139話 時にスキル (ユウタ、ケンイチロウ、フィナル、エリアス)
「つかよー。ユークリウッドなら、こいつらだって余裕で捕らえられたんじゃね?」
「どうやってやるのよ」
「そりゃ、固める魔術もってるし。冷凍でいいし。アイテムボックスで熱を奪うとか出すとかできればいいんだけどなあ」
「それじゃ、万能の箱になってしまうじゃないの」
「まあなあ。ロシナは、バリアを持っているけどバリアで洗脳したりだとかバリアでアイテム生成したりだとかできねえもんなー。でも、アイテムボックスというかインベントリなら可能なんじゃね。熱を奪うの」
ユークリウッドは、セリアと遊んでいる。
石壁でできた地下室から出てきて、酷い目にあったとふてくされ気味だ。
「うー。んとね。確かに、できない事はないけど。それって、自分も寒くなるからね。周囲の熱を奪うってなると、対象の熱だけを奪うとか指定が必要になるし。そもそも相手がそこから動かないという前提が必要になってくるね。アイテムボックスがそんなに便利なスキルだと、皆がそれを求めそうだよ。出現位置を操作できて、複数の位置から好きなように攻撃できるなら凄く強そうだ。ただ、これって自動攻撃装置と大して変わらないんだよね。機械でやるのと、魔術でやるのとの違いって言うと不意打ちでしかないし」
「へっへっへ。実は、俺はそれもってんだよね。ファンネ○っていうんだろ」
「駄目だって。そんな事言っちゃ」
「んじゃあ、ファミリアか。ファントム。うー」
エリアスは、どうにも困っているようだ。ただ、名称をつけるだけなのに。
地下では、散々な目にあってきた。
顔がぱんぱんだ。回復魔術をかけて、これなのだからエリアスの攻撃が如何に激しかったか。
フィナルが得意げにしているが、これの頭をぶん殴って思い知らせてやりたい。
必死で耐えるのも、限界だ。
どうでもいい話なのに、だらだらと続けられても困る。
「ファントルでいいじゃない。遠隔誘導、遠隔操作だからリモート・コントロールでも良さそうだよ」
「それって、なんか格好悪くない?」
誘導型の魔術兵器を作るのが趣味になっている。
あまりそういった玩具を実用化するのは好ましくない。
「いいじゃありませんの。ファナティックドローンなんてのもお似合いですわ」
「それは、また」
吸血鬼を始末した。
奴隷商人の姿が見当たらなかったのは残念だ。
見つけたかったが、魔族の餌食になってしまったのだろう。
石壁の前に、聖堂騎士たちが勢揃いしている。
兵士が慌ただしく動いて、僧侶が傷の手当をしていた。
魔族を退治したのだ。慌ただしい動きでめまぐるしい。
「後始末は、任せていいのかな」
「ええ。よろしいですわ」
と、館の上に強力な魔力を感知する。敵だ。奴隷商人の館の上だ。1人の男が立っている。服装は、フォーマルスーツ。白い色で胸ポケットには薔薇が差してある。いかにも成金がやりそうな服装に、鼻白む。敵か味方か、確認しようもない。館の上に居るだけで攻撃するのは不味い。とはいえ、味方でないのなら敵ではないか。邪悪な気配に、鑑定スキルを使うと。
名称:不明 種族:魔族 分類:吸血鬼
と出る。攻撃していいだろう。
手には、魔王が現れる事を防ぐ為に必殺の魔術。
「フォーム! ディメンション」
閉界だ。これで、相手は移動する事ができない。ユウタも空間転移が使えなくなるが、非常に有効な魔術だ。高レベルな相手であれば、テレポートが使えてもおかしくない。変態男のような魔王を相手にして、逃がさない為に開発した術である。この魔術、相手の転移を阻害するだけにあらず。任意で解けるために、いざという時は相手から逃げるのにも使える。
白い服をきた男を捉えて、火線を走らせると。
「おお? 避けやがったぜ」
エリアスが感嘆する。驚きの反射神経だ。とはいえ、そのまま向かってくるのか。屋敷の下に飛び降りた彼は、兵士たちのどまんなかだ。反応がない。近寄っていくと、どうやら灰になってしまったようだ。とんだ期待はずれである。
「なあ」
「うん?」
「こういうのって、ないわー。期待させといて、騎士にやられるなんて」
「んーでも、無謀だったと思うよ。いくらなんでも魔物を従えてないのに、特攻しているみたいじゃない。数の暴力には勝てないよ」
「ユークリウッドなら、物ともしないんじゃないの?」
「あはは。まあ、この人たちって結構なレベルじゃないか。流石に突っ込むのは、ね」
普通は、虐殺されるのは兵士だ。しかし、どうだろう。完全武装の聖堂騎士と兵士の部隊。吸血鬼相手にはなんら不足のない兵だ。ユウタにしても、まともにぶつかりたくない兵士たちである。対魔物用に鍛えられた兵士だけに、魔に対する訓練、耐性などは十分に施されているようだ。魔王リヒテルが出現してくれるのが一番いいのだが、こうやってちまちまとした攻撃をしてくるのがうっとおしい。
名前も聞けずじまいだ。
「どうするよー。俺は、中の捜索とかするけど」
「うん。フィナルも一緒?」
「ええ。犠牲になった獣人たちの治療も必要だし、セリアが居てくれるなら予想外の攻撃も余裕ですわ」
ぽよんぽよんと頭の上で白い生き物が跳ねた。お腹が空いたのか。陰気な館の中では、ぶるぶると怯える事もあったので心配だ。元が魔族だというのに、ブランシェは弱気である。血の匂いも苦手そうだ。それを手に掴むと、フィナルの顔が俯いた。どういう訳か。
「その生き物は、ブランシェというのでしょう? 少し、抱かせて貰ってもいいかしら」
「いいけど」
悪い予感がしたが、大した事はしないだろう。そんな思惑を他所に、フィナルは白い生き物を握り締めると。
「ぼよんぼよんですわー」
地面にめがけて叩きつけるような動作だ。バスケットでいうのなら、ドリブルである。
「ちょっと」
「はぎゃ!」
やられたブランシェも黙っていない。そのままフィナルの顔面に、飛びついた。
(これは、顔面、キスか……)
えらい事になってしまった。三角帽子の幼女は、箒をもってげらげらと笑い出している。指を差して、腹をよじれさせている勢いだ。
「ひゃひゃひゃ。なんだそれ。腹筋が破裂しちまうぜ! あひゃひゃ」
これである。もうどうにかして欲しいが、ブランシェがフィナルの顔面に張り付いて離れない。仕返しという奴であろうか。もこもこした毛を掴むと。脇の所をくすぐる。びくびくっとして、ズリ落ちた。ブランシェは、口から涎が出ている。
(まともな生き物じゃねえ!)
フィナルは、口を拭くと。掴みかかってきた。ブランシェを殴り殺そうというのか。顔が本気だ。目が釣り上がって、柳眉が逆立っている。最初の一歩で、一撃必殺を狙っているようにしか見えない。拳を躱す。右に左に。1発でも当たれば、風船のように弾けてしまうだろうに。少女には手加減をする気がないのか。嵐のように、ぶっという音を立てて拳が通過する。
「待って。止めて!」
「……」
本気と書いて、マジ。真剣そのものだ。くるくると回りながら、避けるしかない。足の歩法が勝手知ったる仲なので避けられるが、反撃できないのだ。捌いて、避けるしかないとは。逃げ出そうにも、己で展開したスキルが邪魔で転移門を開けない有り様である。2歩で、間合いが必死になった。胴に構えたそれを避ければ吹っ飛ぶ。ついっとブランシェを上げて、幼女の腕を挟んだ。
顔が近い。
「ぶほっ。ひゅーひゅー! 熱いね、お二人さん。なんかむかつく」
「あ、あら」
「正気に戻って」
見つめる格好なのが、心臓に悪い。顔を真っ赤にしたフィナルが、急に大人しくなった。好都合だ。さっと、結界を解除すると帰る事にしよう。空気が、何か悪い。急変したエリアスとフィナルが殴り合いを始めたのだ。DDが地面をぴょこぴょこと飛んできた。セリアは、帰ってこないようだ。
事務所に帰ってみると、そこでは黒髪の少年がロメルと話をしている。テーブルを挟む格好で、アキラも一緒だ。ネリエルとチィチは隣のテーブルでナタリーとユッカを相手に会話している。黒髪の少年は、興味深い。
「おいっす。大将」
「こんにちは、アキラさん」
「今日は、さー。こいつ、ケンイチロウの紹介をしておきたいんだけど。いいか?」
「ケンイチロウさんですか」
「さんって。年上なのわかんの?」
「……勘です」
「そっか。ま、座ってくれよ。こいつの名前は、ケンイチロウ・アイガ。ちょっと酷い目に合ったみてーだけど、そのうちに回復するんじゃねえかな。スキルは、あれだよ。時に関する奴。ただ、今は使えないらしい」
使える人間だと思ったのが間違いだったようだ。ケンイチロウは、強烈なチートを備えた騎士だったと記憶しているが。違ったのか。時に関係するスキルだけに、目を離せない人間だ。尻尾も獣耳も付いていないのだから人間で間違いないだろう。アキラと同様に、日本人のままで転移してきたのか。そこの所はわからないが、豚人族に暴行を加えられていたようだ。
アキラに促されても何も喋らない。
「えっと、かなりひでえ目にあったみたいでぼそぼそとしか話ができないんだわ。こういうのって、なんていったっけ。心身衰弱? 心身摩耗? そんな感じだから、無理やり身体を回復させても精神まではなあ。回復するなら術をかけて貰ったほうが簡単なんだが。どうよ」
そんなに簡単にいく便利なものではない。術は、身体を強制的に修復する。
「精神は、難しいですね。もしもできると、殆ど洗脳に近いですし。それを持ってたら、こんな場所でのんびりとしてないですよ」
「だよなあ」
嘘である。人形使いの能力には、相手の精神を作り変える外道スキルが備わっているのだ。もちろん、このような物を使う訳にはいかないし教える気もない。世界の何処かにいるはずの同一職を持っているとみられる敵がやってくれば、始末せざる得ないだろう。
ワンオフの職なのか。恐ろしく強力だ。
「洗脳、催眠を有する魔眼もありますからね。持っている人がいれば教えて欲しいくらいですよ」
「過去には、ミッドガルドにいたのでは? 精神を操作して思うがままに振る舞った人物もいたとか」
「いたんかよ。すげえ。それ、ハーレムスキルだよな」
「いや、そんなのでハーレムを作ってもしょうがないんじゃないですか。人形遊びですよ?」
「でもよー。ロマンがあるっていうか。まあ、夢だしなあ。なんか話がずれちゃったな」
すごくずれた。洗脳だとか催眠に関して、アキラは凄く興味があるようだ。マールと仲良くやっているのだから、それで満足というのではないらしい。理解し難いが、彼には色々な女を食べたいというような願望があるらしい。すげえ、と。憧れるが、やろうとしても身体が持たないだろうに。とんだスケベ野郎である。女の相手をしていたら、時間がいくらあっても足りないのではないだろうか。
「ユークリウッド様。よろしいですか」
「うん?」
「この少年の扱いは、客人ということでよろしいのですね」
「うん。宜しくしてあげてよ」
「では、一旦お休みしましょう。話をできるまで、ゆっくりと静養が必要です」
「あ、あ。あの」
立ち上がらせようとしたところで、ケンイチロウが口を開いた。
「あの子、あの子達は、あの、場所は、どうなったんですか」
「あの、とは?」
「俺、あの、場所に閉じ込められてたんだ。それで、獣人の、子供たちと逃げ出そうとして、あいつにつかまったんだ。助けてくれよ! まだ捕まっていると思うんだ。なんでもするから!」
「へえ?」
アキラが悪い顔をした。ケンイチロウは、なおもまくし立てている。終わった事だというのに。まだ聞いていると、別の場所なのか。それがわからない。
「ええ。大丈夫ですよ。落ち着いて。すでに救出隊が向かっています。首尾は、どのような結果だったんですか?」
「もしかして、というか。奴隷商人の屋敷かな?」
「そうです。あの冒険者。絡んできた豚人族を覚えていますか」
「そういえば、そんなのも居ましたね」
「あの豚人族。それと、その一味が手引をして冒険者ギルドに入ろうとする獣人の子供を奴隷商人に売り飛ばしていたんですよ」
吐き気がするような話だ。
「いったい、何をどうやってそういう事をしていたんですか」
「ええ。彼らの巧妙なやり口にハマって犠牲になった獣人たちは、それこそ数えきれません。冒険者ギルドと言っても、その全体を把握できている訳ではなかったのです」
「ありえないですよ。それ。なんで把握できていないんですか? 初心者にはサポート要員をつけるでしょう?」
ロメルは、頭を左右に振った。脳が痺れそうだ。燃え上がるのは、怒りなのだろう。
大人の不手際で、子供が犠牲になるなど。生かしておく価値がないくらいだ。ギルドの職員に当たっても仕方のない事であるが。
「それは、ミッドガルドの話です。ラトスク、ウォルフガルドにおいてはそのようなサポートをする人員を確保できていませんでしたので」
「……」
なにもかもをぶち壊したい気分だ。最悪である。しかし、いい年をしたおっさんが暴れる訳にはいかない。
「相談に乗るようにして、彼らは近づいて獲物を借金に嵌めると奴隷商人に売っていたようで……」
「彼らはどこに?」
「残りの一味ですか。目下、捜索中です」
「捕えたら、僕に知らせてください」
フードに入っていた生き物を取り出すと、DDと一緒に撫でる。こうでもしていなければ、町を破壊してしまいそうなのだ。
(何をやってんだよ、糞が)
太陽柱を使えば、2秒で都市を薙ぎ払える。しかし、そんな子供じみた事をしてどうなるというのか。灼熱の電気が脳を茹でる。
その憎しみで。
―――壊して
―――壊して
―――ぶっ壊す。
決闘とはいえ、豚人を手にかけて。罪悪感を感じていたというのに。
一味は、ただでは死なすまい。地獄だって生温い。




