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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
321/711

136話 その拷問、苛烈にて候

 皮が弾ける音がする。

 連れて来られた少年は、もう自分がなんだたのか思い出す事すら困難だ。尻の皮は、何かを知覚できないほどにめくれ上がり流血をしていた。


 吊られた獣人は、己だけではない。ここに連れて来られた時には、食事も与えられていたのだが。

 調教される段階で、人格を削ぎ落とす為だとか。そんな風な説明をしていた。

 

「聞いてんのか? おい!」

「逃げ出した奴はどこへ行ったんだ! さあ、吐け!」

「し、知らない……ううっ」


 少年は、知らない。知らないのだ。別のグループが、奴隷仲間を逃して何かをしようとしていたが、知るはずもない。しかし、連帯責任だという。奴隷頭は、冷徹な視線で口元の皮をなめ上げた。ぞっとしていた感覚も、今では諦めるしかない。抵抗するだけ、暴力が増えるのだから。


 この奴隷商人は、男色の気があり、その上で苛烈な調教を施すものだから壊れてしまう者が続出している。だが、それでも成り立っているのは奴隷が安価で購入が難しくなかったからだ。だが、ここにきて領主が替わったせいか。商人に焦りが見え始めた。 


「てめえ。突っ込まれてえのか? ああん?」


 男の手が、気持ち悪い。動きで、達してしまいそうになる。悲しいかな激しい調教と弄りを受けて、少年の身体はすっかり正直な反応を示すようになっている。それを見ているのは、目の死んだ少年少女。屈辱だが、希望は捨てていない。でなければ、何の為に生きているのか。


「おっ、うっ」

「このっ! さあ、吐け。吐けば、楽になるぜえ? 飯だって、たっぷりだ。腹も減ってんだろ? ああん」 


 少年の家は、貧しく夢も希望もなかった。少年を売り払うくらいだ。食い扶持を少なくするために弟たちや妹たちのかわりになるのは、仕方のない事だった。それ以外に、状況を打破する事はできただろうか。明日だって、生きてはいけない状態だった。腹が一杯になるまで、食いたい。食欲は、仲間をも売りそうなくらいである。


 ―――獣神さま。

 どんなに助けを叫んでも、奇跡なんておきない。それを知っていても願わずには、いられないのだ。

 いつか、きっと、誰かが、助けてくれる。

 

 ―――助けて。

 何度殴られて、鞭で打たれたのか。身体からは、血が。痛みを感じなくなりつつある。

 頭痛は、鳴りっぱなし。死ぬのかもしれない。

 話てしまえば、楽になれるのだ。だが、仲間は売れない。


「おらあっ」

「あぐうっ」

「てめえら、家畜にゃ鞭だって勿体無え。ご主人様を裏切るような真似をしちゃあイケねえって事をたっぷりと身体に教えこんでやるぜえ! へへへ」


 外道だった。手下も手下だ。最悪の奴隷商人。


 少年は、何も知らなかった。奴隷が、こんな扱いを受けていたなんて事も。知らなかった。奴隷が、人ではなくて、物か何かだっていう事も。知らなかった。奴隷には、権利がない事も。


 ―――誰か助けて。

 

 ゴバッ。光が差した。






 日差しが強い。


 ユークリウッドが田んぼで機械を動かしている。

 貴族らしからぬ行動は、昔からだがそれでも農民や奴隷に混じって動くのは狂気の沙汰だ。

 と、普通の人間なら言うだろう。しかし、人を動かすにはまずは自らがやってみせねばならない。というような事を学んだ。フィナルは、貴族の出で生まれた時から苦労した事らしい事はなかった。そのせいか。豚のようになってしまった。その苦しみというのは、太らなければわからない。


 ずずずっと地面を進んでいく機械の後には、苗が植えられている。奴隷を使っていては、こうもいかないだろう。人が植えると、なんだか不規則になるのだ。それを急げば急ぐほどに植える場所というのは乱れる。


「お嬢様。これを」


 背後にいたアイスマンが傘を差し出す反対の手で薔薇を差し出した。良い香りだ。天然物で、香料を作りたい。そういう案もあるが、未だに研究中である。日本人たちがいうには、飲めば薔薇の香りがするようになるのだとか。羨ましいを通り越して、嫉妬するしかない。


「ありがとう」

「何時まで、この場所に居られるのですか。午前中は、まだお仕事もあるでしょう」

「ええと、なんでしたかしら」


 すると、ぺらぺらと細身の男は予定を告げる。特に、意味のない事だ。キャンセルしようと思えば幾らでも予定を変えられる。気が向くままに仕事を選ぶ権利があるのだ。力とはそうした物で、意のままにならない事は殆ど無い。


「そうね。こちらの計画通り。月例の会合には出席しましょう。午後は、忙しくなりそうね」

「その前に、例の件を」

「ええ。あれを処分しないといけないわね」


 ユークリウッドが知れば激怒するだろう。しかし、知った以上は早急に処理しなければならない。

 ユークリウッドの方に手を振ると、少年は機械から飛び降りてくるくると宙を舞った。かなりの距離があるというのに、くるくる回って一飛び。凡そ人間では、ありえない軌道だ。素晴らしい。


「ごきげんよう。ユーウ」


 優雅に挨拶をしてみせると。


「やあ。き、今日も美人だね」


 ぶほっと背後にいるアイスマンが噴き出した。そんなにもおかしかっただろうか。いつにない言葉に、沈着冷静なはずの騎士が笑いをこらえきれないとは。ユークリウッドのそれは、破壊力があったようだ。


「ええ、と……ありがとう。ちょっといいかしら」

「いいけど、まだ仕事が終わってないよ」

「あの機械は?」

「苗を植えたりする事のできる機械だよ。すごく便利なんだ」


 見たことのない機械だ。日本人たちが口にしていた「コンバインがあればなあ」という単語に似ている気がする。言葉ではわかっても図面だけではよくわからないのだ。


「じゃあ。ここでいいかしら。話すけど、暴れないでよね」


 白い動物がぽよんぽよんと少年の頭の上でジャンプしている。

 畦道に座ると、奴隷たちが田んぼの横を通過していく。どうした事だろう。苗を植える作業をユークリウッドがやるという事か。なんでもできるが、なんでもやろうとするし、なんでもやってしまえる。1家に1人、彼がいればどんな家でも裕福になれるだろう。


 田んぼに、小さな銀色の狼と黄色いひよこが苗で遊んでいる。セリアとDDだ。手伝うどころか妨害しているようにしか見えない。

 それと、奴隷たちは一体何をしているのだろうか。遊ばせている訳ではあるまい。


「その前にね。彼らには、何をさせているの? 遊んでいるわけじゃないでしょ」

「ん? 獣人たちの事?」

「そうよ」


 例え獣人であろうと、労働力にはかわりない。使える人間は、いくらでも使う。どうでなければ、領地の経営などできるはずもない。もっとも、ユークリウッドが1人でなんでもできてしまうのだろうが。それは、それだ。

 少年は、奴隷の方を指で差していう。


「道の幅を図らせて、測量をさせて、帳簿を作成させているんだよ。よく見たら、ほら。何か持っているでしょ」

「読み書きができるのかしらね。確か、字はおろか算数だって難しいって話じゃないの」

「教えればなんとかなるよ」


 危険だ。ユークリウッドは学問を教えようとしている。彼が教えると、たちまちの内に数学的要素をみにつけたりするから。経済のけを覚える獣人が出てきてもおかしくない。フィナルの領地では、日本人を活用する以前から学校を立てたり税の仕組みを変えたりしている。その際に重要になるのが、それがわかるのか否か。という人材の育成である。


 やることなす事にいちいちケチをつけると嫌われるので、言ったりしないがそれとなく一つ釘を刺しておくべきだろう。


「自分で水をかぶらないといいわねえ。今日は、そんな事を言いに来たのではなくってよ」

「ん? また塩の話?」


 それは違う。シルバーナや与作丸がウォルフガルドで諜報活動をやっているが、出てくる不正の数は追うのも難しいほどだ。1つ1つ片付けないといけない。その中でも無視できないであろう物。奴隷の問題だ。


「塩? 塩なら、勝手に作っている人間を処刑したと聞いているけれど。何かあったのかしらね」

「いや、知ってるじゃない。それなら、別の話かな」

「その様子だと、まだ耳に入っていないようね」


 きつい話だが、ユークリウッドの力が必要になる。

 怪訝な顔をする少年の前に、光の門を作ると。


「続きは、神殿で話をしましょう」


 日差しが強くなってきた。セリアとDDを回収すると、ユークリウッドが門に入る。

 冷たいアップルティーとチーズケーキを用意しなくては。折角のチャンスだ。

 光の門に入ると。




「なんで、あんたがいるのよ」

「いいじゃん。減るものじゃないし」


 女神教の神殿であるはずなのに、魔術師がいる。黒い三角帽子に黒いローブを着た少女だ。ラトスクに開設した神殿は、明かりがそこかしこに備え付けられて真昼のように明るい。神殿の転送部屋から出たフィナルたちを待っていたのは、エリアスだった。


 昔から、喧嘩ばかりする間柄で、勝敗のつかない相手だ。最近は、大人しくしているようだが悪巧みをしたりするので困った奴でもある。たまに作ってくる魔道具の類は、ぽんこつか超兵器か。どちらか極端な道具で扱いが難しい。


 ユークリウッドを椅子に座らせると、フィナルに詰め寄った。


「呼んでないんだけど?」

「いやー。俺も邪魔だろって言うんだけどさあ。アル様が見とけっていうもんで。しょうがないんだぜ? 暇じゃねーのに」


 少女がぶっきらぼうな口調でいう。もう少し、淑女としてのふるまい方を身につけるべき。


 三角帽子を弄りながら、困った風な顔と声音を吐く。当然ながら、彼女のいう事は嘘臭い。手にしているのは、ホームラン箒。バットの代わりにもなる箒で、叩かれると凄まじい衝撃力で対象を吹っ飛ばすというような道具だ。エリアスの顔をむぎゅ~っと引っ張るが、この少女は汗を浮かべて手をわたわたさせるくらいだ。あくまで、いじめではない。

 

「ねえ。何か、話があるんじゃなかったの」

「ええと。ごめんなさいね。アイスマン。書類を持ってきて頂戴」

「ははっ」


 細身の男が去っていく代わりに、白い衣装に頭巾を被ったでっぷりとした男の司祭が現れる。

 

「フィナルさま。お戻りになられましたのなら、お声をかけてください」

「いいのよ。どうせ、すぐに出かけるのだから」

「ふむ。ならば、聖堂騎士を遣わしても?」

「そうね。あそこを包囲するには、数がいるわね。早急に手配して頂戴な」

「かしこまりました」


 すっと引っ込む司祭。ユークリウッドは、女僧侶が持ってきたケーキを乗せた皿とカップに目が行っている。すかさず、というか。間をおかずに、狼とひよこがケーキにかぶりついた。食意地が汚いにも程があるのではないか。彼の為に出したはずなのに、5秒と経たない内に皿の上には何もなくなった。


 ユークリウッドは、絶望した表情を浮かべている。

 普通の人間ならば、フィナルの方から目を離せないはずなのだが。

 ぱんぱんと手を叩くと、女僧侶が姿を見せる。手で合図するとわかったようだ。


「至れりつくせりじゃん。相変わらず、陰気くさいおっさんだぜ」

「そんな事を言わないほうがいいんじゃないかしら。あれで、彼は繊細な所がある方でしてよ?」

「んな事、気にしてられねーっての。なあ、ユーウ」

「太った司祭ね。いい食べ物を食べていそうだねえ」


 そこか。ユークリウッドは、司祭を疑っているようだ。女神教にだって男の神官がわずかながらいる。全部が女だと、それはそれで問題だし。処女でなくなった見習いなり神官だと辞めるというパターンが多い。今のところ、彼は妻もいて問題も起こしていないが。


 太っているから怪しいと思うのは、偏見だろう。


「その見方は、良くないですわ。女神教の財政は、それなりの物がありましてよ?」

「ごめん。どうしても、宗教はちょっと穿った見方をしちゃうよ」

「大神教と一緒にされては困りますわ。ええと、今日のお話ですけど……奴隷商人を成敗するという話ですの。お聞きになりますか」

「ん。まだ、そんなのが居たの?」


 いるに決まっている。


「ふふん。そんな事だろうと思ったぜ。だから、心配する事じゃねえっつーのに」

「また、アル様ですか」

「そーだよ。あの人って、昔っから心配症だからな。ラトスクで帝国のロボットが暴れたって話を聞いたら、そのまま開戦しそうだったんだぜ? そんな事知らないだろ」

「はは、またまた」

「冗談だって、言い切れんの? あの人だぜ?」


 アルーシュの切れるスピードは、最近は特に早くなっているようだ。ユークリウッドに興味がありそうな貴族を抹殺リストに加えたり、行動のおかしさに拍車がかかっている。ロボットに対抗して浮遊城を復活させたり、だとか。神だけが扱える禁断兵器であり、次元超越機能を持つ対邪神決戦兵器だというのに。彼女ときたら、1か2にユークリウッドがくる。


 ―――よしっ。


「話を戻しましょう。奴隷商人の話に」

「えー。あれだろ。ひでえ話じゃん。あれ、とんでもねえ実験をやってたとかいう奴だろ」

「ええ。そうです」


 あずかり知らぬところで、人が涙しているというのはよくある話で。王様の目が届かないところで、悪さをしている人間がいる。だからといって、王様に暗殺者がやってくるというのは防がなければならない。悪いのは、それをやった人間であり恨むのならばその商人を恨んで欲しいものだ。

 

「ユークリウッドに、倒せるかしら」


 ぎらりと、目が光ったような。しかし、穏やかな声でいう。


「やれますよ」


 初年は、立ち上がりながらすぐに転移門を開こうとする。が、場所を教えていないのにわかるのか。

 開いたまま、固まる。


「行き先は、俺が開くからさあ。ケーキを食ってからにしようぜ」


 早とちりなのは、変わらないようだ。昔から、仕事は早いけれど、失敗も多々あるという。

 憎めない少年だ。


 

 

 そして、「先に行けよ」と、エリアスがいう。そのまま、進むと。足がもつれた。


「あっ」


 体勢を崩して、地面に倒れる。光の門を抜けた先だ。


「ぷっ。ざまあ」


 何が起きているのか。お尻に何か感触がある。もがいているようだ。

 ―――ひっ。


 慌てて立ち上がると、そこには顔を真っ赤にしたユークリウッドが股間を押さえていた。


「こっっこっっこっ……」

「ああーん? こっこっこ? 鳥じゃねーんだから。人語を喋れよ」


 にやにやと指を作る少女。パンチを突き出すと、華麗に避けてのけた。


「ぷぷっ。ラッキーじゃん。なあ、ユーウ。こういうのは、ごちそうさまって言っとくべきなんだぜ」

「……」

「まあ、小便くさいとこに突っ込んでも臭かっただけか。あぼっ」


 ガードを崩して、ステップした。すれ違いざまに怒りのボディブロー。

 くの字になって、宙を滑る。エリアスは、奴隷商人の屋敷にぶつかる。石でできた壁にめりこんだ。

 白い動物の上に乗っかったままで、素知らぬ顔をするセリアとDDを掴むと。

 首を締め上げる。2匹とも、脂汗を浮かべた。動物なのに、なんとも器用だ。

  

「ちょっと、いいかしら」


 怒りを込めて、やさしくお願いすると。ぶんぶんと首を縦に振った。

 そのまま、奴隷商人の屋敷に2匹を投げ込む。適当に暴れるだろう。

 囮としても十分に働くはず。


 後は、壁にぶち当たっていたエリアスを引きずって来てスカートでまんじゅうを作ると。


「何か、見た?」


 ユークリウッドは、左右に首を振る。信じがたい。

 猿轡を噛ませて、少年の両腕を後ろで縛り上げると。

 正座させる。

 倍返しだ。 

 気絶した少女をそのままユークリウッドの腰の上に乗せて、足を縛りあげる。

 起きたらびっくりだろう。


 そのまま奴隷商人の屋敷に1人でご挨拶する。

 怒りのあまり、普段の十倍は力が出るのではないだろうか。

 ―――1人も逃さない。





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