127話 女魔族は、動物になっちゃった。 (ユウタ、アレイン、シーラム、ロメル、キッツ、レン)
事務所の上で、物音がした。慌ててそこへ駆け寄ると。
「く……。どういうつもりだ」
と、爪を伸ばす女魔族の姿があった。倒れる前の女魔族は、獣人よりもしっかりとした物を着ていた。しかし、今は白の貫頭衣を着ているだけだ。ロメルがその前に立っている。部屋の入り口には、ロメルがいて女魔族を逃さないように塞いでいる。
「逃げられますね。これは……」
「いえ、彼女には逃走できません。この建物には結界が仕掛けられていますから」
「え?」
「ええ。対魔用結界。空間魔術を良くする魔術師なら、結界くらいはお手の物です。ここに入ってしまっては、出入口は正面玄関くらいのものですよ」
部屋に仕掛けた術は、人なら無害な代物だ。魔族、或いは魔物にとっては有害だ。結界に触れると、魔力を消耗する他に痺れて動けなくなる効能がある。このまま、じりじりと相手を部屋の中に追い詰めるのが有効だろう。しかし、くたぁっと女魔族は倒れてしまった。しかも、人間の姿ではなくてもふもふとした違う生き物になってしまう。
「これは?」
ロメルがいうのも無理はない。吃驚仰天の出来事だ。女魔族は、動物になってしまった。角が2本ほど頭の部分に生えている。力が衰えたから魔族が、動物になってしまうのか。底の所も不明だ。誰か、解説して欲しい。周りを見るが、困惑した表情を浮かべるロメル。ロメルの腕には、虐待を受けたとみられる少年が抱えられている。
豚人の死体が、そのままである事をそこで思い出した。死んでいるであろうに、放置したままだ。回収すべきだったろうに、雨の下に放置したままだ。放置したままでいるのは、さすがに酷い。一時の感情に任せて、豚人を撲殺してしまった。きっと、雨ざらしになっている事だろう。それは、いけない。もこもことした毛皮の動物を撫でていると、腹ばいになってしまった。
女魔族は、動物になってしまっているようだ。心までも。
「どうしますか」
「とりあえず、放置しておきましょう」
「では、そのように」
ロメルは、男の子を抱えて奥の客室に歩いて行く。部屋の数は無駄にある。アキラの部屋が隣の部屋になっているのが、困りものだ。壁が薄いせいで、いろんな声が聞こえてきたりする。動物のような変な声には、なんとなく心当たりがあるのだ。アキラは、髪は薄いし頭は回らないくせにドスケベだった。銀色の毛並みをすいて、抱えると暖かい。
目は、きらきらとしてつぶらだ。端的に言って、可愛らしい。
部屋の外では、シーラムとアレインが興味津津に女魔族を見ている。どうやら、子供には人気のようだ。そうでなくても人気だろうけれど。部屋の外にでて、2人に動物を任せる。残念ながら、女魔族に事情を聞くのは難しそうな状況になってしまった。逃がすとか逃げるとかそういう状態ではなくて、動物である。しかも4足歩行の犬なのか羊なのかよくわからない動物だ。
なりは小さいので、持ち運びもしやすい。雌なので、最近飼いだした犬猫と一緒にするのもいい。子供ができたら、大変だけれど。
1階では、マールが鼻歌を歌って料理をしていた。アキラは、まだ帰ってこない。昼までには、帰ってくるだろうと思っていたのだ。そうではないのか。マールに声をかけると。
「えっと。ご主人様ですか?」
「うん。ガルドフレークに向かったんだけど、帰ってこないからさ。そんなに時間がかかる物なの?」
「歩きで行ったなら3日は、かかると思います」
「え?」
そうであっただろうか。セリアと一緒に、走っていけばすぐについてしまう。或いは、鳥馬で飛んでいけばすぐだ。飛行タイプの魔獣か鳥馬を活用すれば、そんなにはかからないはずである。ユウタは、そこで思い出した。
「大体、歩くと獣人はどのくらいの距離を歩けるのかな」
「すいません。わからないです。隣の村でしたら、1日程度だと思います」
魔物が跋扈しているからだろうか。少なくとも、日本の感覚は捨てた方がいいようだ。山口から東京まで1ヶ月程度と言われている。現代の日本なら道が舗装されて、泊まる場所も完備している。それで、1500km程度が30日はかかるのだから道が整っていないウォルフガルドならもっとかかるだろう。あまり、ユウタの常識を当てはめてはいけないようだ。
隣の村といえば、バーム村でガーランドを含めたバランとサムソンが担当をしている地域だ。兵隊の数は、できるだけ多く連れてきて問題ない。食料があれば、獣人たちはいう事を聞くのだから。治安の回復と食料の確保に頑張っているけれど、それでもすぐすぐにはいかないのが現状だ。
マールが調理に戻ると、ロメルの部下を眺めて外に出る。
まだ、雨の中だというのに獣人たちは待っていた。そして、死体が無くなっている。おかしい。空は、雲が黒々としている。黒い雨でも降ってきそうな勢いだ。通りの方から、ばしゃばしゃと地面を踏んで走ってくる獣人がいる。豚人族だ。片目がない豚人族は、思い切りよく剣を抜くと斬りかかってきた。
どういう事か。
息を荒らげて、水平に構える豚人族の男。それに、獣人たちが飛びかかっていく。
「放せっ。糞どもがああっ」
「うるせえっ。死ねっ」
豚人族の男は、押さえつけられて殴る蹴るの暴行を受けている。止めるべきだろうか。しかし、先ほどの豚人族の男と何らかの関係があるのだろう。ならば、因縁を断つべきだ。豚人族の男を殴っている獣人たちを手で制止すると。
「てめえ、何の、つもりだ」
「許しましょう」
「なん、だと?」
豚男以外の獣人たちは、跪いている。そして、
「憐れで、愚かな豚人族の方。貴方の怒りももっとも。さあ、殴って来なさい」
「ぬかしやがれえええええ!」
豚男は、剣を握り締めると突っ込んでくる。周囲の獣人たちは頭を上げて固唾を飲んだ。豚男の剣先は、身体をかすめていくと。
「うぉおおおお?」
暗い穴に落ちていく。折角許してやったというのに。ユウタの思いは、届かなかったようだ。大方、豚男は、殴り殺した豚人族の関係者なのだろう。消えていく穴に、獣人たちは驚いているようだ。雨は、ますます勢いを増している。
「皆さん。身体も冷えるでしょうし、中で魔術をかけましょう」
ぱあっと、獣人たちの表情が明るくなる。それを期待していたのはわかる。通りの反対側では、ウィルドやグレゴリーが動きを見ているようだ。どんなに観察しようとも、ウィルドでは絶対に勝てないというのに。電撃を操る限り、ウィルドに勝ち目はないのだ。
邪な欲望が湧き上がって来るのを感じで、股間の位置を変える。
「危のうございましたねえ。旦那」
「?」
キッツだ。獣人たちに、キッツが混じっている。そして、狐の男は女を連れていた。尻尾が大量にある、なんとも形容し難い狐の女だ。顔は、非常に整っているが整っているだけならば気にする必要もない。妖艶な雰囲気がエリストールを彷彿させる。胸の方は、どっこいどっこいだ。どちらが大きいのか、溢れんばかりの胸を強調するかのような着物を着ている。
先ほどの豚人とは比べ物にならない。戦闘力が。ウィルドよりも上で、ウォルフガングよりは下か。
「ささ。姉上、こちらがユークリウッド様ですよ」
「なんじゃ。こやつは……化け物か」
「失礼ですね。キッツさん、中でお話をしませんか」
「姉上、よいでしょう?」
「ふむ。興味は、湧くの」
着物の狐女は、扇子を手に口元に当てている。周囲の獣人というと、遠巻きになっていた。恐怖しているのか。かなりの実力者で恐れられているのが推察できる。雨の中で、キッツが傘を差している所から人間関係もわかるというものだ。すっと、歩き出すと。
「良いのか。冒険者ギルドでは、大騒ぎになっておるぞ」
「何が、ですか」
「ふむ。知らんのか。Bランクのクラン員に手を出したんじゃ。お主の命がいくつあっても足りんじゃろ」
「そうだったんですか。それは、失敗でしたね」
クランが相手になるなら、要注意かもしれない。しかし、ギルドはどこと繋がっているのか。アキュは、使える人材でガーランドたちと連携をとって南に堰を作る予定だ。敵には、回らないと考えている。ラトスクの町にある冒険者ギルドが敵対した場合は、どうだろうか。ウォルフガルドのギルドが全部敵に回るというのなら、厄介だ。
「失敗のう。お主は、明日を迎える事ができんかもしれんのに、か?」
「それは、怖いですね」
「そうか。馬鹿者か、はたまた度胸の座っているものか。見極めねばの」
「面白い方でしょう? 姉上のご期待に添える子供だと思いますよ」
「ふふふ。そうさの」
部屋の中に入って、獣人たちに治療をしていくと。ロメルが、耳打ちをしてくる。
「あれは、ゴロンメー商会会長のレン様。どのような縁があって、この場所にお連れしたのですか」
「有名な人なんですか」
「有名も有名です。その強さだけならば、ウォルフガング王に匹敵するとも言われる方で。狐国の王族の出だとか。出自もさることながら、その容貌と才気で数多の獣人たちを虜にするとか。目にしているだけで、興奮してくるというのは噂ではなかったのです」
ロメルも興奮しているようだ。熊の耳は、動いていない。しかし、股間の方は犯罪的な大きさでぽっこりとわかる程だ。恐ろしい大きさになっているので、これを打ち込まれた方が同情してしまいそうなくらいである。顔は、赤くなって呼吸も乱れているのは他の獣人たちも同じようだ。レンを見れば、まんざらでもない顔を扇子で半分隠している。
長い足を椅子に座ったまま組み替えるだけで、ゴクリとつばを飲む音がする。
「ふむ。こやつらに、襲われかねんな。そうなると、この小屋が血まみれになってしまう。どうしたものかのう」
「姉上、折角の対面をむちゃくちゃにしないでくださいよ。珍しい奴隷が手に入るかどうかの、チャンスなんですよ!?」
「そうはいってもの。こやつには、効いておらん。いうことは聞くまいて。むしろ、かような事をして息の根が止まるのはこちらの、むっ?」
とんとんと、音がして2階から動物が降りてくる。可愛らしいもふもふの動物は、小さな羽が生えている。蝙蝠の羽ではなく、白いもこもこした羽だ。ぴょんとタックルしてくると、それを捕まえた。そのまま身体をよじ登って、頭に乗ってしまった。どういう生き物なのか。犬のようであり、リスのようでもある。しかも背中には、鳥のような羽が生えている有り様だ。これで、元は魔族でしたといっても納得してくれないだろう。
「ふーっ」
「おやっ。なんとも、可愛らしい生き物じゃ」
ほうっと、レンはため息を吐くと。治療が終わった男たちがそそくさと股間を押さえて外に出て行った。何も払ってない。が、ナニをしに行ったのか。大体、想像がついてしまうだけに始末に悪い。アキラが帰ってこないので状況がわからないが。レンとキッツは一体、何をしに来たのか。マールが茶を出すと、シーラムとアレインが下に降りてきた。と、顔を赤くしている。2人ともに、効果があるのか。
「姉上。その動物と戯れていないで、本題に入りましょうよ」
「ふーむ。どうやら、その本題がこれのようだぞ?」
鋭い。レンは、その美貌だけの狐女ではないのか。と、そう思っていたのだが期待を上回る観察力があるようだ。首輪を見たのだろう。それを引っ張りながら、悪戯っ子のように微笑む。
「まさか」
「そのまさかですよ」
「はっはっは。これは、してやられたわい。キッツ。お前の目論見は、この小僧にしてやられておる。潔く諦める事じゃ。それに、なんぞ揉め事もあるようだしの。ああ、申し遅れた。儂の名は、レン。この通り、この不肖の弟の姉でのう。なんぞ、術をなまじ使えるよって人に術をかけたりするんじゃが―――お主にはそれは藪蛇じゃな。死にたくないしのう。何か、用があれば商会に来るがよいて。いや、しかしこれはいいの。持って帰りたいのう。譲ってはくれんか?」
無理な相談だ。見た目が、よすぎる。女に媚びルために動物を売るのは、有りだが―――
「すいません」
「そうか。ならば、遊びに来るとしようかの」
「ええ? それは、ないでっしゃろ。砂糖菓子、1週間分って言ってましたよね?」
「それは、それじゃ。これは、これじゃ!」
また、変な関西弁か京都弁か。なんか、言語が変だ。
そして、かなりの出不精らしい。ずっと、商会に引っ込んでいてくれて構わないのだが。
「お姉さんは、甘い物が大好きなんですか」
「ええ。大の甘党でおま。ほいたら、姐さんが気が済むまで、ここにおってええから。気が向いたら、帰ってきてな。あ、塩の事はほんまにありがとう。首の皮がつながりましたって、速達がきましたわ。この恩は、忘れませんさかい。今後もよろしゅう」
「! ええ」
おかしい。甘いお菓子ではない。そんなに早く対処できたのか。どうにも腑に落ちない。塩は、対処する必要がある。強引な手段に訴えかけるのは、最後の手段だ。向こうとの移動が可能ならば、色々と仕入れたい代物があるのだ。アルーシュが、異世界に移動する事を禁じているので訳がわからない事になっている。光輝との話も、よくわからない事が多い。つじつまがあわないというか。
いかせてくれれば、すぐにでも解決できそうな事もあるのに。例へば、機械だとか。
ウォルフガルドの問題点は、塩もある。塩を運んでくるまでに海岸沿いの町や村が壊滅しているのか。流通が滞っているのだ。ユウタが輸送してくれば、問題は解決されるが。長期的には、他の獣人にやってもらわないといけないし。雨が降っているからといって、治療ばかりをしていては流通が滞ってしまう。
塩を運搬してくるのも、理由とか色々な物が必要だ。移動するのだけでも塩を消費してしまうという。目的が、すり替わってしまう事もある。動物や人が運ぶのだから、なおさらの事だ。
結局、アキラが帰ってくるまでレンは居座っていた。女魔族(仮名)ブランシェが気に入ったようだ。




