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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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121話 ウィルドの憂鬱2>アキラ60 (アキラ、ネリエル、ウィルド)

挿絵(By みてみん)

「ハゲに、罪はない! むしろ、心の痛みがわかる奴なんだ」

 ユークリウッドの本拠地をかき回してやるのは、どうか。無論、それは検討されて実行されようとした。しかし、コストが合わないという事でストップがかかった。金の無駄という話だ。ミッドガルドが入国者を自国民だけに定めている為に、殆ど不可能に近い。入ったとしても、ほぼ死刑台に登らされる羽目になる。


 草が入りづらい環境だ。

 ウィルドは、考えた。どうすれば、ユークリウッドを倒せるか。女をあてがう。無理だ。間近に、稀に見る美形がいる。同年代の賢しい幼女がうようよいるのに、手を出していない。同性愛者か。子供であっても、手をつなぐくらいやってもいいだろうに。望遠鏡を使って監視する事をグレゴリーが提案してきたが、かえって目立つではないか。こそこそと隠れていては、怪しまれる。


 そこで、考えた。


「ここならいいな」


 堂々と、事務所の前に飯屋を作ったのだ。帝国軍を入れるのは、無理だが民間人を使えばいいのだ。汚らしい獣人を雇いながらも、食堂を経営すれば一石二鳥だ。しかも、帝国の技術を活かした最新鋭の料理場と腕には一目置く帝都出の料理長である。冒険者ギルドとは競合するでもなく、獣人たちの雇用にも役に立っているだろう。別段、獣人たちが憐れだから食堂を開設したわけではない。


 グレゴリーが、こめかみに青筋を立てているが無視だ。

 気に食わないのが、見え見えだ。


「殿下」


 厳つい顔に、縦皺が走っている。笑いを堪えるので精一杯。吹き出すのに、耐えられそうもない。

 ぱっつんぱっつんに張ったシャツ。ちょっと力を入れれば、ボタンがどこかに行ってしまうだろう。

 肉達磨といっていい。


 こらえながら、


「どうした? 似合っているぞ。蝶ネクタイ。バッチリではないか。うんうん。ここからなら、ユークリウッドの事務所も近いし、出前を持っていくついでに様子を伺うのもいいな!」


 敢然という。渋面を浮かべるグレゴリーの内心には気がつかないようにしておくと。


「いえ、このような事をしている暇はないのでは?」

「馬鹿。ここに滞在するのだって、金がかかるのだ。おい、ゴルドフ、りんごジュースな」


 もそもそとゴルドフがカウンターの後ろで巨体を動かす。入るのも、難しいようだ。従って、キースがやるしかない。ゴルドフは、すぐに裏方に回された。


「殿下、お聞きください。むっ」


 入り口に人影だ。客が、入ってくる。ウェイターになるしかない。計画通りだ。グレゴリーは、ほとんど変わらない顔を生真面目に獣人に向ける。獣人の男は、後ずさった。しかたがないのだ。これは。酒を振舞っているのは冒険者ギルドだが、そこは酒場と言えない。粗野な雰囲気が消えているのだ。そこを突く。


 口に手を当てて言うと、巨躯の男は案内に入る。


 計画通り。

 

「ちょっとの我慢だ」


 嘘だ。

 キースとゴルドフが教育をしている間に、なんとか体勢を作らなければならない。給料を出すのには、売上げが必要だ。売上げを出すには、ユークリウッドがやっている食料の配給が邪魔だった。飲食店が、あれでは潰れてしまいかねない。補填を要求するレベルだ。 


 意を決して、茶色い壁で覆っているユークリウッドの事務所の前に立つ。少年と見間違いそうな幼児は、配給をしていないようだ。フィナル・モルドレッセも居ないので配給をする獣人だけだ。配給のスープといっても、おかしい量である。水だって、ただではない。井戸から水を取り出しているようだが。


 小さな白い犬が飼われている。玄関に。事務所のドアを開けると。


「おや。これは、ようこそおいでくださいました。歓迎しますよ。皇子さま」

「ふん。ここでは、別に王族だとか気にする必要はないぞ。ただのウィルドで十分だ。それよりも、あの犬はなんだ。玄関に飼っていると、邪魔だろう」


 白い犬など、獣人に食われてしまうのではないか。なにせ、けだものだ。獣と一緒だから獣人。

 性根は、うかがい知ることができないとしても。目の前の男は、獣人では珍しい眼鏡をかけている。賢しい。胸に手を当てて、斜め70度程度に頭を下げる。そこは、評価できよう。


「はあ。私もそう思うのですが、ユークリウッド様がそのようになさるので何か有るのでしょう。私は、何も伺っていませんが。……今日はどのようなご用件でしょうか」


 室内には、前頭部の前髪が後ろに後退している男と獣人のロメル。それに、賄い婦がいた。

 知らない男と女獣人だ。男の方は、背が高い。記憶にない男だ。女獣人の方は、裸ではなくてきちんとした服を着ている。おかしなものだ。獣人といえば、裸か布を申し訳程度に着ているもの。着ているのかどうかもわからない。そういう種族のはず。しかし、現実は違う。


 ロメルに、視線を戻すと。


「うむ。商売が上がったりだ。あの配給は、一体何時まで続ける気だ」

「? 何時まで、とはまた面妖な。当面は、続けるという話を聞き及んでいます」

「話にならん。誰か、経済がわかる人間を連れてこい」


 というと、ハゲかかっている男がウィルドの方へと寄ってきた。近寄れば、更に背が高く見える。痩せているのも相乗効果か。それだけで、偉そうだ。態度が、何故か苛立つ。そして、開口一番。


「このお坊ちゃんは、何を言っているんだ?」


 坊っちゃんとは……。ロメルが、絶句している。伝家のハンマーがあれば、脳天をかち割っているところだ。しかし、ミョルニルハンマーはグレゴリーに取り上げられて手元にはない。無理やり呼び寄せれば、召喚できない事もない。が、それで力を使いきってしまっては元も子もない。


 なので、歯ぎしりを押さえながらいう。


「ふ、ふふ。貴様、の名は?」

「ん。俺か? 俺の名前は、アキラ。よろしくな、おチビ」


 アキラか。殴りたい。しかし、届かない。と言って、抜けるのか否か。

 剣を抜くのは容易いが、それでチャンスを逃してしまえば侵攻が遅れていく。絶対に、逃してはならないのだ。昂ぶる破壊の衝動に、耐えるのは困難だ。

 沸騰するウィルドの内心など、のっぽでハゲのアキラには知らぬところ。しかし、腹が立つ。


「ふん。そのヅラ、取れそうだぞ。ん? もしかして、付け毛か?」

「なっ」

「どうせ、ハゲなのだ。気にしてもしょうがないだろう。おっさん」


 ニタァと口を歪めた。厭らしさを醸して。

 今度は、アキラが絶句する番だろう。効果は、てきめんだった。見る見るうちにのっぽの男は、顔を赤くした。


「……」

「ふふん。待たせてもらおうか」


 ロメルは、ぷっと吹き出した。どうやら、ロメルもアキラにはいい感情がないのか。味方といってもそこまで親しいわけではないようだ。


「それは、そうと。つかぬことをお聞きしますが……。ウィルド様は、ユークリウッド様とどういった関係なのですか? 決闘を挑んだりしているようですが」


 難しい質問だ。下手な事を言えば、獣人たちに袋叩きにされかねない。ユークリウッドは、獣人たちに慕われているようだ。そして、同時に恐れられてもいる。


「ふむ。奴は、正直にいって邪魔だ。だから、手下に欲しい。その為の決闘だな」

「できるのですか。あの方が負ける姿を想像できませんけれど。ウォルフガルドとしては、いただけない発言ですね」

「別に、ウォルフガルドに仕えている訳じゃないのだろう。であれば、問題ないはずだ。土台、あれは善意でなんでも引き受け過ぎる。他の獣人たちは、何をしているんだ」

「そう言われると、言葉がでません」


 殺すのが無理なら、調略してもいい。ラトスクに、これだけの賑いをもたらしている人間だ。帝国に来れば、それはそれで有用だろう。敵の駒を取って、自分の物にするという遊戯が帝国にはある。将棋とかいう代物だ。元々は、東にあった島国が発祥の地らしいが。今は、もう影も形もない。島は、消えてしまった。残り粕が少々あるくらい。


 何故か。ある日、突然だったという。詳細は、わからない。そこで、天と地が裂けているのだ。そこから先は、禁断の地と呼ばれている。


「奴は、自分のとこの領地は放ってこの国を手がけているそうじゃないか。となると、自分の国を面倒みる片手間でやっている訳だ。どちらもできるなら、それに越した事はないし。街道を整備するのも手がけている上に、ラトスクから盗賊を取り締まって裏を洗ったりもしていると聞く。臣下に欲しくなるのも当然だ。本心では、面倒だと思っているに違いない。別に、ウォルフガルドから金を貰っている訳じゃないだろうしな。そうだ」


 金だ。ウォルフガルドでは、金を持っている獣人自体が少ない。ラトスクの町は、5万の獣人がいると聞くが通りの賑わいを見るにそれどころではない。もっと、多いだろう。町の再開発に、周辺の環境整備。治安の確保に魔獣の駆逐。折角、蟹人を煽って攻めさせたもののまるで効果がなかったという。おかしい。


 熊の耳を生やすロメルは、とんとんと書類をまとめると。


「ユークリウッドは、何時になったら帰ってくるのだ」

「いえ、裏で鶏の世話をしてますよ」

「はよう、言え。はよう」


 それならそうと言えばいいのに。隠しているとは。心が読めないというよりは、機微に疎いのか。

 ロメルは、気が利かない男獣人のようだ。或いは、わざとウィルドに意地悪をしているのかもしれない。いけ好かない男である。親のドメルは、実直な印象であったというのに。




 アキラは、どうしようか迷った。

 目の前には、ユークリウッドの命を狙っている子供がいる。挑発して、暴発を待ったが逆に煽られる始末。やるせない気持ちで一杯だ。こういう時こそ能力を奪う魔眼だとか技能を奪う魔眼だとかであると都合がいいのに。手にしたのは、直接手で触れなければ技能を奪えない欠陥品。とてもではないが、チートとはいえないだろう。


 思い返せば、怪しい神だった。


(ケンイチロウは、大丈夫なのか?)


 下手をすると、時を止めるチートとかいって0,1秒とかにされているかもしれない。

 その場合、おそらくは……。死んでいる可能性が浮かび上がっていくると。ずきりと、胸が痛む。


(ラトスクに来ていればいいんだがなあ。王都だと、やべえ。南だともっとやべえ)

 

 悲観的か。

 あれは、自称なのかもしれない。神を名乗って、能力を与えて後で回収するタイプかそれとも観察しているタイプか。いづれにしても碌な神ではないだろう。よく考えれば、考えるほど。神と呼ばれる存在が、たかが人間に技能や能力を与えるだろうか。神ならば、人間など塵か芥にしか思わないように思える。悠久の時を生きたようなのだとなおさらだ。


「おい」

「ん? どうした」

「どうしたもこうしたも、迂闊な挑発をするんじゃない」

「そうか? あれぐらい言わないと駄目だろ。殺しに来てるんだぜ? 当然だ」


 はあっとロメルは、ため息を吐いた。どうやら、何か知らない事を知っているようだ。そんな所か。アキラは、わからない事が多すぎる。


「あの皇子を殺すと、帝国と戦争になる。すると、困るのは誰だ」

「ん? 大将が困るのか? やっこさんなら、嬉々として戦争に乗り出しそうだぜ。気のせいか?」

「折角、ウォルフガング王の横暴が止まって国が安定してきたというのに余計な事をするんじゃない」

「すまん」

「全く。今、ラトスクの周辺では開墾と米の田植えがされているのは知っているか?」


 知らない。なので、知らないと答えるべきだろう。

 

「いや」

「ならば、見てくる事だ。どうせ、迷宮に潜る事で手一杯なんだろうがな。日本人なのだから、田んぼの作り方くらい知っているかと思ったぞ。買いかぶり過ぎなのではないか? これでは、とんだお荷物だ」

「だって俺、高校生なんだぜ。そんなの知るかよ」

「ミッドガルドの子供が知っているのに、か?」

「……」


 知らないものは、知らない。田んぼの作り方だとか、育苗のやり方だとか。知っている方がおかしいのではないだろうか。しかも、適温を選んで魔術で気候を微調整しているという。ミッドガルドが、米を作るには寒い緯度なのだから無理のような気がして仕方がない。

 

 ロメルは、さも当然という風に言い募るので腹が立つ。立ちっぱなしだ。


「ともかく、米を9月には収穫できるように開墾を進めないといけないんだ。クラブは、押し戻したそうだから南の調査も必要になる。手伝ってくれ」

「いいけど。なんか、俺が日本人だからってなんでもできるって言われると釈然としないぜ」

「そうか? 山田さんを見ていると凄いとは思う。あの人は、デブだが機敏なデブだ。獣人の倍は動くからな。大した人だよ」


 山田上げだ。ロメルは、山田をずいぶんと持ち上げる。マールは、タイミングよくコーヒーを持ってきてくれた。


「稲って、この国は水が豊富そうだけど。病気とか大丈夫なのか? ほら、害虫とか居たりするんじゃないのか」

「ああ、それな。ミッドガルドの錬金術師ギルドで目下研究中だ。昨年は、不作の場所も多かったらしい。原因が、それだ。どういう害虫と病気なのか。よくわからないが、名前だけはわかっている。いもち病とかいう病気らしい。名前だけで、対策らしい対策が薬剤を撒くとかしかないようでな。畦際の草を刈ったり、苗を置きっぱにしないだとか微妙な対策しかないのがいけないようだ。なんでも魔術でできないところが頭が痛いな」

「ほお」


 ロメルは、インテリのようだ。アキラとは違って、勉強のできるタイプというか。アキラが勉強をしないだけかもしれないが。


「うん。マジで知らんわー。そうなんだなーってのが、感想」

「そうか。なら、これから勉強すればいいんじゃないか。そういうのをあの方は、期待しているんだと思うぞ。もちろん、強くならねばならないがな」

「色々、大変だぜ。俺、勉強が得意じゃねえもん。やるけど、ええ」


 後ろに、ネリエルの気配を感じた。最近、わかってきた事がある。馬鹿だと、ネリエルもなびいてくれそうにないということを。ちょっと、馬鹿だと本当に馬鹿だと思われるようだ。


 肩に、手が置かれた。


「頑張るんだろうな」


 痛い。そんなに、握られたら肩が潰れてしまう。ちなみに、ネリエルは戦士がカンストしそうな勢いだ。アキラは、サブに何をつけるのか迷っている内に剣士のレベルだけが上がっている。


「がんばります! ハイッ」


 裏手の方から、悲鳴が聞こえてきた。どうせ、小僧が何かをしでかしたのだろう。小僧とはウィルドの事だ。賢しげな顔がムカツク。


 敵を生かしておかないユークリウッドにしては、おかしな行動だ。


 首をかしげる。その日は、いろんな意味で腰が疲れた。

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