126話 雨の中で、豚人に出会った。(ユウタ、ロメル、キッツ、シーラム、アレイン)
外の雨がいよいよ激しくなって、きた。診療は時間いっぱいやったが、まだ並んでいるのでやるしかなかった。立て札を立てている。欠損部位再生の魔術は、基本的に本人の細胞を劣化させるので寿命が短くなりますよ、だとか。回復魔術は、万能ではないのだ。再生すると、微妙に短かったりするのだ。獣人の場合だと、そうなってしまう。
ミッドガルド人が、人類とは違う生命体なのか。
―――まさか、ね。
獣人とミッドガルド人の違いは、何か。耳と尻尾が付いている。レベルが必ずある訳ではない。などなど。
何故か。謎だ。テロメア細胞が劣化するのであろうか。ミッドガルド人が細胞劣化しない。というよりも緩やかなのは、何故なのか。遺伝子的に、獣人が人間をベースに作られた生命体なのかもしれない。研究する価値は有りそうだ。
欲深い人間は、不老不死を求める生き物だ。死なない、死ににくい、老化しない。そんな身体を金持ちなら望むだろう。魔術の神秘を追求していくには時間が必要だ。人は、あっという間に年老いていく。気がつけば、40、50というのは普通の事である。一生懸命働いたら、爺になってました。とか。
といっても、行列を作る獣人たちにとっては腕の1本と寿命を引き換えにするのは安い物のようだ。立て札には、ちゃんと書いてあるのに足を治してくれだとか腕を治してくれだとか。段々と要領を覚えてくるに、魔術を使うスピードも早くなった。しかし、治療すると同時にこうも付け加える。何度も治療は、しません、と。
困るのだ。時間は、有限なのだし。善意も程がある。
獣人たちは、金が無いのでアイテムやら物を置いていく事が多い。貢物といったところだろうか。回復魔術をかけてくれるアイテムのようになった気分である。しかし、貧相な物ばかり。魚だったり、石ころだったり、粘土だったり。どこかで拾ってきたようなものばかりなので、受け取る事もできない。獣人たちの列がようやくなくなりかけた時だ。
みすぼらしいなりで黒髪の幼児が引きずられている。獣人が引きずっている。それは、日本人のようだ。気のせいか。慌てて走ると。
「あっ。ちょっと、ちょっと待ってください」
ぬっと、振り返ったのは豚顔の獣人だ。豚人族だろう。豚の耳に鼻。オーク顔負けの身体をしている。肌がピンクがかった肌色をしていた。振り返り様に、殺気を浴びせかけてくる。獣人は、友好的ではないようだ。
豚人は、顔を歪めていう。わざとらしく。
「なんだあ? 小僧」
ユーウなら、そのまま殴っている顔だ。声からして、腐臭がするような。
ざわざわと、周囲の獣人が小声をさえずる。豚人族の男は、調子に乗っているようだ。
「その子供は、どうしてそんな目にあっているんですか」
「ああ? 盗みだよ。盗み。この餓鬼が、飯を盗もうとしたんで懲らしめてやってんだ」
嘘くさい。とってつけたような、そんな感じにしかみえない。最初の思い込みに近いが。
子供は、死んでいるようですらある。言葉に反応しないとは。おかしい。
「本当に? その子は、ぐったりしてますけど」
「しつけーな。俺のもんを盗ろうとしたんしたんだ。これくらいは、普通だ。後は、手足をへし折って奴隷市に売り飛ばすだけよ」
「もう、折れてませんかね」
子供の手足は、どこか変な方向を向いている。ずるずると引きずられている格好も妙だ。
男は、殺気を隠そうともしない。
「ふん。てめえ、ちょっと調子に乗ってんだろ」
知らないのか。獣人たちには、能力を見せていないのでモヤシと思われているのかもしれない。或いは、獣王の娘が血迷っているくらいな感じか。ユウタは、なめられるのが嫌いだ。馬鹿にされるのも、もっと嫌いだ。へらへらして生きていくなど、全く以前と変わらない生活でしかない。社畜の人生をそのままなぞるのか。
―――そんなモノは、ごめんだ。
完全に、弱いものいじめではあるが。見過ごせない。だから。
「なぜ、調子に乗っていると思うんですか?」
「獣王が認めた? 嘘に決まってんだろが。ああ、そうだよ。てめえみてえな餓鬼が、獣王になろうだと? ふざけんじゃねえ! 決闘だ」
意味がわからない。
豚人族の男は、顔を真っ赤にして突っかかってくる。このような煽り方をしてくる獣人は、珍しい。セリアが居ないせいであろうか。学校に行っているセリアに大感謝だ。目の前の男は、目を血走らせながらプロレスラーも真っ青な拳を突き出す。さながら、岩のような見た目だ。そして、
「いいですが―――」
いきなり、豚人は殴りかかってきた。それを避けながら、拳を腹に当てる。ばくんっと。黒く使い古したような鎧が、めり込んで豚人がよろめく。手応えは、あった。肌色の身体中から、血が吹き出すと。
「げぺっ」
倒れて、動かなくなる。雑魚だったようだ。舐められたら、死刑あるのみ。手加減など必要ないだろう。自ら決闘だと言っていたというのに、立会人も無しに襲いかかってくるような下郎には礼儀も容赦も必要ない。ユウタは、幼児を抱え起こすと幼児の尻から血が出ているのに気がついた。尻から血が出ているのか。下半身を見ると、やはり尻から血が出ている。大変な目にあったようだ。
抱え起こすが、目には光がない。口からは、粘っこい何かおぞましいものがあふれた。白い。何かが。
歳の頃は、ユウタよりも同じか。外人の見かけをしているユウタに比べると、日本人らしい子供はずっと子供っぽい。ホモの餌食になってしまったのか、どうかわからないが。豚人族の男には、【火】をかけてやった。それから、子供の身体にヒールをかけてやりながら、事務所に戻ると。
「すいません。暖かいミルクをお願いできますか」
「わかりましたー」
マールとシーラムがとことこと食事の支度をしていた。アレインといえば、ロメルと一緒になって書類の整理をしている。獣人が増えている。キッツだ。奴隷商人の番頭をやっているはずのキッツが何故か、事務所の中に入っていた。治療をしている間に、中に入っていたのか。
「お疲れでしょう。ユークリウッド様。そちらの子供は、どうなされたんですか?」
「ええ。ちょっと、変なのに絡まれてしまいまして。中で寝かせて置いてください」
「寝ているようですね。回復魔術をかけられたようだ。服を脱がせて、上で寝かせておきましょう」
ロメルが、2階に子供を連れて上がっていく。魔族は、どうなったのであろうか。と、
「いやいや、儲かってらっしゃるようですなー。王様に置かれましては、ご機嫌麗しゅうございます」
「やめてくださいよ。王様とか、困ります」
キッツが、揉み手をしながら話を振ってくる。着物を着ているのが珍しい。ウォルフガルドのような未開の国でそのような物を着ている獣人を見ただろうか。見た事はない。にしても、引っかる。王様だとか。変な事をいうのは困る。ウォルフガングが勝手に言っているのに追従しているのか。だとしても、そんな事を勝手に言いふらす奴だとは思っていなかったのだが。細目の狐獣人は、商人だった。
「せやかて、ユークリウッド様が王様になられたんが、わてらも商売しやすうございますさかい。なってくれたほうが、ええに決まってま」
変な大阪弁か何かのようだ。混在していて、怪しいしゃべり方になっている。
「……それで、今日はなにか用が有って来られたのではないでしょうか」
「ほ、話が早いですわ。そいでしたら、本題に入らせてもらいましょか。今日、きたんは他でもない。魔族を捕らえたとか。これは、でかいでっせー。売れば、相当な額になること間違いなし。どうでっしゃろ。こんなもんで」
手に、紙を広げる。そこには、1億ゴルと書かれていた。話にならない。そもそも、人は売り物ではない。魔族だからといって、勝手に話も聞かずに、売り飛ばすのは酷な話だ。一旦は、断るべきだ。商人のペースに流されるのも癪にさわる話なのだから。
「無理ですね。例え、100でも1000でも変わりませんよ」
「へっ。またまた~。旦那あ、女1人でっしゃろ。売り飛ばした方が、金になりますやん。売りましょうよ」
「その話は、もう終わりましょう。続けるようでしたら、生まれてきた事を後悔する羽目になりますよ?」
売る気はない。女を売り飛ばすのは、女衒の所業だ。とてもではないが人の道から外れる。金がないにしても金を作るのに人を売り飛ばすようでは、領主として失格だ。後から買い直せばいいとか、そういう問題でもない。
「あちゃあ。ユークリウッド様は、ほんに堅い人なんやねえ。こら、あきませんわ。それは、ええでっしゃろ。次の話を振っても問題ありませんかいな」
「ええ。なんでも買えると思い込むのは、思い上がりでしょう。次をどうぞ」
にやにやしていた狐の獣人であるキッツは、着物から扇子を取り出すと口元を隠す。片目を上げていう。
「塩の話を知っとりますか?」
「塩、ですか。それが、どうかしたんですか」
塩。生活には欠かせない代物だ。上杉謙信が武田信玄に塩を送ったという話を今でも覚えているくらいに、重要な代物だというくらい。
「塩を勝手に売っとる奴がおるそうで、難儀しとるという苦情がありますー。なんでも、隣の町ガルドフレークでは塩を許可なく売っとる奴がおるそうで。塩の価格が下落して、取り扱っとる商人が首吊るぐらいに損害が出とるとか。塩専売商人は、大変な目にあっとるらしいんですわ」
なるほど。なんとなくではあるが、事態が飲み込めてきた。ユウタにしてみれば、おおよそ想像のつくことだ。そんなことも知らずに、その異世界から来て便利な道具を売っているに違いない。塩がどの程度の価値があって売ればどのような価格になるだとか調べているのか。それを取り扱う商人がどのような目にあうのか。こっそりと少量を扱っているにしても、問題だ。
大方の場所、国で許可制である。しかし、何故ここに来るのか。申し出をするなら、王都の方だろう。
「それで、どうしてここに?」
「セリア様の旦那でっしゃろ。それくらい、ちょちょいと解決してもらわにゃあ。認められませんわ。っちゅうのが本心ですけど。塩を勝手に売られて困っとりますけん、なんとかしてください! そないな事を王都で言ってみなはれ。ウォルフガング王やったら、んなもんお前んとこで何とかせんかいっ! て無碍にされるに決まってま。結局のところー、力がないならどうしようもないっちゅう」
勝手にやられるのも問題だが、ウォルフガングは解決する気もなければ自分たちでどうにかしろというような王だった。放置放任主義と言えばいいだろうか。最悪の王様かもしれない。国土の広さは、日本の倍くらいあるというのに人口が200万人。これは、酷い治世だろう。
法律があってもいいはず。それで、尋ねる。
「法律とかないんですか」
「そないなもんは、戦前はあったけど。権利権益関係の裁判も、貴族がやってたんや。貴族が絶えた地域っちゅうんは地元の人望がある人間が市長になったりしとるけど上手くいっとらん。結局、ある程度の見識が求められるっちゅうのねん。賄賂が横行するようやと、民間から選ばれたっちゅうのも金次第やし。なんや、本題から外れとるで」
それまくりだ。解決して欲しいというのは、わかる。消せということか。
「塩が大量に手に入るのは、わかります。けど、そのやり方がわからないとか。そんな所ですか」
「そうや。上等の塩を作られたんじゃあ、海岸沿いの塩商人たちはあがったりやで。そこで、働いとる獣人たちも無職や。無職。わかりまっか。勝手な事をやられて、自分たちが無職になる辛さ。少なくとも、税金を収められるくらいには稼がんといかんのですよ」
普通に戻ってきた。どういう方言なのかわからないが、なんちゃって言語なのかもしれない。キッツは、細い目を大きく開けると、
「お願いしまっ。闇商人を成敗しておくんなまし!」
「はあ」
とっくに、情報が入ってきていてアキラを向かわせたところだ。しかし、戻りが遅い。アキラは隣の町に出かけたというのに。キッツは、嘆願書を突き出す。そこには、商人たちの連名がされていて勝手な販売をする商人をどうにかしてくれという風に書いてあった。
アキラを信じて送り出したが、胸騒ぎがする。
「ま、もうアキラさんを隣の町まで送りましたよ」
「へえ、あのハゲですかいな。ほんまに、大丈夫なんやろか」
「……ネリエルも居ますから」
「そいでしたら、黒狼族がケツ持ちってことでええんでっしゃろな。おおきに、おおきに」
キッツは、にこにこと顔を変えて調子よく扇子を畳んだ。
「ほいたら、奴隷もいいのが集まったら言い値で売りましょ。そろそろ商売を変えんといかん時期かもわかりませんよって」
「へえ」
商売を変えるのか。しかし、そうは変えられないのが商売人だ。人もそうだが、商売を経験に基いてやる人間は多い。そして、時流を読み解ける人間のなんと少ない事か。ラトスクでは、1反300坪で1人の人間は養えるだけの米が取れる予定だ。ジャガイモなら、もっと収穫が望めるだろう。南側からは、温かい風が来ていて人口を増やすにはもってこいの土地だ。
残念な事に、すぐに食料自給率を上げる方法が少ない。短期間で食料を作ろうとすると、ジャガイモが真っ先に思い浮かぶ。持続可能な生産でいくなら、米だ。しかし、短期間で食料をどうにかしようとするとジャガイモの方が早い。
200万の人口を養おうとすると。米一石で1人を養える計算なら200万石が必要になる。一石で、1000平方メートルが必要だ。問題なのは、魔物が大量に溢れかえっている具合だ。水は、豊富だし気温はそれほど寒くない。春から夏にかけては暑くなりそうだ。という事は、日本と気候が似ているのかもしれない。
気候操作をする必要がないとなると、凄く助かる。アキラが戻って来ないのが、気がかり。
塩についても、調べておく必要がありそうだ。利権には、手を加える必要がある。
キッツが、手を振って外へと出て行くと。アレインが、コーヒーを持ってきてくれた。気が利く。
熱いコーヒーを口にする。
―――戻ってこないな。
アキラも、ロメルも。
2階で、物が倒れる音がした。




