95話 アキラの事情36-37 (アキラ、マール、ロメル、受付嬢)
「アキラ様。起きてください。朝ですよ」
「んお……」
もう朝か。アキラは、セリアにぼろぼろにされてユークリウッドに手当てを受けた。弱い。弱すぎる。銀髪の幼女に逆らえないとは。攻撃を見切るとか、そういうレベルではなくて。気がついたら食らっているという有様だった。アキラは、剣を構えていたというのに気がつけば剣を握られているという。黒い剣は、アキラが迷宮で手に入れたマジックソードなのだけれど。セリアにはまったく意味がなかった。
剣を振る側に問題がある。
「朝ごはん。できてますよー」
「わかった」
スズメがちゅんちゅんと鳴いている。異世界らしからぬ音に、ねぼけた眼をこすると。ふかふかのベッドから体を離す。
「きゃ。アキラ様。駄目ですよ。見えてます」
「あ」
アキラの前がもろだしになっている。マールは、恥ずかしがっているようだ。昨日も散々にやったというのに。慣れてしまっては、新鮮味も無くなってしまう。アキラは、立ち上がるとキスをした。少しばかり、時間が立つ。マールの舌は、とても柔らかくアキラを満足させる。
「今日もいっちょ頑張りますか!」
「はい。でも、下は履いたほうがよろしいかと」
「忘れてた」
マールに言われて、慌てて衣装をかけている場所に向かう。ウォルフガルドには、クローゼットなどない。むき出しの格好で、干されていた。しまうのも、アキラが考えたくらいだ。そもそも、獣人には衣装をあまり着る習慣がないらしい。上が白い布だけで、下も似たようなものとか。現代に生きたアキラにはなれない様相だ。まあ、下が素っ裸のアキラに獣人を言えた口ではないけれど。
アキラが、着替えて下に降りて行くと。そこにはマールが忙しそうに片付けをしていた。どうも、女たちが宴会をやったような光景だ。マールはアキラの奴隷であって小間使いではないのだが。そうも言っていられないようだ。ユークリウッドの事務所を片付ける人間が居なくなってしまう。ロメルは、まだ出てきていない。
ならば。
「ちっと、朝一で冒険者ギルドに顔を出してくるわ」
「はい。いってらっしゃいませ。ご主人様」
悪くない。高校生だったから、女には飢えていたし。承認欲求も強かった。異世界にくる段階で、神いう存在にチート能力を授かったのだから尚の事。勇者として、一旗くらい上げてやろうという気持ちがなくもなかったのだ。今では、すっかりしぼんでしまっているけれど。早朝だからだろうか。獣人は、まだ起きている者もすくないようだ。
が、出た瞬間はびびった。
後ろでに、ユークリウッドの事務所の前を見る。そこには、とんでもない数の獣人が列をなしていた。どういう事であろうか。日に日に、数が多くなっているような。そして、その獣人たちには何かがある。しかし、パッと見てアキラにはそれがどうしてなのかわからなかった。前を向く。冒険者ギルドの支部がそこにある。
ラトスクの町には冒険者ギルドがある。アキラが見ると、酒場のような場所だけれども。その内の1つが支部としてユークリウッドの事務所がある場所の近くにある。扉を開けると、そこは見違えるような風景になっていた。まるで、銀行のように整然としている。西部劇にでてくるような、或いはゲームででてくるような。そんな酒場じみた場所が。
「(どうなってるんだ)」
昨日は、そんなではなかった。まるで、魔法でもかかったかのようだ。大量の木材がおかれている。板を剥がしたようだ。壁が、つるつるの物に変わっている。床もぴかぴかだ。カウンターの方に行くかどうか迷っていると。壁に張り紙がある。それを見ている冒険者が、
「クラブの依頼が終わっちまったのかよ。残念だぜ」
「ああ。でも、しょうがねえって。皆があれやったら、すぐに片付いちまったじゃねえか」
「だなー。おかげで稼がせてもらったけど、あんな美味い依頼なんてないよなー」
「朝っぱらから娼館にでもいくか!」
「おうよ」
どうやら、クエストは終わってしまったようだ。冒険者たちが、去っていく。残っているのを見ると、迷宮の依頼だ。
【依頼】 採取 餓狼饗宴地下1階ボスの皮を剥いで持ってくる事
【期限】 4月~末
ユークリウッド頼みになる。却下だ。
【依頼】 採取 薬草を採取してくること。森でも平野でも迷宮でも可
【期限】 4月~末
これしかない。
ユークリウッドの力をアテにしていては、駄目だ。ゴブリンやオークを倒せ! というような依頼もあるのだが、探すという事になると面倒だ。採取したついでに遂行するくらいでいい。餓狼饗宴には、ウルフばかりが出現する。その為、平野か森にいって狩りをする必要がある。狩人とフィールドがかぶるのではないか。
などということをアキラも考えたのだが、会ったことがない。つまるところ、熟練の狩人が雑魚を相手に戦うという事もないのか。おそらくは、強力な魔物を相手にしているのだろう。狩人ギルドも、それ相応に立派だ。冒険者ギルドと同じように見る事はできない。
(薬草は何回でも受けられるんだよなあ。けど、狩人ってどこいるんだよ)
狩人ギルドにいるに決まっているが。それでも遭遇してもおかしくないのだ。冒険者ギルドがしょぼいのかもしれない。少なくとも、アキラのレベルでは到底倒せないような大物と渡り合っているのかも。と、想像するだけでわくわくがとまらない。取りも直さず、依頼を受付で受けると。
「アキラ様は、薬草クエストを受けられておいでですけれど。何かお困りではないですか?」
「あ、うん」
しかし、金が無いなんて正直に言ったものか。
「ええと。なんか、金になりそうなクエストはないですかね。できれば、ソロでもできそうな奴」
目の前の受付嬢は、ピシャっとした制服を着ている。青い上着が学生服にも似ているというか。いつもいた酒場のウェイトレスとか剥げのおっさんとかいうギルド職員はどこへ行ったのか。定かではないが、模様替えがあったと見ていいだろう。冒険者ギルドのそういった部分が変わるのは、アキラとしては嬉しい限り。
小さな白い帽子を被ったお姉さんがいう。
「そうですねえ。アキラさんは、地味にクエストをこなしている方ですし。等級上げのは確実でしょう。Fランクからは、まともな依頼も受けられるようになります。ちなみに、ウルフの皮はぎクエストはどうですか」
ユークリウッドがいなくては心もとない。アキラは、ソロなのだ。しかも、剣士で範囲攻撃もないような状態。マールを連れてければいいのだが、さて。
「実は、俺のパーティーなんですが」
「今日は、お一人様ですね。お連れの方は、どうされたのですか」
「えっと、マールは家事があるのでペアになります」
「そういった事情が、あるのですね。わかりました。こちらで、冒険者の方を紹介いたしましょうか。ご一緒にクエストを遂行するというのも、ありかと。ですが、これも選択です。あえて、ペアで潜られたほうが良いという方もいますので。無理には言いませんが」
渡りに船だ。しかし、ネリエルのレベルは高い。アテにしてもいいのだろうか。アキラは36で、剣士。ネリエルも、レベル55の獣戦士だ。餓狼饗宴のレベル帯というのは、一体どのようになっているのだろうか。
「えっと。ですね。餓狼饗宴って、どんな人が潜るんですかね。レベルとか」
「あ、そうですね。推奨は、きりがないレベルです。1でも切り抜ける人はいますし、30でも死ぬ方もいます。50の方で構成されたパーティーでも、腕や足を失って引退を余儀なくされる方も。知っているかと思われますが、体をなくすのは非常に危険です。足だとろくに動けなくなりますし、ただ……今はちょっと違ってきてますね」
「?」
間があった。どういう事だろう。アキラも、足や手を失ってしまえば引退だろう。強奪のスキルは強力だが、回復魔術が使える訳ではない。手足を失って、途方にくれる冒険者の獣人を何人も見てきた。だからか、物乞いで獣人が座っているのを見ると切なくなる。
結局。アキラは、紹介してもらう事なくカウンターを離れた。紹介してもらう名簿を見たが、どれも腕の立ちそうな人間のように見えたからだ。治癒師ペディ・キッド、魔術士エリカ・ピース、弓手ガウ・ギャルガー、槍士ベルベット・ミシェール。こちらが、ネリエルとアキラの2人。前衛が3に、後衛が3。悪くないチョイスだ。
だが、
「ありがとうございましたー!」
「そうですか。気が向かないなら、仕方がないですね」
受付嬢は、優しげな眼差しを向ける。情けないが、悔しくもある。尻込みしてしまうのは、ネリエルのレベルが原因だ。主人よりも奴隷の方が高いとか、主人失格。それどころか、外を歩いているのも恥ずかしいくらいだ。とはいえ、
「(戻るかねえ。おっと、あれは?)」
赤いマントに黄金の鎧。アルーシュに似た格好をする少年が歩いてくる。冒険者ギルドに入っていこうというのか。顔つきは、というより目つきがきつい感じのやんちゃ坊主といった風だ。隣に控える巨漢と後ろには、そのまた同じように立つヤカンを被った騎士。と、ボーイッシュな髪をした少女が、皮鎧を着て警戒している。
「(アルーシュ様と同じ、趣味かよ。金ピカが好きな奴って、意外にいるんだな)」
近寄ってくるにつれて、アキラは距離を離した。接近すると、良くない事が起きるような気がしたのだ。そして、金髪の少年が腰に下げる槌に目がいった。明らかに、ただの武器ではない。【鑑定】を使用すると、【ミョルニル】とか出てくる。掘り出し物だ。倒して、奪いたい。しかし、隣にいる巨漢の男といい後ろの2人といいただの騎士でない。
アキラには、手に負えないだろう。
「(強そうだ。俺、よりも。4人かよ)」
腰に下げた剣も、マジックソードだがーーー
「(あれは、伝説級の武器か。いいねえ)」
無理やりにでも欲しい武器だ。迷宮に潜って、手に入るかどうか。そんなレアな武器を持ったまま、少年たちの一行はギルドの建物に入っていった。
「(妬んでもしかたがねえ。さっさと強奪スキルでスキルを取りまくってやるぜ! ひょっとしたら、進化するかもしれねえし。金を稼がなくっちゃな!)」
事務所に戻ると。
「おや。おはようございます。アキラ様。くっくっく。どうしたのです、鳩が豆をくらったような顔をして。間抜けですよ?」
「おはようございます。……うっせ。ロメルも様は止めろよな。どうせ、強奪の勇者様とか言ってんだろ。うぜええ。それよりも、マールを置いてやってんだ。金くらい寄越せよ」
「ほう。目ざとい」
ロメルは、そろばんを弾いた。
「そうですねえ。マールさんの働きと、ネリエルさんの食費で相殺といったところでしょうか。あ、宿泊費は、込みにしておきましょう」
「ばっ、それじゃこっちに釣り合いがとれてねえじゃんか」
「いえ、このような物ですよ。朝昼晩と、食事付きで風呂も有り。買い取りまでしてもらえる。いたれりつくせりだとは思いませんか。後は、アキラの頑張り次第じゃあねえの。お膳立ては、済んでんだからな」
後半の口調が元に戻っている。とはいえ、ネリエルとアキラ。この2人で潜るのに、不安がある。外の行列は、今も減らない。順番を待っていた人間が横にずれて、待っていた。ふと、何かが気になった。それは、
「あ。わかった」
「わかりましたか。おバカな貴方でも」
「いや、外の」
「ああ、彼らですか。ユークリウッド様かそれを目当てにくるフィナル様をお待ちになっておられるのでしょう。彼らにとってみれば、まさに現人神ですからね」
腕が、ないとか。それを治す事が可能なのだろうか。
「腕、ないのに治せんの?」
「ええ。でなければ、行列を作ったりなんてしないでしょう」
「いや、俺の知っている回復の魔術ってさ。怪我でも、ええと擦り傷とかそんなのを治すくらいだし。大怪我とか、無理なんじゃないのかよ」
「ええ。でなければ、女神教徒が増えたりはしないでしょう。彼らは、狼神信仰を捨てろとはいいませんから。どっちを信じてもいいという話ですよ。実に、都合よい話ですね。私は、お恥ずかしながらフィナル様を疑ったりユークリウッド様を馬鹿にしていたりしました。ええ、実に腹立たしい人間で日本人ならセップクです」
ロメルは、チンピラから執事になろうとしている。その奈辺がそこにあったとは。ネリエルが、上の階から準備を整えた格好ででてきた。食事は済ませたのだろうか。ロメルは、さっさと手元の書類に視線を戻している。
「飯、食った?」
「ああ。今日は、どこへ行くのだ」
「そうさねえ」
事務所からネリエルと一緒にでると。外は、まばらに雨が降り始めていた。だというのに、誰もどこにもいかない。配給をもらう人間は、配給をもらう列に並んでいるのに。順番がくると、無念そうに後ろにまた並ぶのだ。
「あいつら」
「あれが、獣人冒険者の成れの果てだ」
ネリエルは、そっと瞼を細めた。不味い。瞼の後ろに、不覚にも汁がじわじわと出てくる。
「なんだ。泣いているのか? 何故泣く。人間のくせに」
「ああ」
返事ができない。できる事なら力になってやりたい。だというのに、アキラには力がない。
森を目指して、全力で走りだした。喉から力の限り叫びながら。
「(強奪。なんだよそれ。はは)」
獣人たちがおかしなものを見る目で見ていた。




