92話 強奪さんの事情30-35 (アキラ、アルーシュ、ユウタ)
「まさか、ハイディングとか。透明化じゃねえか」
アキラは、事務所の前でスープをお椀に注ぎ足しながらマールに愚痴をこぼす。
「そんなにすごかったんですか」
「ああ。凄えっていうか、あんなの使えるんならそれだけで迷宮が制覇できちまうわ。つっても魔力の消費が激しいらしいから、維持するのは短いらしいけどなあ」
隣では、マールがせっせとお椀を回収して洗っている。アルーシュは、紛れも無くチートキャラの部類だ。まさか、炎の剣から炎でできた分身が出来上がるとか。それでもってボスをタコ殴りにできるとか。チート過ぎて、唖然となった。ユークリウッドは、ユークリウッドで全員と手をつなぐだけで隠れるというスキルを使えるとか。
(ボスがゴミのようだったな)
盗賊か斥候しか使えないのではないのか。透明化というだけで、邪な欲望が湧いてくるのは自然な反応だ。分身を生み出すアルーシュとその本体と一緒に隠れるユークリウッド。この2人を打ち破るのは並大抵のことではない。それを考えて、まず難しいという判断に至るのだけれど。これが、無理だといって諦めるしかないのか。
(どうやっても無理じゃん。あんなの相手にできねえって)
マールは、昨晩も激しくやってしまったせいか動きがぎこちない。エリストールやティアンナといった美女は、中でのんびりしていたりする。マールものんびりさせてやりたいのだが、どっちかが働かないと食っていけない。ネリエルは、買ったといってもいうことを聞いてくれないのだ。主人としての威厳が不足しているのかもしれない。
飯でも食って仲良くできればいいのだが。
「マール。狼系の獣人は、何が好物なんだ?」
「えっと。確か、肉ですね。ただ、雑食性があるので肉とも限らないのですが。フェンリルであらせられるセリア様だと、質よりも量だという話ですけれど」
フェンリルと聞けば、北欧の魔狼を思い浮かべるのではないだろうか。オーディンを食い殺すという逸話がある。その直後に、顎を引き裂かれて死ぬ訳だが。小さい銀色の毛並みをした子犬は、黙っていれば非常に愛らしい。怒りの咆吼を上げているそれは、とても恐ろしいけれど。アルーシュの分身能力とユークリウッドの透明化。
(馬鹿ならいいんだけどな。同等かそれ以上の頭の具合だと…。詰んでる)
この2つだけでも、倒し難い。そして、頭が悪くないので相手にすれば厄介だろう。アキラは、ユークリウッドには特に面倒をかけている。なので、不意打ちをして倒そうだとか女を寝取ろうだとかそういう事はない。のだが。
金髪の幼女がとことこと側にきた。
「ふん。ちゃんと働いているようだな。ご苦労な事だ。暇はあるか」
「あります」
「ご主人様が、敬語を使うなんて! 雹でも降ってくるんじゃないでしょうか」
マールは、失礼な事にあわあわしている。少し可愛らしい。
(ユークリウッドは、一緒じゃないのか?)
アルーシュに促されるまま、その場をマールに任せて離れる。
道が舗装されていて、中央を起点に四方に広がるように都市が改造され始めていた。
あれっとアキラは思った。何時の間にこんな改装が、されていたのか。
「ここでいいか」
アルーシュは、道路に置かれている長椅子に座った。警備の兵はいないのか。フィナルとかいう女の子もエリアスという女の子も多数の護衛を連れていたのに。アルーシュが王族というからには、護衛がいない方がおかしい。行き交う獣人たちは、それがおかしいとは思っていないようだ。
「何か、違和感を感じているようだな」
「それは、勿論。感じてます」
認識阻害か。或いは変身か。いずれにしてもアルーシュをアルーシュとは悟らせないようだ。そして、意外な言葉が。
「ふむ。それで、貴様はユークリウッドの配下になったのか。そこの所の経緯を知りたい。わかりやすくまとめれば、奴がどこで何をするのか報告しろという事だ」
アキラは、考えた。無理な相談だった。少なくともそれは裏切り行為だ。ユークリウッドは、アキラをかなり信用している。時間が経てば、強奪スキルも返してもらえるかもしれない。今のままでは、雑魚だが雑魚のまま終わるつもりもない。何より、借金を返さないまま死ぬとか人としてあるまじき様だ。
「それは、できかねます。ですが、それで好感が得られるとは思えません」
「む。むう」
「アルーシュ様は、独占したいのですか」
「したいな。できれば、だが。いや…よく考えれば…うー。奴を窮地に追い込むような物か。だとしても、隣に立っているのは私、私達でなければならない」
アルーシュは、独占欲が強いようだ。セリアも嫉妬で噛み付いたのかもしれない。怒りなのか、その両方なのかわからないけれども。アルーシュは、行き交う人を見ながらいう。嫉妬故か。半分になった瞼。それを押し上げながら小さく呟く。
「人として、小さいのは認めよう。こればかりは、どうしようもないのだ。ローテーションでやろうとかいう提案もあるが、私たちの番がセリアと一緒で週に2回とか。くやしい」
「はあ、それは一体どのような。あっ」
嫉妬のようだ。そして、性交か。ユークリウッドは否定する。添い寝かもしれないが。
アルーシュは、花を取り出すとぶちぶちと花びらをちぎりだす。
「言うな。はあ」
「それは、お困りのようですね。夜は、ずっとやっているようだとユークリウッド様もお疲れになるのでは?」
金髪の幼女は、千切り終わった花を捨てた。それから、膝に頬杖をつきながら遠くを眺めている。
面白くないようだ。
「それも、そうか。夜は皆で仲良く寝るようにするか。今のままだと、良くないしな。下手に独占しようとしたのはまずかったな」
「なんかあべこべですね。俺が思うに、そこまで彼に魅力を感じるのがわからないのですけど」
彼は。ATMとして見れば、破格の性能だ。顔も悪くない。が、王族ならよりどりみどりだろうに。女では、選り好みできそうなくらいに。
アルーシュがユークリウッドを好きな理由。これが、今一わからない。幼女は、昔を思い出しているのか。茶をすすっている。子供なのに、緑色の茶をカップで飲んでいる。香りを楽しんでいるようだ。どこからか取り出している。どこなのか。アキラには見えない。
「気がつけば、好きになっていた。それで、十分だろう。ティアンナなんか重たいぞ。独占しようとしたら、ユークリウッドを殺して自分も死ぬとかいうんだ。認めない訳にはいかん。やれやれだ」
「ティアンナさんが、そこまで」
「淫乱ピンク女は、素でユークリウッドを手にしたいみたいだからな。ああいうのは、実はユークリウッドの好みなんだ。胸がでかいだろう? 男は、皆胸に目がいくからな」
アルーシュは、悲しそうに目を伏せた。それだ! とアキラは思った。
「胸は、あっても無くてもあまり大差はないですよ。それで好きとか嫌いとかが決まるようなら、そういう男です。別れた方がいい」
この場合だと、捨てた方がいい。か。アルーシュは、呆れたようにいう。
「はっ。それで、捨てられるなら苦労はしない。というか。捨てられたら、ぶっ殺してやる。と思っているのは、私だけではない。セリアは、よくわからないがな。あれ、澄まし顔で尻尾を振っているツンデレだからか。なんだ、何時の間にか相談しているようになっているな」
「俺でよければ、話は聞きますよ」
「また話が、飛ぶのだが…。ラムネ、美味かったか」
急に話がとんだ。ラムネ、ガラスの瓶を使っていた。美味いのは認めるしかない。それに、きな粉餅。
「そりゃ美味いに決まってますよ」
美味い。ここ、ウォルフガルドでは手に入れようにもできない代物だった。
アルーシュは、いきなりテーブルを取り出すと。そこに件の物体を小さく切った代物を並べていく。
道行く人は、驚いたようだ。いきなり、露店を開いているのだからそうだろう。
「しゅわしゅわで喉越しがいいよな。これも、日本人が作ったそうだ。確かに、美味い。日本人が使える事は認めよう」
「これ、いくらで売るんですか」
「5ゴルか。3ゴルだな」
「へっ?」
「へ、じゃない。貴様は、ウォルフガルドの国民が貧乏なのは知っているのだろう。はっきりいってシグルスは、良い出来だ。が、親は駄目だったという事だ。絞りとるにも程があるというのだな。雑巾ではあるまいし、限度がある。ついでに、経済というのは傾くと傾斜を転がる豚のように転がり落ちていくものだ。ああ、殖産興業くらい知っているか」
すぐに返事ができなかった。
馬鹿にして。しかし、アキラは社会の授業をよく聞いていなかった。いつもテストは50点代だったのだ。今にして思えば、勉強はしておくべきだった。
子供がよってきて、物欲しそうにテーブルの上にある代物を見ている。汚い布を身体に被っているような姿だ。これが、今のウォルフガルドの現状だった。アルーシュは、にこにこしながらいう。
「食うか?」
「お金、ないの」
「そうか。それじゃあ、ちょっとだけ分けてやろう」
手にとった皿から子供の手に渡そうとするが、汚い。
「手を洗った方が良さそうですね」
「そうだな」
「わー。うれしいな」
子供が1人寄ってきて2人寄ってきて。瞬く間に、子供で周囲が埋まる。
アキラとアルーシュの座る長椅子とその周りには、子供が沢山集まってきている。どれも犬耳か丸っこい猫系の耳をしてた。
アルーシュは、桶を取り出すと。手から水を桶に入れる。魔術か。手がぼんやりと輝きを放っていた。
「これで、手を洗ってから食べるようにな」
子供たちは、素直に手を洗いだした。道路の側には、井戸もなければ排水溝もない。水は、使い終われば変える必要がある。手を洗わせるだけでも、大変だ。子供たちで輪ができている。きな粉餅は、瞬く間になくなってしまった。むせる子供には、さらにラムネを飲ませるとそれも皆にやる羽目になった。
なくなると、笑顔になった子供たちは周りで話をしていたけれど。
「場所を変えるか。またな、子供たちよ」
「なんか。商売になりませんでしたね」
「ああ。これが、現状だ。地べたを歩かねば、わからない事よな」
アルーシュは、ぼんやりと空を眺めながら歩きだす。向かったのは、門の外だ。人が忙しそうに行き交っている。風呂場も人で一杯だ。金は、あるのか。無くても利用できるのは、相当に大きい。が、この浴場は、四方にあっていい。またも道路に置かれた長椅子に座る。
目の前には、浴場施設と長屋が立ち並ぶようになっていた。
「ここラトスクは、元は荒れて魔物が出現する場所だったのは知っているか」
「そりゃ知ってますよ」
「ふむ。では、この国を変えようと思えば何から手をつけるべきだ。言ってみろ」
治安回復か。はたまた、生産力の回復か。技術研鑽も必要だ。だが、まず考える事は。
「情報を収集して、治安の回復と生産力を取り戻す。これですかね」
「まずまずだな。日本人だと、大体似たような答えが帰ってくる。日本には、かつて人は石垣といった戦国武将もいたそうだから、まず人心の掌握に務めるのは急務だろう。ジギスムント家には、それができなかった。何年もかかってやった事といえば、国を崩壊させる事だけだったからな。或いは、それが狙いだったのか。わからんが。ゼンダックあたりが糸を引いていそうだな」
この王子ならぬお姫様は、何歳なのだろうか。見た目は8歳くらいかあるいは10歳。とてもではないが、その年頃の思考ではない。子供の頃からこれでは、疲れるのではないだろうか。またも頬杖をつくアルーシュは、面白くもなさそうに遠くをいく雲を眺める。
「国を作っているのは、人ですからね。教育が必要でしょう」
「それもある。ユークリウッドの奴。すぐには学校が建てられないから、日本人を呼んで青空教室をしようとしているみたいだな。結構な事だ」
「日本人は、結構な数がミッドガルドにいるんですか」
「いるとも。数が増えないのが悩みだ。そうそう、ゴブリンやコビットどものように数が増えないからな。大体、1人の母体に1人しか子供は産めないだろう。だから、第二夫人や第三夫人を娶らせるように言ってはいるのだがな。連中ときたら、1人でいいという。謎な人間が多い。あれか、草食系男子とかいう奴か」
「ははは」
苦笑いを作るしかない。確かに、草食系男子が日本人には多い。下手な配偶者を得れば、ATMまっしぐらというある意味悪夢を知っているからだ。居なければ居ないで、気楽な生活が送れる。が、異世界では美人も多いしなんとかなるのではないか。そもそも、日本人のように働いている人間が異世界には少ない。24時間経営の冒険者ギルドなどないのだ。
今のところ、ラトスクにもその下にあった。
ゴブリンの生態は、アキラにとって不思議だ。生殖に2週間とか1日とか。びっくりを通り越しておかしい。
隣にいる幼女がいう。
「迷宮にでもいくか」
「えっ。2人きりで、ですか」
「ふむ。面白いかもしれん。おっ。ユークリウッドだ」
2人で戻ることにした。
場所を変えて、事務所に戻ろうとしたと。そこで雇用主になっている幼児と遭遇した。
(はっ。俺って、これデートに見えるんじゃ。やべえええええ)
ユークリウッドの目は笑っていない。
アキラは、その日ほど後悔した日はなかった。どこから見ていたのか。アルーシュが事務所に入ると。ユークリウッドは向き直って、いう。緩やかに微笑んでいる普段の彼からは想像できない顔があった。嫉妬か。怖い。
「ちょっと、お話が」
それだけで、その後は股間から汁が。尻から汚い物がでていた。
勇者なのに。




