110話 アキラの事情 53-54 ●(アキラ、ネリエル、ナタリー)
「クラブをどう料理するか、だな」
「引いて、仕留めるしかないぜ」
集団で来られると困る。結局、向かった先でやったのは引き狩りだった。アキラは、ユークリウッドとは違う。神がかった力などないのだ。神からチートスキルを授かったはずなのに、弱いとは。運命はとことんアキラに冷たい。具体的な狩りというと、群れでいるクラブを見つけてネリエルとアキラで誘導してくるのだ。
1匹だけ。毒の矢を使う。リザードマンから盗れたスキルで付与できる。
これのおかげか。昨日は、それなりに儲けがでた。殻があいも変わらず高値だ。今日は、また違う仕事か。それとも同じ仕事をするか。隣にいる黒髪がさらさらと清流のような少女に、いうと。
「今日も、儲けがでるといいんだけどなあ」
「仕方がないだろ。アキラが、別のパーティーに加わろうとしないから」
「へえ。珍しいですね」
金髪をヘアバンドで止めた小柄なナタリーは、けらけらと笑っている。愛らしい人形のようだ。
回復に攻撃をこなす。魔術士で、治癒術士。そのナタリーが加わっただけで、すごく戦術に幅がでた。ネリエルが引っ張って、アキラが受け継ぎをして、ナタリーが仕留める。ユークリウッドに比べればずっと弱い火力だけど、それはこれから上げていけばいい。
そろそろアキラは転職のレベルに差し掛かっている。餓狼饗宴の地下1階なら余裕だ。不意打ちで囲まれても、ナタリーさえ守っていれば大丈夫。しかし、なぜナタリーがアキラのパーティーに入ったのか。それがわからない。アキュのクランは、自由行動を許すのだろうか。それでは、クランの意味が薄いような。とはいえ、組んでくれるだけありがたい。
次にアキラが取る職業。これが問題だ。魔術士か、治癒術士。どちらかだ。どちらかといえば、魔術士が加わったので治癒術士の方がいいのではないか。ナタリーかユークリウッドがいるなら、どちらでもいいような気もする。が、ナタリーがいつまでも組んでくれるとは限らない。再生スキルを連打するような状況になれば、ハゲになる。恐ろしい。禿げだー! と指を刺される恐怖。知っているだろうか。髪がある人間には、その苦しみなどわからないのだ。
小人族ナタリーは、予想以上の戦闘力だった。魔術といっても火の玉を出したり、電撃を撃つだけが魔術士ではないのだ。水が出せる。これが、非常に重要だ。もっとも、得意な系統がナタリーの場合は土だったので水はあまり得意ではないらしい。土と水を組み合わせた泥沼の術が、クラブには効く。
「くらえ!」
沼の中におびき寄せたクラブが、足を取られる。横歩きが非常に速いクラブは、足に力が入らないのか。著しく減速して、いた。そこで、アキラは、ネリエルと一緒になって弓を撃つ。ジョブとスキルの恩恵が受けられなくても、甲羅に刺されば毒を塗った攻撃がクラブの体力を削る。下がりながら、泥沼を維持して矢でひたすら攻撃してやればよかった。
1匹ずつ仕留めるしかないのが問題だ。毒で、仕留めると肉は食えない。なので、毒を使った場合は焼くしかない。すると、
「毒は、肉が売れなくなりますねえ」
「困ったな」
「といっても、毒以外に仕留める方法がねえじゃん」
「直接打撃も危ないですしね」
ナタリーは、杖で帽子を上げた。愛らしい。
話を聞くと、アキュたちの部隊でも前衛が動きを牽制して後衛でもって始末するスタイルらしい。なので、アキラも真似したわけだ。そのリスクは天井知らずだが、さりとて迷宮にいってグレゴリーらと鉢合わせするのは躊躇われる。危険すぎる。もしも、ユークリウッドが見ていない状況でウィルドの電撃攻撃を受ければどうなるか。
全滅してしまう。
「よっし、もう1丁。いくか」
「そのもう1丁というのは、なんなんだ?」
「は、ああ。……すまん。俺、よくわかっていないけどもう一丁って言うのを聞いて言ってたりするんだ。だから、その説明できない」
「そうか。もう1回という事でいいんだな?」
「おう」
もう1丁。よくわかっていないのに、つい使っている。アキラには、それが何を意味しているのかよくわかっていないのに使っていた。説明しようにもわかっていないのだから、しょうがないだろう。毒を使って狩りをするのを思いついたのは、ナタリーの助言からだった。クラブの大群を相手にする時、何をするか。
毒入りの餌を撒くのだ。毒入りだろうと、クラブが食ってしまう。すると、時間が経てば全滅。経験値もそれなりに入るので、フィールドにいる魔物を狩るには毒が持ってこいだ。人間と違って、クラブには毒を回避する術がないようである。逃げる際には、馬か鳥馬を使う。よって、相手に追いつかれる心配もなく逃げ切れる。
アキラたちの場合は、アキラが遅いので予め退避しておくか。それとも、ネリエルに担いで逃げてもらうかだ。では、先にネリエルがおびき寄せる意味はあるのか。という事になるのだが、
「何回でも毒が使えるのはいいですねえ。結構、馬鹿にならない額になっちゃうんですよ?」
「そうなんか」
「ええ。毒って、効くクラブもいれば効かないクラブもいるので。アキラさんのスキルは、有用性が高そうです」
ふむ。と頷くネリエル。何気に、自慢げだ。アキラは、地味ーなスキルに困った。できることなら豪快な技で仕留めたい。伝説にあるような光の剣で真っ二つだとか、忍法ならぬ忍術で相手を翻弄するだとか。そんな異世界ファンタジーを期待していたのに、現実に裏切られっぱなし。その上、使えるスキルだと思ったら人として死亡フラグを立てるような感じだ。
やるせない。
「もうちっと狩りしたいけど。結構、貯まってきたな」
腰には、ユークリウッドから借り受けた収納鞄。結構というより、相当な量だ。台車を押していくのでは、持ちきれない量が中に詰まっている。肉は、毒の肉として保管しておくとまた便利だというので保管しているけれど。一体、何に使うのかというと罠だいう。実際に、クラブがクラブの肉を食うのか疑問であった。
「続行するなら、早めに決断した方がいいな」
「夜になったら、危険ですからね」
ナタリーは帰る方がいいようだ。ネリエルは、判断待ちの事が多い。あくまで、アキラの意思に従うという点では感じがいい。勝手にアキラだとか呼び捨てにしているのも、親しみが持てるし。アキラは、どうするのか迷った。
(んー。稼ぐなら、まだまだやりたい。けど、収納鞄がどれくらい入るのかわからんし。日も傾いてきたからなあ。帰るか? しかし……)
欲が出る。もう少し。狩りをしたい。
「帰るか」
「いいのか?」
「そっちの方がいいですね。私も、そろそろポーションの補充が必要になりそうなのです」
アキラは、不意に思い出した。最近、運が悪い。何がしか起きる時には連続して起きるものなのだ。マールに出会った事が幸運なら、ユークリウッドに捕まったのも、幸運。しかし、ネリエルを得たと思ったら借金ができてさらに額が増えていく。ついでにセリアの父で国王のウォルフガングに完敗してしまった。アキラの異世界道中は、困難な局面だ。
読み間違えたら、死ぬかもしれない。いい加減な選択をして死ぬのは、ごめんだ。
「おっし。と、こういう所で、盗賊とか出てくるんだよな」
「あっ。大丈夫ですよ」
鳥馬に乗るナタリーは、背中に杖を背負う。アキラとネリエルは、貸受けた馬だ。
「どうして、大丈夫なんだ?」
走りながら、聞くと。
「アキュさんが、って知ってます?」
「知ってる、スキンヘッドのおっさんだよな。ナタリーさんのクランマスターって話くらいは」
「ええと、今の所ですね。盗賊は、狩り尽くされて東部と北部方面には盗賊団らしき存在は見当たらないそうです。壊滅した盗賊団の残党たちには、高額の懸賞金がかかりますから。じきに、他所もいなくなるでしょうね」
「クラブより、そっちか」
どうやら、クラブを先。というより、盗賊を先に始末したようだ。これでは、盗賊を討伐してお宝ゲットするというアキラの目論見は実行できそうもない。道は、舗装されて行き交いができるようになっている。森は、少しばかり遠い。南西の方向を北に上がって町に通じる道へと合流すると、行き交う獣人たちがいる。
街道が整備され始めていた。
「ここらへんって、魔物が出ないのか?」
「えっへん。そうなんですよ。最近、ユークリウッドさんの配下になったというガーランド卿のおかげですね。獣人が配下なので、どうなることかと思っていたのですけど。すごく気配りができる騎士みたいです。道がよくなって、南西方向にクラブを押し込んでいるみたいなのですよ」
「へえ~」
ユークリウッドには、家臣がいるのか。バランというモヒカンが配下だとか聞くけれど、ガーランドとは一体どのような騎士なのか。ボスっぽい名前に、少なくない脅威感がある。街道を整備したりするのは、ユークリウッドの指示だろうか。明らかに、それが普通の子供の考える事ではないし。どのように国を作り替えるのかビジョンがあるようだ。
アキラには、わからないので悔しい。社会の勉強をしておくべきだった。
「噂をすると、あれ。違いました。赤い鎧、赤騎士団ですね。アインゲラー卿の部隊です」
北の方から、赤い騎士たちが馬に乗って移動している。少数に見えるが、団子になっているので100騎か。向かっている方向からすると、ラトスクに向かっているようだ。アキラたちの向かう方向と一緒になる。
「アインゲラー卿って、だれなんだ?」
「ユークリウッドさんの友人で、ミッドガルド王国の騎士ですよ。年齢は、10歳とか。すごく若いですね。それで、騎士なんですからすごい力を持っているんでしょう。ミッドガルドの騎士といえば、ウォルフガルドの戦士10人に匹敵すると言われてますから」
そうなのか。アキラは、それがどれくらい凄いのかわからない。ナタリーが間違った情報を伝えているとも限らないので、注意して聞いておくべきだろう。
「10歳かよ。ユークリウッド以外にそんなのがごろごろしてたら、へこむわー」
「2つ名が付いているくらい有名だぞ」
「マジで?」
「そのマジというのは、わからないが……。人呼んで、無敵のロシナ。彼に、触れられる獣人は居ないと言われている」
無敵。無敵という言葉を聞いて、アキラは吹き出しそうになった。後ろに乗っているネリエルの顔を見ると、冷静な少女の顔は至って真面目だった。
「ほんと?」
「嘘じゃないですよ。失礼です」
「ごめん、でもさ。無敵って」
「獣人で、彼に土をつけられた奴はいないという話だ。それどころか、あのウォルフガング王ですら傷1つつけられなかったという逸話の持ち主だぞ」
アキラは、愕然とした。そんな馬鹿な。馬鹿なという言葉が頭の中で反響する。チートオリ主。そんな人物だ。間違いない。アキラは、自身が得ようとして諦めたスキルを思い出す。触れられないといえば、あのスキル。そう、バリアだ。誰もが、最強を認めるスキル。だが、そのスキルも奪ってしまえばどうにかなると。
思っていた。
(へへ、まいっちまうぜ。どうして、俺は……こんなスキルを選んじまったんだよ!)
後悔しても遅い。やれる事をやるしかない。ワイルドベアから得られたスキルを思い出す。どれも微妙だった。【獣毛】【爪】【冬眠】【剛力】【嗅覚】と、多いが。【獣毛】とか訳がわからない。
「でも、そんなアインゲラー卿もセリア様とユークリウッドさんには勝てないみたいですけどね」
「えっ?」
「それは、本当なのか」
「ロシナさんが言ってましたから、どうなんでしょう。冗談かもしれません。事務所に寄った時に、たまたま話を耳に挟んだので。あそこって、誰でも話を気軽にしているので危険ですね」
「しかし、どうやって倒すんだ」
まさに、そこだ。全く触れる事もできない相手に、どうやって勝つのか。アキラには悪い予感がしてしょうがない。
(まさか、な。これで、帰ったらそのアインゲラー某かとバトルとか。ありえんよね。ねえ)
悪いことは、続く。アキラは、髪の毛が後退していく方が心配であったけれど。




