114話 狼国をどうするか (ユウタ、アキラ、ロシナ、山田)
いくら待っても、リヒテルは現れなかった。魔王だというのに、リベンジも無し。逃げるとは、魔王らしくない。納得のいかないまま警戒するのだが。それでも納得できない。変態が魔王だとか。
(ふかしか。魔王なんて、またすげえの吹いたな)
【雷光剣】を受け止めたり。【電撃】を受け止めたが。
ユウタのイメージするのは、凄い奴なのだ。ファイアといったらメガファイアの威力をぶっ放してくるような。角の生えた巨人をイメージにあげてしまう。決して、白衣を着たパンツ一丁のモヤシ男ではない。それに、愛だとかなんだとか言っていたが、夢みたいな事を言っている夢遊病者ではないのか。そんな感じであった。
目の前には、アキラを入れて山田、ロシナと男が揃っている。隅っこの方にはバランとサムソンの肉々しい男が待機していた。配下を揃えて、飲み食いに着たという訳だ。外なら、安いが金がかかる。事務所で食えば、質もいいし給料から多少引かれるという具合。裏の庭では、バーベキューが行われている。どこからか肉を調達したようだ。
セリアも一緒に議論するはずなのに、DDと一緒にバーベキューで肉を食っているようだ。
テーブルの正面に座る1つ上の幼児が口を開く。小学5年生くらいだ。身長は大分高い。160はあるだろう。
「で、その魔王ってのはまた来るのか?」
「うーん。わからないね。ただ、弱体化しているはずだから無理に動くと消滅するかも」
ロシナは、腕を組んでユウタの方を見る。
魔力を失ったまま動けるのかどうかが問題だ。ユウタの場合は、貯蓄しているのでそれほど問題ではない。気持ち悪いのにもとっくに慣れっこだ。更に、迷宮から魔力の供給をいざとなれば受けられる。ブースターはいくつも用意しておくべきだ。魔力がないというのも、はったりが効く。相手の油断を誘う分には。
ちょっと禿げかかった前髪を気にするのっぽが手を上げていう。
「その魔王って、ウォルフガングじゃないのかよ」
「違いますよ。ウォルフガング王が魔王なのかどうか知りませんけど、別人でしょう。少なくとも毛むくじゃらの獣人ではありませんでしたし。魔力の反応とか質も違いました。何より、彼なら周りの設備を無視して暴れるでしょうから」
「なるほどね。来ない保証は、ないわけだ。むしろ、来る可能性の方が高そうだな」
ロシナに痛い所を突かれた。接敵しておきながら、逃がすのは最悪だ。何よりも逃げを選ぶというところが、憎たらしい。魔王らしく、こそこそとせずに堂々と正面から戦ってほしい。女子供を盾にするとは、魔王の風上にも置けない。
ロシナが続けようとするが、山田が言葉を遮った。
「あのー。それより、拙者はここの工事について話を進めたいでござる」
「いいけど、魔王はいいのかよ」
「どの道、居場所がわからないからね。魔界に殴り込みに行くっていうのなら別だけど」
「そりゃ、面倒臭さいな。止めとこう」
ロシナはすぐに降参した。魔界の入り口を探すか相手が来てくれるか。どちらかなのだが、魔界というと迷宮の奥に入り口が開いたりする。魔力が濃くなって初めてでてくるとかいう入口だ。面倒だ。すでに、中年を思わせるような太鼓腹をした山田は揉み手をしながらいう。
「いやー。もう、春ですよね。僕としては、桜の季節が欲しいんですよ。ほら! お花見! 桜を増やして、お花見しましょうよ! あと、ポンプですけどね。大量生産には、工場が不可欠だと思うんですよねえ。どこから、鉄のパイプを持って来ているのか不明なんですけどお。拙者たちでも工場をフル稼働してるのに、生産が追いつきまっせぬ。教育とか、こっちもやるべきだと思うんですよねえ。というかあ。読み書きできないって、どんだけでっすかあああ」
山田だが、ぜえぜえと息を吐きながらいう。セリアに相談する必要がある。なのに、聞こえないフリか。戻って、来ない。
「んなこと言ったって、ここって学校がねえじゃん」
「だーかーら。ちゃんとした学校を建てましょうってことなんですよお。わかりますかあ?」
「あーはいはい。2人とも、なんか勘違いしてんだろ。ここの国には、そんな金ねえぞ」
のっぽのアキラと腹を揺する山田が、ユウタを見る。うざい。また、金の無心のようだ。すっかりATMだが、払い戻しにはきっちりといただく物をいただく。無形で。それを教えずに、
「お金は、ありますよ。でも、この国をどうするのか。そういうビジョンも無しにやるのは、投資として成り立たないんですけど」
「金の概念か?」
頷く。
「そもそも、弱肉強食からして変えないと駄目ですよ。その強いからって何してもいいとか。おかしいんで。お願いします」
「けど、わかりやすいっちゃわかりやすいぜ。ユーウが強えんだから、それで支配するのがいいじゃんか。だれも反対する奴はいねえ」
「うーん。法の概念とか、そういうのも含めて変えてかないと。何時まで経っても未開の国ですよ」
ロシナが肩をすくめた。
こういう所は面倒臭がる男なのだ。国を作ろうとか、確かに面倒で自分の領地だとか騎士団内部での地位を上げる方を優先したいのだろう。それを止める術はないし、ロシナが出世するのはユウタにとっても都合がいい。手駒は、育成するのが基本だ。どこからか持ってきてもなかなか馴染まないというのもある。
隅っこにいるモヒカン野郎ことバランと髭達磨ことサムソンはともかく、この2人とガーランドはどうだろうか。仲がいいのか悪いのかわからない。
「青空教室を強化しましょうよ。でゅふふ。可愛いロリっ子萌えでござる。ご飯がいっぱい食べられる。お兄ちゃんと頼られる! 萌えでござる! ね、ね。ロシナ殿も可愛い獣人の子供を見るのは、目の保養になると言ってましたよね!」
ロシナとアキラが同時に口から飲み物を吹き出した。汚い。吹き出した液体をマールとロメルが一緒になって拭いている。バランが何事かと床を見て、サムソンは腹を抱えて笑っている。すごく。
「お、おま」
「ロリコンかよ」
「いや、話を合わせていただけだ。俺はロリコンじゃない。可愛いといっただけだ」
「いえ、拙者。確かに聞きましたぞ。目の保養になると」
どうやら、山田はロシナを攻めにかかったようだ。やる気のなさ気なアインゲラー城を動かそうというのか。
「ちょっと声がでかいんだよ。そりゃ、言ったかもしれんが覚えがないな。ものの弾みだ。つか、禿げ笑ってんじゃねえ!」
「誰が、禿げだ。俺は、前髪が薄いだけだ。俺の方が年上なんだから、さんをつけとけや」
アキラとロシナがつかみ合いになりそうだ。アキラは、年上といえば年上なのだがロシナも中身は年上だったりする。ややこしいので、頭が痛くなってきた。
「まあまあ。ここは、それを置いといてですな」
「お前が、言ったんだろうがデブ!」
寒くなってきた。どうして、止まらないのか。折角の機会だというのに。デブこと山田は、ゲジゲジの眉をぴくぴくさせていう。
「だから、拙者はデブですよ。それは置いておいて」
デブは、両手をあっちからこっちにするポーズをとった。
「この街から変えていきましょう! という事ですよ。拙者が下水道なりなんなりを整備して道路を作っていくので、研究開発はユークリウッド殿。治安維持はロシナ殿。それぞれ、受け持ちをきちんとやって欲しいでござる。あ、新参のアキラ殿はまずすることがありますな」
「は?」
「あー。そういえば」
アキラは、山田に言われて下手な調子で国歌を歌う事になった。内股で歌うアキラが、ちょっと気持ち悪かった。アキラの肩をロシナが叩く。
「おつかれ」
「なんだよ。これ、意味あんの?」
「ありますとも! 国歌の歌えないような人間がミッドガルドの庇護を受けようだなんて1000年早いでござる。国家に忠誠を誓えないような人間が、帰化なりなんなりを受けようだなんておかしいでしょ。拙者も歌いましたですしおすし」
アキラは、喉を抑えながら椅子に座った。不満のようだ。セリアに見本を見せてもらうべきだったろうか。歌が下手だと、大変だ。聞いている方が。棒読みで、音程がとれていないという。アキラは下手の極みだった。ロシナは、喉に水を流し込むアキラを見ていう。
「アキラには、何をやってもらうかっていうと。何かあるか? 騎士団には、まず入れねえからなあ。ミッドガルド人でも競争率がたけえから。兵隊にはなれるかもしれんけど」
「え? なんで? 皆、平等じゃねえの」
おかしいだろという顔をアキラは浮かべた。それに、ロシナは手を振って答え た。高校生だけに、平等が当然だと思っているようだ。
「違う。ミッドガルドは、ミッドガルド人の物だ。だから、他所からの入国がすごぶる厳しい。その代わりなのか、出国するのはすごく簡単だ。他所の血が混じらないように、婚姻政策さえあるような国だからな。日本と同じように考えたら、間違えるぞ」
「それ、差別じゃんか」
アキラが、テーブルに手を乗せる。マールが、料理をテーブルの上に並べていく。朝から豪華な料理だ。焼きたてのパンに、ホワイトスープ。若鶏の唐揚げ。キャベツと人参を細かく切ったサラダ。ソースがかけられている。ポテトが上げられて、塩がついている。けっこうな量だ。箸で食べるのかナイフとフォークも出てきたが。
鶏肉が柔らかくて美味しい。箸が進む。ポテトは、柔らかくできている。悔しい。
「差別? 何を言ってるんだ。そういう国なんだよ。そして、それが正しい。同じように混ざると、魔術もスキルも使えない国民が増えるからな。そういった事情もある。他所より、いくつも頭抜けて強いのはそういう政策があるからだ。蘇生が適用できるのも、ミッドガルド人だけだしな。ちなみに、日本人は死んでしまえばそれまでだ。だから、気をつけろ」
「んだそりゃ。おかしいだろ。結婚は、自由なのが普通だろが。差別すんなよ」
アキラは、不満たらたらでいう。山田は、肩をすくめて両の手を持ち上げた。
「石器時代と思った方が、いいでござるよ。ただし、ミッドガルド国内でそういう発言をすると処刑されるかもしれないので気をつけるでござる。日本の江戸時代に帰ったつもりでいないと、すぐに打首か切腹でござるよ。拙者も他の同級生たちも慣れるのに、すごい時間がかかったでござる。あれからもう5年くらいでござるか。あ、これ話してなかったでござるね」
「山田さんが、こっちに来た話?」
山田が、アキラに視線を向けていうと。アキラは、首をかしげて。
「知らないですかな。まあ、聞くも涙。語るも涙の大冒険あり。家畜が何でも屋に成り上がった人生録でござる。あ、嫁さんがいるんで現世に戻るつもり、全くなし。ほら、拙者はデブだしチビだし顔はむくれてメガネかけてるでありまそ? だから、モテないし。こっちなら、もっと嫁さんゲットできる可能性があるんですお。え、聞きたい? まーしょうがないですなあー」
「おいおい」
手を左右に振るけれど山田はそれを気にした風がなく。
「……とまあ、毎日やりまくりな日々なんですお。俺たたはまだ始まったばかり、乙。でゅふふ。と、まあこういう差別に満ち溢れた世界なので、貴族と結婚とかしたくたって無理! マジ乙しますですぞ。その点、こちらの国はある意味で目があるというかですなあ。ほら、貴族が死んで空きができてるでしょ。そこに入り込むには、ベストなタイミングではありませぬか。あとは、アキラ殿の頑張りにかかっているわけですけどお。やります? やりますよね。はい、やるー決定!」
「あんた、デブの癖に押しが強いな」
「良く言われますでスワン」
鼻息の荒い山田に押されるようにして、アキラはのけぞっている。気持ちわるいのだろうか。確かに、山田は気持ち悪い。その上、脇が臭い。洗濯を殆してないのか。というよりは、脇に汗をかきまくる体質なのだろう。売れるといえば、石鹸だろう。消臭剤までたどり着けるといいのだが。結局のところ、建築も製造もそういう部門を作って丸投げだ。
人を使う事こそ、金持ちへの道である。知っている人は知っている。
働き3文、知恵10両。続きが思い出せない。何だったのであろうか。
「ま、交通整備と建築は山田さんに任せていいと思うぜ。アキラが何ができるのって、高校生だからな。これから、勉強するしかねえよな。俺は、盗賊狩りと国内の不穏分子を狩っていくから。予算が降りるようにアル様にお願いしてくれよ。それか、ユーウが王様やってくれ」
「王様は、断る。面倒だもん」
「いいじゃん。やろうぜ。そうすりゃ、差別もなくせるかもしれないぜ?」
ロシナが、面倒な事を言い出した。すると、アキラも続いて援護射撃にでる。風向きがおかしい。
「差別ですか。差別。これは、そう簡単な話じゃないですよ」
「なんでだよ。王様が、差別を止めろといえばそれで済む話じゃねえの?」
「うーん」
事は、種族的な問題に関わってくるからだ。それをアルたちに言っても何も変わらない可能性が高い。なぜなら、彼女たちは人間ではないのでその気持ちがわからないだろうから。にべもない態度を取ることが予想される。それどころか。それ見たことかと言い出しかねない。賛成してくれそうな重鎮はいるだろうか。いやしない。
言っていいのか迷った。
「現状だと、無理でしょう。陸の鎖国ですから。かつて、アルカディアとブリタニアという国がありましたが、その国は移民を受け入れたが為に弱体化して敗れましたし。本国と属領で分離する気、満々ですよ。人が、人を差別するのはやめられない。なぜかというと、人は生まれてすぐに親でもって上か下かが決まります。人の上に人を作らずという言葉を知ってますか?」
「いや、知らない」
「いい言葉でござる。日本の有名な思想家だかなんだかが言った言葉でありましたっけ。あんまり、拙者は国語も日本史も得意ではないので……」
アキラは、知らないという。ロシナは、頷いている。ロシナの方が知っていて山田がよく知らないとは。
「有名な人の言葉だよな。ま、それは嘘だけどな」
「いい言葉なんですけどね。差別は良くないっていう。ね」
ロシナは、その言葉に思い入れがあるのか。鼻を摘んだ。アキラは、腕組みをすると。
「良くないんだろ。止めようぜ」
「無くなりませんよ。人が人である限り。人は、優劣で人の価値を決める。それが、社会の有り様であり、決してなくせない社会構造なのです。生まれた時から、金が有るか無いか。これでも差別されます。顔がいいか悪いか。これでも差別されます。区別と差別に大した差はありません。たまたま、この国は力こそ全てといってますけどね。ある意味、こちらのほうがわかりやすくデブだろうが禿げだろうがモテる可能性があります。家柄、職業でとらわれないとしても血族でとらわれるようですけど。ま、差別も区別も決してなくならない。人が人で在る以上、他人との争いは生存競争のような物ですよ」
口を閉じて押し黙った。
「人が、争いを止められるか。これは、ある意味で日本人が体現してます。オタク、がね。嫁をもらえない。或いは負け組として遺伝子を残せない格好で、淘汰される。わかるでしょう? 山田さん」
「いやー、顔のイケてるユークリウッド様に言われると辛い! 確かに、拙者なんて見向きもされないですからねえ。この世界があってますわあ。ええ」
どうでもいい話だ。アキラは、こだわりがあるようで言いたそうにしている。
「じゃあ。差別はいいって事なのかよ」
「良くは、ないでしょう。しかし、それを変えるとですね」
「ああ。自分を優遇しろってんだろ。そういう事に繋がる。言いようだな。反吐がでるぜ」
ロシナが、アキラとそりが合わないのはこういう部分であろうか。頭が痛い。
魔人も魔王も襲来しない方が大変だ。倒して、終わるだけに。
(くそっ。まとまらねえ。仲良くしてくれよ。頼むから)
話がまとまらない。




