117話 アキラの事情57(アキラ、ネリエル、マール、ナタリー、ユッカ、グレゴリー、ウィルド)
毎日があっという間だ。
アキラは、気持ちがいいからいいけれど。マールは、どうなのか。満足しているようでもあり、不満があるようには見えない。黒髪に金の瞳。尖った耳はネコ科のようで犬という。髪を整えて、身だしなみを整えたマールはアキラにして身に過ぎた子である。
今いる世界が夢ならば戻る事など考えられないくらいに。アキラというと、モテる部類の顔をしていないのだから。ゲームであろうと、映画であろうと。圧倒的なリアリティーの前には、言葉を失う。ベッドですやすやと眠る豊かな山をこねくり回すと。
―――全く、女体の神秘だぜ。
こんな物がついているのだ。戻る気になれない。アキラには、一生縁のない子だろう。
もそもそと起きて、朝食の準備をしようと台所にいく。何時もマールに任せっきりだ。調理場では、飯を炊く釜があった。しかし、やり方がわからない。母親が弁当を作ってくれる事はあっても、アキラは自炊をしたことがなかった。
困った。
パンの焼き方がわからない。ご飯の炊き方もわからない。冷蔵庫らしき物体を発見する。扉を開けると、冷えた冷気がでてきたのだ。魔導の術理か。魔力で動いているようだ。ただ、冷やしているだけなのか操作方法は、不明だ。床には、シミひとつなく綺麗に掃除されている。
アキラは、考えた。
釜を開けて、米を洗う。洗った米をそこに入れて、【火】を使って薪に火をつけた。火をつけるのも大変だ。灰の中に、ぼんやりと赤くなった薪が残されているのに気がついたのは火をつけた後だった。そこまでしていると、マールが起きてきた。眠そうだ。夜は、頑張りすぎたのでマールの顔がだらしなくなっている。
ごそごそと顔を水で洗うと、
「あっ……。おはようございます」
真っ赤になったマールが可愛らしい。抱きしめたくなるのを我慢した。そうして、釜を指さしていう。
「おはよう。こんなんでどうかな。俺も頑張ってみたんだけど」
釜は、温まっているのか。時代劇を彷彿させるような釜だ。やり方は、わかっていない。勉強をしていないから、だとかそんなものではなく。誰も教えてくれなかったのだから、アキラも知らない。というか、同年代で知っている人間が居たのなら相当なおっさんかオタクだ。
「ええと。間違ってますね」
「は?」
―――アイエエエ。
アキラは間違っていたようだ。内心のドヤ顔が一気に萎む。マールは、整った髪をゆすりながら薄茶色の貫頭衣姿。腕を薪の方に差し出して、どんどん薪を増やした。火の勢いがよくなるように、ふー、ふーっと息を吹きかける。すごく原始的だ。魔術で、ぼぼんとやれば良いのに。だが、マールは魔術が使えない。
「こうして、火を強めにしないとこげますよ。ご飯を洗いました?」
「いや」
「水で洗って、ごしごしするといいらしいですよ。それと、火を強めにして沸騰したらほどほどで10分にしてあぶくがでないくらいでまた10分。あとは、火を弱めにして蒸すそうです。ユークリウッド様は、何でも知っておられるんですね」
「そうなのか」
知らない。教えて貰った事もないので、アキラはご飯の炊き方など知らない。アキラの感覚だと、炊飯器があるのが当たり前なのだ。それを知っているとか。相当なおっさんか爺だ。しかも、小学生がご飯の作り方を知っているだろうか。おかしい。
竈には、種火がないといけないだとか。知らない。魔術で、ユークリウッドは火をつけていたが獣人はそんな事ができる者が少ないだとか。肉体よりの種族なのだろう。結局、米が出来上がるまでに砂時計5分の物を8回ほどひっくり返して、蒸すのに2回。かなりの時間がそれだけで経過するらしい。だいたいだ。
経過する時間の間に、マールが野菜を取り出して切り出した。包丁さばきが手慣れたものだ。朝だけに、むらむらときたが事務所にはネリエルもいればロメルも泊まりこみをしていたりする。調理場で、いたしたりするのは危険だろう。見られたら、困った事になりかねない。家を借りて、場所を変えるのもいいかもしれないが―――
「卵って、もしかしそこらで飼っている奴の?」
手にとったのは、卵だ。冷蔵庫とみられる箱には卵があった。
「そうですよー。卵を産んでもらって、その後はお肉になるそうです。唐揚げを作りますねー」
「目玉焼きでいいか?」
「作リ方は、わかりますよね」
「すまん」
マールに手ほどきをしてもらいながら、目玉焼きを作る。人生初の目玉焼きだ。すごく、下手だった。コロッケを作るのすら、仕込みがしてないと無理だという。作りおきのコロッケを油で揚げるのも、アキラには難しい。入れて、揚げるだけなのだが。
「ネリエルさんを起こしてきてくれませんか。もうすぐ準備ができるので」
「おう」
あまり、役にたたなかった。残念である。階段を上がっていくと、ネリエルがあられもない格好で降りてくる所だった。腰巻きをした格好で、上半身は裸のままだ。事案である。
「おはよう。ネリエル、服は」
「あー。忘れていた。家じゃなかったな」
家では素っ裸なのか。問い詰めたい。それを他所に、戻っていく黒髪の少女は、尻尾をぱたぱたと動かす。気だるいのだろう。朝だからか。食事を用意していると、ロメルが上から降りてきた。泊まり込みで仕事をするようになったのだ。事務所の2階は、部屋が10近くある。広い。借りれば、かなりの金を取られるくらいの想像ができる。
資産としても、相当な値になるだろう。
「おはよう。昨日は、お楽しみだったな」
「聞こえるのか?」
「獣人は、耳がいいからな。悪い奴の方を探すのが難しいだろう。後、鼻もいいからやったのかどうかなんてすぐにわかるぞ。アキラは、その臭いを振りまいているような物だ。自重しろ」
「つってもなあ。しょうがねえじゃん」
ふん、とロメルは鼻を鳴らして食卓に座った。テーブルの上にはお盆があって、その上に用意されている。オーソドックスなご飯だ。野菜と白スープに若鶏のから揚げ、コロッケとご飯。朝から、こってりとしている。飲み物は、ただの水だが悪くない。なにしろ、出てきた場所で飲んだ水というとなにか混ざっているような茶色い水だったからだ。
「仲間が見つかっていないらしいな」
「そうなんだよ。俺も、すぐに見つかるとは思ってないけどさ」
「そういえば、ユークリウッド様が獅子族の子を連れてくるとか言ってたぞ。アキラの奴隷だが、前衛がそれで3人になる。大変だな」
すでに、2人も抱えている。マールには逆に面倒を見てもらっているけれど、あっちの方が追いつかなくなるだろう。アキラは、普通くらいの精力しかない。回数は、猿のようだけれど。金が持たないだろう。
「マジかー。やっぱ、養えるのは1人が限界だぜ。せめて、2人。これ以上は面倒を見きれねえよ」
「魔法職は、な。獣人に魔法というのは、相性が悪い。肉体こそ、美。というような感性の持ち主が多い。獣人は、その点で典型的な能力至上主義者が多い。だから、気をつけろよ」
強い弱い。か。
ロメルが、妙な事を言い出した。そういえば、そうなのだ。ネリエルを買った時に、もう1人気になる子を見つけた。しかし、ネリエルとはやってないのでその子を買ってもやれるかというと。難しい。マールは進んでそういう関係になってくれたのだ。ちょっと、無理やりはできない。というか、日本人で泣き叫ぶ女の子を無理やりするとか。
アキラは、気を引くしかない。
「それって、大将に取られるかもって事かよ」
「そうだ。急に人が心変わりするなんて、よくある事だろう。部下にやったが、やっぱり惜しくなったとか。歴史を紐解けば、いくらでもある事ではないか」
「それなあ」
あり得るだろうか。ユークリウッドに限って。とはいえ、彼は見た目が幼児だ。中身は、それとは思えないけれど。急に気持ちが変わったとか。そういう事もあるだろう。しかし、周りには幾らでも綺麗どころがいる。アキラなら、ティアンナだとかエリストールだとかそういうレベルであれば感情なしでもやれてしまう。お近づきになれば、可能性がある。
「ま、自分の事を気にした方がいいか。俺も、影響されているようだ」
「丸くなったとは、思うぜ」
自嘲しているのか。ロメルは、クイッとメガネを上げる。癖のようだ。
「ミッドガルドは、強固な貴族社会だ。お前のようなぽっと出が重用されるのは、ユークリウッド様だから。だという事を肝に命じておく方がいいだろうな。いずれ、貴族に会う事もあるだろう。社会の壁って奴が大きく立ちふさがる。仲間を増やしておくのは、悪い事じゃないぞ」
「やけに親身だなあ」
すると、ロメルはぷいっと横を向いて黙ってしまった。ネリエルが、面白そうに階段から見ている。気味が悪い。
ユークリウッドの手伝いをして、それから冒険者ギルドに向かう。いつもと同じ行動だ。
―――おかしいなあ。
仲間をいざ作ろうとしたら、仲間になってくれそうな人物が見つからないとは。美少女で、かつ魔術か治癒術が使える獣人がいいのだ。冒険者ギルドでも斡旋してくれそうな風ではあるが、斡旋料が払えそうにない。一応聞いてみると。
「いきなりですねー。今は、クラブの撃退に人手が足りないのでどこも猫の手だって借りたいくらいですよ。復帰される方も増えてますから、そちらを当たるのもいいでしょうけど。魔術師は、やはり獣人に向いてません。小人族を捕まえるのがよろしいかと。亜人でも、やはり少ないですよ」
手が空いていないようだ。募集をしても、希望の相手が見つからないという。獣人は、魔術士の適正が低いのか。見つからないようである。だから、とぼとぼと席に戻ると。
「依頼は、受けたのか?」
「もち。とっととナタリーさんのとこに行くべ」
ギルドに備えられた木製のテーブルにはネリエルが座っていた。トリオになって、狩り方の幅は増えた。しかし、これ! といえるような能力が発揮できていない。火力不足である。役割が、壁x2に火力x1という構成なのだから。これに壁が1枚増えても、殲滅力は上がらない。
ナタリーだけが頼りだ。情けない話だが、魔力の増え方が低い。なぜ低いのかというと、成長してしまっているからか。そうなら、酷いハンデだ。転移した組というのは普通に、いじめられているように見える。
朝は、飯を食べた後。ユークリウッドの手伝いだった。彼は、白い動物に餌をやっていた。何がしたいのかわからない。確かに、可愛いがそれで集まってくるのは獣人の子供だけだ。子供は、遊びがないのか動物を見ては嬉しそうにしていた。客を呼ばなくとも、ユークリウッドに治療をしてもらおうという獣人は引きもきらない。
壁の張り紙を見た。特に、気になる依頼はなかった。配達の依頼だったり、馬車の護衛で移動を余儀なくされる依頼だったりは増えている。時間を取られる依頼は、困る。アキラは速攻で強くなっていかなければならないのだ。朝に依頼を受けて、昼まで手伝いをしてから依頼の消化をするのがパターンになっている。
ドアをぎぃーっと押してでると。
「おいっすー」
「あ、どーも」
ナタリーがちょうど現れた。アキュのクランは、クランハウスを持っている。クランから上に行くとレギオンとかになるらしいがアキラには関係ない話だろう。レギオン。ちょっと格好良い。なので、少し憧れているけれども。
前に歩きだす。すると。
「ねーねー。今日は、ユッカさんを連れてってもいいかな」
「!?」 アキラは、突然の申し出に戸惑った。というのは、クラン員をどんどん貸出してアキュのクランは大丈夫なのかという、そういう気持ちがあるからだ。
「いいのか? ナタリーさんの所は、大所帯とはいえ人が余っているようには見えないが」
「うん。そうなんだけどねー。うちも、さー結構バラバラな所があるからねー。余ったりすると、順繰りでローテンションしないといけないんだよねー」
アキュは、クランを作ったハーレムマスターのようだ。どれほどのハーレムを築いているのだろうか。
―――同じ禿げの癖に! 上手くやりやがった。
溢れる嫉妬を隠せない。手ぬぐいがあれば、噛みちぎってしまうところだ。ナタリーは、小人族で背丈がすごぶる小さいが非常に愛らしい。まるで、ぬいぐるみのようである。その体型であれができるとは考えにくいが。
そんな事を考えているのを知ってかしらずか。ナタリーとネリエルを横にして歩く。町の通りは、道路を整備しようというのか。ゴーレムにシャベルを持った獣人にと忙しい。ゴーレムを操っているのは、魔術士だろう。エリアスという美しい金髪の幼女が元締めのようだ。彼女が、てきぱきと指示を出している様を見ながら通りすぎる。
アキラは、道路工事の事もよくわからない。経済の事もわからない。わからない事だらけだ。
「すごいねえ。これだと、あっという間に道が平になっていくんだね。不思議だあ」
「ああ」
ナタリーは、アスファルトを知らないのか。アキラは製法を知らないが道路がそれで覆われているのは知っている。作り方を学校から引き出したようである。日本人が教育をしているという学校。アキラももう一度、機会があれば学校に行ってキチンと世界史くらいは勉強しておきたい。戦略だとかなんだとかすらわからないのだ。
織田信長。豊臣秀吉。徳川家康。これくらいしか知らないという。日本史もあまりできない。学校の成績がよくなかった。
「道をあのようにするのは、どういう意味があるんだ?」
「んーと。馬車とか、走りやすくなるな。うん。運送がしやすくなる」
「なるほど。獣人には、ぴんと来ない。足の裏が痛くなったとかいう話を聞く。あれは、熱いらしいぞ」
「あー。すぐに乗ったら、やけどをするぞ。湯気が出てるくらいだ」
道路をアスファルトにしてしまおうというのか。アキラには、それが意味する所がなんとなくわかった。が、水道管やら埋設するのが大変になるのではないか。その都度、掘り返すというのか。順序がわからない。あえて、作ってから魔術とかで埋め込む方式なのかもしれない。単純な発想しか出てこない己に絶望感を感じながら、進む。
道は歩きやすい方がいいに決まっている。石だたみにすると掘り返すのが大変だからなのか。わからない。道の横には、側溝が掘られている。雨水をそちらに流そうというのだろう。泥と土でまみれた獣人たちは、臭う。
「アキラもユークリウッド様くらいに見識があれば、なあ」
「そうなんですか? アキラさんの方が年上ですよね」
ネリエルとナタリーがいう。いたたまれないとは、この事だろう。
「そうなんだよ。おかしいだろ。大将。ぜってえ、年齢詐欺してるわ。中身、ん、中身が違うとか」
「それは、失礼ですよ。魔術にかかって精神が乗っ取られているとか。そういうのであれば、フィナル様とかエリアス様が見逃すはずがないですし」
「でも、かかっているのって気がつくのか? その乗っ取りの魔術とかあったら」
ナタリーは、怪しんでいないようだ。疑問を抱くのは、アキラだけなのか。問いにナタリーは、小さな足をせっせと動かしながら答える。
「魔術にかかっていると、ぼんやりと身体が輝いていたりしますし。んっとアストラルボティ…わかりませんよね。ええっと、精神の核及び殻。これに付着しているようなのが、魔術師か治癒術師なら見えたりしますから。下位の魔術士でも、霊視が使えたり魔眼で見破ったりしますし。乗っ取られたまま放置するなんてありえませんよ」
「ふーん。そんなもんなのか。ありがとう」
「いえいえ」
ナタリーは、否定的だ。
アストラルボディとアストラルコア。色々と、単語が出てきた。難しい。事務所まで戻る道ながら、歩いていると、
「あー。こっちですよ」
ナタリーが小さな手を振る。その先には、やけにガタイのいいねえちゃんが立っていた。歳の頃は、わからないけれど服は青く染めた板金いたを取り付けて鎧にしている。腰に本を取り下げているので、鑑定をすると。
「おっすー。よろぴこー」
やけにフレンドリーだ。
そして、学者。と、出る。治癒術が使える職のようだ。ナタリーが攻撃よりならユッカは回復役か。アキュのクランは、人材に困っていないようだ。アキラの方とは、大違いだ。悲しい。
ユッカは、白面に白い髪。真っ白なイメージ。だというのに、筋肉ムキムキの学者だった。ありえないと思ったが、本が武器なのだという。それで、殴るのだろうか。アキラは、マッチョなパーティーになりそうだ。
―――ふぁ? 前衛がx4になる! 回復役まで殴りかかりそうな暴力集団だ。
事務所前までいくと、なぜか人が輪を作っている。どういう事なのか。輪を作っている獣人から事情を聞くと。
「おい。一体、何が起きているんだ?」
「しらねえ。いきなり、帝国の連中がゴーレムを使って決闘を申し込んできやがったんだ」
獣人の男は、指を指す。なるほど。輪の中には、大きなゴーレムことロボットが立っている。見た目は、完全にロボットだ。戦いでも始まるのか。だというのに、民衆が逃げないのがおかしい。背伸びして見るにも、アキラ以上に背が高い男の獣人が壁を作っている。黄色いロボットと黒いロボットが5mほどの高さで立っている。足がやたら太くて、上半身がやけに細い。人間が入っているだけのような感じだ。
黄色いロボットが細い剣を抜く。細いといっても、人間の振るうクレイモアが玩具に見えるサイズ。
「わっ。抜きやがった」
「離れた方がいいな」
と、獣人たちは我先にと外側に輪を広げていく。事務所の前は、すぐに観戦施設だ。そこで、ようやくわかった。立っているのは、ユークリウッドとフィナル。それにエリアスだ。他にも騎士たちが獣人たちを退避させようとしている。明らかに、おかしな場面だ。あのようなロボットをどこから持ち込んだのか。空を見ると、大きな船が浮かんでいた。
はあ?
アキラは、目を疑った。
先ほど、エリアスとすれ違ったはず。瞬間移動でもしたのか。そうだとすれば、底知れない能力だ。
「空。あ、あれ?」
「飛空船じゃないか。私も見るのは、初めてだ」
「帝国のお船じゃないですかー。私も話だけは、聞いた事があります」
空を船が飛ぶ。ありえない。飛行機が空を飛ぶのは、羽が付いているからだ。それがどうやって飛ぶのかというと、プロペラが回っているからだ。その程度の事しかわからないが。上空に浮かんでいる船は、明らかにおかしい。木製の船だ。それが、どうやって空中に浮かんでいるのか。理解が及ばないが、そこでこの世界が現実と違う事を思い出した。ゴブリンなんてものがいて、腕がなくなったと思ったら生えてきたりするのだ。
そういう世界なのだ。その癖、服を2日も同じ奴を着て生活しているだけで臭うという。
「あれ、本当なのか?」
アキラは、ネリエルにぽこんっ、と頭を叩かれた。
「自分の目を疑ってどうする。むっ」
上にいる船を見ていると、下では動きがあった。というか、目を離している間に黄色い機体が壊れていた。足がない。
黒い機体の後ろから円筒状の頭をした灰色の機体と羽根飾りをつけた赤い機体が現れる。
いずれも騎士鎧をロボットのようにした感じだ。黄色い機体だけ、なぜかマントをつけている。しかも、目立つ赤色だ。効果は、あるのかどうか。目印にしかならないだろうに。それで、不利を判断してか。黒い機体が、人間の声とは思えない声を出す。凄まじい音量で。
「殿下。出直しましょう」
拡声器か。人間が出せる音量とは思えない声が機体越しに聞こえる。グレゴリーの声だ。
相対するエリアスが、手をぷらぷらとさせた。まさか、彼女が?
「帝国のゴーレムを物ともしないとは、な。生身だというに、凄まじい戦闘力だ」
ネリエルがいう。ゴーレムではなく、ロボットではないのか。しかし、ゴーレムというのだからゴーレムなのかもしれない。魔術でなくて、機械で動いているのがロボットだ。中に人がいるのなら、なんというのだろうか。わからないが、ロボットだろう。そして、アキラは戦う羽目にならなくてホッとしている己がいた。ロボットの剣で殴られるだけでも即死だろう。
動かなくなった黄色いロボットが殿下と呼ばれていたから、ウィルドが乗っているのか。転がった機体をグレゴリーが引きずっていこうとすると。
「情けない。木偶人形をお使いになるなど……。そんな物に頼るとは、帝国騎士も堕ちたものですわねえ。生身でやるのが怖いのかしら」
「なんだと!? おのれぇええ、言わせておけば」
足がやけに大きな赤い機体から、少女の声がする。キースか。勝ち気な子の逆だった柳眉が容易に想像できる。そして、赤い機体が背中の剣を抜くと。四方八方から、矢が突き刺さった。そして、動かなくなった。矢が鋼鉄製と見られる機体に突き刺さるのはおかしい。が、刺さっているのだから疑っても仕方がない。スキルを使用しているのだろう。
グレゴリーが、いう。
「お待ちを。勝負は、また日を改めたい」
「いいですけど。こんなところにロボットを乗り付けないでください。町の中ですよ? 次、町中に飛行船が来たら容赦なく撃ち落とします」
「ははっ。汗顔の至り。まこと、殿下のなさりよう面目次第もない。ゴルドフ、行くぞ」
逃がすようだ。なんだか、ずっこけ悪役にウィルドたちが見えてきた。
グレゴリーの乗るであろう黒い機体が、90度の姿勢を取る。人間のような動きができるとは。とんがり帽子を被ったかのような頭に、丸みを帯びた胴。足周りは、腕の倍の大きさだ。礼をした後、逃がすのか。疑問が浮かぶ。少なくとも、捕らえてしまって問題ないのではないか。グレゴリーが止められないのだから、また騒ぎが起きる。
「あんなので、襲ってこられたら逃げるしかねえよな」
「ですよね。町の中で戦闘を仕掛けるなんて……」
アキラが倒せと言われても、倒せないだろう。
灰色の機体が、赤い機体を引きずっていく。灰色の機体は、大盾にメイスといった装備だ。ゴルドフをそのまま大きくしたような機体である。ロボットを一体どのようにして作ったのか。興味が尽きないけれど、飛空船の方に目が移る。
門を抜けるにも、大きさが合わない。すると、空中を飛んで移動した。一応、飛べるらしい。ゴーレムだというのに、滑らかな動きだ。
(ロボットが欲しいわあ。まあ、地道にレベルを上げてくしかねえけどさ)
この日は、手伝ってくれるユッカのおかげで、狩りが潤滑に進んだ。




