107話 アキラの事情 51-52 (アキラ、ネリエル、マール)
身体が痛む。朝の食事は、簡素なパンに分厚いステーキだ。牛の肉か。だから、上等物なのかもしれない。肉は、口の中でとろけるよう。ネリエルも満足そうに頬張っている。アキラは、考えた。立ちくらみがしたりするけれど、負けて死ぬよりはずっとマシだ。
「今日。動いて大丈夫なのか?」
「ご主人様。動いちゃ駄目ですよ。今日は、1日寝ていてください。血が沢山でちゃったんですよね? また、何かあったら……」
マールがお盆を抱えて、心配してくれているようだ。顔を下にしている。
「心配ない。大丈夫だって。ま、俺が倒れたらネリエルが抱えて帰ってきてくれるはずだ。なあ」
「それは、構わない。が、軽いぞ。もう少し食って体重をつけるべきだ」
「いや、結構食ってるし。食い過ぎるとデブになっちまうよ」
「ふむ。だが、体重xスピードが破壊力だぞ」
「そうかねえ」
体重があると、威力が増すのはわかる。しかし、贅肉がついて動きが鈍っては本末転倒だ。だから、スリムでいたいのだけれど。ネリエルは、体重を増やした方がいいという。どっちをとるべきなのか。マールは、
「私は、今のままでいいと思いますよ! だって、食費が大変です」
「む」
「そうなのか? 結構、マールに渡しているだろ」
「そうなんですけど、貯金をして家具を揃えると入用になってですね」
「家具かあ。なんか儲かる仕事はないかねえ」
金が必要だ。強くなるのも大事なのだけれど。強くなるついでに、金が稼げればいいのか。どっちかというと後者の方だろう。アキラは、牛肉をナイフで切ると口に放り込む。日本人から製法を教わったのかそれとも買ったのか。タレが、懐かしい。野菜もキャベツと寸分変わらない代物が食卓に乗っている。切れ端だけれど。
(やけに、油ぎった物だすなあ。食いきれるか?)
残してはならない。マールが作ってくれたのだから。
ぱくぱくと食って、水を口にふくむ。ステーキとタレがあっていて、ライスまであるのだ。まるで、日本で食事をしているような気分になる。正面には、可愛い子が座っているのだ。以前とは、全く違う環境で漫画も無ければテレビもないけれど不満はない。これで、スケベができれば最高だ。朝は、元気になるのだ。
「クエストもいいが。肉屋に行かなくていいのか?」
「ん。そうだな。肉屋か。行ってみよう」
ネリエルが肉屋の事を知っているとは。ユークリウッドから、何かを聞かされているのかもしれない。ユークリウッドの策にハマっているような気がするが。乗らないと、また地獄を見そうだ。ウォルフガングとの再戦があったりすると、今度こそ死ぬかはたまた死んだ方がマシな惨めな様になる。そんな予感に打ち震えて、両手をあわせる。
「ごちそうさま」
「美味かった。マールは、料理の腕もあるんだな。アキラには、もったいないくらいだ」
どきっとした。ネリエルには、そのような性癖があるのか。反撃の一矢を放つ。
「!? ネリエルにはやらんぞ」
「何を言っているんだ。私は、同性愛者じゃない」
勘違いだったようだ。ユークリウッドの事で、邪推するようになってしまった。しかし、そうであっても仕方がないのではないだろうか。なんとなく、ハメられたような感があるのだから。席を立つと、入れ違いで白い制服といった格好のアルーシュが事務所のドアを開けてくる。次いで、胸を強調する緑色のドレスを着たティアンナと鎧姿のエリストールが入ってきた。
アキラには、興味が無いようだ。丸っきり。挨拶に頭を下げて、外に出る。
「挨拶できるようになったんだな」
「そりゃ、な。王族だとか、知らなかったんだよ。っていうか、さあ。この国、気軽に王族が現れすぎじゃね。おかしいだろ。町の隅っこで、狭くはないけど凄い建物じゃない場所にくるなんて」
ネリエルは、鼻の頭をこすると。
「ロメル辺りに聞かれたら、また叱られるぞ」
「あー、気をつけます」
「ま、おかしくはないさ。アキラの考えている王族のイメージとここでの王族が違うのは、仕方のない事なのかもしれないからな。そういう世界だったんだろ? 異世界ってのは」
「ああ」
そういえば。アキラは、気が付かなかった。子供だったからか。高校生だから、王様とかよくわかっていないといえばそうだ。偉いから王様。格好良いから王様。みたいな。この世界の王様は、どちらかといえば、戦国大名とかそういう物に見えてくる。下手な事を言えば、首が飛ぶような。そんな感じだから、物を言うのも気をつけないといけない。
(世界史、勉強しとけばよかったなあ。喧嘩して、死刑はないよな?)
日本では、大抵の事を言っても冗談で済むし喧嘩だってそうそう起きない。殴り合いの喧嘩ともなれば、なかなか。もちろんアキラも決闘なんて初めての事だし、胸に穴が開いたり腕が突っ込まれたりしたのも初めてだ。敗北も初めてだったりする。腰が抜けるとか、そういうのではなくて今まさに殺されるというのは、不思議な感覚だった。
現実感がないといえば、そうなのだろう。高校生で殺されかかった経験の有る人間がどれほどいるのか。アキラは、体験してもう体験したくないと思った。できる事なら、神にチートの交換をしてもらいたい。できない事をいまさらのように考えてしまう。かなり、疲労が溜まっているのか。すぐに疲労が取れると思っていたけれど、無茶だったようだ。
(歩くのもきっつい)
肉屋は、すぐに見つかった。事務所からでて、市場に入るとすぐ入り口にあった。いろんな肉が置いてある。ユークリウッドは、何を伝えたかったのか。すぐに言えばいいだろうに。アキラは、もどかしさで一杯だ。
肉を見ながら、ネリエルに聞くと。
「肉ねえ。何かわかるか? その、意味とか」
「いや、知らないな」
「本当に?」
ぷいっと横を向く。アキラはすかさず近づいて顔を寄せる。
「こらっ、近い!」
端正な顔がそっぽを向いて、押されるので、ちぇっとなった。もう少しで、キスができそうだったのだが。アキラの邪な企みはあっさりと看破されてしまった。
「なにがあるのかねえ」
わからない。ネリエルもわからないようだ。肉。肉。肉? 肉。
「ああ」
閃いた。そうか、と。魔物の肉。売っているかどうか。アキラは、肉屋を経営しているであろう男に声をかける。エプロン姿をした犬系の獣人だ。男なだけに手も獣毛で覆われている。
「すいません。肉、魔物の肉ってありますか」
「いらっしゃいっ。あるよ。何がいい? クラブの肉は、生憎と売り切れちまったねえ。今あるのは、リザードマンとクロウラーの肉かね。あとは、ホーンラビットやワイルドベアに……。あっあんた禿げ、じゃないアキラくんか」
ーーー禿げじゃあねえ!
禿げといった男に、殺意が湧く。しかし、
「そうだ」
「だったら、ビッグテールクラブとかの肉もとってあるよ。ユークリウッド様が、アキラくんが来たら渡してくれって言ってたからね。ちょっと待っててくれ」
用意周到というべきか。まるで気がつかないアキラに対して、ユークリウッドは手際よく見える。なんでも予測しているのだろうか。まるで、仏の手の中でちょろついている孫悟空になった気分だ。アキラは、肉と聞いても全く考えが浮かばなかった。ユークリウッドは、すぐに気がついたという事で。やるせない。
肉屋の親父が戻ってくると、包を持っていた。
「これだ。こいつの料金はいらない。何か買ってくか?」
「そうだな。とっておいてくれたなら、さっき言ったのをちょっとずつ全部くれ」
「まいどありー」
親父は、エプロンでごわごわした獣毛がびっしり生えた手を拭う。そして、肉を紙袋に入れはじめた。アキラがそれをじっと見ていると。
「わかったのか?」
「そりゃあな。いくら俺が馬鹿でも、気がつくさ。肉=死体ってことならいくらでもスキルがとれるんじゃねってこったな。俺は、閃かなかったけど。ユークリウッドはすぐに気がついたんだろうよ。まったく、とても幼児には見えねえ。つか、日本の事にも詳しすぎるしなんていうか。現地人っぽくねえ。ネリエルは、なんか知らないか」
「さて、な。私は、知っていたとしてもそう簡単に言える立場じゃない。奴隷だとしてもだ。ユークリウッド様に知っている事は、ミッドガルドの領主で金があって権力があって能力はずば抜けているという事くらいだな。魔術師の癖に、魔力を全く感知できない。異常な魔術師だ」
そんな事は知っている。ずば抜けているのは、普通にわかる。しかし、子供なのだ。通りで遊んでいる獣人の子供たちを眺めて、帰路を急ぐ。肉でスキルを奪取するのだ。通りには、糞を掃除しようとする獣人と道を広くしようとする獣人。塀を建てようとする獣人やら、色々な獣人がせわしなく仕事をしている。アキラは経済の事がわからないけれど、ユークリウッドはわかるようだ。
おかしい。
「んー。引っかかる事があるんだよな」
「何が引っかかるんだ?」
「いや。あんなに戦闘力がある子供って、他にいるのか?」
「セリア様がそうだな。あとは、ロシナとかいうミッドガルドの騎士とフィナル様、エリアス様が子供ながらに才覚を発揮している。他には、聞かないな。ああ、モニカもロシナと同年代か。ふむ。よくよく数えれば、結構いるようだぞ」
ユークリウッドまではいかないが、フィナルもエリアスも似たような年頃だ。全く会話がないが、能力は優れている。できれば、2人ともアキラの配下に欲しい。けれど、そんな事を言ったりしたら死にそうだ。自分で死亡フラグを立てるようでは、先が見えないのと一緒である。ネリエルの整った顔を見ると。
「魔術士の知り合いとかいないのか」
「ふむ。私は、狼獣人だぞ。魔術より肉弾戦が得意なのは、仕方がないだろう。魔術の適正がないわけじゃないがな。……帰ってから練習するか」
どうやら、このネリエルはぼっちだったようだ。仲間どころか友達もいないに違いない。思わぬところで、ネリエルと仲間意識ができた。道が広くなっているのがありがたい。ネリエルと一緒に歩いても、余裕である。ラトスクの町は、道路拡張工事や住居の建設で忙しい。アキラは、経済がわからないから道路を拡張していい事があるのかわからないけれど。
ユークリウッドがやっているので、いいのだろう。
道は、規則正しいレンガか石で舗装されている。獣人が手で掘り起こしていたのも、道具で代用されているようだ。その道具とは、なんとシャベルとスコップだ。筋肉もりもりの獣人たちが働けば、すぐに穴は掘れる。それにレンガか石を舗装していくのだ。元日本人たちが指導して、歩道を整備している。やがて、冒険者ギルドについた。
「ん。こっちでやるのか」
「まあね。ユークリウッドに見つかると、恥ずかしいし」
「ぷっ。意外に、恥ずかしがり屋なんだな」
事務所の裏手は、不味い。丸見えなのだ。
そして、顔が熱い。ネリエルに言われて、急に熱くなった。きっと、真っ赤になっているのかもしれない。ネリエルは、表情を崩していう。なんというむかつく顔。アキラは、ますます熱がこもる。冒険者ギルドに入ろうと扉に近寄ると。
「む」
中から、騎士に連れ出される中年の冒険者が出てきた。立派な金属。重水晶銀をこしらえたローブに、白いマント。メガネをかけたその人は、
「あれ」
「大手クランのマーマレ氏だな。どうしたのだろうか。凄い稼ぎでトップクランとして君臨していたはずだが」
有名人だ。
なのに、騎士に両脇を固められて連行されていく。訳がわからない。アキラたちが、ギルドに入ろうと歩を進めると。中から、冒険者たちがでてきた。複数の男たちの目には、殺意が浮かんでいる。これは一体、どうしたことか。マーマレは、配下の冒険者たちに慕われていたはず。
中に入れず、じっと見ていると。
「あの野郎。まさか、脱税していたとはなっ」
ぺっと男の1人が悪態と共にツバを地面に吐く。汚い。
「奴には騙された。まさか、税を担当する役回りの部門を作ったとか言っていたのに。これだ。俺たちの金は、どうなっちまうんだよ」
「あの野郎。俺たちに、飯を奢らせといてこれだぜ」
中指をおっ立てて、怒りを露わにしている獣人もいる。
どうやら、大変な事になっているようだ。しかし、アキラには税がどうとか意味がわからない。ネリエルに説明を求める視線を投げた。しかし、
「どうしたんだ?」
「彼らは、一体何を言ってるんだ?」
「さあ。ただ、マーマレが不正をしたというのはわかる。本当かどうか、わからないけれどな」
冒険者たちは、そのまま外にぞろぞろと出てきて入れない。何を起こったのか詳細を知りたいのだが。見知った顔が出てくるのを期待するけれど。足元に小さな人がいる。小人族だ。コビットのナタリーだ。アキュのクラン員ではなかっただろうか。ヒルダもいるクランで、ネリエルとは浅からぬ縁がある。
ナタリーの前に、手をかざすと。
「すいません。何があったんですか」
「ん。あんた、ユークリウッド様のふんころがしか。おっと、失礼。口が滑った。何が、って? 張り紙を見りゃあいい。あたしもむかついてるから、話をできるような状態じゃないよ」
コビットも怒るようだ。人間と同様に感情を持っているのか、拳が震えている。小さいので、とっても可愛らしいけれど。アキラは、小さい物を見ると抱きしめたくなる。けっして、ロリコンではない。外に出ていた獣人たちが、中に入る。それで、張り紙を見ると。
「嘘だな。彼は、経済を語る冒険者だぞ。本だって、出しているんだ。【おまゆう】凄い有名な本だ。税をちょろまかすなんてそんな。馬鹿な事をするはずがない。嘘にきまっている。何かの陰謀だ」
「いや、でもギルドが調査したんだろ」
おまゆう。お前が言うな、か。アキラにはどうでもいい事のように思える。
黒髪の獣人は、ショックなのか頑なに否定する。しかし、張り紙には「マーマレ氏、脱税で逮捕!」という見出しが書いてある。どうして、脱税したのか。アキラにはわからない。ネリエルを含めて、冒険者たちにはマーマレが眩しい存在だったのか。脱税して、バレないとでも思っていたのか。マーマレの脱税額は、2億ゴル。アキラの年収に比べれば、もはや天と地の差がある。
(ま、どうでもいいような。さっさと強奪スキルを使用しよう)
けれど、ネリエルが反応しない。「嘘だ。嘘だ」とつぶやいている。
他人のネリエルには、大して関係がないのではないか。アキラは、裏手で実験を開始した。




