119話 アキラの事情59 (アキラ、ユウタ、ネリエル、マール、ロメル)
木こりを始めて、次の日。
アキラは、筋肉痛で動けなかった。体中が痛い。どうして、これに耐えられるのか。スケベはやめられないからベッドで唸っていると。
「起きろ!」
ネリエルが部屋に入ってきた。マールが心配そうに見ている。可愛い。
「すまん。今日は、寝かせておいてくれ」
痛いのだ。かなり。
「駄目だ。股間は、元気そうじゃないか」
ふぁ!? アキラは、視線を股間に向けると。元気だ。しょうもない事で、というか。朝だから、元気になったというか。
「夜遅くまでやってるからだぞ。さあ、起きた起きた」
「鬼~」
アキラは、ネリエルの手から逃れようとしたが抱っこされる格好で拉致されてしまう。もがいたが、力の方はネリエルの方が上なのか。振りほどけない。下の階では、すでに朝食が出来上がっていた。ロメルは、真面目に書類を整理しているようだ。朝日が指しているから、もう7時を回っているか。壁を見ると、古い置き時計のような大きな時計がかけられている。
びっくりした。
「おい。あれ、時計か?」
「時計って言うんですねー。初めて見ました。時間を知らせてくれる便利な機械だそうですよ」
「そうじゃなくて、誰が持ってきたんだ」
時計なんて、作れる文明があったのか。獣人の生活を見ていると、到底ありえない。そもそもが、原始時代のような有り様だったというのに。ミッドガルドからきた幼児が手を加えただけで、先進文明国に早変わりとは。テーブルに、無理やり座らされた。痛い。
それを知ってか知らずか。
「エリアス様だ。なんでも、魔術師ギルドと錬金術師ギルドが連携して作った代物らしい。図面の方は、日本人が用意したのだとか。まだまだ、不思議な代物があるんだな」
ロメルが、アキラの問いに答える。
「時計って、これなんで動いているんだ?」
「俺に聞くな」
ネリエルとマールに、視線を向けるが手を動かして降参のポーズを示す。アキラも、時計の仕組みなんてわからない。収納鞄の値段だって知らなかったくらいだ。売れば、相当な額になるだろうが売れるはずがない。出回ってないというのだから、売れば足が付くだろう。それくらいは、学習している。盗品を質屋に売ったら、警察に捕まったとか。テレビを見ていればわかることくらいは、知っている。
時計の作り方だけでも、相当な金になりそうだ。砂時計であっても、それで金になりそうだし。
「にしても、でけえ」
時計は、大きかった。洋画で見るようなそんなレベルだ。どういう仕組みで動いているのか知りたい。しかし、開けたら怒られるだろう。壊れたら弁償などできっこないのだから、止めるしかない。
「身体は、いいのか?」
「あっ。まー、起きたらなんか良くなってきたな」
「きついだろうが、気合だ」
痛いのは、痛い。しかし、我慢するしかない。稼がないといけないのだ。アキラは、アウトソーシングだとかいう言葉を知らなかった。ユークリウッドは、ギルドのやり方が気に食わないのか。もっと人を大事にするように働きかけているらしい。難易度が高いような仕事を、割り振らないだとか。サポートの人員を付けろだとか。小姑のように、口を出しているみたいだ。
毎日のように、説教されている。幼児に。
「そろそろ、ネリエルとスケベしたいな」
「断る」
「だよねー。やっぱ、好みじゃない?」
――スケベしたい。
男として、当然だ。
禿げが問題なのだろうか。それとも、強さが足りていないのだろうか。はたまた顔面が偏差値に足りていないせいだろうか。アキラは、気になって仕方がない。ネリエルは、アキラの目をじぃーっと見ていう。惚れたのか。そうではないだろう。
「毛がないのは、仕方がないとして。弱いのが問題だ」
「そっちか。強くなれば、オッケーなのか?」
「それもある。が、お前は金に疎いし権力もない。人望もなければ、人助けをする風でもない。嫌々やっているようじゃ駄目だ。人を使うということは、どこか突き抜けた物がなければ動かない物だよ。嫌いじゃないけど、それで将来を決めるというのはね。特に、私の場合は黒狼族の浮沈がかかっているから。マールのように、すぐすぐにはできない。それと」
ネリエルが、こほんと咳払いをして水を飲む。
「毎日やっているのだから、すぐに子供ができるぞ」
話を逸らされた。しかし、問題だ。
マールが、顔を赤くして調理場から見ている。ロメルは、どうしようもない奴というような視線を送っていた。生理現象なのだから、仕方がないのではないだろうか。
「避妊とかって、ないの」
「なんの事だ」
「いや、だからコンドームとか」
「?」
ネリエルは、知らないようだ。ユークリウッドは、知っているだろうか。知っているかもしれない。なんでも知っている幼児だ。聞いてみるのがいいだろう。説教を食らった中には、報連相が大事だとか。事務所の中を掃除して、だとか。色々とある。クエストをこなして帰ってくると、大変なのだ。だから、出来なくても問題は無いように思える。家族サービスという奴だろうか。ユークリウッドの精神が年齢通りではない。間違いない。
アキラが、料理を見る。そこには、茹でられた麺があった。オレンジ色だけに、トマトを使ったスパゲッティだろう。口に入れると。
「うめえっ。やっぱ、スパゲッティはうめえ。これって、マールが作ったん?」
「そうですよー。麺から、作りました。やり方さえわかれば、なんとか形になります。でも、ユークリウッド様は、苦手みたいです」
「へえ」
いいことを聞いたと思った。なんでも完璧では面白くない。料理くらい弱点であって然るべきだ。
「麺を作るんですけど、大きさがまちまちでぽきぽきと折れてしまったりして大変だったんですよ。ユークリウッド様も作ってたんですけどね。セリア様は、手伝ってくれないですけど。ふんぞり反って、テーブルに座ってました」
「なんというか。らしいな」
セリアは、如何にも家事をしそうにないタイプだ。ああいうのと結婚したら、家事が大変だろう。アキラは、母親が大変、大変といっているので皿くらいは洗おうとしていたが。皿洗い機があって、皿を洗うのも楽に済ませていた。すごく便利だったのだが、異世界であるここでは期待できないだろう。
「今日も頑張るかね」
飯を頬張ると、外へ移動する。外には、黄色いロボットの下半身部分がそのまま置いてあった。動かすのも大変という事か。鋼鉄の鎧を纏った騎士という風のそれは、アキラのいる世界に似つかわしくない。ウォルフガルドの獣人では、作れそうもない物体だ。空には、飛行船の姿はない。代わりに、飛竜か鳥か。それに乗る人間の姿が目につく。
「また、冒険者ギルドか?」
「んだなー」
ネリエルは、得物が槍になっている。背中には、弓と盾。いつの間にか、装備が更新されていた。歩きながら、話をふると。
「これか? モニカ殿が作ってくれた代物らしい。魔力が込められた魔造兵装だな。鍛冶の腕は、かなりの物だ。あれで」
「俺、作ってもらってないけど」
「手に入れた剣で十分じゃないのか。あれは、また珍しいレアな武器だと言っていたぞ」
ネリエルの言葉を聞きながら、【鑑定】を使う。すると、
名称【切り裂く刃にして黒】
耐久力 99999/99999
攻撃力 5
売値 0
効果 筋力値に応じた真空の刃を作り出す。真空の刃は、1ヘックス内で視認できる範囲において威力を発揮。1ヘックスの射程は、2m。1ヘックスは、本人のリーチに基づく。
また、槍が血を吸う度に攻撃力が1パーセント上昇する。血液が取れると、上昇値がダウン。この効果は、戦闘中のみに発揮される。
ふぁ!? となった。
おかしい。
明らかに、モニカが作った製品の方が優れているではないか。どういう事なのだろう。使いこなせないのではないか。ネリエルは、自慢げな視線をアキラに向けてくる。
「どうしたんだ?」
「そ、それで勝ったと思うなよ。そのうち、ぎゃふんて言わせるからな」
「ぎゃふんてなんだそれは。面白い奴だな」
通りは、行列がギルドの方まで伸びている。一体、どれだけの獣人がユークリウッドの事務所前に並んでいるのだろうか。それと比較するだけ、アキラは悔しい。彼ほどの力が己にはない事が。魔術を諦めるべきだろうか。ユッカたちは、普通にレベルを上げているだけでも魔力の絶対量は上がるという。アキラの魔力値は大したことがない。というか、レベルと同じ状態だ。必要量が1というオマケは付いているが。
ネリエルを見返さん。と、ギルドのドアを開ける。入ってすぐのテーブルで椅子に座るナタリーとユッカが待ち受けていた。
「おっはー」
「おはようございます」
ナタリーとユッカは、どう見ても年上だ。アキラは、年上には敬意を払う。壁際の張り紙には、木こり大募集とでかでかとある。他には、クラブ退治だ。土木業の作業員も募集があった。どうも、こういう仕事が向いているような気がしてしょうがない。命のやりとりは、危険だし。アキラにしてみれば、命を賭けるような仕事はリスクが高いのだ。
とはいえ、そういう男だとネリエルとはスケベできないだろう。受付に行くと。
「ああーっ。いらっしゃいませ。アキラ様ですねー。ご指名がありますけど、どうしましょうか。先日の商人様から、ぜひにという話です。受けてくださるのなら、高額な報酬を用意しているという事ですけど」
「どういう事?」
テンションが高い受付嬢は、愛らしい笑みを浮かべて資料を出してきた。
ネリエルたち3人のところに戻ると。
「今度は、木こりと魔獣を駆除ときた」
「ほほう。金とレベルが入ってくるなら、好都合じゃないか? 移動も転送してもらえるなら、すぐだろう。恐らく、……危険な仕事だな」
ギルドが提示したのか、それともユークリウッドが指図したのか。わからないが、どちらにしても都合がいい。木を切りに行くと、移動するだけで危険だ。移動に時間を取られないで、経験値を稼げるならそれに越したことはない。
「今日も、木こりになるんだけどいいか?」
「あー。だよねー。昨日の流れから、だいたいそうなんじゃないかって話てた。収納鞄があるなら、いい仕事が取れるしねー。他にもあったりするんだよ? 儲け話。聞いとく?」
ナタリーは、意外に耳ざといようだ。話を聞くと、塩の輸入だとかそういうのが浮かび上がってきた。内陸にあるので、塩が重要になる。ラトスクとウォルフガルドの王都とそのまた反対の場所に内海があるようだ。そこから、輸送するとなると相当な時間がかかる。転移装置を使えば、一瞬で行き来ができてしかも安上がり。
商人が青くなるだろう。
「塩を輸送してくるだけで、相当な儲けになりそうだ。なんでやらないんだろうな」
「やっていると思うよ。ただし、ミッドガルドの方だけを手伝うとかそういう感じだと思う。軍隊の輸送だとか、物資と人員を好きな場所に好きなだけ配置できるんだから反則だよねー」
「そっか。そりゃ、そうだよな。流石にこっちまでは手伝えないかー」
空間転移でボロ儲けできてしまう。配達業の業者は、廃業だろう。ミッドガルドだけでやっているのは、仕方なくかもしれない。王子に頼み事をされれば断らない性格だろうし。苦労していそうだ。今日明日にも配達を頼むとか。配達業務がメインになっていそうだ。しかし、収納鞄から出す際には人力である。
力持ちでしか無理だ。
「あっ」
「どうした」
ユッカが返事した。ネリエルは、ギルドの扉を開けて出ている。
「コンドームって知らないか? 避妊具なんだが」
「避妊? なんでするんだ」
「いや、子供ができたら大変だろ」
「できたら、育てるだろう。まさか、殺すつもりか」
白面の美女に、殺人鬼でも見るような視線を浴びる。ナタリーもうんうんと頷いていた。
コンドームが、無いようだ。不味い。2人とも、ありえないというような表情をしている。
―――子供できたらどうしよう。
アキラは、気が気でない。
◆◆魔王がこない~ ユウタ一人称
魔王が襲ってこない。魔人も襲ってこない。暇だし。どうなっているの。
魔王がこないので、つまらない。迷宮に行けば、強敵に会おうと思えば会えるが。ドッペルゲンガーだかで、己自身を映しているようでないと駄目だ。だが、それすらも相手にならなくなりだした。魂の容量なのか。攻撃力が足りないだとかそういう話なのだろう。防御に徹していると、大抵の映した身体が崩壊していくという。
アキラは、手がかかる子で頭は悪くないのだけれど扱いづらい。元が日本人だとバレると色々と面倒になりそうだ。あれしてくれよこれしてくれよと、言われるのは困るのだ。やるべき事は山のようにあって、こちらの面倒になるようなら切り捨てる覚悟もいるだろう。
学校は、さぼっている。部活動にも入っていないという。めんどいからいいのだ。おはようございますからして、めんどくさい。エリアスは、きちんと学校に行っているようだ。セリアなどは、サボっているこの辺りからして、フリーダムというか。自由気ままに生活している生徒がいていいのだろうか。アキラなどは、学校に入れておくべきだ。
ついでに、セリアも通わせて常識を教えるべきではないだろうか。人にいきなり襲いかかって来たりしないように。それが、いい。よし。
肩に乗っているDDを掴むと、喉をくすぐる。小さい鳥バージョンだと可愛らしいのだ。これで、人間化するととんでもないのに成り代わる。倒せる気がしない。気持ちよさそうだ。いっそ、このままDDとばっくれるのもいいかもしれないと思ってしまうくらいだ。
仕事を済ませて、向かうのはラトスクだ。王城は、セリアの親父がいるのでめんどくさい。婿になれ婿になれ、と五月蝿いのだ。耳にタコが出来そうだし、しかも酒に酔っているのか絡んでくる。糞を始末するトイレを作ったり、法律を整えたりとなんでもかんでも丸投げしてきやがる。まるで、自分を見ているようで嫌な気分だ。
遊んでいたい。折角、第二の人生を歩んでいるのだから遊ぶべきなのだ。シャルロッテの事は大事だけれど、それも手を考えている。ロボットだ。装着型の魔導鎧を考えている。魔装のスキルが使えないのなら、それを使わないとブーストできないだろう。いじめられっぱしにならないとも限らない。
兄ちゃん、兄ちゃんと慕ってくれるのは嬉しい。だが、あえて突き放す覚悟も必要だろう。できないけど。無理だけど。
学校をぶっちして、ラトスクで内政もどきをやっているよりは妹の面倒を見る方が楽しい。しかし、放置もできない。野郎の面倒もある。転生者と転移者を集めなければならないのだ。かつて戦った敵を取り込んで、運命を変える必要がある。ハーレムは大好きだが、やるのはごめんだ。下半身が持たない。だいたい、現実的に考えて1回か2回だ。
ゲームじゃあるまいし、何回でもできるはずがない。ゲームといえば。投影の魔術を発動させると、国の全景が表示できる。これをつかって、ゲームっぽい事ができるのだ。国づくりのゲームだ。年数でいえば、6年以内に大陸を平定するか西側をミッドガルドで制圧しておくぐらいが望ましい。6年なのか7年なのか怪しいけれど。
「おい」
重い。おっぱいを乗せるんじゃない。
「……」
「返事しろ。既読スルー野郎か。貴様は」
「重いです。何のようですか」
「すりすり」
エリストールが、頭の上に柔らかい物体を乗せている。横からは、ティアンナが頬ずりしてくるのだ。すぐに、股間を足で挟む。
「いいかげん、正直になったらどうだ。我慢も限界だろう? はっ。まさか、貴様。……どこかでまた女でも作ったんじゃないだろうな。獅子族の少女を連れ込んで、あんなことやこんなことを! あまつさえ、M字開脚させたままたか~いたか~いさせたのでは! これはイケナイ!」
エリストールが妄想を爆発させて2階へと走りだす。どうにかしてほしい。この痴女を。
「……ぽっ」
ティアンナは、怜悧な容貌に赤みを宿した。どうなっているんだろう。再会した時から、この状態である。誰か説明してほしい。一体、未来の自分が何をしたのか。説明を。し、して。手が、股間に伸びてくるのを払うので精一杯だ。やめなさい! この子を元に戻してよ。マジで。
「こういう場所では、そういう事をしないで。お願いだよ」
「こういう場所でなければいい?」
「許さん!」
突然、背後からアルが斬りかかってきた。それを、手で受け止める。指で挟む。
「いちゃいちゃしやがって、お前らそこになおれ! ぶった斬ってやる!」
「……嫉妬。醜い子」
「止めて。事務所で争うの止めて」
「ちょっと、アル様? 何をしてるんですか」
アルにエリアスが食ってかかる。助かった。しかし、アルが何事か言うと。
「死んじゃえば、いいんじゃないかしら。私が苦労してるってのにどういう事だよ。この色魔!」
「ええ? どうして、そうなるんだよー」
「ふふっ。今日という今日は、勘弁ならないわよ。公衆の門前で、せ、せ。なんて!」
エリアスが、真っ赤に顔を染めていう。これは不味い。この状態だと、大抵あれもくる。
「あら、ごきげんよう。皆様お揃いですのね。え?」
エリアスが、三角帽を手にとって食い破る。それで、フィナルが固まった。
指を指す。
「まあ。破廉恥ですわ。ユーウ様もそのような事をされたいのでしたら、いつでもわたくしに言ってよろしいのですよ。ささっ」
フィナルが、堂々と側に寄ってくる。どうして、こうなっているのか。ふと、下を見るとティアンナの細く白い手が股間に突っ込まれている。飛び上がった。椅子が後ろに倒れる。と、フィナルががっちりと手を掴む。あれ?
「だ、誰か」
事務所には、男の姿が消えている。ロメルが居たはずなのに、どこへ消えたのか。瞬間移動でもしたようだ。そんな馬鹿な!
「ご主人様。お昼ごはんをお持ちしました。あっ、これはちょうどいいタイミングでしたね」
フィナルとティアンナで動けないというのに、じりじりと詰め寄ってくるアル。それにそこを無視して弁当箱を広げようとする桜火。どうして、いい方向に解決しないのかわからない。DDがどうにかしてくれないだろうか。すると、DDは弁当箱を開けて勝手に食いだした。セリアも子犬状態になって食っている。
「あの。誰か、助けて!」
マールが調理場からにこにこと笑顔を浮かべて、手を振っている。助けて! しかし、すぐに消えてしまった。すると、代わりにシグルスが恥ずかしそうにして箸に玉子焼きを摘んで口に持ってきた。どうしろというのだろう。この状態で。にっこりと笑顔を浮かべる少女は、とても嬉しそうだ。肩を押さえられて、そのまま椅子に座る羽目になった。
ハイクの時間だろうか。




