131話 アキラの事情62 (アキラ、ネリエル、ウィルド)
―――金が欲しい。
―――女とやりたい。
―――褒められたい。
色々あるが、結局のところ。
―――ハーレム王になりたい。
アキラは、まだ1人しか嫁がいない。ミッドガルドなら、何人でもオーケー。これで、元の日本に帰ろうとする日本人の男がいるだろうか。いや、いないだろう。
雨が降っていた。梅雨か。ウォルフガルドでは、雨も降る。その回数も、多いようだ。
田んぼには、雨が降り注いで蛙が鳴いていた。ゲコゲコと。
アキラは、餓狼饗宴という迷宮の中にいる。
「んー。やらせてくれ!」
「断る。アキラは、そればかりだな」
「いや、だってさ。やりたいもん。美人だし、なあ」
「口説き文句が、それでは相手も逃げるぞ」
「うぐっ。つっても、イベントらしい物も起きないし。なんかさ、攫われたりとかしないのかねえ。あーもう」
アキラは、ネリエルとやりたい。当然だ。やりたいのに、やらせてもらえない。悲しい。予定よりも早くネリエルの借金を返済できたのだ。チィチの借金も返済したかったが、思い出せば借金が膨らんでいる事に気がつく。鳥馬を購入してみたり、家財道具を事務所の2階に運び入れたり。道具がどんどん増えて、2階から裏手の方に家屋を増設している有り様だ。なんでも、事務員たちの住処にするのだとか。
アルーシュとウィルドは、短時間で抜けてしまう事が多い。迷宮の中での狩りは、安定性を増しているのだけれど。ボスを倒すと、アルーシュは帰ってしまった。まるで、某RPGそっくりな消え方だ。影の中に、すっと消えるという。ウィルドの方は、まだいる。
喧嘩ばかりするので、困ったゲストだ。ユッカの変則的な狩りにも慣れて、経験値の方はがっぽがっぽと入ってきている。
「アキラは、そればかりだな。しょうがない奴だ」
「男なんて、こんなもん。頭の中じゃ、皆やることばっか考えてるって」
「そんな奴ばかりか? そうは思えんが、それより先に進むぞ」
「んーでも、安全に行きてえし。1階で稼いでるのも悪くないって思うんだが? 先に進む意味がよくわからんし」
「下の方が素材がいいのが取れるだろ」
「下ねえ」
アキラとしては、安全に行きたい。死んだら、もとも子もないのだ。毎回生き返れるだとかそういう保険もないのだし。ゲームだと、すぐに生き返れたりするがそんな事はこの世界にはないようだ。頭が無いと生き返れないだとか。神殿では、そういった事のできる司祭もいるようだ。ユークリウッドに頼んでおけば、最悪の展開で死んだとしても生き返れるかもしれないが。
そうそう都合よく行かないのが、この世界。
狼の群れを見ると、ナタリーが魔術を用意して、ネリエルとチィチが協力しておびき寄せる。アキラとウィルドがサポートだ。前衛が、多すぎる構成だ。盾1に物理系アタッカー1、魔法系火力1、魔法系補助1回復1探索系1。こういうのが理想だが、アキラのパーティーは偏っている。アキラ自身が、前衛なのだからそれしかできないとなると。
「困ったな。剣士から騎士にさっさとなる方がいいって思ってたけど、魔術師になるべきなのか?」
「ほう。魔法の素養があるのか。それは、いい。私の部下には魔術師が少ないからな」
「そんな事を言っちゃっていいのかよ」
アキラだって最近学習してきた。手持ちの札は隠しておくに限ると。帝国の皇族がこれでいいのか。ウィルドは、緩いように見えてしかたがない。
「事実を隠しても仕方がない。帝国では、魔術師の育成に力を入れている。科学技術を高めている真っ最中だ。それで、侵略を繰り返しているのだからな」
「駄目だろ。侵略国家」
「国益の確保の為だ。国民の利益になるのなら、国家に大義がある。生きていく為に必要な行為だぞ」
子供だというのに、まともな事を言っているように思えて、言葉に詰まった。アキラといえば、戦争を否定する日本に生まれてきたのだ。憲法があるから日本は戦争しない。とか、自衛隊というのは防衛組織であって、軍隊ではないとか。色々、解釈があるのだなあという風に考えていたが。
「そっか。俺のいた日本には、戦争なんてなかったからなあ」
「どうだか。あれだけの軍備を整えて、戦争が嫌いだとか。嘘も大概にしろよ」
「!?」
どういう事か。日本は、戦争なんてしないし戦争ができないように憲法で定められているはず。そのくらいの事はアキラだって知っている。子供でも、憲法9条がどういう物なのかを知っているのだ。教育で、大体の中学生くらいなら教えられるから。
ウィルドは、そんなアキラの考えを知らないのか。
「軍隊を持っているじゃないか。銃を装備して、戦車に戦闘機。ミサイルに軍用艦。対空迎撃システムの構築。色々、知っているぞ。我が国で活躍しているのも、捕虜になった自衛官なのだからな」
「なんで知っている? 嘘だろ」
自衛隊が? そんな馬鹿な。アキラには信じられない。自衛隊といえば、最強とまでは行かなくとも米軍に次ぐ戦力だと思っていたのだ。
「さて、嘘か本当か。我が国に来て、確かめて見るのはどうだ? 今なら、高級士官待遇で迎えるのもやぶさかではないぞ」
「いや、それはなあ。検討しようがないぜ。俺の命が危ないわ」
「ふむ。誰が聞いてるともしれんからか? まあ、誘いをかけても来れないというのはわかるがな。思っていた以上に、アキラのスキルは使えるようだ」
ウィルドは、周囲を警戒しながら歩いている。後ろから来られるのが一番危険だ。最後尾にアキラとウィルドがついている。先頭が、ネリエルとチィチでその間にユッカとナタリーがいるのだ。これにマールを食事担当で加えれば、立派なパーティーになれる。できることなら、アキュのところから魔術師に僧侶を借りているような状態では無い方がいい。
しかし、目下のところ魔術師がパーティーに加わりそうな気配がない。誰か紹介してもらいたいものだ。帝国には、日本人がいるのだろうか。アキラは、世界の事をよく知らないし知りたいとは思っていなかった。どうせ、元の世界に戻る事なんてできないしできたところで戻ろうと思うだろうか、と。美人で気立てがよくてなんでも世話してくれて、スケベもし放題。どうして、つまらない元の世界に戻るのか。意味がわからない。
たまーにそういう小説を読んだりするので、意味がわからなかった。山田が、小説を貸してくれたりするのだ。俺流、異世界生活術! とか題されているが、あまり気にしない方がいいだろう。山田の自伝的小説だったりするとか。ありえなくもないので、自然と身震いがでた。ウィルドが変な顔をしているが、無視だ。
「俺のスキルに興味があんの?」
「それは、当然だろう。スキルを奪えるとか、聞いた事がないぞ。ミッドガルドには、それらしい施設があるらしいが……。当然ながら、外国人には機密扱いだし利用できない。差別だと騒いだ所で、黙殺されるか国外追放処分が待っている。諜報員を忍び込ませるには、難しい国だからな」
「へえ」
「そのくらいの事は、聞かされているのではないのか?」
聞かされていない。しかし、素直に聞かされていないというのも癪に触る。アキラが、ユークリウッドに疑われているという事なのだから。或いは、説明を省いているのかもしれない。だが、それはともかくとして知らない事を言うのももやもやするのだ。
「それくらいは、知っている。厳しい入国制限があるんだろ」
「そうだ。だから、内部に入り込んでの工作は難しい。人口も増えやすい国だからな。おかしい国だ。金髪以外を貴族として認めないだとか。例外が、ジギスムント家だそうだがな。後ろから、何か来るぞ!」
後ろに、現れたのは両腕が変色している狼男だ。油断した? そんな事はない。いきなり現れて、しかも通路の途上。前に行ったネリエルたちの姿はない。前に走り出すべきだろうか。それとも狼男の迎撃をするべきか。合流して、立ち向かうのが筋だ。とはいえ、後ろからやってくるのは不自然だ。それまでの相手を全て撃破してきたのではないのか。
討ち漏らした?
ネリエルの探索能力を上回る隠蔽能力を持っていたのだろうか。
「ふうっ。やるしかない。貴様は右。私が左だ!」
金色の甲冑を被ったウィルドが剣を抜いて、距離を詰める。こういう場合はアキラが【毒】を与えてから相手が弱るのを待つべきなのだが。そんな事をお構いなしに、少年は攻撃する。ウィルドが雷を剣に纏わせて斬りかかる。アキラもそれに合わせて間合いを詰めると、さっと後退した。
魔物の癖に、どうして間合いを下げられる。
その狼男は、足音がしない。普通は、どすどすと踏み鳴らしているのだが。すっと移動して寄ってくると見せかけているような。アキラはウィルドを盾に使うようにして移動すると、弓を構えて射つ。流石にこれは避けられないのか。毒を付与した矢を受けると、段々と動きが鈍くなっていく。ウィルドは、盾で応戦している。狼男の太い腕と爪で殴られれば、即死してしまいかねない。どこに当たっても危険だ。
腕の太い狼男が倒れると、ユッカたちの方へと向かう。
「こいつはいいのか?」
「それよりも前だ!」
ネリエルたちがどうなったのか。折角得たハーレム要員なのだ。残念な事に、未だにスケベできていないが。こんな場所で失う訳にはいかない。はたして、白面の美女と小柄な小人族は―――
「心配なさげだな」
余裕で、ユッカが無双している。どういう事なのか。ユッカが槍を持って、ネリエルが連れてきたと見られる狼たちを肉片に変えていた。ユッカがこれほどまでに強いだなんて聞いていない。狼男に、頭の大きなツーヘッド・ウルフの姿も見える。加勢するべきだ。
参加しようと、前に歩を進めると。
「危ないですよ」
「何?」
「巻き込まれてしまいますから、危険です」
ナタリーがいう。
「しかし、援護をする必要があるんじゃないか? 彼女1人では危険だろう」
「ええ。危なくなったら、援護をお願いします。外から、牽制するようにしてください。不意さえ、打たれなければユッカさんだけでも大丈夫ですよ」
ユッカは、皮鎧に鱗を貼り付けた装備をしている。スケールメイルという奴だろう。そして、槍は鈍色の槍で普通の鉄製に見えた。対するは、手に剣を持った狼男だ。ソードウルフマンと言えばいいのだろうか。剣を振りかぶって、攻撃しようとしたところにユッカの槍が突き刺さる。2つ頭の狼には、ネリエルが投げ縄をしていた。捕らえようというのか。チィチと一緒になって、狼の動きを縛る。狼の方が身体が大きいというのに、
「マジかよ」
「獣人は、体力だけは天下一だな。人間には真似できないような事をやってのける。捕獲しようというのか?」
アキラの【剛力】もそれなりだ。使った後に、へとへとになってしまうのは仕様なのか。使い勝手は、あまりよくない。見たところ、ネリエルは狼を捕まえたいのか。そういう事だろう。しかし、馬の変わりに使うには肉を食いそうで適さないのではないか。
「手伝うか」
ウィルドとアキラが加勢して、全員で2つ首の狼を捕らえると。
「こいつは、どうするんだ」
「番犬替わりに使えるかもしれない。毎回殺しても、な。魔物をユークリウッド様に魔を祓う儀式をして貰えば、或いは使役が可能になるかもしれない。あの、ブランシェとかいう魔人を見たか?」
「ん? 何それ」
何かわからない。マールとスケベをするのに忙しかったし、帰ってきてから隣の部屋がうるさかったりしたくらいだ。後は、行き倒れたとかいう少年を拾ったとかいう話をマールから聞いたくらいである。
「話くらいは、聞いておけ。ロメル殿も、これでは先が思いやられると言っていたぞ」
「んなこと言われたってなあ。今聞いたような話じゃん。俺、知らない事は知らないっていうし。嘘じゃねえよ」
「ならば、一々人に聞いておく事だ。見ろ、ウィルド様が冷めた目で見ているぞ」
隣にいる黄金の甲冑をつけた少年が、圧迫感を放っている。小さいのに、どうした事か。アキラは、それにびびってしまっていた。
「それで、その魔人がどうかしたのか?」
「なんでも、ユークリウッド様が触れた瞬間変化したそうだ。魔が吸い取られたというか。そんな風に動物になってしまってな。とても、可愛らしい動物になっている。あれならば、私も欲しい。こほんっ。今のは、冗談……だ」
「嘘だろ。それ」
絶対、欲しい。そんな顔をされれば、アキラも協力するのはやぶさかではない。何より、萌えは必要だ。アニメも無ければ、小説もない世界に潤いを出すとしたら。考えると、可愛い動物を集めるのはいい趣味かもしれない。失敗するかどうか。それはともかくとして、
(彼女の気を引くことが重要なんだよなあ。本当に難しいぜ)
女とは、不思議な生き物だ。




