134話 アキラの事情65 (アキラ、ネリエル、ウィルド)
「狼肉ばっかりになったな」
飯の話で盛り上がると、女の子たちはにやにやしながら帰っていった。
いいのだろうか。狼肉を鞄に入れると。ずっしりとした重さなど無いはずなのに、重たく感じる。きっと、料理の話でまたユークリウッドから苦情が来るだろう。そんな展開が見えてしまうのだ。
アキラたちは、まだ餓狼饗宴の迷宮に潜っている。アルーシュ、ティアンナにエリストールが帰ってしまった。何のことはない、恋のお悩み相談室になっているとは。自分たちでどうにかして欲しい。アキラには関係あることだけど、力になろうとするとこじれる可能性がある。そんな事になったら、責任をとれないし出きっこないのだ。恋のキューピットだとか。頭が剥げている天使を思い浮かべて、嫌な気分になった。
ネリエルが、肩を叩く。
「私は気にしないぞ」
この娘、力があり過ぎだ。ぎりぎりと、肩当てが変形する。
どうも、狼の肉は駄目らしい。同族食いになるからだろうか。安全に狩りを進めるので、未だに1階から3階のボス部屋までを往復している状態だ。日帰りで帰るには、空間転移の魔術でも習得しないといけない。魔術師のつてというと、ユークリウッドだが迎えに来てくれといって来てくれるだろうか。タクシーの替わりに使おうものなら、怒られそうだ。
とはいえ、一度頼んでみるのも有りかもしれない。
先行するチィチとウィルドで交代しながら引き狩りをするのが、この所の狩り方になっている。罠があるかもしれないので、相手を引いてきて弓で攻撃したりするのだ。ソロの冒険者と出くわす事が非常に少ない。魔族が出てきたからだろうか。集団で探索しているのを見かける事はあっても、単独、ペアで狩りをしているのが難しいのだろう。
地面がむき出しになっている洞窟には、虫がでてきたりして空気も悪い。マスクが必要だろう。
「魔晶石の数が、貯まったなら戻るのを提案したいなあ」
ナタリーが、道具の手入れをしながらいう。迷宮に何日も潜っているのは過酷だ。身体から匂いがするのもある。いくら風呂を設置しても中は、太陽の光が届かない穴蔵なのだ。このような場所で過ごすには、人間はできていないし小人族も同じようだ。
「魔族が出てくるから、階層の施設が壊されないといいんだが」
青銅の巨人がでてきて、1階と2階の間にある拠点が壊されていたりする。利用者も多いはずなのだが。それにも関わらず壊されているという事は、冒険者たちが逃げ出したのかもしれない。魔族が現れたのなら、対策をねらなければならないのだけれど。数が多くないのが幸いだ。青銅の巨人といっても、魔力を剣に付与してもらえれば倒せる。スパッとバターのような切れ味になるのだ。
ナタリーには、そうした術を持ちあわせていた。まずは、足を攻撃して動きを封じてから頭を破壊して中にある球状の核を破壊するのだ。手を切り落とすのもいい。攻撃を貰いたくなければ、相手の攻撃手段をきっちりと封じてからやるべきである。
「せっかく作ったのにねえ。アキュも怒っちゃうよ」
「アキュさんは、どのくらいの階層まで潜っているんです?」
「あー、うん。今は、クラブ退治をしているからね。ちょっと前だと、5層までかな。拠点、全部壊れてそうだよ。ほんとむかつくよー」
「やっぱ、そっちの方に人の手が足りないんじゃ」
「んにゃ。獣人が凄い勢いで増えているからねえ。私たちは、アキラくんの育成を頼まれているし。面倒を見ないと、ね」
やはり、というかそういう事なのだ。わかっていたが、アキラとしては素直にありがたいと言えない。反抗期に入った少年なのか。己でわかっていても、馬鹿にするなというような感情からは逃れられない。だって、そうだろう。9歳の子供に世話になりっぱなしなのである。転生者だから、といっても同じ人間で日本人だとすると、尚の事。
右も左もわからないアキラに一々持って回って、用意をしてくれる彼の存在はありがたいけれど。納得できない部分もあるのが実情だ。転生者というからには、生前の記憶を持っているのだろうし色々とできるのであろう。ずるい、と思う。アキラには、なくて彼にあるものが。妬ましい。
「魔晶石って高く売れるんですかね」
「そりゃね。売れるよ」
ナタリーが、ユッカに磨いた道具を手渡すとそれをまじまじと見ている。気になるところがあるのか。
鉱石を採掘したりするのも、ユッカと一緒にやっている。釣ってくる人間は休憩で、アキラは後ろの警戒だ。ユッカが、座って槍を片手に本を読みながら。
「魔晶石というのは魔術を行使する際に、補助してくれたりするのに使える。それに、魔道具に埋め込んで使うので重宝されるぞ。帝国では、機械という代物が活躍しているそうだ。ウォルフガルドじゃ、そういうのは全部魔道具なんだがこれが貴族しか使わせてもらえないとかあってなあ。高いが売れるし、売れるから冒険者は迷宮に潜る。しかし、死亡する率は半端じゃないから回転が早いんだ」
「そんなに死んでしまう率が高いん? そんなんじゃ潜る奴が居なくなっちまうんじゃ」
「確かにあると思う。何しろ、地上で米やら麦の生産が拡大するようになると迷宮で稼ぐ意味が無くなってくるからね」
冒険者が迷宮にいない理由を話してくれているようだ。迷宮に冒険者が居なくなると、魔族が地上に出てくるようになってしまうのだが―――
「迷宮に人が入らなくなったら、冒険者ギルドはどうやって存続するんですか。冒険者もいなくなっちゃうんじゃ」
「まあ、元から冒険者ってのは家が無いとか根無し草の連中がやるような稼業に見られる事も多くてね。仕事が仕事だけに、1発当ててやろうっていう人間じゃなきゃ無理さ。ミッドガルドじゃそこら辺を根本から見直すようにしているらしいよ。だから、私たちはユークリウッドくんには期待しているのさ」
「そうなん?」
「そりゃそうだよ?」
ナタリーが、鞄から林檎を取り出すと。
チィチとウィルドが1体の狼男を連れてきた。
狼男の目が赤い。それに向かって、ユッカとネリエルが槍を投げる。【投槍】だ。淡い光を帯びた槍は、見事に狼男の頭を貫いて壁に突き刺さった。
狼男の死体をチィチが回収して引きずってくると、今度はネリエルとユッカが引きに行く。これでいいのか。アキラに、スローイング系統のスキルが無いので普通に投げると刺さらなかったりする。特に、相手が魔人の手下と見られる青銅の巨人だと特に。リーダーが働かないのは、どうか。囮にならないのはどうなのか。
アキラは、死体に強奪をかけるがスキルは何も盗れなかった。
ハズレだ。
チィチが持ってきた狼男の身体を茶色い収納鞄に入れると。
「お腹空きました」
チィチが自己主張する。最近、チィチが話すのはお腹が空いた、だ。
「はい。召し上がれ。えっと、続きなんだけど。んー、ウィルド殿下がいるけどまあいいかな」
「ん? どうかしたのか」
「えっと、まあギルドの話ですよ。んっと、今までは冒険者ギルドに登録するのもだれでもできたんだよね。これは、どうしてでしょう」
んっとなった。どういう意味なのかわからないのだ。アキラが返事に困っていると。
「それか。冒険者として、登録させる事で戸籍の調査、把握だな。都市にいる人間を把握するのには、門での監察だけでは手間がかかる。それで、都市間の人口を把握するのに膨大な資料が出来上がってしまうから面倒だ。住民の登録には、基本的に戸籍登録が必要になる。ウォルフガルドでも戸籍は作っているはずだ。まがりなりにも王国だしな」
「そうです。冒険者ギルドに登録してもらう事で、仕事をしてもらおうという国の政策ですねー。戸籍を確定するのに使われるんですけど、これにはかなり問題がありました」
なんだろうか。アキラにはわからない。
「ええっと。問題? 何が問題なんだ?」
「ふー。えっとですねえ。冒険者は、死にやすいのです。要するに、使い捨ての人間だったのですよー。折角戸籍を作って、仕事をしてもらうはずなのに仕事で死ぬ率が半端じゃないです。この国だけでなくて、他の国だって似たようなものですからね。ちょっと前のミッドガルドでも、それは変わらなかったはずなんですけどねえ。今は相当に改善されているみたいですよ」
「へえ。ってことはそういう仕組みをユークリウッドがやっているってことか?」
血の匂いが漂ってくる。小人族のナタリーは、器用な手先で火を薪につける。お湯を沸かそうというのだろう。休憩しながらの狩りで、近場に魔物が居なくなったら前進するというスタイルでもある。安全が第一。アキラの母親は、口が酸っぱくなるくらいに言っていた。今は会えないけれど、里帰りくらいはしたい。
こくこくと頷き。
「冒険者ギルド、それ自体が他所から依頼を受けて人を派遣するの。中身を精査しているとはいえ危険を読み違えるなんてことは、しょっちゅうあって腕の無い冒険者が解決できなかったりして違約金を払うなんてことあったりしたんだよね。だから、それが元で奴隷に落ちちゃったりする人だっているし。あんまりいい職業とはいえなかったの。私たちだって、これでぎりぎりの生活だったんだよー」
「奴隷落ちって、本当ですか」
「信じられない顔しているね。餓狼饗宴は、ライバルが少ない代わりに危険だけどね。なんたって、魔物が素早いし回りこまれて全滅しているなんてざらにあるんだよ」
悲惨な話に、アキラは気分が悪くなった。まかり間違ってアキラが南の方でのんびりしていたら、どうなっていただろうか。クラブにやられて、死体になっていたのは想像に難くない。或いは、ユークリウッドに出会わなければどうだったであろうか。よく知らない土地で、幸運が続くなんてことはざらにないわけで。強奪スキルがあっても生き残れたかどうか。
ウォルフガルドでは、魔術師という職業が本当に貴重なようだ。剣士とは比較にならないくらいに、術者というのが乏しい。ましてや、水というのが産み出せる水属性の魔術師はとんでもない値段がつきそうである。アキラには、水の魔力炉があり、それを活用できればそれなりの術者になるはずなのだ。さぼっていてはいけないし、一流に成りたければ努力が必要だ。
全滅と聞いて、骨が残っていないのに気がつく。黙っていたウィルドが、汗を拭う為に頭の甲冑を脱ぐと。
「ん。ありがたい」
ナタリーが手ぬぐいを渡す。後方には、魔物の姿は見えない。
「冒険者ギルドというのは、必要だ。国家としては、な。ただ、そこで働く人間がどれだけ搾取されているかに気がつくのは少ない。貰っている報酬を間引こうというギルドは、少なくないからだ。手間暇を考えると、どうしてもギルド経由の方が便利だからそこを利用しない人間は少ない。昔は、直接的に依頼人と係ることもあったらしいが今はそれもトラブルの元だからな。帝国では、そのようになっている。依頼を受ける受けないは自由だし、指名される制度もあるが受けるかどうかも自由。でないと、冒険者に力がある場合には反乱を起こされかねないから。そこの所が問題だ。ユークリウッドの事だから、至れり尽くせりのサービスを考えて居そうではあるな」
ウィルドは、ユークリウッドの事をよく知っているらしい。こいつもホモか。というのが、アキラの率直な感想だ。なんで、ここまで知っているのというような。違うだろうか。
「ギルドが、必要なのはわかるんですけど。それじゃ、駄目なんですかね」
「国としては、適当に扱えて、いつでも切り捨てられる都合のいい駒だ。あくまで、国家として見ればな。ただ、冒険者と組む人間からするとそういう扱いは腹にすえかねるだろうさ。何しろ、いいように使った挙句に後は知らんときた。そういうのをなんとかしようというのだろうよ。ああ、日本ではこういうのを派遣労働者といったのだったか。哀れなものだったそうだが」
派遣。よくわからない単語だ。アキラにはアルバイトとか派遣だとかよくわからないのである。アルバイトが短時間で給料をもらうような存在で、派遣がどういうのかわからない。なんとなく、パートのおばちゃんみたいなモノかと想像するしかなかった。
「結局、冒険者が駄目って話なんですかね。なんか訳がわかんないんですが」
「お前……雷神爆撃を食らわせるぞ」
雷神爆撃。なんとも凄そうだ。食らったら、命が無さそうである。止めて欲しい。
金髪の少年は、憐れそうな目で見ている。年下の子供にそのような目で見られるとは。しかし、かっとなって怒る事もできない。パーティーなのだ。内輪で揉めるな、とネリエルに怒られてしまう。何かとこの少年とはぶつかる事も多いので、ロメル同様に何故かアキラが悪い事になってしまう。パーティーリーダーなんだから、我慢するべき。そんなんでは、禿げてしまうではないか。
幸いな事に、ネリエルは出張中だ。ぐっと堪えると。
「ほら、狼肉でも食べますか」
「アキラ、わからないからといって話をそらすんじゃない」
ウィルドが、ずいっと屈んで見つめてくる。止めて欲しい。すいすいっとわかるくらいなら高校だっていい学校に行っていた。わからないから、普通よりちょっと下の学校に通う羽目になったのだ。父親も母親も何も言わなかったし。近かったので、通学には便利だった。彼女は、いなかったので灰色の学生生活といっていいだろう。もう、学校の同級生たちと騒いでいたのが遠い昔のようだ。
澄んだ瞳で見つめられると、言葉がでない。
「いやー、天気がいいですねえ」
「ここは、地面の下だぞ!」
少年の身体が黄色く光る。本当に、雷を纏っているようだ。気が短いのは、アルーシュ以上だ。ネリエルが優しく見えてきた。本気なのか。普通に、皇子の雷がアキラに落ちた。文字通り。ドドォーン。鼓膜がどうにかなりそうだ。どういう軌道なのかわからないが。
―――こ、これが。ら、なんとか……か。死んだらどうするつもりよ!
小さな手が後頭部を支えてくれるが、膝に力がはいらない。
アキラは、気が遠くなった。




