは、三角帽子を被った少女だ。
エリアス。Sクラスの秀才で、フィナルとは犬猿の仲だが?
そんな彼女が、ベルンハルトとなんの関係があるのか。
―――放せ。
と、力を込める。だが、ぴくりとも動かない。
どうして、縛り上げられているのかもわからない。
縛った紐で、意識が飛びそうだ。
「おい。てめえ、自分らが何をやったのかわかってんだろうなあ? ああん?」
「し、知っているとも。だから、先生に」
「へえ? 嘘はいけねえなあ。どの口から、そんな嘘を吐いてんだか。縫っちまおうか!」
三角帽子を脱ぐと、そこから奇っ怪な鋏がでてきた。そして、目の前に突き付けられる。
「嘘じゃない!」
「あ~ん? 聞こえねえなあ!」
「本当だ。俺は、こんなことしちゃいけないって思ってるから離れたんだよ! 信じてくれ」
「嘘くせえ。どうせ、小便が出そうになったから見張りをやめたとかそんなんだろよ。信じられねーぜ」
目に、鋏の先っぽがくっつきそうだ。1ミリでも動けば突き刺さりそう。
股間からは、温かいものが出ていた。仕方ないだろう。
出てしまうものは、出てしまう。
「ううっ」
すると。教室の扉ががらっと開いて、フィナルが出てきた。美しい。
「あら、どうしたのかしら」
「どうしたのかしら、じゃねえよ。おめえ、何やってんだよ」
「なんでもないですわー。ただの遊びじゃないの」
「いやいやいや。あんな遊びがあるかっての。それに、あいつらをどうする気だ」
「よく釣れた小魚で、海老が釣れるかどうか。実験ですわ~。怖い顔をしないでくださいまし」
金玉がきゅっとなった。怖い。
ベルンハルトは、逃げ出す気も失せている。同年代では、肝が座っていると言われていたのに。
この2人。人形のように美しいのに、とても手に負えない。目には、残酷な光が宿っている。
餌だ。
ゴードンも、ベルンハルトも。
フィナルは、手に何かを握っている。耳だ。誰の耳か。
暴行するなど、とんでもなかった。むしろ、罠にかかったのはゴードンの方なのだ。
カマキリに捕食される蝶を思い出した。
「大変だ!」
獣人の男が駆け込んできた。荒い息だ。何が大変なのか。
事務所のドアを開けて、座り込んでいる。
ロメルが尋ねる。
「どうしたんですか」
「どうしたもこうしたも、突然人間が襲いかかってきやがった。なんとかしてくれ! 冒険者が相手をしているけれど、変な玉を出す武器でどんどんやられてる! 早く!」
ロメルが振り返る。
出ろという事か。そうなのだろう。実際に、相手をできそうなのはセリアかアルーシュくらい。セリアは、学校に行っている。ちょうど、昼の仕込みをしていた所だ。せっかくの飯時だというのに、握ったご飯がもったいない。だが、
「行きましょう」
料理をしている場合ではない。
事務所にいた獣人たちも大わらわだ。外では、行列が神殿の方に伸びている。
煙が上がっているのは、門の方向だ。郊外と云うことか。町に流れ込んでくる勢いとは逆に、走りだすと。塀に飛び乗る。壁歩きを使用してそのまま真上まで行くと。
そこから、煙が上がる郊外が見えた。フードの中には、白いもこもことした生物とひよこが入っている。常に入っているような生命体だ。
屋根を飛び移って行くと、道に銃を持った男が1人立っている。後ろにある門の上には、半裸の男リヒテルだ。
「おはやいおでましだよーん。さあさあ、君の力を見せてくれよ!」
と、口パクする。気持ち悪い男だ。殴りたいが、ユウタを見てすぐに姿を消す。
―――どこに逃げた。
対策を打つ暇も与えない逃げっぷりだ。
下にいる銃を持った男の前には、アキラと仲間が立っている。銃弾をどうやって防いだのか。
クラブの盾を持っているようだ。
悪趣味なことに、帽子を被った男は銃を乱射しながらニヤニヤとしている。
火線を走らせると、一瞬で蒸発した。
「うおっ」
アキラの背後に立つ。どきっとしたのか。すくみあがっているようだ。
「おいおい。倒すなら……。いや、助かったぜ」
「あれ、なんだったの」
「いや、よくわかんねえ。魔王のおっさんがけしかけてきた日本人ぽかったけど、なんだろうな。戦争がしたいとか言ってたぞ。恐怖しろとか、頭がおかしかったな」
アキラは、額を拭った。緊張していたようだ。リヒテルはどうしたのか。
襲ってくるでもなく、姿を消している。せっかく、用意した転移対策も不発だ。
距離があるとはいえ、発動しているのに姿が見えないのでは倒しようがない。
加えて、走って逃げられるという。セリアが居れば倒す事もできただろう。
だが、彼女にも都合がある。いつもいつもいてくれる訳ではない。
死体の場所には、ひしゃげた銃が残されていた。
「戦争がしたい、ですか。狂人ですね。武器は、有名なメーカーの銃っぽいです。似たようなのも多いので判別がしづらいですが」
「へえ。銃が入手できてたら、文明がまた変わっちまう? とかあるのか?」
アキラは、周囲を伺っている。不意打ちが怖いのだろう。だが、魔王が1人で特攻してくるだろうか。
特攻してきてくれればありがたいが、彼は本気が出せないようだ。そこに手下も連れていない様子。
撤退したと見ていいだろう。魔力は、抑えてあるのか。感知できない。
仮に、分身体だとしてどうやって攻撃してくるのか。
「ないでしょう。銃は、強力です。しかし、もっと魔術の方が強力でどうしようもないですね。速射性と隠密性は高いので、暗殺には向いているでしょうけど。このように、堂々と銃を乱射してくるのは、意味不明ですよ」
「だよなあ。敵の戦力を測りもしないで、特攻させるとか。もしかして、魔王がピエロで笑いをとってんじゃね」
「ありえますねえ」
「きめえわあ」
異世界から召喚した勇者という事なのだろうか。魔王が召喚するとか。
新しい召喚方式のように見える。普通は、人間側が召喚するのだが。
魔王が召喚するのだから、カルマが溜まっている人間を召喚するのかもしれない。
或いは、悪徳に満ちた人間が条件であるとか。
ということは、今後も狂人が召喚されて踊らされるという訳だ。
蒸発した人間に合掌した。
「何がしたいのか。分身体では、勝てないのがわかっているので手駒を操って嫌がらせをしようというんでしょうね。そうでないなら、意味が見当たらないのですけど」
「うーん。とりあえず、獣人さんたちがひでー目にあったみたいだ。神殿に運ぼうか」
「ああ。獣人たちは、チェックしてから運び入れてください」
「なんで?」
なんでかわからないらしい。襲撃して、それらに紛れてゲリラを入れるだとかあるではないか。
とはいえ、町の中に入ってきても問題ないのだった。
むしろ近寄れば、感知しやすい。
「爆弾とか仕掛けられていないか。調べておかないと」
「あー。なるほどなあ」
アキラは、ぽりぽりと頭を掻いた。匂いが漂ってくる。汗が大量にでたのだろう。
長い時間が戦ったのか。
「相手は、どんな感じだったんですか。その、時間が結構経ってます?」
「それなあ。大体、門のとこで乱射し始めてから10分くらいだな。ちょうど、そっちに着いたんじゃねっていうくらいだ。体感だけどな。もう、すっげえ長く感じたわ」
「アキラさんからすると、銃は強力な武器ですか」
「そりゃそうだろ。大将みたいに手からレーザー砲が出るわけじゃねえし。銃弾がまったく尽きない上に、敵は手榴弾を投げてくるんだぜ。ナタリー先生のバリアがなかったら、全員消しとんでるね」
バリア? 違う。シールドだろう。魔術師にはシールドという魔術障壁を展開するスキルがある。
治癒術士も張れるので、共用といったところか。このスキルにはクールタイムがあったりするのだ。
スキルとして使えば、破られると使用できなくなる。
もっとも、このシールド。スキルとして使用しなければいいのである。
術者としての格が上がれば、上がるほど特殊な障壁を纏うようになる。
ほとんど、城塞だ。魔術師だけで、いいのではないだろうかという具合に。
魔術師は、万能にすぎる。
「凄いですねえ。僕も教えてもらいたいですよ」
「俺、俺の方が先だから。っていうか、腹が減ったし飯にしたいわー」
周辺では、獣人たちが忙しそうに動いている。銃弾で怪我をした獣人が多くて、悲惨な状況だ。
銃は、強力だ。ひしゃげた銃を手にもつと。ぼろぼろっと土くれになってしまった。
どういう訳だろうか。
「おいおい。土になっちまったぞ」
「はて」
銃が、弾丸を吐き出すには中身があるように見えない。これも、魔王の力なのだろうか。
「しっかし、これで手がかりが無くなっちまったな。魔王が、日本人を召喚するなんてよ。よく考えたら、日本語をそのまま喋ってたし。顔つきも日本人だったし。日本人に何か因縁があるんかね」
「さあ」
日本人と魔王の間に因縁があるのかどうか、知り得るはずもない。
だが、召喚しているのが日本人ばかりというのは何か謎がありそうだ。
アルーシュかエリアス辺りなら何がしかを知っていそうではあるが。
交換条件でも必要になるだろう。
「怪我がなくてよかったです。これからどうするんですか」
「あー。今日の上がりを収めたら、飯を食いに行こうぜ」
「隣ですか」
「おうよ。味付けとか店を覗くのもいいんじゃね」
一理ある。
「で、どうして俺がこのような格好をしなきゃならんのだ!」
どんっと乱暴にコップが置かれる。陶器だ。滑らかな石材で作られたそれは、値段も張りそう。
「おいおい。俺たちゃ、客だぜ?」
「そうだ。大人しくした方がいいんじゃないですかね」
ロシナとアキラを連れて、ウィルドの酒場に乗り込むと。グレゴリーの手で改造された服を着せられた少女がでてきた。胸の方は、絶望的にない。例えるなら、グレートバリアリーフ。或いは、華厳の滝かもしれない。薄く白い服に、ぴちぴちの黒いタイツが食い込んでいる。少年が無理やり女装したような状態だ。キースは、にこやかな顔でウィルドを見ていた。
百合っぽい。
「じゃ、ロースステーキのミディアムで頼む。あ、でかいのでな」
「てめえのは、3000ゴルだ!」
「それは、横暴だろ! ここは、依怙贔屓していいのかよ。しかも悪い方向で依怙贔屓だぞ。引き倒してやがるよ。なあ、グレゴリーさん」
アキラの背後では、殺気をみなぎらせた壮年の男が立っている。
みちみちと言っているシャツが、はちきれそうだ。
アキラは、グレゴリーの気持ちがわからないのか。今にも殴られそうだというのに。
ちなみに、グレゴリーの腕力は酒樽を指で持つくらいに力がある。
南無阿弥陀仏。
「……で、こいつがケンイチロウか」
「……」
ショックの影響なのか。それとも元々喋らない少年だったのか。
ロシナに、顎をしゃくられても反応が薄い。酷い目に合わされたせいだろう。
熊も真っ青の体格をしているグレゴリーに怯えているようだ。
キースが注文を取っている。
「えっと、よろしくしてあげてよ」
「ふーん。なんか、陰気くさいな。穴掘られたくらいで、死んだわけじゃねえんだ。気合をいれろよ。いいことあるって」
「……そうですか」
アキラが連れて行かれて会話に弾みがないこと甚だしい。
無言になってしまうのは、よくない。
「なんでも良かったのに、ここの肉は美味しいっていう話だよ」
「あの、みんなはどうなったんでしょう」
「あ、ああ。無事だよ。治療中さ」
ロシナが、視線を送ってくる。席を立った。トイレだ。
連れ立っていくと。
「なあ。話は、ちゃんとした方がいいんじゃねえ」
「でもね。言いづらい事だって、あるじゃん」
「いう事は、時期を見ていうのがいいのか後の方がいいのか。選ぶのは、ユークリウッドだけどな。嘘は、良くないぜ。後で、きっと後悔するからよ。早い方がいい。何、あいつだって日本人ならわかるんじゃねえの。諦めは、必要だってな」
ヴァンパイアに血を吸われれば、吸血鬼になる。吸血鬼になって、死んでしまうとどうなるか。
蘇生不可能だ。
ケンイチロウの友達が、仲間が、どのくらいいたのか知らない。
死んでしまった仲間はともかく、吸血鬼となった初期の段階ならばなんとかなる。
時間が経って、ヴァンパイアとして馴染んだ状態だともはや魔物だ。
それを制御できるのか。ロシナの嫁に頼るしかない状態だ。
「諦めろかあ。本人次第だよ」
「……やりすぎるなよ」
ロシナは、蘇生術を使うのに反対する。
獣人を蘇らせる事ができるとなれば、どうなるのか。ユウタにだって、わかっている。
小便を済ませると、戻った所でアキラが疲れきった表情をしている。
「どうしたんですか?」
「聞かないでくれ」
「くさっ」
ロシナが、アキラの匂いを嗅ぎとったのか。鼻を摘んでいる。
すごく、ホモッぽいので飯が不味くなってしまう。
ウェイトレス姿をしたウィルドがにやにやしていて、気味が悪い。




