102話 ユウタの憂鬱 (ユウタ、セリア、ウォルフガング、アレイン、シーラム)
女は、顔だ。男が言った。いや、男も顔じゃんと。女もいう。
ユウタの悩みは、これだ。顔が違うのだから、もてているように思えない。むしろ、元の整っていない顔が本当の顔のはず。しかし、元とは。一体、どんな顔だったのか。
記憶が段々と、曖昧になってわからなくなってきた。写真がないせいだ。前世の子供だった頃、その写真とか覚えている人間はいるだろうか。そもそも、ユークリウッドに憑依する前の顔は己の顔だったのか。それすら、よくわからなくなっている。どうして、こうなったのかくらい。だというのに、魔術だとかそのほかの事は鮮明に思い出せるという。謎だ。
そして。毎日のように誰かが無心しにくるのも、問題ではある。銭の問題で、あるけれど。ペダ市とシャルロッテンブルクだけでも相当な税収がある。魔物が出てこなくなれば、広大な平原と畑に山にと。産業を拡大するのも楽だったのだ。ウォルフガルドで同じことをしたいが、恐ろしいほどに低い識字率。
字がかけない子供が、ほとんどで学校にも行かせていない。というか、学校自体がない。寺子屋レベルであっても、見かけない。ラトスクの町に限ってであるが。今日は、王都に行くのだ。少し、びびっている。セリアの父に会うのだから、そうなるのも当然だろう。あくまでも、ユウタの中ではフェンリルというと最強の魔獣なのだ。ゲームでも、強力なボスとして出てくる事が多い。
「ふっ。行くのか?」
「仕方ないよね」
行く気がしない。といってもいかないと駄目なのだ。なぜ駄目かというと、王都に行って国王にあってこの国をどうするのか聞いておかないといけない。一体、何をしているのかわからない国王だけれど、セリアの父で国王なのだ。全く会わないアルたちの父親と母親に比べれば、会いにいけば会えるだけましか。わからないけれど。
厄介な事に、アルーシュがいちゃもんをつけてきたせいだ。小姓をつけるのだという。子供が役に立つのか。
(何ができるんだろう。そもそもまともに受け答えできるんかなあ)
まだ、9歳だという。ユウタと一緒だ。精神年齢は、置いておくとして。アルーシュの小姓らしいその幼子は、アレインとシーラム。くすんだ金髪をしたアレインは平民。だが、明るい金髪のシーラムは陥落した小国の王女。いつまでも花を蝶をというような幼女だ。自分の国が陥落したとかいう事すらわかっているのか危ういくらいに。
シーラムは、国の事すら知らないだろう。シーラムの事を誰かにいうとすれば、アレインくらい。だが、アレインもまたただの小姓でしかない。裏切れば、すぐにでも替えの効く平民だ。何も知らない幼女は、幸せなものなのだろうか。疑問だ。
預かるというか。面倒になったのか、押し付けられる有り様だ。亡国のお姫様といえば、少し気にはなるけれど。面倒事が、さらに増えてめまいがしそうなくらい。
「よろしくお願いします!」
笑顔でいうアレイン。ウォルフガルドの王都にいくというのに、小姓もいないのでは格好がつかないだろうと。そういう話で、困る。1人なら、どうにでもなるが他の人間についてこられると。逃げる事も難しい。ワンピースを着た幼女が、シーラムだ。アレインは、彼女のお守り役でついてきたような感じである。役に立つかというと、立たない。帰って欲しいくらいだ。
「いきましょう! ウォルフガルドの王都を見に!」
「あはは。そうだね」
歳の頃は、同じだというのにこうも違うのか。セリアは、別の方向を向いている。見にはいっている。ちょろちょろと。見学だけ。すると、酷いというか。もはや、王都とは思えない場所だった。ジャングルの小屋が並ぶというか。そんな場所に、住んでいるのだ。城も、城というよりは岩山のような。そんな場所を城だという。
ちょっと、ありえない。
「はあ」
「ふふ。父上に会うのが、嫌なのか?」
切れ長の瞳を細めて、微笑するセリアがいう。
「そりゃ、そうだよ。なんか、嫌な予感しかしないし。でも、王様だよね。いきなり襲い掛かってくるとかしないよね」
「ふむ……」
どうして黙るのか。ユウタには、わかるくらいわかりすぎる。多分。拳で分かり合うとか。そんな感じの父親なのではないだろうか。あとは、セリアはやらんとか。そんな風に言われそうな事が、予想できて。いや、「おう。よろしくな」とか言われてもそれはそれで困るのだ。セリアが破壊する度に、ペコペコして賠償金を払うとか慰謝料を払うとか。悪夢である。
「ないよね」
「ふっ。なんとも言えない」
「行くのやめたほうがいいかな」
「ふふ。日本のことわざに、武士に二言はないとか。吐いた言葉は、裏返らないとかあるらしいな。さて、ユーウが男らしいところを見せてくれるのかと期待しているのだが?」
「……」
今度は、ユウタの方が黙った。
フェンリルにびびっているようでは、最強ではない。たかが、狼。でかくなっても、どうという事もない。まだ、アルーシュが変身したりする方が厄介だ。と、たかをくくるのもいけないけれど。腰が引けていては、見栄えも悪い。もうシャルロッテンブルクの領主なのだ。一声出すだけで、沢山の人間を動かせる。一国一城の主くらいにはなれているだろう。
転移門を開けばすぐなのだ。事前に、場所の方は調べてあるのだから。ぱっといってまたアキラの修行でも手伝わないといけない。彼は、弱すぎる。とても強奪スキルの持ち主と言いがたいくらいに。狂信者たちも成敗しなければならないし、とにかく忙しい。フィナルが手伝ってくれているので、お菓子かお茶か奢らないといけないだろう。日本人の手を借りて、石鹸を再現してみると売れた。
フィナルにもエリアスにも好評で、泡の出る石鹸がようやく完成したのだ。植物性の成分で、石鹸が作れれば、またエコにもいいし金にもなる。紙を作る会社をペダ村からシャルロッテンブルクに本社を移したり。石鹸を作る会社を設立したり。米を魔術なしでも育つように、改良を加えたり。色々と、やることが盛りだくさんとある。
だから、王都にいってセリアの父親に会うというのは、意味があるのか。あるといえば、あるし。セリアの国をどうにかしようとするとどうしても国王の力が必要だ。なら、直談判でもしなければならない。というのも、クラブを一気にどうにかしたい。南西部から湧いてくるクラブの軍団が、邪魔だ。セリアと一緒になって掃除してもいいが。
人が成長しない。
(自分たちでなんとかしないと、成長しないよなあ。俺とセリアがやってもいいんだけど)
それだと、結局のところユウタとセリアがいればいいということになる。自分たちの手でなんとかしてもらわなければ、いけないのだ。人は、自分の足で立って歩く生き物なのだから。アレインとシーラムがつぶらな瞳で見ている。こんな時期が、己にも有ったのだろうか。そんな純真な、無垢の瞳で見つめられて。後退するわけにはいかない。
意を決して、転移門を開く。入る前に、確認をする。
出た先に、獣人はいないようだ。王城は、ごつごつとした岩の中に洞窟を通って入るという。原始的な洞窟じみた城だ。王城に向かって歩きだした。城門に近寄ると、獣人の兵士が立っている。セリアが、とことこと近寄ると。
「これは、姫様。おかえりなさいませ。後ろの方々は?」
「む。将来の夫と、小間使いだ」
「ほほう。しかし……いえ、なんでもございませぬ。姫様の事、お考えがあってのことでしょう。少々、お待ちください。姫様の帰還をお知らせしなければ。この場で、お待ちください」
「いや、入るぞ」
門番が慌てて、追いかける。しかし、セリアを止められない。いい体格をした獣人の門番なのだが。鎧は、着ていない。服も布の服を被ったような代物で、もうしわけ程度の服だ。これで、王都だというのだから酷い話である。中に入ると、犬臭い。そして、臭い。糞の臭いだ。通路を見ると、どこそこに糞がしてある。
(んじゃ、こりゃああああ!)
冗談みたいな話だが、ウォルフガルドの王城は通路に糞がしてある。どうして、こうなっているのか。それともユウタの頭がおかしくなって、通路に糞がしてあるように見えるのか。訳がわからず、セリアの後を追うと。そこかしこで、水音がする。ばちゅんとかぼちゅんとか。立て付けが悪いのか、それとも洞窟だけにあけっぴろげなのか。
(そもそも、ドアとかない。とか? まさかなあ)
洞窟の中をおっかなびっくりで歩くアレインとシーラムは、よくわかっていないようだ。歩幅をセリアは、シーラムに合わせている。気が回るのか。そんな事もあるのかというくらい珍しい。そこに、
「この音は、何の音でしょうアレイン」
「え、えっと。僕にもわかりません」
シーラムが、アレインに尋ねる。次いで、金髪を弄り目をきらきらさせて聞いてくる。
「ユークリウッド様は?」
「僕もわからないです」
本当は、わかる。この音。どうみても、それの音だ。わかる人には、わかる。しかし、なんと説明していいのか。セリアは、素知らぬ顔で奥へとそして上へと進んでいく。警備の兵と思しき獣人に会うと、それらは飛び上がらんばかりに目を剥いて上に戻ったりする。もしくは、来た方向へと脱兎の勢いで駆け出す。一体、何がそうさせるのか。わからないけれども。王族だからだろうか。と、
「ふっ。ここだ」
最上階であろうか。城をすり鉢状に上がっていった先には、一際大きな扉がある。その中でもやはり水音がしている。中に入ろうとすると、
「何! 娘が帰ってきた? どこだ。はっ、もう向かっているだと。馬鹿者、早く支度を」
「入るぞ」
やけに、声が野太い。
入るぞって。セリアに問いかけようとしたが、そのまま中へと入ってしまう。扉は、重そうなのにあっさりと開いていく。中には、赤い絨毯の引かれた玉座の間があった。左右は、洞窟にも関わらず灯りがついている。ぼんやりと輝く鉱石のようだ。武官なり文官が控えているのかと思えば、誰もいない。奥の間からは、布をこする音が聞こえる。
しかし、
(くさっ。鼻が、曲がりそうだ。獣人たち、これに慣れきってるのかよ。ありえねえ)
臭い。
そして、出てきたのは金色の狼耳をした獣人だ。とても筋肉質。全身を金色の獣毛で覆われた獣人だ。特徴的な部分は、その威圧感だろうか。セリアの後ろに控えるアレインとシーラムは縮こまっている。
いつでも殺しにくる、そんな雰囲気なのだから子供には凶器だろうに。獣人は、頭の上に王冠を載せていた。この獣人が王様と見ていいだろう。顔立ちは、カイゼル髭でも似合いそうな男だ。
「おお。セリアよ、よくぞ帰った」
「ふん。父上」
セリアの目が釣り上がった。怖い。
セリアに男が近寄ろうとするが、セリアはいきなり男の鳩尾に崩拳だ。渾身のボディーブローにも見える。そのまま、足をとって逆エビの体勢に入る。体格差があるのに、決まっている。体重とか、関係ないのか。激痛に男が、床を叩く。
「ぎゃあああ。セリアぁ? いた、痛い。ギブ、ギブ!」
「ふっ。父上。今日は、ユークリウッドが来ると言っておきましたよね。私は、確かにそのように申し上げたはず」
「すまん。でも、抱擁をよけてこれは! 痛た」
どうやら、親子でプロレスが好きなようだ。プロレスが好きなら、親子でやってほしい。不意をついて、己に仕掛けてくるのは止めて。男は、立ち上がると。
「ふん。俺は、ウォルフガング。そいつが、ユークリウッドか。モヤシじゃないか。チビだし、セリアの婿にはもっとふさわしい男を選んでやろう。そいつじゃあ、駄目だ」
「ふふ。ユーウ、こんな事を言っているが?」
「いえ、その通りです」
ウォルフガングは、怪訝な顔した。
「ん。てめえ、根性がねえのか?」
「いえ。認められないというのなら、仕方がないです。出直すしかないでしょう。それとは、別にお話があるのですが」
「力を貸せってんなら、却下だ。お前らでなんとかしろ」
「これを、見てください」
手にとったのは、白い物体だ。人の悲嘆でできた肉であり、骨の髄でもある。暗黒の魔導でもって人を苦しめんとする、邪教の徒にでも道を踏み外したのか。それを探るのには、国王に聞いてみるのもいいだろう、と。
「知らんな。ただ、そいつはろくなもんじゃねえ。魔界の住人でも関わってんのか。そんな感じだな。それよりも、セリア。今のうちから、婚約者を決めておいた方がいいな。俺もそろそろ歳だし、天界に行くのも悪かねえ。で、後を継ぐのはお前しかねえと思ってる。だから、ふさわしい婿を連れてきてくれ。皆が納得するような、な」
ウォルフガングは、およそ国王のイメージからは程遠いような。
(脳筋の獣人さんか。これじゃあ、こんな国になるわけだぜ。こりゃ駄目だ)
そんな獣人だった。着ている物も、それらしくはあるが。布を赤くそめて、ガウンのように仕立てあげた。そんな代物で、玉座に座るようではいけないのではないか。しかし、左右に家臣と思しき獣人たちも同じような格好をしている。こちらはガウンですらなく。腰巻きに皮のベルトを挿したような風体で、獣毛も豊かな上半身を晒していたり。そんな格好なのだから、ミッドガルドにいいようにやられて何もできないのだろう。
そんな父親に、セリアは、
「ふっ。父上は、弱い癖に何を言っているのだ」
「何?」
「ふん。真っ昼間から、子作りに励むのは如何なものか。これでは、人間を馬鹿にできないぞ。ああ、うん。私に勝てる獣人がいれば、そいつを婚約者にしよう。ただ、勝てる奴はいるのか? 我こそは、フェンリルたらんとするなら何時でもかかって来ていい」
万が一。ありえるのではないか。
(なんて、面倒な事を。巻き込む気は満々だよな……)
どよめきが、生まれる。ぞろぞろと、玉座の間に獣人が集まり始めた。アレインとシーラムは、のほほんと周囲を見ている。ただならぬ事態なのに。家臣の1人が、前へ出る。
「姫様。姫様と一騎討ちという事でよろしいか」
「ふっ。ただし、我こそはと言うものはまとめてかかって来ることだ。ちまちまと来られるのは、面倒でな。父上。面倒な事は、私が全部引き受けましょう。獣人連合を統一して、世に覇権を問うのもすべて」
すると、ウォルフガングの顔が歪んだ。
嫌な予感しかしない。




