96話 アキラの事情 37-38 (アキラ、マール、ネリエル、ウィルド、グレゴリー、キース、ゴルドフ)
その日は、薬草を採取してから迷宮へと向かった。黒髪に、汗がへばりついていた。隣にはネリエル。彼女は長い黒髪に狼耳を生やした獣人だ。迷宮で、狩りをしていると気になる。
「薬草って、なんで栽培しないんだ?」
「おかしな事を聞くな、お前。それは、森の魔力を集めて成長するからだろう。魔物もまた強力な魔力を発している。対する町というのは、魔力の濃度は希薄だ。森に比べての話だけどな。付け加えると。この話は、長老たちの受け売りだから本当なのか嘘なのかははっきりしないぞ」
「餓狼饗宴に、薬草が生えてるといいんだけどな。そう容易くないってなあ」
そう。栽培した方が楽にきまっている。
残念だ。本当に残念。アキラは、ぴんときた代物をロメルやユークリウッドに提案してみるのだが芳しくない。大概の物が、やられていて。アキラの魔術が下手だというところから、剣士しかないようなビルドになってしまっている。餓狼饗宴では、逃げ回りながら戦うというのが戦法になりつつある。というのはーーー
「食らえ!」
投石で、ウルフを牽制する。すると、先頭の1匹が突進してくる事が多い。それを殴って倒すかそれとも斬って倒すか。そのどちらかだ。魔術が使えないのが、あまりにも痛い。ファンタジー世界の恩恵を全くあずかれていない状態である。
ネリエルもアキラも前衛なのだ。範囲攻撃がないので、1匹ずつ倒すしかない。しかも後ろに回り込まれると、死を意味する。入り口から入って、すぐのところでお茶を濁していた。クラブから奪ったスキルを試すのだ。スキルを試すのだが、【再生】はギャンブル過ぎた。【振り下ろす】は、剣の振りが多少早くなっているような。そんな気がする。
【切断】と【振り下ろす】は、剣技に影響を与えているようだ。【泡を吐く】は、効果が無いような。クラブの場合は、強力な酸性の泡を吐いてきたりするが。アキラの場合だと、ただの涎が泡になっている。【挟む】というのも盗れたのだが、こちらは【挟む】を使用する剣などない。【掴む】と【挟む】と【切断】を組み合わせると、なかなかに強力そうだ。
ここまでか。
「後ろだ。撤退しよう」
「おう」
後ろに出現するウルフをネリエルに任せて、アキラが前を相手していたのだ。数が増えて、捌ききれなくなれば逃げるしかない。入り口の部屋は、扉が作られている。ウルフたちが追いかけてくるので、必死に走って扉を開けて、また閉めた。
「こりゃ、やっぱ魔術師が必要だな」
「それを言うと、回復魔術の使える僧侶か神官が必要だ」
「けど、この国ってそいつらがほとんどいないじゃん。どうするんだよ」
「それだ。私がユークリウッドに身売りする意味がそこにあるんだ」
どうやら、ウォルフガルドには回復魔術が使える人間が少ないようだ。狼神を奉るが、その神は破壊を意味するらしい。当然ながら、というべきか獣人たちは回復力には優れているようだ。ウルフから受けた攻撃が擦り傷や噛みつきによる傷もすぐに治ってしまう。ネリエルもその例に漏れず、多少の怪我はものともしない。
アキラはというと、無傷。怪我なんてしたら、回復できる保証なんてどこにもない。回復の魔術を習うべきか。後衛がいないのだ。【鑑定】でぎりぎりまで魔力を使ったり、炎の魔術を使ったりしていはいる。してはいるが、それでも大怪我をすれば是が非でも回復が使える魔術師か或いは僧侶系が必要だ。治癒術士もいいだろう。
入り口の部屋には、冒険者の男たちがたむろしていた。無精髭を生やしているが、どいつもギラギラとした目をしている。数は、10人だ。かなり多い。女が2人いる。それなりに顔立ちが整っている獣人だ。
小人族ことコビットの姿もある。身長が50cmくらいしかない。コビットを雇うには、金がかかる。パーティーに入れているなら、それなりに経験を積んでいるのだろう。どうやら、腕の立つパーティーらしい。その内の1人が声をかけてきた。手には、槍を持っている。
「あんた。アキラ・イトウか?」
「そうだけど。なんか用なのか」
「ああ。俺は、ベルベット・ミシェール。見ての通り、獣人で槍士だ。今から潜るんだが、一緒に行かないか」
「いや、俺たちは一旦帰る事にするよ。皮も肉も結構取れたしな」
アキラたちは、入り口の部屋にウルフの死体を運び込んでいた。酷い有様だが、台車に乗せている。仕方がないのだ。アイテムボックスもなければ、収納鞄もない。アキラたちにできる事といえば、倒した魔物を回収して台車で運んで売る事だ。これが、かなり手間をくう。荷役にコビットを雇えれば、時間を短縮できるのだがーーー
「そうか。警戒されているようだね。俺たちは、アキュさんのとこに所属している。良かったら、そっちに話をしてくれるといい。強力なスキルを持っているとかいう話だし、俺たちも仲良くしたいからな」
「ベルベットは、良い人なんだな」
後ろにいる獣人が、飲み物を吹き出した。けっこうなツボだったらしい。アキュの名前が出てきた。ユークリウッドの事務所に顔を出す禿げのおっさんだ。モテモテなのが、気に障る。あれで、若いとか。嘘だろう。アキュは、クランを大きくしているのか。受付嬢から聞いた名前が、ここで出てくるとは。意外だ。
それを知っているのか。ベルベットは、慌てているのか。顔を赤くしている。
「いや。普通だろ。むしろ、冒険者同士で殺し合いをしている方が異常なんだって。だって、この迷宮は大して儲からないからな。行くなら、王都の迷宮だ。そっちの方が危険も高いが、収入にもなるからな。アキラみたいな腕のある冒険者なら場所を変えるのもいいんじゃないか?」
「いや、俺は初心者ですよ。まだまだ、精進しないといけないですわ」
「そっか。引き止めて、悪かったな」
ベルベットがパーティーに戻ると、一行は出発するようだ。魔術師に治癒師といった人間がいるようだ。白いローブを着ているのが治癒術をよくするというのは、最近になってわかってきた。魔術だと、黒いローブを着ている人間が多い。コビットは、この2つであることが多いのでコビットを勧誘するのも悪くないだろう。
荷役にもいい。
ネリエルと一緒にウルフの死体を満載した台車を押して帰る。朝一ででてきたのに、帰ろうとすると昼だ。しかも移動に、結構な時間がかかる。ゲームだと、すいすい動くがそうはいかない。台車を押すのも、かなりの力が必要で。帰路は、どちらかが戦えるだけの体力を残しておく必要がある。
「なあ」
「どうした、ご主人様」
「俺が主人で、不満か?」
前で、台車を引っ張るのがアキラなのでネリエルの顔は見えない。
「そうだな。最初は、雑魚だと思っていた。今は、少し違うな」
「そうか」
「意外に、骨がある。すぐに物乞いに走るかと思えば、そうではないんだな」
「まあな。俺だって、プライドってもんがある。けど、辛いな」
台車を鳥馬に引かせれば、ずっと楽だ。それに、収納鞄なりアイテムボックスなりがあればもっと楽だ。移動するのも、早く帰れる。行き帰りが早ければ、もっとクエストをこなすことができるだろう。そうそうにはいかないけれど、アキラはクエストをこなしているつもりだ。
【依頼】 採取 ウルフの皮を剥ぐ。冒険者ギルドに納品。
【期限】 4月~末
何回でも受けられる系のクエストだ。ユークリウッドに頼らないように、クエストをやろうとすると本当に大変だった。皮のクエストもあるが、
【依頼】 討伐 ウルフを倒せ! 肉は冒険者ギルドが買い取り。
【期限】 4月~末
クエストの中では、やりやすい方だ。フィールドには、クラブが押し寄せてくるので迷宮で力をつけるしかない。アキラとネリエルだけでは、クラブは手に余る相手だ。特に、クラブは強烈なのが混じっていたりするので。いつでも、死んでしまえる。死ねば、マールとエッチな事ができなくなるので死ねない。安全牌なクエストを受けて、地道に能力を上げていくのがいいだろう。
ウルフから盗れたスキルは、【噛みつき】に【タックル】、【飛びつき】。【噛みつき】は、ちょっと無理だ。【タックル】は剣士でも使えるかもしれない。【飛びつき】は【噛みつき】と連続で使用すれば、効果があるかも。どれも、初級のスキルだろうか。使えるスキルのようには見えないのが、残念だ。
「そういや、さ」
「ん」
「ネリエルのスキルって、どうなの」
「スキルか。それ自体は、自分でも強いのを持っていると思う。特に、【獣化】を使用すれば傷が再生するからな。【自動再生】とは別個に、腕が無かろうが生えてくる。【咆吼】も自分と相手のレベルによるが萎縮させる効果がある。相手が上回っていると、逆に注意を引きつけるというのに落ちるけれどね」
口調が柔らかくなったような。ネリエルも悩みはあるらしい。
「魔術は、使えないのか」
「獣人は、肉体に頼る事が多いからな。術者の多いミッドガルドとの戦闘は、戦いにならない。魔獣も豊富に飼いならしているいるし。国王陛下が戦闘で圧倒するのが、この国の戦闘なのだ。魔術は、軽視されていたな」
国王自ら戦場にでるとか。アキラの知る戦争だと、後方に控えているものだ。戦国時代を連想してしまうのだが。ウォルフガルドは、違うようである。国王が最前線にでて、戦う。どういう戦争なのだろう。最も強いから、戦場にでてくるのかもしれない。だが、魔術を軽視するとは。理解が、及ばない。治癒魔術が重要なのは、誰にでも分かりそうなものなのだし。
修正しなければ、いけない。
「今から、それを直すのか?」
「直そうとしている。だな。長老たちも、考えを改める必要がある。という認識を持つ者もいるが、大多数ではない。だから、長の系譜である私に白羽の矢がたったのだ」
「なるほどなあ。支配部族っていっても、その立場を守るのに汲々としてんだなあ」
ネリエルにも事情があるようだ。アキラにも事情がある。できることなら、この世界で、名前を上げたいに決まっている。ハーレム王になりたい! というのは嘘ではないし、誰だって憧れるだろう。男なら。残念な事に、アキラの元にはまだ1人しか嫁がいないけれど。ゆくゆくは、100人くらい揃えたいものなのだ。
ただ、アキラの大事なものが持つかどうかが問題で。若いから3回までは、いける。歳を取るとそんなにいけないかもしれない。耐久力がないのも問題で、マールとしているとすぐに発射されてしまう。頭は毛が薄いし。性欲は、あるのだけれど。
「(かわいい子が多いんだよなあ。大変だぜ)」
精力剤も必要だろう。ただ、ユークリウッドが手をつけていない事を願うばかりだ。手をつけているなら、それはそれでラッキーだけれど。
道中では、魔物に出くわす事もなく。南の端で、冒険者の1団が移動しているのが見えるくらいだった。町の外縁部が拡張される格好になったラトスクの町。外縁部から出てくるパーティーが見える。どこかで見たパーティーだ。先頭に闊歩するのは、金ピカ鎧をきた少年だ。アルーシュのぱちものである。隣には、渋い中年の騎士がついている。
「あいつ。知ってるか」
「ご主人様は、知らないのか。あれは、帝国の皇子で名前はウィルドという。獣人連合とは敵対している皇子とはいえ、客だからな。丁重にもてなすのが、国というものだ」
「へえ」
隣にいるのは、グレゴリーというらしい。腕の立つ騎士だとか。後ろの護衛も、名前を知られた騎士でゴルドフとキース。2人を含めてグレゴリーも合わせると、セプテントリオンが3人という話だ。
「そのセプテントリオンと皇子様は、なんだってこの国に用があるんだ」
「ユークリウッド様と因縁があるらしい。セリア様が言っていたから、確かな話だろう。ウィルド様は弱いというが、それはセリア様の目線で語るから弱いのだろうよ。腰に下げた武器は、神気を発しているからミョルニルハンマーだろうな」
ミョルニルなのミョルニルハンマーなのか。どっちなのかが気になる。細かいようだが。
「襲いかかってきたりしないよな?」
「帝国の皇子だぞ。そんな真似をして、国に泥を塗るような真似をしたりはすまいよ」
ネリエルは、楽観視しているようだ。が、アキラにはとてもそうには見えない。どう見ても、喧嘩の早い小僧に見える。歳の頃は、アキラよりも下だろう。背丈は、ずっと低い。アキラの身長はグレゴリーにも負けていない。
日本人では、かなりの長身だ。高校でも、後ろの方だった。髪の毛が薄かろうとも馬鹿にされないのは、背丈のおかげだと思っている。
禿げに罪はない。
「近寄ってくるな。この方向だと、迷宮に行くのかね」
「なるほど。皇子の武者修行という訳だな。ただ、帝国の誇るセプテントリオンを3人も貼り付ける意味があるのかどうか。問題だろうに」
「そんなにすごいのかよ」
「ああ。帝国軍のセプテントリオン。いうなれば、一騎当千の将だ。帝国でも、指折りの剣士で術士かスキル持ちしかなれないという話だそうだよ」
どんどん近づいてくる。道の幅は、狭い。が、台車に魔物の死体を載せているので避けるのは難しい。そして、
「どけ」
「すいません。今、どかしますんで。お待ちになってください」
アキラとネリエルで、台車をどかそうとするが。重い。あまりにも重い。斜面に差し掛かると、自重で転がっていってしまいそうだ。
「いつまで、待たせる気だ」
「もう少しだけ」
「殿下。避けて、差し上げましょう。難儀をしている民に、にべもない態度は流石に」
黒い鎧を着たグレゴリーがウィルドを諌めるが。
「五月蝿いやつだ。退かない方が悪い。ここは、天下の往来だろうが」
「しかし」
「くどい。どかないのなら、どけてやろう。そら」
ウィルドは、グレゴリーの制止を無視して腰にある槌を手にした。
「殿下!」
槌から、電撃がほどばしる。それは、一瞬で魔物の死体を積んだ台車の車輪を破壊した。支えきれなくなった台車が斜面をアキラと一緒に滑る。何が起きたのか。アキラにはよくわからなかったが、車輪が弾けたのだけはわかった。ネリエルが、ウィルドに食ってかかっている。後ろに控えていた男のような女が、ネリエルに武器を向ける。刺突剣か。
不味い。アキラは、必死になって走った。
「ネリエル。止めーーー!」
スローモーションのようだ。間に合わない。ネリエルの胸に、女の刺突剣が刺さる。
「え……」
目の奥が白くなった。




