122話 ウィルド>ユウタ (ウィルド、ユウタ、フィナル)
ウィルドは、ため息をついた。空は、晴れていて雲が遠い。
だというのに、気持ちがふわふわしている。客引きをするでもなく、通りで行き交う獣人を観察していた。というのは、嘘でユークリウッドの監視だ。弱点は何かないのか。
―――倒せるなら倒した方がいい。
ウィルドの楽観視が、苦境を招いている。認めるしかない。
かといって、味方にしようとしても調略が上手くいかない。金とか女でなんとかなるような相手ではなかったのだ。ちょっと言ってみたら、酷い目に合わされた。尻を叩くので、椅子に座るのも難儀だ。尻は、真っ赤だ。腫れが引かないくらいにぶっ叩かれて、涙目である。しかし、めげていられない。
―――どうしたものか。
倒せないのだから、方針を転換する必要がある。
倒すにも、おびき出すとかそういう方向でいかないと無理。迷宮で襲うというのも、何度かグレゴリーが試みているけれど死体が量産されただけだ。目の前には、ユークリウッドがにこにことしながら獣人たちの手足を治している。無い腕や足をだ。異常だ。普通ならば、高位の神官がやることで寿命が縮むと言われているのに。
周囲には、大神教徒や女神教徒が斑に存在している。手伝いなのだろうか。或いは監視か。どちらにしても、役には立っていないそうだ。
「殿下」
「なんだ?」
シャツを苦しそうに着こむウェイターがやってきた。むくつけき獣人であっても、引く巨漢だ。顔だけみれば、どこかの王としてだって通りそうだろう。実際に、将軍で領地を与えられている。貴族としても、格の高い壮年の男だ。名前は、グレゴリー。堅物である。
だから、見下ろすようにしてくどい事をいう。太い眉の下に笑顔を浮かべた。愛嬌がある。迫力もあるが。
「機体の修理には、時間がかかります。今の内に迷宮に潜られては?」
「そうするか」
グレゴリーは、忙しそうだ。器用に、料理を運んでいる。キースが調理をして、獣人たちの指導にあたっている。風景としては、悪くない。こういう生活も憧れていたのだから。
経営は、始まったばかりだ。だというのに、食堂は賑わいを見せている。食った分の食事を現地調達して、かかった費用を計算すると。儲けは、それなりにでている。冒険者向けの食堂だ。酒が売れれば、ユークリウッドのところから調達する。結局のところ、ユークリウッドの懐に入るのが悔しい。社会構造は、いびつな物で立て直すのは大変だろう。
それがわかっていて、国を引き受けるとは。グレゴリーが戻ってきたが、準備ができそうもないのか。料理を手にしている。売れるのは、若鶏の唐揚げと麦酒だ。仕入れは、ユークリウッドの所からである。
「準備に時間がかかりそうだな」
「今日は、ハゲ……。ではなく、アキラ殿と合同で、潜ってもらえますか」
おかしい。アキラの事を知っているのか。何時知った。疑問だ。
「なんだと? ハゲと組む気は、ないぞ」
「それが、ユークリウッド様からのご指名です。殿下を是非、と」
「ほほう。面白いな。ハゲを小突きまくってやる」
ユークリウッド絡みだった。断るにも、観察をするには近づいておくほうがいい。
憎たらしい事に、ハゲはウィルドを馬鹿にしている所がある。ぶちのめすのは必要だろう。地面に這わせて現実というやつを思い知らせる必要があるのだ。
支度を済ませて、店を出ると眩しい。日差しは、昼を示している。昼になれば、ユークリウッドの診察は終わりだ。明らかに常人ではない魔力を使用している。それが感知できないのでグレゴリーは、おかしいという。確かにおかしい。隠し持っていると見ていいだろう。でなければ、魔力切れで死んでいなくてはならない。
ウィルドが店を作ったように、モルドレッセ家もまた女神教の神殿を正面入口に立てた。冒険者ギルドに近い場所には、大神教が神殿を立てている。ユークリウッドの診察を手伝うようにして、午前中は両方が出ていてうっとおしい。2つの勢力が、互いに牽制しあうようにして幼児を挟んでいるようだ。気持ちはわかる。目障りなのだろう。何かしでかさないか見ておかねば。
ユークリウッドの使用している魔術は、普通の僧侶であれば無理なのだ。強い魔術に使用回数が、尋常ではない。幼女にして女枢機卿となったフィナルが、手伝いをしている。しかし、数回でへばってしまう。傷の治療ならばいざ知らず、腕の再生だと足の再生だとかになると。すぐに、限界だ。
じゃり。
帝国では、足がなくなったりすると義手か引退だ。冒険者という物は。あうとそーしんぐとかいう言葉で冒険者を表する日本人たちがいる。なるほど。冒険者が、そのように見えるのも仕方がないだろう。国元では、力の有る冒険者は羨望の的で子供なら冒険者に憧れるものなのだが。そうでなければ、国に未来がない。
じゃり。
土ではなく石が撒かれて、舗装脇の店舗に雰囲気を作っている。じゃりというのだ。それを、知ったのもつい最近の事だ。じゃりっというから砂利なのだという。すこし、わかりづらい。ユークリウッドを何とか調略したいが、来ないのであれば協力関係を結ぶのもいいだろう。米の増産には、帝国としても国力を増す意味で欲しい。
じゃっ。
石を踏むのが面白かった。という、子供っぽい遊びが気に入ってしまった。事務所の周りに砂利を撒いていたりするのが悪いのだ。米の二毛作、二期作やノーフォーク農法を知っているのだろうか。ウィルドは日本人から教えられて知っているが、それをミッドガルドの人間が知っているのは意外だった。彼らの国は、黒髪黒目を認めない超絶の差別国であるのだから。金髪が絶対至上。
日本人は、人間扱いされていないと考えていたのだ。ミッドガルド。それ自体が、古代人の末裔でできている国。妬ましい。そのスキルが、レベルが、ステータスが。帝国国民が失っていった物を未だに持っているのが。欲しい、是が非でも欲しい。その力。殺してでも奪いたい。特に、蘇生能力など。
すたすたと。近くまで歩いてきて、ユークリウッドが事務所に引っ込んでいくのが見える。ちょうどいいタイミングだ。
すると、ローブを被った白面の幼女が従者を後ろにして歩み寄ってくる。誰であろうか。
ローブを取る。フィナルが声をかけてきた。
「あら、ごきげんよう。皇子さま」
「うん。ごきげんよう。姫、彼に面会したいのだがいいかな」
見知った仲だ。フィナルは、太っていた時から仲がいい。何となくではあるが。ほっそりして、痩せている彼女には幼い頃の面影が見当たらない。別人と見まごうばかりだ。うっすらと微笑むと。
「あらあら、それでしたら休憩してからの方がいいかも知れませんね。シャワーを浴びると思うので」
「そうか。それなら、中で待っていればよいか」
フィナルが優雅にお辞儀をする。礼儀作法は、できているようだ。真新しいローブには、シミひとつない。モルドレッセ家が、中枢を担ってから女神教の躍進は著しい。彼女は、幼い顔立ちだけれども女神の再来と謳われる聖女でもある。こちらも、欲しい。が、調略は利かないだろう。帝国の主神たるトールと女神教の主神では、互いに喧嘩しそうだ。
フィナルは、診療を終えて中に入って行く。ついて行くと、転送部屋と名前のつけられた扉を開けて従者と消えた。できることなら、話をしたかったが……。トールとフレイヤの関係が思わしくないのか。フィナルとも感覚が合わないかもしれない。そんな取り付く場所もないような、感覚である。
そう。帝国が、主神に据えているのはトールの方なのだ。
アースガルドの大神であるオーディンと比較されがちなトールは、どちらが上なのか。帝国民ならば、トールだというだろうが。米の増産には、トールも手を貸してくれない。人の住めない極寒の地に、魔術でもって再現できないような気候をもたらしてくれたトール。それを帝国民は忘れていない。気候をも少し調整できるのならば、10億や20億は軽く養えるだけの広さがあるのに。食料に困っている。多少の科学では立ちいかないくらいに。
だから、帝国は戦争ばかりだ。
―――まだか。
シャワーが長い。中には、熊系の獣人であるロメルがハゲと話をしていた。ホモの疑いすらある距離で話をしている。
「覗くなよ」
「誰が覗くか!」
ハゲが、うっとおしい。なぜ、男の裸を覗かないといけないのだ。ウィルドは同性愛者ではない。だというのに、ハゲにそのような目で見られている。屈辱であった。ハゲ、ことアキラは上着をぱたぱたとして仰いでいる。臭いが、ぷーんと流れてきた。臭い。体臭が、きつい。脇の臭いだろう。それを指摘せざる得なかった。
「アキラ、貴様は脇を洗っているのか?」
「はあ? ……臭う?」
「臭いぞ。何日も同じ服を着ているんじゃないだろうな」
「それな。服が売ってねえんだもんしかたねえじゃん」
前髪の薄い野郎の為に、木製のテーブルに貴重な油を出した。科学を日本人から吸い上げる事で帝国は進化している。その一端が、油にある。身体を洗う時に、臭いを放つ部分に塗って擦ると効果覿面。ウィルドも使っているくらいだ。日本人からすると、白人という人種であるウィルドたちは臭いがきついらしい。早速作られたのが、消臭剤だ。
ちなみに、日本人たちからそういった知識を教授してもらっている。ウィルドも科学は、好きな方だ。
通路から奥に入っていく場所から、ユークリウッドが出てきた。
(また来てやがる……。どういうつもりだ?)
ユウタには、訳がわからない。敵なのだ。どうして、その面を下げて出てこれるのか。理解不能だ。
目の前の少年ならぬ少女は、ただの馬鹿なのかそれとも知恵ある者なのか。接近してくる意図が読めない。彼我の力量差は、絶対の差があり倒せるレベルにない。不意打ちで、矢の雨を射掛けられても今のユウタなら対処できるくらいだ。もしも、頭に貰ったならいいヘッドショットだったぜ、で死ぬけれど。
「こんにちは、今日はどういったご用件でしょう」
「うむ。今日は、話がしたい。時間は、あるか」
ユウタは、ドキっとした。真っ向からくるという。そういう敵は、珍しいのだ。大体、変な攻撃だったりこそこそしていたりするのばかり。うんざりしていたのである。他にも、ウィルドが女なので殺せないという理由があるけれど。それを置いても、捕らえて人質にするなり肉の便器にするなりと使い道がある。
「ええ。いいですよ」
「では……。服は、そんな物しかないのか」
「そうですが」
「もう少し、良い物を見繕ったらどうだ。女に相手にされなくなるぞ」
「……そう思いですか」
ウィルドは、意外にも洒落っ気がある。上は、色柄の違うジャケットにシャツとズボンも金のかかった皮製だ。ミッドガルドでなら、相当な値段がするだろう。何しろ、ミッドガルドの繊維産業ときたら家内制手工業なのだ。工業化をするとなると、もっと時間がかかる。例えば、繊維産業だがその織物をする道具を開発するのにとびひを開発した事で産業革命が起きてくる訳だ。
とびひの構造を知っている人間がどれだけいるだろうか。普通の人間なら、そもそも織物をした事すらないわけで。アキラも知らないだろう。高校生だったから、というのもあるがアキラは勉強不足。ラトスクに居ても、加速度的に強くなるのかと思えばそうではなかった。レベル1上げるのに1日かかっているような有り様だ。
パーティーに恵まれないので、周りの人間に頭を下げてお願いするというのに疲れを感じている。アキラが下げるべきなのに。ウィルドは、それを知ってか知らずか痒いところに店を出した。これでは、適当な理由をつけて飛行船を奪う事もできない。
皇子は、頭に被った帽子を取ると。
「部下には、恵まれてそうにないな」
「これは、痛い所を突かれます。本日は、どのようなご用件でしょう」
足を返しているので、貸しがあるはずだ。しかも、何度も見逃している。普通なら、死刑にするか素知らぬ顔で事故死に見せかける所である。でないなら、刑務所にでも入ってもらうか。グレゴリーとゴルドフはいただいて。都合よく使いたい。
「うん。機械な、あれ、コンバインを買わないか? ああ、ライセンス契約な。あれが、あれば便利だぞ」
意味がよくわからない。ほっ? となった。なんと。口から、そんな言葉が飛び出しそうになる。
「コンバイン。て、農具ですか」
「ふうん。嘘だな……」
思い出せないだけだ。1人でわかったような反応をするのは、止めてほしい。
すると、ウィルドは目を半眼にしていう。マールがお茶を入れてくれた。木製のコップだ。ウィルドからすると、木製というだけで嘲笑の対象かもしれない。空に浮かぶ飛行船を操っているくらいだ。コップを飲み干すと。
「まあ、いい。しらばっくれるな。日本人を使ってんだろ。機械の事をしらねえとは言わせねえ。んで、代金の代わりに食料を売る。すると、帝国も戦争をしなくて済むかもしれんからな」
考えどころだ。コンバイン。コンバインと聞いてそれだけでわかるはずがない。意味が兼ね備えるとかそんな感じなのだから。日本人なら、農具でコンバインと聞くと思い浮かべるのは刈り取りから脱穀までしてくれる機械。
―――そんなものを開発しているとは。
現状では、鍬とか千歯こきを使っているのがその農具のレベルで。鉄製品の導入に、凄い時間がかかっている。農民の迷信深さが原因だ。
「食料が問題なのですか」
「おう。食料が、足りねえ。うちの拡大戦争は、基本的に凍らない土地を求めて広げてるからな。毎日アザラシ食うのも、大変なんだよ」
しかし、勝手な事はできない。一端、この案件は預かるしかない。後ろで、ハゲがうんうん唸っているが、無視だ。
よく見ると、髪の毛が更に後退している。ストレスが原因だろうか。薬をあげたはず。
効果は、エリアスが保証してくれているが。アキラはウィルドと仲が悪いようだ。
―――もしかすると。
ちゃんとした育毛剤があるかも知れないのに。テーブルの上では、ひよこが茶を入れたコップに頭を突っ込んでいる。抜けないのか。尻だけがもがき続ける。その内、ぴくぴくと痙攣しだした。
ウィルドは、おかしなものを見るような目でユウタを見る。違う。隣だ。横に目を移すと。
隣の椅子に、フィナルが何時の間にか座っていた。
「どうぞ、続けてくださいな」
「そうか?」
「そうか? じゃねえ」
アルもまた出てきた。どこからか湧いて出てくるようだ。もう、だれが出てくるのか想像がつかない。
ちゃんとした商談をしようとしていたのに。
アルがだだをこねるので、話がどうどう巡りになった。
わからないのが、わからない。と。




